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第2章 新天地
4話
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数日と経たないうちにドイツ軍は敵後方へと浸透し、海峡へと到達した。
結果、およそ40万以上の兵員が包囲される事態となり、イギリスとフランス軍は急いで退却の準備を整えていた。
我々第19軍団はそれめがけ突入しようとしたものの、突然軍上層部から停止命令が発布された。
それを聞きつけたグデーリアンはまたもや激怒。
軍集団本部に殴り込みに行こうとしていたので私が止めに入り、何とか言いくるめた。
なんだったか、今は現地の統制を取るのが重要だとかなんとか適当に口上を並べたら何とか納得してくれたが、代わりに無理難題を突き付けてきた。
「私の代わりに君が軍集団司令部に行って前線の意見を伝えてきたまえ」などと満面の笑みで言われた日にはひどく後悔した。
そして、同日夜。
私はヴェゼモアを連れてA軍集団司令部へと殴り込みに行くこととなったのであった。
しかし私とて無策ではない。
ある程度の作戦を用意してきたが、通るだろうか。
私は心をバクバクと鳴らしながら軍集団司令部へと向かう。
上司に向かって喧嘩腰で作戦を提案することなどもはや慣れてはいる。
だがそれは、ウルマニスなどの強力なバックを得ていればの話。
今回はそんなもの一切ない。
政治的駆け引きも一切使えない。
一応ヒトラーという私を気に入っている人物はいるものの、この作戦を事前に認めて貰っているわけでもない。
つまり彼の存在は私の信用を多少引き上げる程度であり。
土俵にすら登れないという状況を回避してくれるものでしかない。
――上った土俵でいかにして戦うか――
それは自らの手腕にかかっているということだ。
「クライスト閣下、お久しぶりでございます」
私は軍集団司令部に入るなり、その長であるクライストに挨拶をした。
彼とは彼が軍団司令部に殴り込みに来た時に顔を合わせている。
ほぼ確実にいい印象は抱かれていないだろう。
その印象を覆すべく私は上級者を敬うことができるとアピールしたつもりだったが、クライストの返答は酷くそっけないものだった。
「あぁ。座りたまえ」
彼の冷たい言葉に辟易しながらも、彼の対面に設けられた椅子に腰を下ろした。
思わずため息をつきたくなるような視線。
間違いなく全員が私のことを嫌っているようだ。
肩章やら兵科章を見る限りほとんどが兵站で占められている。
恐らくはこれ見よがしにグデーリアンへのうっ憤を私で晴らそうという心づもりなのだろう。
彼らからしてみればグデーリアン配下の私が来るということは彼の作戦計画を手にしていると思われても仕方がないことだ。
しかし、それを私は覆して見せる。
私が携えてきたのは完全オリジナルの攻勢計画。
それをもってドイツ軍での地位を確立して見せる。
「では閣下、ご説明いたします」
私はそう口火を切った。
「……そんなことが可能なのかね?」
私の提案にクライストは声を震わせながら尋ねた。
その問いに私は毅然と答えよう。
「可能です」と。
彼は頭を抱えながら机に伏した。
成功すれば彼の評価は大きく上がるであろう。
そして私の評価も。だ。
表向きはA軍集団の全面攻勢。
だが、よく見れば私の部隊が暗躍している。
そんな作戦だと私は自負している。
数分頭を抱えて悩んでいた彼だが、最後には「了承しよう。我がA軍集団はこの計画をもとに攻勢を開始する」と私の持ち込んだ計画を承認した。
彼は自らの回想録で、この時のことをこう綴っている。
『私は彼女を宣伝用のかわいらしいお嬢さんといった程度にしか見ていなかったが、それは誤りであった。グデーリアンが後退を知らない猛犬だとするならば、彼女はドイツのために命をも厭わない番犬であろう』
『番犬』リューイ・ルーカス。
その名声は着実に軍上層部に浸透し始めている。
ドイツとにらみ合いを続けるイギリス軍の後方。
撤退していく部隊を積み込んでいる港の警備をイギリス陸軍第224連隊は命じられていた。
連隊長はアレックス・フォード大佐。
数か月前まである国へと義勇軍として渡っていた彼らは、満足な補給を得ずにこのフランセーズへと投入されていた。
みるからに彼の連隊は疲弊しており、まともに戦うことはできないだろう。
それでも、港湾警備という任務を何とかこなしている。
彼は勤勉で実直な自らの部下を誇るとともに、自らの情けなさを悔いていた。
貴族の家に生まれた彼は決して優秀とは言えなかった。
軍学校に一度は落ち、実家から勘当されるところであったが何とか補欠合格。
しかしその後の成績も振るわず、何とか卒業はしたものの、体を動かすことができずに尉官時代に同期達に追い越され続けた。
配置換えの申請を出していたが軍学校時代の成績を鑑みて許可は下されず、年齢を重ねるにつれて自動的に昇進して今の地位にいる。
無能だのといろいろ言われているが、彼の連隊員は意外にも彼のことを慕っていた。
無能ゆえの愛らしさ、虚勢を張るが故の愛らしさ。
そんなものを幾分にも感じさせる上官に部下たちは自らの命すら捧げられた。
彼の部隊は一つの家族のような団結力があった。
そんな224連隊に悪魔が襲い掛かる。
それは空軍の襲撃から端を発した。
夜間になり、安全のため沿岸から離れて散開したイギリス海軍に数百機の戦闘機と爆撃機が襲い掛かった。
真夜中の襲撃。
状況によっては襲う側のドイツ空軍が多大な損害を受ける可能性もあったが、空軍はこれを見事成し遂げた。
この空襲によりイギリス海軍は大混乱に見舞われ、全ての艦の意識が上空へと引きつけられた。
この隙を利用したのがリューイであった。
「さぁ逝くわよ!」
ドイツ占領下の砂浜から海蛇大隊を伴って出撃した彼女は洋上を移動し、上空へと集中している海軍の目をかいくぐり港へと接近していた。
「ロレンス少佐。海蛇大隊の本領発揮よ」
隣にいるロレンス少佐にそう語り掛けた。
私は今旅団から離れ、海蛇大隊の陣頭指揮を執っている。
後続の部隊が到着すればその指揮も執るつもりだが、今のところその予定はない。
現在海蛇大隊は第3中隊を後方に残し、代わりに工兵中隊をのせて行動している。
私は無線機を操作し、海蛇大隊各車へと命令を伝達する。
「各車聞こえているかしら?」
私がそう問うと1号車から順次返答があった。
律義なその返答に少しあきれつつも、問うたのは私だからと諦めながら聞いていた。
「無線異常なしね」
私はそう確認を取る。
息を吸って間を作ると口を開いた。
「諸君、この作戦は諸君に与えられた本来の任務よ。失敗は許されないわ。だから私は貴官らにあえてこう命令するわ」
全員がこの無線を聞いている。
「死になさい。死んでこの作戦を成功に導きなさい」
そう冷酷に命じた。
これが、部隊長としての言葉。
「というのが、リューイ・ルーカス中佐としての言葉よ。私個人としてはみんなに生きて帰ってきて欲しい。帰ったら私の驕りで酒宴でもするわよ!」
私がそう叫ぶと無線の先から歓声が聞こえてきた。
公私の使い分け。
これが私にできる最大の技。
軍人としての命令とリューイ・ルーカスという一人の女性としてのお願い。
これを隠すことなく前面に出すことで部隊の信頼を得る。
「全軍! 上陸せよ!」
私がそう叫ぶと各車一斉に猛進する。
洋上からの港湾への強襲上陸。
史上初めてであろうその偉業は私によって成し遂げられようとしていた。
本来なら作戦には段階があり、ひとつずつこなしていくものだ。
だが、この作戦にはそのようなものはない。
とにかく海蛇大隊で後方を強襲し、補給路と撤退路を遮断して浮足立った敵軍を全力でもって攻撃する。
現地の守備隊は瞬く間に粉砕され、工兵中隊の働きによりこの港の港湾機能を大幅にそぐことに成功した。
それを見届けた私たちは一路北へと向かい、浸透してきていたヴェゼモア率いる戦車中隊及び自動車中隊と合流。
そのままドイツ勢力圏へと戻っていった。
結果、およそ40万以上の兵員が包囲される事態となり、イギリスとフランス軍は急いで退却の準備を整えていた。
我々第19軍団はそれめがけ突入しようとしたものの、突然軍上層部から停止命令が発布された。
それを聞きつけたグデーリアンはまたもや激怒。
軍集団本部に殴り込みに行こうとしていたので私が止めに入り、何とか言いくるめた。
なんだったか、今は現地の統制を取るのが重要だとかなんとか適当に口上を並べたら何とか納得してくれたが、代わりに無理難題を突き付けてきた。
「私の代わりに君が軍集団司令部に行って前線の意見を伝えてきたまえ」などと満面の笑みで言われた日にはひどく後悔した。
そして、同日夜。
私はヴェゼモアを連れてA軍集団司令部へと殴り込みに行くこととなったのであった。
しかし私とて無策ではない。
ある程度の作戦を用意してきたが、通るだろうか。
私は心をバクバクと鳴らしながら軍集団司令部へと向かう。
上司に向かって喧嘩腰で作戦を提案することなどもはや慣れてはいる。
だがそれは、ウルマニスなどの強力なバックを得ていればの話。
今回はそんなもの一切ない。
政治的駆け引きも一切使えない。
一応ヒトラーという私を気に入っている人物はいるものの、この作戦を事前に認めて貰っているわけでもない。
つまり彼の存在は私の信用を多少引き上げる程度であり。
土俵にすら登れないという状況を回避してくれるものでしかない。
――上った土俵でいかにして戦うか――
それは自らの手腕にかかっているということだ。
「クライスト閣下、お久しぶりでございます」
私は軍集団司令部に入るなり、その長であるクライストに挨拶をした。
彼とは彼が軍団司令部に殴り込みに来た時に顔を合わせている。
ほぼ確実にいい印象は抱かれていないだろう。
その印象を覆すべく私は上級者を敬うことができるとアピールしたつもりだったが、クライストの返答は酷くそっけないものだった。
「あぁ。座りたまえ」
彼の冷たい言葉に辟易しながらも、彼の対面に設けられた椅子に腰を下ろした。
思わずため息をつきたくなるような視線。
間違いなく全員が私のことを嫌っているようだ。
肩章やら兵科章を見る限りほとんどが兵站で占められている。
恐らくはこれ見よがしにグデーリアンへのうっ憤を私で晴らそうという心づもりなのだろう。
彼らからしてみればグデーリアン配下の私が来るということは彼の作戦計画を手にしていると思われても仕方がないことだ。
しかし、それを私は覆して見せる。
私が携えてきたのは完全オリジナルの攻勢計画。
それをもってドイツ軍での地位を確立して見せる。
「では閣下、ご説明いたします」
私はそう口火を切った。
「……そんなことが可能なのかね?」
私の提案にクライストは声を震わせながら尋ねた。
その問いに私は毅然と答えよう。
「可能です」と。
彼は頭を抱えながら机に伏した。
成功すれば彼の評価は大きく上がるであろう。
そして私の評価も。だ。
表向きはA軍集団の全面攻勢。
だが、よく見れば私の部隊が暗躍している。
そんな作戦だと私は自負している。
数分頭を抱えて悩んでいた彼だが、最後には「了承しよう。我がA軍集団はこの計画をもとに攻勢を開始する」と私の持ち込んだ計画を承認した。
彼は自らの回想録で、この時のことをこう綴っている。
『私は彼女を宣伝用のかわいらしいお嬢さんといった程度にしか見ていなかったが、それは誤りであった。グデーリアンが後退を知らない猛犬だとするならば、彼女はドイツのために命をも厭わない番犬であろう』
『番犬』リューイ・ルーカス。
その名声は着実に軍上層部に浸透し始めている。
ドイツとにらみ合いを続けるイギリス軍の後方。
撤退していく部隊を積み込んでいる港の警備をイギリス陸軍第224連隊は命じられていた。
連隊長はアレックス・フォード大佐。
数か月前まである国へと義勇軍として渡っていた彼らは、満足な補給を得ずにこのフランセーズへと投入されていた。
みるからに彼の連隊は疲弊しており、まともに戦うことはできないだろう。
それでも、港湾警備という任務を何とかこなしている。
彼は勤勉で実直な自らの部下を誇るとともに、自らの情けなさを悔いていた。
貴族の家に生まれた彼は決して優秀とは言えなかった。
軍学校に一度は落ち、実家から勘当されるところであったが何とか補欠合格。
しかしその後の成績も振るわず、何とか卒業はしたものの、体を動かすことができずに尉官時代に同期達に追い越され続けた。
配置換えの申請を出していたが軍学校時代の成績を鑑みて許可は下されず、年齢を重ねるにつれて自動的に昇進して今の地位にいる。
無能だのといろいろ言われているが、彼の連隊員は意外にも彼のことを慕っていた。
無能ゆえの愛らしさ、虚勢を張るが故の愛らしさ。
そんなものを幾分にも感じさせる上官に部下たちは自らの命すら捧げられた。
彼の部隊は一つの家族のような団結力があった。
そんな224連隊に悪魔が襲い掛かる。
それは空軍の襲撃から端を発した。
夜間になり、安全のため沿岸から離れて散開したイギリス海軍に数百機の戦闘機と爆撃機が襲い掛かった。
真夜中の襲撃。
状況によっては襲う側のドイツ空軍が多大な損害を受ける可能性もあったが、空軍はこれを見事成し遂げた。
この空襲によりイギリス海軍は大混乱に見舞われ、全ての艦の意識が上空へと引きつけられた。
この隙を利用したのがリューイであった。
「さぁ逝くわよ!」
ドイツ占領下の砂浜から海蛇大隊を伴って出撃した彼女は洋上を移動し、上空へと集中している海軍の目をかいくぐり港へと接近していた。
「ロレンス少佐。海蛇大隊の本領発揮よ」
隣にいるロレンス少佐にそう語り掛けた。
私は今旅団から離れ、海蛇大隊の陣頭指揮を執っている。
後続の部隊が到着すればその指揮も執るつもりだが、今のところその予定はない。
現在海蛇大隊は第3中隊を後方に残し、代わりに工兵中隊をのせて行動している。
私は無線機を操作し、海蛇大隊各車へと命令を伝達する。
「各車聞こえているかしら?」
私がそう問うと1号車から順次返答があった。
律義なその返答に少しあきれつつも、問うたのは私だからと諦めながら聞いていた。
「無線異常なしね」
私はそう確認を取る。
息を吸って間を作ると口を開いた。
「諸君、この作戦は諸君に与えられた本来の任務よ。失敗は許されないわ。だから私は貴官らにあえてこう命令するわ」
全員がこの無線を聞いている。
「死になさい。死んでこの作戦を成功に導きなさい」
そう冷酷に命じた。
これが、部隊長としての言葉。
「というのが、リューイ・ルーカス中佐としての言葉よ。私個人としてはみんなに生きて帰ってきて欲しい。帰ったら私の驕りで酒宴でもするわよ!」
私がそう叫ぶと無線の先から歓声が聞こえてきた。
公私の使い分け。
これが私にできる最大の技。
軍人としての命令とリューイ・ルーカスという一人の女性としてのお願い。
これを隠すことなく前面に出すことで部隊の信頼を得る。
「全軍! 上陸せよ!」
私がそう叫ぶと各車一斉に猛進する。
洋上からの港湾への強襲上陸。
史上初めてであろうその偉業は私によって成し遂げられようとしていた。
本来なら作戦には段階があり、ひとつずつこなしていくものだ。
だが、この作戦にはそのようなものはない。
とにかく海蛇大隊で後方を強襲し、補給路と撤退路を遮断して浮足立った敵軍を全力でもって攻撃する。
現地の守備隊は瞬く間に粉砕され、工兵中隊の働きによりこの港の港湾機能を大幅にそぐことに成功した。
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