ラトビア転生記 ~TSしたミリオタが第2次世界大戦を生きる~

雪楽党

文字の大きさ
51 / 127
第2章 新天地

6話

しおりを挟む
 フランス全土を手中に収めたドイツは南部にて傀儡政権を樹立し、北部においては自らで統治することとした。
 また、これを機に旧フランス植民地において親ドイツ派の通称ヴィシー政府と親イギリス派の自由フランス政府による戦争が勃発し、ドイツはこれを支援することとなり、その司令官に対フランス戦で頭角を現したロンメル将軍が充てられた。
 また、対イギリスには空軍の総力が結集され、現在フランスとイギリスの間にある海峡上空で激しい空戦が行われている。
 状況はドイツ有利である。
 しかし、史実のようにイギリスは粘り強い抵抗を見せ、この戦争は長引くものと考えられている。
 時は1940年8月。
 
 私たちは一時の安息日を過ごしていた。
 各地を転戦してきた我々にとってわずかな休暇でもうれしいもので、各人がそれぞれ思い思いの休息を過ごしていた。
 そんな中、私は愛すべきわが祖国へと列車で向かっていた。
 昔と違い、ドイツからバルトニアに行く際にポーランドを通る必要は無く、国境を超える際にも国境警備隊にウルマニスから渡された手形を見せればすぐに検問をクリアすることができた。
 国境警備隊が降りていくと列車は再度発車し、一路首都を目指す。
 あぁ、変わってない。
 この風景はいつまでも変わっていない。
 私は流れていく車窓をみながら感傷に浸っていた。
 離れてまだ1年と少しなのに、ひどく懐かしく感じる。
「懐かしいね」
 私が車窓を眺めているとリマイナが声をかけてきた。
 彼女も私に同行してくれている。
「そういえば、数年前に今とは逆の方向に二人で向かって行ったわね」
 ソビエトとの戦争どころかそれよりも大分前。
 まだ私たちが正式に任官する前のことだった。
 二人でドイツへ視察に向かっていたことを思い出す。
「そうだね! あの頃は若かったね」
 昔と変わらない笑顔でリマイナが言う。
 当時はまだ15に満たない少女だった。
 今や二人とも20前後。
 時の流れとは残酷なものだと思う。
 昔に比べればリマイナは起伏ができ、色気が出てきたと思う。
 それに比べ私ときたら……。
「ねぇ、リューイ」
「なにかしら?」
 私がそう問い返す。
 すると彼女は何やら恥ずかしそうに懐から一つの箱を取り出し、私に手渡してきた。
 彼女は頬を赤らめながら小さく
「これ……誕生日」
 と言ってきた。
 なんと愛らしいことだろうか。
 感激のあまり彼女を抱きしめそうになる。
 前世ではまともな友達もおらず、今世では戦争続きで自分の誕生日すら忘れていた。
「開けてもいいかしら?」
「う、うん」
 彼女は恥ずかしそうに頷く。
 私は手渡された小さな箱を受け取り丁寧に梱包をほどいていく。
 その中には美しい装飾の施された腕時計があった。
 繊細ながらも十分な強度を兼ね備えているそれは並大抵の額ではないと思われた。
「これ、高かったでしょう?」
 私が尋ねると恥ずかしそうに笑った。
 彼女の給金は決して高くない。
 ただでさえ激務で尚且つ祖国には一切の関係のない戦いに従事する兵たちの士気を上げるために、将校の給料は大分低く設定し、その分を兵たちの給与に充てているからだ。
「頑張って溜めたから、大事に使って欲しい」
 リマイナはそう私に言ってきた。
 腕時計は軍事作戦で邪魔になることは滅多にないものだ。
 実用性も高い。
 しかしそれ以上の意味が腕時計にはあった。
 数年前の共産主義者を討伐する作戦の際に、市民に扮するリマイナに官給品の腕時計ではよくないと自費で時計をプレゼントしていたのだ。
 その腕時計は今もリマイナの細い腕につけられており、幾度もの戦火をくぐっても正確に時刻を刻み続けている。
「ありがとう。大事にするわね」
 昂る胸の気持ちを何とか隠してそう微笑んだ。
 この日を境に私は20歳になった。
「ねぇ、リマイナ」
「なに?」
 今度は私が語り掛けた。
「お酒、飲みましょ?」
 20歳になるまで我慢し続けてきた酒を今日。
 リマイナのために解禁しよう。
 
 初めて飲む酒はとてもとても苦く、甘かった。

 
 駅に降り立てば昔と一切変わらない風景がそこにあった。
 今回の目的はウルマニスでも、エルツィン中佐でもない。
 ただの観光と親に会いに来ただけだ。
 リマイナに伝えなければならないこともある。
 それを伝えたリマイナがどんな反応をするのだろうかと少し楽しみに思う。
 私は郊外を進み、家へと向かう。
 だが、その道中で駐輪場にバイクを預けていることを思い出し、それを取りに行く。
「さて、乗って」
 駐輪場の主から預けていた鍵を受け取り、バイクに跨る。
 私がリマイナに後ろに乗るように指示すると彼女はたどたどしい動作でバイクに跨り、私に後ろから抱き着いてきた。
「離さないでね」
 私はそういうとエンジンをかけた。
 久しぶりにエンジンをかけたがいい音を響かせている。
 異音がないことを確認すると一気にアクセルを踏み、駐輪場を飛び出す。
 戦車とは違った心地よい風。
 戦車のそれは土臭くてとてもじゃないが心地よいとは思えない。
「リューイ! こっ、こわいよ!!」
 リマイナの非難の声を無視し、さらに増速すると今度は悲鳴を上げた。
 私はそれをひとしきり楽しむと、彼女が恐怖を感じないであろう速度まで速度を落とす。
 ただそのころには市街地からは大きく離れていて、周囲は畑や牧草ばかりだった。
「リューイの家ってこっちなの?」
 リマイナが不審そうに尋ねてきた。
「そうよ。あと数分で見えてくるわよ」
 私の家はもう何世代も続く軍人の一家だ。
 それ故に家自体が広く、庶民よりは多少なりとも良い暮らしをできていると思う。
 私の返答にリマイナは「へー」などと呑気な声で返答していた。
 どうやら、特に他意があるわけでもないらしい。
 言葉通り数分もしないうちに家が見え、家の前にバイクを止める。
 見る限り周りにも家が数件あるが、遠く離れている。
 市街地が10年前とは大きく変わっていても、こっちは変わっていないんだなと安心する。
 私たちがバイクを降りてあたりを見渡していると家の中から一人の男性が出てきた。
「愛しき娘よ。よく帰ってきた」
 落ち着いた雰囲気のあるその男は私の父。
 フォルマン・ルーカス。陸軍大佐だ。
 私の生存を知る数少ないバルトニア人でもある。
「おや、そちらの娘は?」
 わざとらしそうに父がリマイナへと視線を向ける。
 すると彼女は姿勢を正し見事な敬礼をした。
「リマイナ・ルイ。陸軍中尉です。リューイ中佐にはいつもお世話になっています」
 私から父は陸軍大佐であると聞いていたリマイナはそれ相応の態度を取った。
 しかしそれを見て父は顔をゆがめた。
 そして急にリマイナの頭に手をポンと置く。
「いいか、今は軍務ではない。仮に軍人どうしだろうと軍務にない以上、普段通り接しなさい」
 父がそういうとリマイナは素直にうなずいた。
 というより、その切り替えはリマイナが一番得意なものだ。
 休暇中であれば同期であるヴェゼモアや私とタメ口で話すものの、軍務に戻ればそれはなくなり、全て敬語となる。
 私としては少し寂しいのだが、彼女としてはそれが一つの線引きとなっているらしい。
「ごほん……私はフォルマン・ルーカス。そこのリューイの父親だ。いつも娘が世話になっている」

 父は咳払いすると自らも名乗った。
 するとリマイナは「いえいえ、こちらこそいつもお世話になってばかりです」などと返していた。
 失礼な。
 
 
 思っていたよりもリューイの父親は優しい人だった。
 この時はあぁ、私のお父様もこの方であったのなら、と羨ましく思った。
 それは、贅沢な悩みかな。
 いや、それぐらいの我儘は許されるはず。
 心で思うだけなら。
「さぁ。リマイナ君、中に入りたまえ」
 私はぼうっとしているとリューイのお父様に声を掛けられた。
 は、はい! と気を取り直して戸を開ける。
 ん? そういえばなんでリューイとかお父様が先頭じゃないんだろうか。
 私は不審に思いつつも、家主であるお父様が何も言わないというのならそれでいいのだろう。
 私が戸を開けると女性の声が響いた。
「おかえりなさいませ。お嬢様」
 聞きなれた、声であった。
 間違えるはずもないあの人だ。
 軍に入って以来一度も聞くことがなかった声。
 私が軍に入るきっかけになった声。
「えぇ。いま戻りました」
 私の眼前には母がいた。
 実の母ではないが、生みの母以上に母としての役目を果たしてくれた女性。
 幼い頃、私の家にメイドとして仕え私の世話をしてくれた女性。

 ロフィーネ・ルーカスがそこにはいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

処理中です...