遅熟のコニカ

紙尾 鮪

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08「ヒルコノトイカケ」

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「こんな森の中まで来て、一体どうやったらこうも迷うというのだ」
 若干、子供は嬉しそうに木々の間を抜け、彼女を導く。
彼女はただ俯き、付いていくだけだ。

 そこにナニカはいない、先程の場所に置いてきたのだ。
 いや、置いてきたのではなく、着いてこなかった。

 「ただ宛もなく、歩いていただけです。5人の……いや同僚と歩いていただけです」
 彼女はここでも嘘を吐いた、それは別に生にしがみつくためのためではなく、ただそう言おうと思った。ただ意味もなく。

 「鎧を着て森を歩くか、しかも剣を持つ。まるでなにかを殺そうとしているようだ」
 的を得ている。
子供の言葉はコニカの心情を大きく揺さぶる。
 子供はコニカの目的を知っているのだろうか、いやその真意など分かろうとするほど分からない物だ。

子供特有の直感、いやそれが一番恐ろしいのだが。

 「い、いや」

 「誤答などいらん、我輩が欲するは真実のみ。 故に問いかけをしよう。 誤答をすればそれだけの事。 ただ貴様に利がない、それは平等という物に反する。 だから、我輩も問いに答えよう。 無論条件は貴様と同じ、平等だ」
 平等という言葉をやたら使うのは、ククノチの者がゆえなのだろうか。

 彼女は考える、誤答をした場合どんな事になるのだろうか。
 正答を言うべきなのだろうか、それの正答を出す前に問いかけが、行われた。

 双方お互いの顔を見ずに。

 「お前の名は?」

 「コニカ、アイビー・コニカです」

 「問いかけに答えよう」

 「では……きさ、いえ貴方様の名前は?」

 「我輩か、そうだな、外界の国とは言い方が異なっていたような気がする、合わせるとしたらヒルコ・ヤオイ」
 一度目の問いかけに偽りで答える必要はなかった。
 いやここで偽り、どうなるかを確認するのも良かったかもしれない。
 しかし、どうなるかも分からない。

 「二つ目、お前は後ろの男の事をどう思った」
 抽象的、いやむしろそれ故に的確。
 あえて抽象的に言う事により、相手の受け答えの選択肢を増やした。

 彼女は考える、相手を納得させる事が出来、自分の被害を最小限に抑えるその正答を……いや正答などはない。

 「……世にも珍しき奇術、いやあれは奇術とは思えなかった。奇術とは事前の」

 「もういい」
 正答だった。故に誤答。

 「問いかけに答えよう」

 「あれは……あの正体はなんだ」
 愚問。

 「それを聞くか、まぁいい。平等を謳ったのは我輩の方だ」

 「この世には不可思議な事が多い、それが小さいか大きいかで、人間という一固有種の興味は分かれる。 今回はただ大きいだけだ」
 あやふやに答えたのは、平等ではなかったためだろう。
 得た情報と、与える情報の釣り合いが取れないため、それに釣り合うような情報を与えた。
 その情報はただ肯定と取れる内容だった。

 「それって」

 「我輩の番だ。お前は何処の者だ」
 にこやかだったヒルコの顔は、いつの間にか仮面をつけていた。
 その仮面はまるで人間の顔を張り付けたような生々しさを持っていた。
 それに気付かずコニカは問いかけを続ける。

 「ティーグルブラン帝国……こことは真反対の場所だ」
 ヒルコの振り向きざまに見た、その仮面に少し驚いたのか、コニカは声が若干強ばる。
 コニカの言葉に反応し、ヒルコは仮面を外す、それに意味はない。

 「そうか、そうだったのか。わざわざ遠い所からありがとう、そろそろ着くな」
 再び仮面を着け、ヒルコは前を向き、歩く。
 ただ足取りは少しばかり重い。

 「最後に一つだけいいか?」
 コニカは、嘘で塗り固めた表情と口調も全て元に戻っていた。
 それはヒルコが平等を謳ったためだろう。
 そんな安く簡素な罠。

 「良いだろう」

 「お前は何だ」
 白衣が風で靡くナビク、ヒルコは彼女に背を向けたまま。
肩に落ちた緑の落ち葉をサッと払い、歩みを止める。
 その質問は人間かどうかを問うのか。

 「そうだな……自分が何か、それは種を答えるのか、自分の思う自分を答えるのか。 他人の思う自分を答えるのか……果たしてどれが正解なのやら分かった物ではないな」
 言い終わり再び仮面を外すとヒルコは再び歩みを始める。

 上を見上げれば人が作ったとは思えない、まるで魔王か悪魔の作った玩具の家を地上にへと棄てたように監獄は禍々しい。
 ただしかし神々しい。

 森の中に投げ込まれたかのような立地は卑劣で野蛮ヤバンな罪人を収用するのにはうってつけだろう。

 目の前の監獄を囲む高く頑丈な煉瓦塀レンガヘイに、鉄格子テツゴウシの扉は日常を寸断する分かりやすい目印だ。

 「それでは続きは中で話すとするか」
 子供はそれをいとも簡単に開ける。
 いや彼の家なのだから当たり前だ、しかし彼女は緊張を隠せない。
 周りを必要以上に警戒する、敷居を跨いですぐ、鉄格子の扉が閉まった。

 その瞬間、低く大きな音が静穏セイオンな森に響く。
 彼女はそれに酷く驚き、振り向く。
 ただそこには何もない、前を向く。

 ヒルコは監獄の中へと入ろうとする。
 ヒルコと距離は離れている彼女は、逃げ出すことも可能だった。
 鉄格子の扉を開け走り出せば流石に追い付かれる事はない、はずなのに、なにか監獄に掴まれているような。
 いやむしろ甘噛みされているような感覚、少しでも動いてしまったら噛み殺されてしまうかもしれない。

 ならば外へ出ようともがくより中にへと入れば…… 
 コニカはヒルコの方へと走った。
 母の元へと追い付かんとする子の如く。

 監獄の中は薄暗く、壁は所々抉れ、土色の壁に赤や緑、黒色などの着色料のような物が壁に打ち付けられたような形で塗られている。

 「おや、昼子ヒルコちゃん帰ったのかい」
 目の前には地べたにあぐらをかいた老人がいた。
 その老人はヒルコに親しげに話しかけた。
 その事からコニカは親族なのだろうかと思った。

 「おやおや、昼子ちゃんもついに結婚かい?」
 茶化すように話す老人に、ヒルコは呆れたようにため息を吐く。

 「はぁ……まだ我輩はそんな歳でもない。年寄りのお節介も程々にしてくれ」
 様々な物に疑問を感じる彼女だが、コニカは他の疑問を感じることを止めてしまう程の物が他にもあった。
 それは異様な静けさだ。
監獄といえど囚人は荒くれ者。
静かに刑期を全うする事などおかしく、ましてや日頃見たこともない者が入ってきたのならば騒ぎ立てるのが普通という物。

 しかし、二人の会話が聞こえる程に静か。
 そんな疑問を感じていると

 「結婚相手でも無いとすれば……あいつらの餌かえ?」
 老人は空気が抜けたような笑い方をする、それがただのしょぼくれた老人をまるで自分の命を刈り取りに来た死神とそう彼女は感じた。
 がヒルコに比べればただの仮装した子供に等しく、恐怖などの感情を抱くには到底足り得ない物とコニカは感じた。

 「ご老体、私を女だと見くびるとその長寿ここで止まるぞ」
 睨み付け、凄んだ一言は……恐ろしさの欠片も無かった。
まるで子犬の威嚇のよう。
 老人には全くの恐怖の感情を持っていなかったが、やはり白衣の少年には恐怖の感情を持っていたため、老人に凄んだ事によってヒルコが憤慨しないか、その少しばかりの不安が声を揺らした。 
 ただ彼女が想像できない結果が起きる。

 「お前こいつが見えるのか……?」
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