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第2章 新天地
17話
しおりを挟むリューイ・ルーカス率いる5名の選抜部隊が停滞していた前線を突破した。
それに海蛇大隊のA中隊が続き、素早く進撃を開始した。
この報を聞いた各中隊も奮起し、各所で前進を開始し始めた。
後に、この戦いでのリューイ・ルーカスとアレックス・フォードの戦いは各国の軍学校で語り継がれ、近接戦の重要さと市街地の厄介さを語る一つの材料とされることになる。
しかし、そんな話はまだ、彼らは知らない。
時は、少し遡る。
イギリス安全保障調整局の諜報員である青年。
名をジャスパー・ウォズウェル。
彼はイギリス陸軍、国内軍司令官アラン・ブルックに直談判をするも敢え無く却下され、失意のまま廊下で立ちすくんでいた。
「お疲れのようですわね」
彼に声をかけたのは高貴な装飾品と衣装に身を包んだ女性。
一目で彼女がただの軍人や民草ではないと察せられた。
だが、ジャスパーには彼女のような高貴な人物と話すだけの教養がない。
「貴女様は……?」
何とか絞り出した声でそう尋ねると彼女は彼の問いに答えずに続けた。
「今の話、詳しく教えてくれないかしら?」
そう微笑んで頼まれてしまってはジャスパーに断ることはできなかった。
ジャスパーが「承知いたしました」と彼女に伝えると嬉しそうに笑い、「ついてきなさい」とジャスパーに命じた。
「率直に、今どういう事態なのかしら?」
彼女の自室と思われる部屋に案内されたジャスパーは固まっていた。
道中、明らかに彼のような庶民が踏み入れるはずのないエリアへと入ったのに、目の前の少女が我が物顔で歩いてゆくのだ。
彼には彼女の後を追うのでいっぱいいっぱいであった。
貴族様か何かかと思っていたが、どうやら違うらしい。
もっと、高貴なお方だ。
「ハッ。ドイツが何やら動いておりまして」
ジャスパーはなるべく専門用語を省きつつ、目の前の少女でも理解できるようにと配慮してそう言葉を発した。
「もっと具体的に言いなさい」
少女はそう冷たく言い放った。
ジャスパーは一瞬面を喰らったが、ごほんと息を取り直してまた口を開く。
「ドイツが50隻余りの輸送船に対し傭船契約を結んだようです。乗組員もそのまま乗船しているらしく……」
「それは、我が国に対する上陸作戦の兆しとは思えませんわ。ただの大規模な輸送船団ではありませんの?」
アラン中将と同じことを言う少女にジャスパーは辟易しながらも、自分の考えすぎではないかという疑念も同時に強めた。
だが、懸念を裏付ける証拠を彼は持っていることを思い出し毅然と答える。
「この傭船契約が締結されるのと前後して首都にいた部隊に招集命令がかけられております」
「あら」
ジャスパーの言葉を聞いて少女は口角を吊り上げた。
彼は少女の姿がひどく不気味に見えた。
金色の流れるような美しく長い髪。
今すぐに折れてしまうのではないかと思うほどに細い四肢。
人形のようではある。
しかしその表情は
戦争狂そのものだった。
戦を知らぬ少年少女がその華々しさに憧れるというのはよく知った話しだ。
そして実地に赴き凄惨な現状を見て夢を失い、二度と帰らぬ者となる。
この世の中にごまんとありあふれた話ではある。
だがどうだろうか。
目の前の少女はその凄惨さを知ってなお、戦争に狂い続けるある人物の目に似ていた。
「失礼ですが、貴女様は?」
ジャスパーは震える唇でそう尋ねた。
すると少女はなお口角を吊り上げこう名乗った。
「アルバート・フレデリック・アーサー・ジョージが子女、カミラ・ローズ。第4近衛騎兵連隊の名誉連隊長をやってますの」
アルバート……。
ジャスパーは最初誰のことを言っているのか解せなかった。
しかし、ハッと思いついた。
「ジョージ6世国王陛下の……王女殿下であらせられましょうか?」
自分はなんと畏れ多いことをしていたのかと震える。
目の前にいる少女は王位継承権第3位、カミラ王女であった。
「で、スパイさん。貴方のお名前はなんとおっしゃるんですの?」
カミラ姫はそう微笑んだ。
何かたくらんでいる顔だとジャスパーは察したが、もちろん王族の頼みを無視することはできない。
「ジャスパー・ウォズウェル。階級は――」
「階級は中尉さんで間違いないかしら?」
ジャスパーが言い終える前にカミラ王女はそう言った。
しかし、その階級は間違ったもので、ジャスパーがそれを正そうと口を開くその前にカミラ王女はこう続けた。
「あら、間違えてしまったわ」
と。
イギリスにはある伝統がある。
それは「王室の人間が階級を言い間違えた場合。どのような階級であろうとその階級になる」というものだった。
普段は行使されることのない伝統で、半ば冗談半分に言われることが多々あった。
「……何をお考えでしょうか?」
ジャスパーは訝しみながらそう尋ねた。
すると嬉しそうに笑いながら口を開く。
「貴男を私の近衛に任命しますわ。それに10名程度の部下も差し上げましょう」
ジャスパーはイギリス安全保障調整局に身を置きながら陸軍にも籍を置く極めて珍しい軍人であった。
しかしジャスパーの軍歴は皆無に等しく、一兵卒として植民地の治安維持任務に派遣されたことがある程度であった。
そんな彼がいきなり中尉に任命され、尚且つ王女の近衛に任じられてしまった。
「もう一度尋ねましてよ。ドイツは我がイギリスに上陸を画策しているんですの?」
カミラ王女の問いにジャスパーは毅然と答えた。
「ハッ。その兆しがございます、王女殿下」と。
それを聞いたカミラ王女は嬉しそうに微笑むとこう宣言した。
「私の連隊に非常呼集をかけますわ。そして敵が上陸してきた暁には私が一番最初に援軍として駆け付けるわ」
と。
それから数日後。
「……本当にお出ましになるのでしょうか?」
ドイツ軍襲来すの報を聞いたカミラ王女は即座に騎兵連隊に対して集合を命じた。
彼女もまた赤色の軍服に身を包み、馬に跨っている。
「えぇ、もちろんでしてよ」
彼女はどこかワクワクしているような表情をしている。
そんな王女にジャスパーは不安を覚えた。
「結局、アラン中将は動きませんでしたね……」
陰から王女が多少の働きかけをしてくれたがアラン中将は動いてくれなかった。
いくら王位継承権保有者だとしてもその実権を有しているわけではなく、陸軍が首を縦に振ることはなかった。
「では、いきますわよ」
王女はそう言って馬を進めた。
彼女が進む道が恐らく我がイギリスの進む道になるだろう。
イギリスに栄光あれ。
「ちょっとリューイ!」
機関銃小隊を排除し、A中隊本隊が前進を始めたころリマイナと合流した。
するととたんに腰に手を当てて叱責された。
「いや、あのね?」
「いい? リューイは旅団長なの。切り込み隊の指揮を執るのならわかるよ! でもね、軍刀で敵を斬るのは違うんじゃないかな?」
微笑みながらそう言ってくるリマイナに私は何も言うことはできなかった。
彼女が言っていることは非常に理にかなっていて、常識的であったからだ。
「解ったわ……」
私はわざとらしくしょぼくれてみせる。
これでリマイナが弱ってくれれば……。
「そんなんじゃ騙されないよ?」
あ、ダメみたい。
「うぅ。解ったわよ」
「解ってくれればいいの。ほら、行くよ」
いつの間にかリマイナに主導権を握られていた。
「……勝った。わよね?」
私は空を見つめてそう呟いた。
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