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------フォーチュンクッキー------
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フォーチュンクッキー
俺は今、香港の飲茶の店で食事を終えて、食後に出されたフォーチュンクッキーを眺めている。
俺が彼女と知り合ったのは社会人三年目の夏休みだった。 お盆休みに郷里の宮崎県に、東京から帰省していた。 当初、夏休み友人と海外旅行を計画したが、感染症の流行で、渡航を断念していた。
宮崎県への帰省も二年ぶりで、両親兄弟とこんなに長く顔を合わせない生活は産まれて初めてだった。
宮崎の空港まで姉が迎えに来ていた。
姉は高校を卒業した後実家の家業の造り醤油屋の事務員として働いている。俺よりも二つ年上だ。
姉は久しぶりに帰省した俺がスーツ姿で現れたのを見て、立派になったと頻りに褒めた。
俺は長い黒髪を後ろで結んで引っ詰めた化粧気のない変わらぬ姉を見て、
郷里に帰ったのと、郷里を後にした、その日に戻って来た様に感じた。
姉と車に乗り込むと懐かしい甘しょぱい、実家の醤油屋の匂いがした。
姉は道中、俺が不在の間のことを、全て話して聞かせた。同級生の誰が何処に嫁いだとか、
駅前の商店のお婆ちゃんが転んで腰を痛めたとか、出身高校の校長が定年退職したとか、
エトセトラエトセトラ。 俺は姉の話に相槌を打っていたが、半分は聞き流していた。
そして車は日南海岸沿いを走行する。 そこに広がる郷里の海が俺は懐かしかった。
実家に到着すると母屋はひっそりとしていた。実家の母屋は築100年以上の木造家屋で、
飴色の板の間の廊下が夏でもひんやり冷たい。
姉は居間のテレビをつけて麦茶を運んでくれた。時刻はお昼過ぎで、もうじきみんな
帰って来るからと、姉はお勝手に引っ込んで昼食の準備を始めた。
俺はスーツの上を脱いで座卓に胡座で頬杖を付いていた。 そこに彼女が現れた。
彼女はまるで我が家の如く、さっさと居間に入って来て、座卓を見遣ると無言でお勝手の方に消えた。 戻った彼女は大きなざるに素麺を乗せて座卓に置いて、またお勝手に戻って行った。
何度か往来して座卓に昼食の用意がされてゆく。
何度の往復の時に姉が現れて、彼女を俺に紹介した。
彼女は幸子さんといい。醤油屋の手伝いを住み込みでしているそうであった。
幸子は小柄で色が白く、とても照れ屋で、居間とお勝手を往復しても、
俺に眼差しを合わせることは無かった。
姉が紹介しても、少し姉の背後に隠れてぺこりとお辞儀するだけだった。
素麺やら天ぷらやら惣菜が座卓に並ぶと、オヤジとお袋が帰って来た。
オヤジは、俺に良く帰ったと言って、躊躇なく俺の頭をぐしゃぐしゃした。
お袋は、姉と同じくスーツ姿の俺を、立派になったと頻りに褒めた。
照れ臭く笑う俺を幸子さんも笑顔で見ていた。 俺は柄になく胸を熱くして、
座卓の素麺をすする。
幸子さんは、ずっと前から俺の家族の如く食卓を囲んでいた。 幸子さんは終始笑顔で、
俺はそんな幸子さんに好感を持った。 何だか俺の胸は一層熱くなって、危うく涙が
こぼれそうになった。
たったの二年間、家族と離れていただけなのに、俺は妙にノスタルジックになっていた。
幸子さんはもともと沖縄県で暮らしていた。黒糖の製造工場で働いていた。
仕事で宮崎を訪れて、ウチのオヤジの醤油屋に立ち寄ったのが縁で沖縄を離れて
宮崎にやって来そうだ。
とても無口だが働き者で、姉もお袋も幸子さんを家族同然に思っている。
オヤジの醤油はここ数年人気が出て、出荷量が増えた。
配送やらインターネットのお客とのやり取りが増えて、幸子さんは大活躍だそうだ。
幸子さんは家族と一緒に母屋で暮らしている。掃除から食事の用意まで、
まるで家族の如く手伝いをしてくれた。俺は幸子さんと家族同然に寝食を共にしているうちに、
幸子さんに惚れてしまった。
1週間の短い間で、幸子さんにすっかり魅了されてしまった俺は、
思い切って幸子さんに交際を申し込んでしまった。
幸子さんも俺が嫌では無かったようで、申し込みは受け容れられた。
そこから俺達の遠距離恋愛が始まった。 俺は郷里の宮崎から東京に戻った。
そして仕事に精を出す。彼女が出来ると張り合が違う。
連休があると、幸子さんと俺は大阪で落ち合った。 幸子さんと会う前日など、
俺は夏休み前夜の小学生の如く興奮した。
幸子さんのラインのメッセージからも、俺と同じく待ちきれない様子が伝わって来た。
二人は大阪の町を、手をしっかりと繋いでデートした。夜は激しく交わった。
と言いたいが、幸子さんは俺の欲望をまだ受け容れてくれない。 少々切ないが、
それでも俺の幸子さんへの愛は揺るがなかった。
そんな俺達の長距離恋愛も一年が過ぎた。
姉もお袋もそろそろ身を固めたらと俺達に勧めた。 そんなある日、幸子さんが
醤油屋を暫く休みたいと申し出た。 理由は言わない。
姉もお袋も俺達に何かあったのかと俺に尋ねた。
俺の方こそ寝耳に水で、驚いて幸子に理由を聞いた。 翌る日幸子は姿を消した。
沖縄県の幸子の実家に連絡しても、何故か幸子に付いて話したがらない様子だった。
もしや幸子は実家に帰っているのでは無いかと、俺は沖縄を訪ねたが、
幸子の姿は無かった。
暫くして俺に幸子から手紙が届いた。
今度のゴールデンウィークに香港で会ってくれと書かれてあった。
そして今、俺は香港の飲茶の店で幸子と向かい合っている。
幸子は元の名前を酒田左千夫という。彼は男性だった。酒田左千夫は子供のころから、
自らの性別に違和感を持っていた。
そして高校を卒業した年に、医師の診断を受けた。 性同一性障害であった。
左千夫は内分泌科でホルモン療法を受け、更に法的にも女性になった。
体は徐々に女性化したが、やはり男性の固体的特徴は改善されない。 周囲の好奇の目も
左千夫には耐え難いものだった。左千夫改め幸子は、沖縄を離れた。
そしてオヤジの醤油屋で働くようになったのだ。 幸子は俺と交際して、
俺から交わりを求められて、自らも、俺との性衝動を昂ぶらせていった。
そして、俺に経緯を説明出来ぬまま、単身香港で性転換手術を受けていた。
久しぶりに会った幸子は以前に増して女性らしくて、俺は幸子の告白を鼻水塗れで聞いた。
飲茶はお終いで、店の主人が拙い日本語で 「お二人さんお幸せに」と、
テーブルにフォーチュンクッキーを置いていった。
幸子も俺も鼻水と涙でぐしゃぐしゃで、幸子のフォーチュンクッキーは、 幸せが訪れる!とあった。
俺のフォーチュンクッキーは、、、 お終い。
俺は今、香港の飲茶の店で食事を終えて、食後に出されたフォーチュンクッキーを眺めている。
俺が彼女と知り合ったのは社会人三年目の夏休みだった。 お盆休みに郷里の宮崎県に、東京から帰省していた。 当初、夏休み友人と海外旅行を計画したが、感染症の流行で、渡航を断念していた。
宮崎県への帰省も二年ぶりで、両親兄弟とこんなに長く顔を合わせない生活は産まれて初めてだった。
宮崎の空港まで姉が迎えに来ていた。
姉は高校を卒業した後実家の家業の造り醤油屋の事務員として働いている。俺よりも二つ年上だ。
姉は久しぶりに帰省した俺がスーツ姿で現れたのを見て、立派になったと頻りに褒めた。
俺は長い黒髪を後ろで結んで引っ詰めた化粧気のない変わらぬ姉を見て、
郷里に帰ったのと、郷里を後にした、その日に戻って来た様に感じた。
姉と車に乗り込むと懐かしい甘しょぱい、実家の醤油屋の匂いがした。
姉は道中、俺が不在の間のことを、全て話して聞かせた。同級生の誰が何処に嫁いだとか、
駅前の商店のお婆ちゃんが転んで腰を痛めたとか、出身高校の校長が定年退職したとか、
エトセトラエトセトラ。 俺は姉の話に相槌を打っていたが、半分は聞き流していた。
そして車は日南海岸沿いを走行する。 そこに広がる郷里の海が俺は懐かしかった。
実家に到着すると母屋はひっそりとしていた。実家の母屋は築100年以上の木造家屋で、
飴色の板の間の廊下が夏でもひんやり冷たい。
姉は居間のテレビをつけて麦茶を運んでくれた。時刻はお昼過ぎで、もうじきみんな
帰って来るからと、姉はお勝手に引っ込んで昼食の準備を始めた。
俺はスーツの上を脱いで座卓に胡座で頬杖を付いていた。 そこに彼女が現れた。
彼女はまるで我が家の如く、さっさと居間に入って来て、座卓を見遣ると無言でお勝手の方に消えた。 戻った彼女は大きなざるに素麺を乗せて座卓に置いて、またお勝手に戻って行った。
何度か往来して座卓に昼食の用意がされてゆく。
何度の往復の時に姉が現れて、彼女を俺に紹介した。
彼女は幸子さんといい。醤油屋の手伝いを住み込みでしているそうであった。
幸子は小柄で色が白く、とても照れ屋で、居間とお勝手を往復しても、
俺に眼差しを合わせることは無かった。
姉が紹介しても、少し姉の背後に隠れてぺこりとお辞儀するだけだった。
素麺やら天ぷらやら惣菜が座卓に並ぶと、オヤジとお袋が帰って来た。
オヤジは、俺に良く帰ったと言って、躊躇なく俺の頭をぐしゃぐしゃした。
お袋は、姉と同じくスーツ姿の俺を、立派になったと頻りに褒めた。
照れ臭く笑う俺を幸子さんも笑顔で見ていた。 俺は柄になく胸を熱くして、
座卓の素麺をすする。
幸子さんは、ずっと前から俺の家族の如く食卓を囲んでいた。 幸子さんは終始笑顔で、
俺はそんな幸子さんに好感を持った。 何だか俺の胸は一層熱くなって、危うく涙が
こぼれそうになった。
たったの二年間、家族と離れていただけなのに、俺は妙にノスタルジックになっていた。
幸子さんはもともと沖縄県で暮らしていた。黒糖の製造工場で働いていた。
仕事で宮崎を訪れて、ウチのオヤジの醤油屋に立ち寄ったのが縁で沖縄を離れて
宮崎にやって来そうだ。
とても無口だが働き者で、姉もお袋も幸子さんを家族同然に思っている。
オヤジの醤油はここ数年人気が出て、出荷量が増えた。
配送やらインターネットのお客とのやり取りが増えて、幸子さんは大活躍だそうだ。
幸子さんは家族と一緒に母屋で暮らしている。掃除から食事の用意まで、
まるで家族の如く手伝いをしてくれた。俺は幸子さんと家族同然に寝食を共にしているうちに、
幸子さんに惚れてしまった。
1週間の短い間で、幸子さんにすっかり魅了されてしまった俺は、
思い切って幸子さんに交際を申し込んでしまった。
幸子さんも俺が嫌では無かったようで、申し込みは受け容れられた。
そこから俺達の遠距離恋愛が始まった。 俺は郷里の宮崎から東京に戻った。
そして仕事に精を出す。彼女が出来ると張り合が違う。
連休があると、幸子さんと俺は大阪で落ち合った。 幸子さんと会う前日など、
俺は夏休み前夜の小学生の如く興奮した。
幸子さんのラインのメッセージからも、俺と同じく待ちきれない様子が伝わって来た。
二人は大阪の町を、手をしっかりと繋いでデートした。夜は激しく交わった。
と言いたいが、幸子さんは俺の欲望をまだ受け容れてくれない。 少々切ないが、
それでも俺の幸子さんへの愛は揺るがなかった。
そんな俺達の長距離恋愛も一年が過ぎた。
姉もお袋もそろそろ身を固めたらと俺達に勧めた。 そんなある日、幸子さんが
醤油屋を暫く休みたいと申し出た。 理由は言わない。
姉もお袋も俺達に何かあったのかと俺に尋ねた。
俺の方こそ寝耳に水で、驚いて幸子に理由を聞いた。 翌る日幸子は姿を消した。
沖縄県の幸子の実家に連絡しても、何故か幸子に付いて話したがらない様子だった。
もしや幸子は実家に帰っているのでは無いかと、俺は沖縄を訪ねたが、
幸子の姿は無かった。
暫くして俺に幸子から手紙が届いた。
今度のゴールデンウィークに香港で会ってくれと書かれてあった。
そして今、俺は香港の飲茶の店で幸子と向かい合っている。
幸子は元の名前を酒田左千夫という。彼は男性だった。酒田左千夫は子供のころから、
自らの性別に違和感を持っていた。
そして高校を卒業した年に、医師の診断を受けた。 性同一性障害であった。
左千夫は内分泌科でホルモン療法を受け、更に法的にも女性になった。
体は徐々に女性化したが、やはり男性の固体的特徴は改善されない。 周囲の好奇の目も
左千夫には耐え難いものだった。左千夫改め幸子は、沖縄を離れた。
そしてオヤジの醤油屋で働くようになったのだ。 幸子は俺と交際して、
俺から交わりを求められて、自らも、俺との性衝動を昂ぶらせていった。
そして、俺に経緯を説明出来ぬまま、単身香港で性転換手術を受けていた。
久しぶりに会った幸子は以前に増して女性らしくて、俺は幸子の告白を鼻水塗れで聞いた。
飲茶はお終いで、店の主人が拙い日本語で 「お二人さんお幸せに」と、
テーブルにフォーチュンクッキーを置いていった。
幸子も俺も鼻水と涙でぐしゃぐしゃで、幸子のフォーチュンクッキーは、 幸せが訪れる!とあった。
俺のフォーチュンクッキーは、、、 お終い。
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