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3話
しおりを挟む家に着いた瞬間、俺とゆきは床に倒れこんだ。
しばらくは無感情で床を見つめていたが、横に顔を向けるとゆきと目が合った。
「疲れたな」
「疲れましたね……」
「腹減ったな」
「準備してきます」
「じゃぁ俺は風呂でも入れとくよ」
「お願いします」
普段は俺に仕事をめったにさせないゆきも今日は折れた。
二人でのそりと立つとそれぞれの場所に向かった。
ゆきは台所、俺は風呂場。
風呂を沸かすといっても大した動作はなく、風呂桶の栓を抜いてすべて抜けたら新たに湯を入れるだけだ。
俺は一人で暮らしていた時のように栓を抜き、新たにお湯を入れる。
一時間ほど放置すればお湯は満杯になるだろうと思い居間に戻る。
居間に戻るとトントントンと一定のリズムで音が鳴っていた。
恐らくはゆきが刻む包丁の音だろう。
何か手伝うことはないだろうかと台所に向かうとゆきがこちらに背を向けて一生懸命に作業していた。
「おーい」
俺が声をかけるとゆきは振り返った。
「あ、お兄様」
「何作ってるんだ?」
俺がゆきの後ろから覗き込むようにしてみる。
台の上にはニンジンとジャガイモ、それに玉ねぎ。
後はカレールゥと牛肉。
「カレーです」
「おぉ」
「カレー好きなんですか?」
「そうだな……好きだぞ」
「じゃぁ、頑張って作りますね!」
ゆきは俺の返答を聞くと一層張り切った様子で腕をまくった。
「手伝うことは……」
あるか? と続けようとしたがそれより先に
「ないです」
とゆきが言った。
ここで無理して手伝う必要もないだろうと思い俺はおとなしく
「解った」
と言って居間に戻った。
さて、何をしたものか。
数十秒思索するが、特にすることが思いつかず結局はテレビを見ようという結論に至った。
おもむろにテレビの電源をつけるとそこにはありあふれたニュースの画面があった。
「本日未明、千葉県で無差別殺人事件が起き、今なお犯人は逃走中とのことです。死者は6名にもおよび警察は――」
どうやら千葉で殺人事件があったらしい。
千葉には親戚がいるわけでもないのに怖いなという印象を抱く。
何も成果を残さないまま死んだ被害者の気持ちはどんなのだろうか。
それとも何か偉業を達成した人だったのだろうか。
どちらにせよ悲しい事件だということに変わりはない。
そんなことを考えているとニュースは次の画面に移った。
「桜を終えた各地では次のイベントとして花火大会の準備が進んでいる模様です」
どうやら花火大家の裏側について密着した映像を放送するようだ。
風景からして東京のほうの花火大会だろうか。
「花火、か」
去年の花火大会も俺は参加していた。
ここの花火大会というのはそれほど規模も大きくなく、正直迫力に欠ける。
だが――
――ゆきを連れて行けば変わるかもしれない。
彼女が見たことある花火といえばせいぜい手持ち花火程度だろう。
俺の家は過疎地域の中でもさらにはずれにあるため、花火大会の閃光は見えず音だけを聞いていたことだろう。
ゆきに花火を見せてやりたい。
それも特大の打ち上げ花火を特上の場所から。
「ご馳走様でした」
ゆきの作ったカレーを堪能して手を合わせる。
俺好みの辛さに、コクの深さ。
加えて目玉焼きをトッピングするという豪勢さ。
「美味しかったですか?」
「あぁ、めっちゃ美味かった」
彼女の問いに俺は笑顔で答えると、ゆきはいつものように笑った。
屈託のない、濁りのない笑顔。
純粋という言葉は彼女のためにあるのではないだろうかという感想さえ抱く。
「さて、そろそろ風呂が沸いたかな」
俺は立ち上がり風呂場を見に行く。
予想通り風呂桶は満杯になっており、湯を止めるとゆきを呼びに行った。
「先に入っていいぞ」
するとゆきは首をかしげて不思議そうな顔をした。
「お兄様がお先に入られるのでは?」
「いやいや、レディーファーストだろ。女子を待たせるのはよくない」
レディーファーストの語源自体は貴族が女を盾に使おうとする胸糞悪い習慣なのだが、現代においては女性を尊重する言葉として使われている。
俺の言葉を聞くとゆきは何やら薄笑いを浮かべた。
なんというのだろうか、オタク笑いとでもいえばいいのだろうか?
よく海斗がスマホ片手にこんな気持ち悪い笑みを浮かべていた気もする。
だが、ゆきがやると話は別だ。
海斗なら気持ち悪いものも彼女がやるとかわいらしく見える。
「えへへ、女子ですか」
「ん?」
ゆきが何か言ったようだったが、思考の渦に飲み込まれていた俺には聞き取れなかった。
嬉しそうに笑いながら、立ち上がると彼女は自分の部屋に向かった。
今までは空き部屋で多少の物置として使われていた部屋を急遽改造して学習机と衣装ケース、それにベッドを置いて急造ではあるが個室がある。
今度家具をそろえてやりたいが何時になるかはわからない。
バイトでもして金を稼ぐべきかなぁとと思いつつ、ぼんやりと中空を見つめる。
ゆきがきてからまだ6日だというこの充実感はなんだろうか。
まるで昔を思い出す。
ずっと一緒にいて、それがずっと続くと思ってた。
でも、永遠なんてなくて、いつか終わりは来るんだって知らされた。
ぎぃ、とどこか部屋のドアが開く。
よく考えずともゆきの部屋だと察した俺はそちらに視線を向けると予想通り彼女が部屋から顔を出していた。
「お兄様、お先に失礼しますね」
彼女はそういうと廊下を挟んで向かい側にある風呂場へと向かった。
「おう」
俺は短くそう返し、スマホ片手に力を抜いて椅子に座る。
シャワーの流れる音を聞きながらぼんやりとスマホでSNSの画面を見る。
多くが日常を過ごしているがごく一部が非日常を過ごしている。
俺も昔は前者だったが、今は後者だ。
立った数日で社会的立場、地位がこんなにも変わるのだなと自嘲する。
こんな日常が、少しでも長く続きますように。
そんな思いを込めながらも画面をスクロールさせていった。
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