魔女と少年

立花 律

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ふたつ

図書館へ

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ばあちゃんの家を出て、街の中央通りを真っ直ぐ進むと、ちょうど街の真ん中に噴水がある。そこで道が交差しており、東通りに入りずんずん進んでいく。

通りの終わりにあるのが図書館だ。


「着いた」


まず目に入ったのは、大きな女性の石像。像の周りは花壇があり、そこには雑草がたくさん生えており、女性の像にも苔がこびり付いていている。石像の足元には「魔女の像」と彫られている。


「これか」


女性の顔は彫られていない。右の手には何かを握っていたのだろうが、握られていたものがぽっきり折れてわからない。左腕で花束を抱えている。パッと見れば、魔女の像だなんて思わない。普通の女性の石像だ。


「魔女か…」


ばあちゃんに言われ来てみたが、思ったよりも普通だ。ぐるりと周りを歩いてみれば、後ろに1m大の石碑が設置されていた。
石碑にも苔がこびり付いており、泥がはね、彫られた文字は途切れ途切れにしか読めない。


「いち、夜は、魔女が………読めないな」


「違うよ」


「え」


知らない声。

はたと横を見ると、小さな男の子がしゃがんでいた。僕と同じように麦わら帽子を被って。


「1、夜は出歩くべからず。魔女の悪戯で道が歩けなくなるだろうって書いてある」

「え、君は」

「俺、ヒナタ。あんたこそ誰」


くりっとしたどんぐり眼。
焦げ茶色の髪の毛はさらさらとして、前髪は綺麗な一直線だ。


「僕はレン。ばあちゃんの手伝いでこの街に来たんだ」

「どおりで。この辺でみない顔だ」

「君はここでなにしてるの?」

「俺の親父、この図書館の管理してんだよ」


なるほど。
図書館の出入り口をみればほっそりした眼鏡の男性がこちらに向けて頭を下げている。ヒナタのお父さんだろう。


「魔女の言い伝え、知ってんの?」

「よくは知らない。ヒナタは?」

「この街にいればみんな知ってるよ。ここに彫ってあるのがその言い伝え。5つあるんだ」


石碑を指差し話すヒナタ。


「1、夜は出歩くべからず。破れば魔女の悪戯で道が歩けなくなるだろう

2、山に入るのは午前中のみ。破れば魔女がこぼした毒薬が、街を巡り破滅に導くであろう

3、花には毎日水をやること。破れば、魔女の怒りで土地が干上がるであろう

4、魔女の像の前には、何も植えないこと。破れば、魔女の呪いで植えた草花は枯れてしまうであろう

5、魔女が人間を愛した時、愛の花が咲き誇る。叶えば、その花は人々の癒しとなるであろう」

「この5つが、この街の魔女の言い伝え」


こんなの守る人いるのかな、なんて思いながらヒナタをちらりと見ると、どんぐり眼がこちらを見ていた。
麦わら帽子を被ってはいるけれど、今日の暑さでお互い額から汗が流れる。


「この街のみんなはこの言い伝えを信じてるんだ」

「昔の人が作ったの?」

「いや、魔女が街の人間に言付けたんだって」

「へえ」


魔女って人間と仲良くできる生き物なんだ。
僕の想像だと大鍋を笑いながらかき混ぜる老婆のイメージなんだけど。思ったよりも友好的な魔女だったのかも。


「魔女のこと、信じてる?」

「うーん、見たことないしなあ」

「俺、見たことあるよ」

「そうなんだ………、へ?」


しゃがんでいたヒナタが立ち上がる。
僕より頭ひとつ分は小さな彼が、駆け出す。向かう先にはお父さんらしき人がこちらに手招きしていた。


「俺がもっと小さい時、ここにいたんだよ」


「今は見かけないけれどね!」




ヒナタが走った先で、2人は図書館に入って行った。魔女の像の下、残された僕はぽかんとそれを見ていた。


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