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王都防衛編
103.それはあまく
しおりを挟むふと意識を取り戻す。変わらず私は部屋のベッドに寝そべっていて、布団を掛けられていた。身体がべとつく感触がないので、洗浄魔具を使われたのだろう。時計に視線を向ければ、性交を始めて私が気を失うまで……起きるのに、一時間弱ほどかかったようだった。視線を下ろせば、私の足元に、私に背を向ける形で、男が座っていた。その背は力なく丸まり、どこか落ち込んでいるようにも見える。
「ユストゥス」
私が寝起きの声で呼びかけると、男は晴れやかな笑みでこちらを見、それからすぐさま拳を握って視線を伏せた。見えない獣耳が、ぺったり力なく伏せられている幻影が見えそうになる。
「どうした?」
ゆっくり首を横に振られる。何でもない、という素振りだ。だが何でもないという割には、随分と落ち込んでいるように見えた。
「こっちに来い」
身体を起こしながら呼びかければ、ベッドに上がって近づいてきた。襟足ばかりが長い黒髪に、多少の目つきの悪さ。目を伏せてると思いの外まつ毛が長いのがわかる。顔も、身体も、おちんぽも悪くない。
そんな私の専用奴隷が、何やら自信を無くしているようだった。
<クンツが、俺のこと覚えてねえのはしょうがねえし、俺を認められないのもわかる。……俺だってこんな姿嫌だ>
手が忙しなく動くが、私には断片しかわからない。なんだ?その疑問が顔に出ていたのだろう、ユストゥスはふっと力なく笑う。
<本気で落ち込んでるあいつらに、この俺が、実はすっげえ気にしてるなんて言えねえし。別にお前を守って死ぬんなら本望だ。けど姿が……耳も尾もねえのは、獣人の俺に対してさすがにひどい辱めじゃねえか?ほんっとくそったれだ、魔族なんて。お嫁様にまでジュストの方がいいって言われるし……ああわかってる。お前どうせ俺の手話わかってねえだろ。こんなの、お嫁様に愚痴ってるなんて気づかれたら、俺死ねるわくそ>
目まぐるしく動く手は、私に対して向けられていないようだ。私が理解する前に手の形が変わるから何を言っているかわからない。早口言葉を見させられているかのようだ。なんだろう……私を気絶させたことを、そんなに悔やんでいるのだろうか?
別にこの男とのセックスは、悪くなかった。ちょっと見知らぬ誰かと、お前を比べるようなことを言ってしまった私が悪い。だからそんなに、落ち込むこともないぞ。
ということを私が口に出したら、この男はさらに落ち込みはしないだろうか。別に比べたくて比べたわけではないのだ。それに多分だが、私が理想とするおちんぽに一番近いのはこの男な気がする。……というのも慰めには、ならないだろうな。
私が悩んでいる間にも、ユストゥスの両手はいろいろ訴えてきていた。骨太な指が滑らかに動くのは、見ていて飽きない。何を言っているかわからないが、たぶん私に対して、セックスが下手だったことを謝っているに違いない。それぐらいしかこの男と接点はなかったのだ。
だから私は端的に慰めてやった。具体的にあげてやると傷つくかもしれないしな。どこか危うい空気がある。
「大丈夫だ」
<ぜんっぜん大丈夫じゃねえだろうがもー……はーくっそかわいいなクンツは。ほんと、なんでお前と俺ばっかりこんな目に合うんだ?いやオリヴァーも、ちょっと大変なことになったって聞いたけど、あいつの場合はベギアフレイドがどうにかするだろうし、なんか俺ら呪われてんのかな?あー俺は今リアルに呪われてんだったなはは……>
だが私の言葉は、男には上手く届かなかったらしい。若干目がうつろだ。
うんうん。わかるぞ。何事も上手い方が良いだろう。だが性交が多少下手なぐらいで、そんな落ち込むものではない。お前はよくやったぞ。おちんぽも大きくて気持ちがよいのだ。
「もう少し私の身体に慣れてくれれば、もっとうまくなるし、悪くはなかった。だからそう落ち込むな」
<この話の、噛み合わなさ! いや、今は手話わかんなくていいとこだけど。せっかくあんなに覚え込ませて、意思疎通できるようになったのに、また押さえつけて勉強させんのか。また嫌われるところから始めんのか。つらい。いや、お嫁様のことは諦めねえからやるけど。でもつらい。あとお嫁様が可愛すぎてつらい。なんでこんなにかわいいんだ俺のお嫁様は。一カ月も会えねえと、かわいいしか言えねえ。ほんと可愛い>
落ち込んでいる割に、手話の見間違いでなければ、かわいいかわいいと言っている、気がする。ベッカーおじさまが私に向けてくれる手話と一緒だ。こいつも私が可愛いと思うのか。
随分と目か頭が悪いなとは思う。だが、近ごろ……そうだな、連邦に行って戻ってきてから、可愛いと言われると、少し嬉しいことに気づいた。たぶん私は、私に興味を持ってもらえると嬉しいのだ。
実家ではこんな顔はごろごろいるし、名はあるが、私たちは兄弟従兄弟が多すぎて、互いのことを番号で認識していた。私は1の13。一族の長が父だが、家を継ぐ立場にないのが、良くわかる数字だ。
「ユストゥス?」
<首傾げんな、かわいいから。あとちょっとエロい。なんで俺、いま獣人の姿じゃねえんだろうな?ジュストの気に入りっぷり見る限り、元の俺ならすぐに惚れてくれそうなのに……あ、だめだった。惚れさせちゃだめだった。クンツはまだ、だめなんだ……はー……お嫁様がかわいすぎてつらい。惚れさせてえのに、こんな……>
ユストゥスは、がっくりと肩を落としてしまった。私の慰めではあまり納得がいかないらしい。仕方がない。
私がもそもそと動いてベッドから這い出ようとすると、手首を掴まれた。どこか縋るような眼差しを向けてくる。ダイニングに入ってきたときには、とてもふてぶてしいほどの態度だったというのに、こんな態度だと……少し、可愛い気がするぞ。
「大丈夫だ。少し待っていろ」
私は自信満々にそう言い聞かせながら、男の手を外し、ベッドから降りる。向かう先は奴隷のプライベートルームだ。中に入ると、私はベッドに寝かせたままにしていたジュストを抱き上げて、元の部屋を覗く。ユストゥスは大人しくベッドの上で待っていた。よしよし。
私はまたベッドの上に戻ると、男にジュストを抱かせた。狼のぬいぐるみを受け取ったユストゥスは、ぽかんとこちらを見つめてくる。
「これがジュストだ。これが一番の私の宝物なのだ。私はジュストを、誰かに抱かせるなど、本当はあまりしないんだぞ?お前があまりに落ち込んでいるようだから、貸してやる。これをぎゅっとしていると、元気が出るぞ。汚すなよ」
<めっちゃお嫁様の匂いするんだけどこれ……え?いいのか?俺に貸してくれんの?あんだけ他人に……元の俺にだって、触らせたくなかったジュストを?いいのかよ。マジか。天使。ほんと可愛い。愛してる>
ジュストを抱いたまま、器用に手を動かす。何やら少し驚いている様子だ。騎士がぬいぐるみを大事にしているなどとは思わなかったのだろう。
こうして持たせてみると、男の目つきの悪さも、若干ジュストが実体化したかのように見える。どうせなら耳も生えて灰色の髪をして、獣人だったら良いものを。だが、うん。悪くない。
悪くはないが……ジュスト、私のジュスト……。
思わず恨みがましくユストゥスを睨みそうで、私はじっと男に抱かれたジュストを見つめた。どこで手に入れたぬいぐるみかは覚えていないが、これは私の心の依り処だ。自分でしたこととはいえ、他人に渡すとそわそわしてしまう。
ユストゥスは私の反応を見つつ、ぎゅっとジュストを抱き締めた。今すぐ取り返したい衝動に駆られるのを、わたしはぐっと耐えた。私は気を使える男なのだ。弱っている相手には紳士であるべきだ。が。
「げ、元気になったか?」
自分で渡しておきながら、返せとは、さすがに言えない。期待を込めてユストゥスを見やるが、この男は何かを考えながらゆっくりと首を横に振った。確かにあの時が虚勢にしろ、今のユストゥスには少し気迫が足りない気がする。本調子ではないのだろう。う、でも。
「元気になっただろう?」
また首を振られた。ううっ。
「そろそろ、元気になってもいいはずだ。ジュストはすごいのだから。少し何かあっても抱いて寝れば、すぐに元気になるのだ」
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私の言葉に、ジュストを抱き込んだまま、ユストゥスは布団をかぶりながらベッドに横になった。それに私も慌てて横になる。ぐいぐいと男に密着して、ユストゥスと向かい合うように、ジュストを挟み込む。男の胸元にいるジュストに顔をうずめるように寄せると、視線がちくちくと刺さった。
「わ、私も元気が尽きてきたような気がするな。やはりジュストがないと元気が出ないのかもしれない……だから私もジュストを抱っこしなければな!」
私は神妙な表情でそう告げたはずなのに、ユストゥスは声なく肩を震わせて笑う。
元気になったか?ぐっと引っ張ろうとしても、ユストゥスはしっかり抱きこんでいて、放そうとしなかった。意地悪でそんなことをしているのなら、殴り倒してでも取り返すが、先ほどは気付かなかったが目の下には隈が出来ているし、少しやつれている。
ひどく疲れているように見えた。
男の腕が私の背に回ってきた。ジュストごと抱き込まれる。密着する身体に、私の下腹に硬いものが当たる。
これをなんだと、とぼけるつもりは毛頭ない。ユストゥスのペニスだ。疲れていても勃起することはある。落ち込んでいても勃つものなのだな。
私をじっと見つめたユストゥスは、背に回していた腕に力を込めて引き寄せてくる、間に挟まれたジュストがつぶれた。私のジュストは、優秀なぬいぐるみだから、多少潰れてもちゃんと形を取り戻すからよいのだが、そのままぐいっと身体を引き上げられて、口づけが落とされる。今は互いの胸でジュストを挟み込んでいるような状態だ。おい、私のジュストを雑に扱うんじゃない。
「っは、ぁうぅ、んむ……」
ちゅっちゅと口づけが繰り返されると、だんだんとその口づけがゆっくりになり、そしてそのまま薄く開いた唇から、安らかな寝息が零れ始めた。
……寝た、のか??
瞳は完全に閉じられている。のに、私を抱き締めた腕の力は弱まらない。身じろぎしてもほどけないその腕に、私は少し考え込んだ。ユストゥスからは先ほど一度精液をもらっている。満ちたとは言わないが、それでも空腹を我慢できないほどではない。疲れている男を叩き起こして跨るのは、さすがに外道だろう。
寝ているにも関わらず、眉間にしわを寄せている男に、こうして人は老けていくのだな、と考えつつ、私はこの可哀想な男を起こさぬためにただそっと、その寝顔を眺める。
ただ、ベッドに横になり、それなりに暖かな熱源に抱きすくめられ、身動きせずにいるとなると、今度は起きていることの方が難しくなってくる。気づけば、私は男と一緒になって寝ていた。一人寝が当たり前だったというのに、ユストゥスの体温は、驚くほど私の肌に馴染んでいた。
次に目を開いた時には、部屋の中はだいぶ暗くなっていた。寝返りを打とうとするが、抱き締められていて身動きが取れなかったことを思い出す。視線を上げれば、私より先に寝付いたはずの男が、すでに起きていた。
「良く寝れたか?」
私の問いに、ユストゥスは大きく一度頷いた。同じタイミングで私を抱き締めていた腕から力が抜け、私はあくびをかみ殺しながら上半身を起こした。ずっと同じ向きで寝ていたせいで、少し寝違えた気がする。ジュストはさりげなく取り戻していた。
首や腕を回して身体の状態を確認していると、ユストゥスが近づいてきて、私の下唇を撫でた。まただ。先ほどされたように、勝手に口が薄く開いてしまう。
それを疑問に思わない男は、そのままちゅっと吸い付いてきた。口づけを返しながら、ユストゥスの様子を伺う。暗くなってきたせいで良く見えないが、それでもさっきよりは、だいぶマシな顔つきになっていた。
随分と寝ていた気がする。喉が渇いた。それを告げると、ユストゥスは身体を起こし、部屋の明かりをつけて、水差しからグラスに水を注いで手渡してきた。自分で思った以上に、喉が渇いていたらしい。あっという間に飲み干すと、自分でもパンをかじりながら、ユストゥスはもう一度水を入れてくれる。
貰った二度目の水も飲み干して、落ち着いたところで、がつがつと食事を取るユストゥスを眺めた。
こいつもずっと寝ていたから、腹が空いたのだろう。食事を取るというのに、ユストゥスは服を身に着けることはなかった。食べ終わったら性交するつもりはあるらしい。ペニスは半勃ちで、ユストゥスが動くたびに揺れる。それを思わず追ってしまう。
天井の部屋の明かりが、ユストゥスの身体に陰影を作った。男らしい喉仏が上下して食事を飲み込み、人より長い舌を伸ばして手に付いた油を舐め取る。
先ほどより、ずいぶんすっきりした顔をしている気がする。もしかしたら取り調べ中は、あまり寝れてなかったのかもしれない。ジュストを抱きながら、そんなことを取り留めもなく考えているうちに、ユストゥスはあっという間に食べ尽くしてしまった。
そこで一息ついたのか、ユストゥスはほっと息を吐くと、奥の部屋に姿を消してしまう。それからしばらくして戻ってきた。
ベッドに上がると四つん這いで近づいてくる。私の頬に頬をすり寄せ、ちゅっとこめかみにキスされた。そのまま舌を這わせてくる。まるで犬のようだな。
私に触れる手の指が冷たい。手を洗って歯を磨いてきたらしい。繰り返し、柔らかな触れるだけのキスが降る。くすぐったい。
「元気になったか?元気になったのなら、もうジュストは貸さないぞ」
私の言葉に、ユストゥスは軽く瞬いた。それから手を動かす。
<でも、また俺が落ち込んでたら、ジュスト貸してくれるか>
ジュストを指差し、そして自分を指差すユストゥスに私は顔をしかめる。手話はそれほどわからないが、言いたいことはわかる。
「お前が目も当てられぬほど落ち込んでいたら、貸してやる。5秒だけだ。それ以上は駄目だ。それよりお前の食事が終わったのなら、次は私だろう」
ユストゥスを抱き込みながら、ベッドに横になる。食後の運動だ。体液で汚さないために、ジュストはベッドヘッドにあげてしまう。無機質で味のある鋭い視線が、私とユストゥスを見下ろしてきた。ふふ、やっぱり私のジュストは可愛いな。
私がにこやかに見上げていると、ユストゥスが顎を掴んで視線を強引にずらしてきた。同じような鋭いまなざしが私を捕らえる。
「なんだ、嫉妬か?」
二度目の顔合わせで、まさかそんなことはあるまいと揶揄うと、ユストゥスはむっつりと口を閉じたまま頷いた。思わず「本当に?」と聞き返してしまう。ユストゥスはもう一度頷くと、ジュストの頭を掴んで後ろ向きにしてしまった。そしてそのまま伸し掛かってくる。抱き締められてキスを交わし、胸筋を揉みこまれる。首筋を舐められ、軽く歯を立てられた。
なんだかいじけた犬に噛みつかれている気がする。私はわしわしと頭を撫でてやった。するとその扱いが不満だったのか、ユストゥスは少しだけ身体を起こして眉根を寄せる。そんな男の両頬を手で挟みこんで、言い聞かせてやることにした。
「大丈夫。お前も私のものだ。何と言っても、私の専用奴隷だからな」
<そのうち、私の旦那様だからって言わせてやるから。何度忘れられても、俺は諦めねえぞ。なあお嫁様>
鼻に鼻を擦り付けられ、首を竦めると今度は、唇を唇で甘噛みされる。
「ん、またキスか。お前、キスが好きだな」
<好きなのはお前だよクンツ。愛してる>
「もう、手話はいいだろう、ほら」
話すよりもっと大事なことがあるだろう。私がそう誘うと、屹立したペニスをぐりぐりと私の太ももに押し付けたユストゥスは、手で話さず、目で何かを訴えながら、もう一度甘いキスを落とした。
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