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第2章 新天地
32話
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「では中隊長。いかがなさいますか?」
B小隊長がそうリマイナに尋ねた。
リマイナはそれに微笑むと「南方の1個大隊を殲滅しなさい」と答えた。
無茶な命令だった。
僅か1個小隊で1個大隊を殲滅するなど不可能に近かった。
しかし、リマイナは自らの部下を信じ、そして冷静に分析していた。
結果として導き出した答えは1個小隊で1個大隊を殲滅または撃破することは容易であるという結論だった。
「AとC小隊は私に続いて目の前にいる2個連隊を弾き返す」
リマイナが命じられたのはあくまで殿や時間稼ぎではあったが、リマイナは敵連隊を弾き返すつもりでいた。
(ここを死守すれば必ずリューイは援軍を連れて戻って来る)
彼女はそういう確信があった。
現実問題として、南部にいる大隊を撃破しない限り、リマイナは撤退することができない。
かといってすべて南に差し向ければ側面から敵連隊の攻撃を受ける。
「諸君らの健闘を祈る!」
リマイナはそう勇ましく叫ぶ。
それに応える部下たち。
誰一人として、勝利を信じて疑わなかった。
「中隊長も無茶な命令を出されるものだ」
B小隊長、フォニル中尉はそうぼやいた。
ただそれに上司への反感の念は無く、どこか言葉の端々が躍っていた。
「小隊傾注。我々は愛おしき中隊長より2個大隊殲滅の命令を下された」
フォニルの言葉に部下たちは表情を引き締める。
「失敗は許されない。決死の覚悟で挑むぞ」
あえて彼は兵たちと同じ目線になって言葉を紡いだ。
あくまで中隊長に従う一人の兵士として小隊員へ呼びかけたのであった。
「オォッ!」
小隊員たちはそう歓声を上げた。
彼らの前に立ちはだかるのは2個大隊、およそ200両の戦車。
対してフォニルが率いるのは15両に過ぎなかった。
「敵の2個連隊が迫っているんですよ! なぜ退いてはならんのですか!」
私は少し後退した地点でさらなる後退許可を伺っていた。
無線の先は北方軍集団。
「番犬というネームバリューがその2個連隊を引きつけているのならそこに君はいるべきだ」
参謀の呑気な言葉に私の中で何かが切れる音がした。
「そもそも敵には装甲部隊は無いと言っておりましたな! これは何です! 軍集団の怠慢ではないですか!」
私の叫びに通信相手の参謀は一瞬言葉を詰まらせた。
しかし、すぐに反論が飛んでくる。
「ソビエトの隠蔽が見事だったという他ないだろう! 空軍の偵察でも発見できなかった部隊を発見できると思うのか!」
「装甲部隊がいる可能性を示唆するのが参謀の役目でしょう! なぜこのような予備部隊を設けない無理な作戦をご立案なされたのです!」
そう、軍集団に予備はほとんどなかった。
各方面に割り当てられた兵力はその方面を維持するので精一杯であり、他の方面に割けるほどの兵力はない。
「早期にレニングラードを陥落させよと総統閣下の命令である!」
ヒトラー総統を盾にされては明確な批判は難しい。
気持ちはわからなくない。
レニングラードを早期に奪取し、全軍をもってモスクワへ進撃する。
しかし急いでいるときほど一度立ち止まり慎重になる必要があるとなぜ解らない。
「諸君らが2個連隊引きつけてくれればほかの街道がレニングラードに迫る! 少しの辛抱だ!」
参謀はそう言葉をつづけた。
耐える、しかない。
私はそう覚悟した。
2個大隊で、敵の師団規模に及ぶとも見られる部隊を足止めする。
やるしかないのだ。
「せめて大隊2つの援軍を……」
私の言葉に参謀は溜息と共に答えた。
知っていた。
予備はない。
また、部隊を壊滅させることになるのかと私は憂鬱な気分になる。
2個大隊が全滅するその時まで抵抗を続ければ師団程度軽く足止めできるだろう。
だが、それで何を得る。
「解っていると思うがもう予備は――」
参謀がそう口にしかけたとき、スピーカーから雑音が聞こえた。
何者かが、この周波数に割り込んできた。
「3個大隊、急行させることができるが」
それは聞きなれた声であった。
しかし参謀はそうではなかったようで「どこの部隊だ!」と怒鳴った。
普通なら何者かの悪戯かと思うだろう。
声の主は大きく息を吸うと、参謀にこう告げた。
「バルトニア連邦大統領カールリス・ウルマニスである」と。
「お久しぶりね」
「あぁ。久しぶり」
無線越しに私とウルマニスはそう言葉を交わした。
参謀は未だに茫然としている。
「で? 3個大隊はどんな部隊かしら?」
私は早速本題に入った。
例えば2個大隊が騎兵部隊だったとしてもあまり役には立たない。
むしろ邪魔になる可能性すらある。
「君の帰還に備えて機甲部隊をそろえていたんだよ。感謝したまえ」
恐らく今頃ウルマニスは無線機越しに胸を張っていることだろう。
「2個装甲車大隊と1個機械化歩兵だ。砲兵が欲しければいくらでもつけよう」
敗戦後のバルトニアでは急速に軍備再編が進められた。
ソビエトが行った最後の攻勢にて多くの師団が壊滅したがために、陸軍は『質よりも量』から『量より質』への方針転換を余儀なくされた。
戦車の保有を禁じられたバルトニア軍は何とかソビエトと交渉し、装輪式の装甲車を有する大隊2個と機械化歩兵1個の大隊を編成し第1旅団帰還の時を待っていた。
残念ながら開戦時期が史実よりもズレた為に開戦時には部隊は戦闘状態になかったが、ようやく戦闘用意が完了したとのことであった。
「今、部隊を送った。10分以内に到着するだろう。それに、幾つかの部隊もついてくるようだよ」
ウルマニスの言葉に私は思わず驚きの声を上げた。
いくつかの部隊とは何だろうか。
「君も随分と慕われているじゃないか」
そうウルマニスは笑うと一方的に通信を切断した。
呆然とする参謀を置いて私もまた、通信機を切る。
そして、振り返ると背後にいた部隊長たちにこう宣言した。
「第1旅団戦闘用意! 今なお敵と戦うA中隊救出を行うわ!」
対してリマイナ。
ソビエトが持つ命令伝達手段は旗信号しかなく、実に単調な戦闘が繰り広げられていた。
否、単調といっても砲火の応酬は激しく繰り広げられていた。
「右10、距離750!」
リマイナは砲塔からそう射撃手へ命令を伝える。
するとすぐに砲塔が10度旋回する。
「ファイア!」
彼女の言葉と共に射撃手は引き金を引くと爆音とともに彼女の乗る戦車から砲弾が放たれる。
「次!左5、距離500」
次々とリマイナは命令を下す。
「急いで!」
砲煙で砲塔内が煙に包まれてもなお、その手を休めない。
「ファイア!」
彼女がそう叫ぶと同時に敵の戦車は吹き飛んでいく。
一撃で確実に撃破していっているものの、敵は距離を確実に詰めてきている。
このままでは密着され押しつぶされてしまう。
「A小隊。1両被弾」
「C小隊。1両爆散」
次々と通信手が被害報告を伝えてくる。
2個連隊を相手取ってよく戦ってはいるがどうしても損害は避けられない。
「B小隊、敵大隊を撃破。追撃許可を求めてきています」
淡々と通信手は状況を伝える。
それはリマイナの脳内にたまったアドレナリンをやわらげ、彼女の脳を冷静にさせる。
状況を整理しよう。
部隊は現在敵2個連隊を足止めするため村や地形を盾に防衛中。
南部で敵2個大隊と交戦していたB小隊は敵を撃破した。
退くなら、今じゃないか?
リマイナの脳内にそう考えがよぎった。
しかし、ある音がリマイナの耳に届き、それは打ち消された。
「敵機右45度!」
リマイナの耳にその音が届くと同時にどこかで兵が叫んだ。
その方向へリマイナが視線を向けるとこちらへ向かって突っ込んでくる5機の攻撃機がいた。
ただそれをリマイナは呆然と見つめていた。
もう間に合わない。
敵は確実にリマイナの戦車を捕らえていた。
そして、両翼に装備されたロケット弾が放たれ――。
その間際、攻撃機がすさまじい爆音とともに爆ぜた。
B小隊長がそうリマイナに尋ねた。
リマイナはそれに微笑むと「南方の1個大隊を殲滅しなさい」と答えた。
無茶な命令だった。
僅か1個小隊で1個大隊を殲滅するなど不可能に近かった。
しかし、リマイナは自らの部下を信じ、そして冷静に分析していた。
結果として導き出した答えは1個小隊で1個大隊を殲滅または撃破することは容易であるという結論だった。
「AとC小隊は私に続いて目の前にいる2個連隊を弾き返す」
リマイナが命じられたのはあくまで殿や時間稼ぎではあったが、リマイナは敵連隊を弾き返すつもりでいた。
(ここを死守すれば必ずリューイは援軍を連れて戻って来る)
彼女はそういう確信があった。
現実問題として、南部にいる大隊を撃破しない限り、リマイナは撤退することができない。
かといってすべて南に差し向ければ側面から敵連隊の攻撃を受ける。
「諸君らの健闘を祈る!」
リマイナはそう勇ましく叫ぶ。
それに応える部下たち。
誰一人として、勝利を信じて疑わなかった。
「中隊長も無茶な命令を出されるものだ」
B小隊長、フォニル中尉はそうぼやいた。
ただそれに上司への反感の念は無く、どこか言葉の端々が躍っていた。
「小隊傾注。我々は愛おしき中隊長より2個大隊殲滅の命令を下された」
フォニルの言葉に部下たちは表情を引き締める。
「失敗は許されない。決死の覚悟で挑むぞ」
あえて彼は兵たちと同じ目線になって言葉を紡いだ。
あくまで中隊長に従う一人の兵士として小隊員へ呼びかけたのであった。
「オォッ!」
小隊員たちはそう歓声を上げた。
彼らの前に立ちはだかるのは2個大隊、およそ200両の戦車。
対してフォニルが率いるのは15両に過ぎなかった。
「敵の2個連隊が迫っているんですよ! なぜ退いてはならんのですか!」
私は少し後退した地点でさらなる後退許可を伺っていた。
無線の先は北方軍集団。
「番犬というネームバリューがその2個連隊を引きつけているのならそこに君はいるべきだ」
参謀の呑気な言葉に私の中で何かが切れる音がした。
「そもそも敵には装甲部隊は無いと言っておりましたな! これは何です! 軍集団の怠慢ではないですか!」
私の叫びに通信相手の参謀は一瞬言葉を詰まらせた。
しかし、すぐに反論が飛んでくる。
「ソビエトの隠蔽が見事だったという他ないだろう! 空軍の偵察でも発見できなかった部隊を発見できると思うのか!」
「装甲部隊がいる可能性を示唆するのが参謀の役目でしょう! なぜこのような予備部隊を設けない無理な作戦をご立案なされたのです!」
そう、軍集団に予備はほとんどなかった。
各方面に割り当てられた兵力はその方面を維持するので精一杯であり、他の方面に割けるほどの兵力はない。
「早期にレニングラードを陥落させよと総統閣下の命令である!」
ヒトラー総統を盾にされては明確な批判は難しい。
気持ちはわからなくない。
レニングラードを早期に奪取し、全軍をもってモスクワへ進撃する。
しかし急いでいるときほど一度立ち止まり慎重になる必要があるとなぜ解らない。
「諸君らが2個連隊引きつけてくれればほかの街道がレニングラードに迫る! 少しの辛抱だ!」
参謀はそう言葉をつづけた。
耐える、しかない。
私はそう覚悟した。
2個大隊で、敵の師団規模に及ぶとも見られる部隊を足止めする。
やるしかないのだ。
「せめて大隊2つの援軍を……」
私の言葉に参謀は溜息と共に答えた。
知っていた。
予備はない。
また、部隊を壊滅させることになるのかと私は憂鬱な気分になる。
2個大隊が全滅するその時まで抵抗を続ければ師団程度軽く足止めできるだろう。
だが、それで何を得る。
「解っていると思うがもう予備は――」
参謀がそう口にしかけたとき、スピーカーから雑音が聞こえた。
何者かが、この周波数に割り込んできた。
「3個大隊、急行させることができるが」
それは聞きなれた声であった。
しかし参謀はそうではなかったようで「どこの部隊だ!」と怒鳴った。
普通なら何者かの悪戯かと思うだろう。
声の主は大きく息を吸うと、参謀にこう告げた。
「バルトニア連邦大統領カールリス・ウルマニスである」と。
「お久しぶりね」
「あぁ。久しぶり」
無線越しに私とウルマニスはそう言葉を交わした。
参謀は未だに茫然としている。
「で? 3個大隊はどんな部隊かしら?」
私は早速本題に入った。
例えば2個大隊が騎兵部隊だったとしてもあまり役には立たない。
むしろ邪魔になる可能性すらある。
「君の帰還に備えて機甲部隊をそろえていたんだよ。感謝したまえ」
恐らく今頃ウルマニスは無線機越しに胸を張っていることだろう。
「2個装甲車大隊と1個機械化歩兵だ。砲兵が欲しければいくらでもつけよう」
敗戦後のバルトニアでは急速に軍備再編が進められた。
ソビエトが行った最後の攻勢にて多くの師団が壊滅したがために、陸軍は『質よりも量』から『量より質』への方針転換を余儀なくされた。
戦車の保有を禁じられたバルトニア軍は何とかソビエトと交渉し、装輪式の装甲車を有する大隊2個と機械化歩兵1個の大隊を編成し第1旅団帰還の時を待っていた。
残念ながら開戦時期が史実よりもズレた為に開戦時には部隊は戦闘状態になかったが、ようやく戦闘用意が完了したとのことであった。
「今、部隊を送った。10分以内に到着するだろう。それに、幾つかの部隊もついてくるようだよ」
ウルマニスの言葉に私は思わず驚きの声を上げた。
いくつかの部隊とは何だろうか。
「君も随分と慕われているじゃないか」
そうウルマニスは笑うと一方的に通信を切断した。
呆然とする参謀を置いて私もまた、通信機を切る。
そして、振り返ると背後にいた部隊長たちにこう宣言した。
「第1旅団戦闘用意! 今なお敵と戦うA中隊救出を行うわ!」
対してリマイナ。
ソビエトが持つ命令伝達手段は旗信号しかなく、実に単調な戦闘が繰り広げられていた。
否、単調といっても砲火の応酬は激しく繰り広げられていた。
「右10、距離750!」
リマイナは砲塔からそう射撃手へ命令を伝える。
するとすぐに砲塔が10度旋回する。
「ファイア!」
彼女の言葉と共に射撃手は引き金を引くと爆音とともに彼女の乗る戦車から砲弾が放たれる。
「次!左5、距離500」
次々とリマイナは命令を下す。
「急いで!」
砲煙で砲塔内が煙に包まれてもなお、その手を休めない。
「ファイア!」
彼女がそう叫ぶと同時に敵の戦車は吹き飛んでいく。
一撃で確実に撃破していっているものの、敵は距離を確実に詰めてきている。
このままでは密着され押しつぶされてしまう。
「A小隊。1両被弾」
「C小隊。1両爆散」
次々と通信手が被害報告を伝えてくる。
2個連隊を相手取ってよく戦ってはいるがどうしても損害は避けられない。
「B小隊、敵大隊を撃破。追撃許可を求めてきています」
淡々と通信手は状況を伝える。
それはリマイナの脳内にたまったアドレナリンをやわらげ、彼女の脳を冷静にさせる。
状況を整理しよう。
部隊は現在敵2個連隊を足止めするため村や地形を盾に防衛中。
南部で敵2個大隊と交戦していたB小隊は敵を撃破した。
退くなら、今じゃないか?
リマイナの脳内にそう考えがよぎった。
しかし、ある音がリマイナの耳に届き、それは打ち消された。
「敵機右45度!」
リマイナの耳にその音が届くと同時にどこかで兵が叫んだ。
その方向へリマイナが視線を向けるとこちらへ向かって突っ込んでくる5機の攻撃機がいた。
ただそれをリマイナは呆然と見つめていた。
もう間に合わない。
敵は確実にリマイナの戦車を捕らえていた。
そして、両翼に装備されたロケット弾が放たれ――。
その間際、攻撃機がすさまじい爆音とともに爆ぜた。
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