無愛想な君

凛明麗羅

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君とTシャツ

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 文化祭野外ステージでの演奏は、一曲はインストで一曲は流行りの曲だ。ブラストは演奏技術から学内だけではなく他大学との合同ライブでも密かに人気があった。軽音に興味がなくとも、ステージで格好よく奏でられる人気曲に惹かれて寄ってくる学生は多い。
 アッシュはライブが嫌いじゃない。ギターが好きで、ギターの音がバンドと調和した演奏をするのはもっと好きだ。言葉で何でもはっきり言えるアッシュだが、どんな言葉で話す時よりも音楽を奏でている時が1番自分らしい気がしている。アッシュ自身は気付いていないが、ノッてくると口角が上がっていた。
 演奏は危なげなく終わりに近づいていく。
 最後、右手でビィンと鳴らした弦を押さえて音を止めた。曲が終わった。

「ブラストの皆さん、ありがとうございました! 次はー」

 手早く持ち込みの機材を片付けて次のバンドに場所を譲る。
 控えのテントに戻って汗を拭き、軽くギターを清掃してからケースに片付けた。他のメンバーに断りを入れて、テントをでる。
 まだ時間に余裕はあるが、ナインとの待ち合わせ場所に向かうことにした。研究棟の3階の休憩スペースで、文化祭でも人気の少ない穴場だ。
 ナインはまだ来ていないみたいだ。廊下に置かれた長椅子にギター共々腰掛ける。外のセミがうるさい。

「先輩、お疲れ様です。これどうぞ」

 階段を登って近付いて来たナインにスポーツドリンクのペットボトルを渡された。

「ああ」

 受け取ってすぐに開けて一気に飲む。炎天下にいたのに、今まですっかり水を飲むことを忘れていた。直前に買ってくれただろう冷たいスポーツドリンクが体に沁みる。

「美味い。ありがと」
「よかった、ステージ暑そうでしたから。……ライブってあんなにかっこいいんですね」

 アッシュの目の前に立って胸元を見ながら、ナインは言った。目線の先には、汗で色の変わったアッシュのTシャツがある。ナインはその上半身をじっと見て、思い出したかのようにハッとしてからアッシュと目があった。

「ライブ、いいだろ」
「はい。先輩のバンドが1番好きでした。音楽に詳しくない俺が聴いても、すごい上手いなって思いました」
「そこらの大学生よりずっと上手い連中がメンバーだからな。今回は屋外だから響かなかったけど、生で聞くのって音を浴びるみたいで気持ちいいんだ」

 アッシュは今回のライブで満足のいく演奏ができた。ナインはどう思ったのか、それが気になって目を見つめた。
 だが、そこにいたのはアッシュが想像したナインではなかった。表情こそ笑顔だったが、いつもの純粋な瞳ではなく複雑な感情が滲んでいた。

「お前……」
「先輩、すごくかっこよかったです」

 笑顔でナインが言う。

「汗までかっこよかったです。リズム取りながら、笑って、めちゃくちゃかっこいいギターでした」
「そこまで言うなら、今度のライブも来たら。次はワンドリンク制でチケット代もかかるけど」

 いつもと違うナインに、アッシュはとっさにそう返した。
 ナインはさっきと変わらず、笑顔のまま、曖昧な返事を返した。




 結局その後、ナインは次のライブについて言葉を濁してばかりだった。
 文化祭の片付けで機材を業者に受け渡したり、部室に戻したりしている間、ふとした瞬間に思い浮かぶのはナインのあの眼だった。
 しばらくして全てが元の位置に戻されると、今回参加した数少ない4年生が大量の酒と食料を買ってきた。

「文化祭お疲れ様でしたー!」

 プラコップに入ったビールが波打つ。部室に座った周りの人同士でコップをぶつける。
 わいわいと騒いで事前に決めた順番にセッションしていく。それを聴きながら、アッシュとブラストのメンバーは今日のステージを他の部員に褒められていた。自分でも今日はよかったと思う。先輩が忙しくなって、これから今のブラストとしての活動は減っていく。いいメンバーが入らなければ、先輩の卒業で解散だった。サークル内で複数のバンドを掛け持ちしている人が大半のため、アッシュも所属するバンドが1つなくなるに過ぎない。それでも、どのバンドよりも長い時間を過ごしたブラストが解散に向けて進み出すことは寂しいものがあった。

「なあ、アッシュ。お前、今日よかったな」

 ブラストのベース担当、そしてブラストで唯一の4年生であるグリーンが酒を片手にアッシュに話しかけてきた。

「先輩。俺もそう思います」
「な、俺ら今日よかったよなぁ。みんなキレッキレで、ポムとサンの掛け合いなんてキマりすぎて怖かったわ」

 ポムはドラム、サンはギターボーカル担当のメンバーのことだ。選ぶ曲によるが、今日弾いたのは二人のアーティストのコラボ曲で、ボーカルが二人必要だったため、ポムが女性パートのコーラスをしていた。

「最高でした。ラップとコーラスもはまって、先輩のベースが腹の奥に響いて堪らなかったです」

 グリーンはアッシュの認めるベーシストの一人だった。グリーンによって軽快に繰り出される重低音はいつ聴いてもアッシュを音楽に湧き立たせる。
 グリーンはしたり顔でアッシュと肩を組む。

「カッ、言うねぇ。おっと、ノーが呼んでる。次はお前の番みたいだぜ? 痺れさせてくれよな、俺らが天才ギタリストサマよぉ」




 ノーとのセッションは長い付き合いなのもあり、いつも通り終わった。そうアッシュは思っていた。
 セッションが終わってからしばらくして、席を移動していたグリーンがちょいちょいとアッシュに手招きした。
 いつの間にそんなに飲んだのか、グリーンはだいぶしあがっている。

「なあああ、アッシュ? さっきのセッションなんだ? 何手癖で弾いてんだよ、今日のお前はどこいっちまったんだよ」
「先輩、飲み過ぎです。フラフラじゃないですか」
「ああん? うるせえ、俺はお前に言ってんの!」

 初め、アッシュはからみ酒の先輩の言うことを真面目に聴いていなかった。

「ほら、水です」
「お前な、舐めた態度とってるとマジでシバくぞ? それよりさっきのギターはなんだよ、音のキレも悪いし、楽しそうでもない、クソおもんねえ演奏だった!」

 グリーンはなおも喋り続ける。

「俺たちの天才ギタリストは迷走中か? 音がブレてんだよ。お前、なんかあったな?」
「グリーン先輩」
「せっかくいい演奏ができたってのに興醒めだ。今度のライブではあんなギター許さねえから」

 グリーンが言ったことは当たっていた。アッシュはライブの後にナインと話をしてから、ナインの態度が小骨のように喉に引っかかっていた。
 ライブはよかったはずなのに、ナインはなぜあんな態度だったのだろう。何も知らない人から見たら、笑顔で会話するナインはいつも通りに見えるかもしれない。しかし、揺らぐ瞳を見たアッシュにはナインがこれまでとは違うことが何となくわかった。
 考え込んでいる間に、いつの間にかグリーンは別のところへ移動している。
 考えてもナインの変化の原因はわからなかった。ただ、アッシュは自分で思っていた以上に、自分がナインにどう思われているのか気にしていたことを自覚した。
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