65 / 127
第2章 新天地
20話
しおりを挟む「放て!」
ジャスパーは民家に騎馬で牽引してきた砲を隠蔽し、最後尾の車両を砲撃した。
先頭を撃破し、足を止めたあとに最後尾の車両を撃破する。
対戦車戦闘での定石であった。
しかも、敵は橋の上にある。
そのまま橋を落とせればよかったのだが。
「どうやら、あの野良犬は随分と鼻が利くらしい」
ジャスパーは苦々しくそう呟いた。
手元には有線でつながれた爆薬の起爆スイッチがある。
しかし、何度押しても反応しない。
「諸君、退くぞ」
あの野良犬のことだ、すぐに我々の位置をかぎつけて反撃してくるだろう。
ジャスパーの命令に従い兵たちが騎馬に砲を繋ぐ。
それを確認すると、ジャスパーは騎乗を命じる。
「急げ!」ジャスパーが怒鳴ると砲を牽引した騎兵が続く。
その場を離れた直後、砲を隠蔽していた地点が吹き飛ばされる。
「噂にたがわぬ練度だな」
ジャスパ―は表情をひきつらせながら笑った。
スパイの彼が全力で隠蔽していたのにもかかわらずすぐさま看破して見せた。
しかも、旅団長の車両が撃破されているのにもかかわらず、混乱するような素振りを一切見せなかった。
これを精兵と言わずして何が精兵か。
「連隊長補佐殿。いかがなさいますか?」
彼の後ろに続く曹長が尋ねた。
ジャスパーは現在連隊長補佐という地位に立っている。
「まずは本隊と合流し、224連隊の撤退を支援する」
「敵に追い打ちを掛けなくてもよろしいので?」
「これ以上欲を出せばこちらが狩られる」
彼はそう苦々しく応えた。
いろいろな策を用意していたが、あの練度を見てしまうと下手な策は打ちたくない。
「なんでこんな風になったんだか」
ジャスパーの呟きに答える者はいなかった。
「リューイ!」
リマイナが飛び降りてこちらへ駆け寄ってきた。
その間にヴェゼモアは私の車両を撃破した砲の位置を看破するとすぐに反撃していた。
「……やられたわね」
衝撃で吹き飛ばされた私は戦車の残骸に身を隠していた。
人生で2度目の撃破だ。
情けないことこの上ない。
「被害は?」
自戒する暇はない。
リマイナに尋ねる。
「第1中隊の3号車が撃破されたのと、リューイの旅団長車が撃破されただけ」
彼女は素早くあたりを見渡すとそう答えた。
相変わらず頼りになる同期だ。
「……海蛇大隊を待つわ」
私は苦渋の思いでそう呟いた。
対岸に敵が待ち伏せている確率は非常に高い。
そんな中で無防備に橋を渡るというのは被害を増大させる結果になりかねない。
今ならまだ、戦車中隊しか橋に足を踏み入れていない。
「一旦後退して海蛇大隊が対岸を確保するまで待ちましょう」
すでに海蛇大隊は南側で渡河に成功している。
北上するのを待って確実に渡河すべきだ。
「消極的かしら?」
「旅団長殿にしては消極的ですな」
気が付けばヴェゼモアがそばにいた。
私はフッと笑いこう答えた。
「たまにはしおらしくしてみようかしら」
と。
「旅団長、対岸の制圧完了いたしました」
十数分後、海蛇大隊が到着し対岸の安全が確保された。
いくつかの建物や道路に地雷や罠があった程度で敵の兵士はいなかった。
「意外ね」
私はその報告をすべて聞いてそう呟いた。
砲まで持ち出して遅滞させたのだから、さらに兵を潜ませて敵に大きな被害を与えるのが合理的な判断だろう。
いや、待てよ。
私が慎重策に出ることすら相手の予想の範疇だったのでは?
私とカミラ王女は初めて戦うはず。
そんな彼女が私の考えをすべて読み切った?
いや、ありえない。
どんな天才だろうと知りもしない相手の心情を読むなんてできるはずがない。
ではあのアレックス・フォードだろうか?
否、あの男は戦術眼に少しばかり優れているだけの平凡な男だ。
それに、合理的に作戦を運ぶはず。
他にいるとすれば……。
キリがない。
もしや、ソビエトのトゥハチェンスキが告げ口したのだろうか?
これが一番可能性が高い。
彼には何度も私の思考を読まれ、その裏をかかれた。
まさか初戦から私の戦術を予想してあそこまで私を苦しめるとは思ってもいなかった。
多数に負けたことや勝利を掴めなかったことは幾度もある。
だが、自らよりも兵数で劣る相手にあそこまで追い詰められたのは初めてだった。
そんな彼がカミラ王女に告げ口をし、私の戦術をすべて言い当てていたら?
……いや、杞憂だ。
今、ドイツとソビエトは不可侵条約を交わしている。
イギリスから見た時、それは同盟関係にあるといっても過言ではない。
そんな準敵国からの助言を王室の人間が聞き入れるだろうか。
まずありえないだろう。
しかもそれが一介の少佐ともなればなおさらのことだろう。
では、誰だろうか。
私が思案にふけっているとヴェゼモアが急かすように私の方を見てきた。
考える暇はない、か。
「全軍前進、敵を追撃するわよ」
私はそう高々と命じた。
「神よ、天啓に感謝いたしますわ」
プリマスから10kmほど北に行ったイェルバードンという町に移動したカミラ大佐はそう神に祈っていた。
「天啓、ですか?」
アレックス大佐は不思議そうにそう尋ねた。
カミラ王女が信仰熱心という話は聞いたことがなく、予想外の行動に彼は驚いていた。
「昨日の夜、神の天啓がありましてよ。『あの子は合理的だからそれを利用しなさい』とおっしゃってましたの」
ジャスパーは感心したように「へぇ」と呟いた。
天啓、それは近代において滅多に表れない事例。
なんらかの錯覚や記憶の混濁だとされている。
「カミラ大佐殿。敵は思惑通りに進撃を停止いたしました」
アレックス大佐の言葉を聞いたカミラ王女は嬉しそうに笑った。
「さて、リューイ・ルーカス。どう動くかしら?」
「敵はイェルバードンという町に指揮所を設置して付近の森に部隊を潜ませたようです」
ヴェゼモアが偵察隊と共に帰って来るとそう報告してきた。
相手はやはり合理的なだけか?
地図のイェルバードンを睨むと周囲には森が存在しており防衛に適している。
森といい、市街地といい。
戦車や装甲車に不利な状況での戦闘を強いられる。
できることなら平野で戦いたいものだ。
「後続の海兵連隊に任せますか?」
ヴェゼモアの問いに私は首を振る。
まだ後方の海兵連隊は再編成中だ。
「私達が行かなくて誰が行くのかしら?」
私がヴェゼモアに挑発的な笑みを浮かべると彼もまた、笑った。
「我々以外にいませんな」
「でしょう?」
そして二人で笑った。
相変わらず戦争が好きなことだ。
「さぁ諸君行くわよ!」
私の叫びにすべての将兵が「応!」と答えた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!
くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作)
異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える
ハーフのクロエ
ファンタジー
夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。
主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる