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第2章 新天地
37話
しおりを挟む突然、左側から飛び出してきた敵に私は反応が遅れた。
トゥハチェンスキの駆る戦車の砲塔は私の車両をしっかりととらえている。
距離は10メートルとない。
敵の戦車は見慣れたものであった。
T34。この時期はまだ一部部隊にしか配備されていないはずのそれが、目の前にあった。
「くそったれ」
私はそう呟いた。
まだ負けてたまるものか。
私には果たさなければならないことがる。
「後進一杯!」
その命令に操縦手は即座に反応して見せた。
直後、敵の砲塔が煌めく。
「当たるわけないでしょう!」
私はそう叫んで戦車を旋回させた。
この時期のT34はまだ初期型。
非常に精度が悪く不発だって多い。
「すみません!」
トゥハチェンスキの足元で
射撃手が声を上げた。
「謝る暇があったら、もう一度照準しろ!」
トゥハチェンスキの声に射撃手は「はい!」と応じるとすぐさま再照準する。
「敵は神に愛されているようだ」
トゥハチェンスキはそう呟いた。
いくらこの砲の精度が悪いといえど10mの距離を外すはずなんてありえない。
それに射撃手の腕にも問題ないはずだ。
つまり先ほどのはこちら側に原因があるわけではない。
リューイ・ルーカスが神に愛されているとしか思えない。
「リマイナ! 第2、第3小隊とともに対岸の敵に砲撃を続けなさい!」
私は素早く無線機に向かって声を上げる。
敵は1個戦車中隊。
数では同数だ、大きな間違いを犯さなければ大丈夫なはずだ。
「第1小隊! 私とともに敵を撃滅するわよ!」
私が声を上げると、5両の戦車が一気に動き出した。
それからは、敵味方が入り乱れた乱戦模様となった。
「リューイ!」
敵を撃とうとすれば味方に当たってしまいそうなほど敵と第1小隊の面々は入り乱れていた。
もはやあれでは装甲などあったものではない。
「第2、第3小隊! 稜線に隠れて敵に反撃をし続けて!」
リマイナがそう声を上げるとそれぞれの小隊長が「了解!」と応じた。
それを聞き遂げたリマイナは戦車を反転させた。
「どいて!」
リマイナは戦車の中に潜り込むとそう言って砲手と席を交代させた。
彼女は操縦手としての腕も一流であるが、砲手をやらせればそれはもはや奇跡かと思うほどの好成績をたたき出す。
「砲差」
リマイナは静かにそう言った。
射撃手は半信半疑のまま「+1です」と答えた。
リマイナの射撃の腕を知っているのはリューイや今は亡き同期や一部の古参兵たちだけ。
最近補充されたばかりの兵はその腕を知らない。
「風速、風向」
「1kn、213°です」
射撃手からの返答を聞くたびに少しずつリマイナはつまみを調整する。
砲弾というのはひどく繊細なものだ。
砲身の膨張、気温、気圧、風速によって左右される。
これらをいちいち考慮していては射撃なんてままならない。
だからこそ、射撃手たちは誤差を小さくするように競い合う。
もとから一点だけに砲撃することなど目指していない。
だが仮に、狙った場所。
針すら通らないような小さな点に砲撃を当てることができたとしたら?
「リューイ、やるよ」
リマイナは無線機に向かってそう小さくささやくと引き金を引いた。
「こんなんじゃ敵も味方もないわね!」
私はやけくそになって叫んだ。
どれがトゥハチェンスキの乗る戦車かわからない。
手あたり次第敵の戦車を撃ち続けるしかない。
「リューイ、やるよ」
突然聞こえたリマイナの声。
私は一瞬何のことかと要領を得なかったが、すぐに察した。
「あの子もなかなかに無謀よね」
私はそう呟くと砲塔を旋回させる。
「見つけたぞ! リューイルーカスゥ!!」
背後からトゥハチェンスキの声が聞こえた。
私の目の前にはリマイナの車両、後方にはトゥハチェンスキ。
さらに私とリマイナの間には無数の戦車が行き交い、僅かな隙間しかない。
「いいわよ」
私はそう無線機に向かって声をかけると同時に操縦手に前進を命じるとリマイナの車両が煌めいた。
その瞬間、私の車体にすさまじい衝撃が襲い掛かる。
状況を確認する必要もない、リマイナが右の履帯を打ち抜いたのだ。
私の戦車は急速に右旋回し、その砲身をトゥハチェンスキが操る戦車の砲塔と車体の間に押し付けた。
「終わりよ」
私は小さくそう呟くと「撃て」と命じた。
その瞬間、砲身がはじけた。
「……は?」
直後、リマイナの乗る戦車から放たれた砲弾がトゥハチェンスキの戦車を穿つ。
呆然とする私を余所に目の前で戦車が爆炎を上げる。
「ちょっ!」
私はとっさに砲塔の中に潜り込む。
直後、私の頭上を鉄片が掠めていく。
「あっぶ……」
私はそう呟く。
直後、「大隊長がやられた!」と敵がわめき始めた。
全方位から対岸へと向かう戦車のエンジン音が響く。
「総員集結! 追撃はいらない!」
私は砲塔から身を乗り出すと兵たちにそう叫んだ。
戦場の熱狂に包まれた奴らが一瞬不満げな表情を浮かべたが自らの周囲を見て顔を青くしていた。
「負傷者収容、敵の負傷者も助けてやりなさい」
私はそう命じると残った車両を数える。
私の車両をあわせて16両あった戦車のうち3両がやられた。
「……やっぱり辛いわね」
私はそう呟いて敵の残骸を数える。
「4両、ほぼ同数」
乱戦になってしまえば戦車の性能などほとんど影響しない。
あるとすれば搭乗員の知能と技能だ。
日々訓練を積んだ私たちとほぼ互角にやりあったということは敵も練度がずいぶんと高いらしい。
「よし、迂回して戻りましょうか」
私は無線機にそう言うと自らの足元を見た。
「憐れね」
そこにはトゥハチェンスキの姿があった。
悪運強く生き残ったらしい。
「くっそ……たれが」
かすかに残った命を振り絞ってトゥハチェンスキがそう言った。
私はくすりと笑うと彼に「貴方には情報を吐いてもらうわ、ここで死ねると思わないことね」と告げた。
トゥハチェンスキはそれに何も答えなかった。
「敵の大隊長よ、車両に乗せて護送するわ」
近づいてきた歩兵中隊の医療兵にそう伝えると私は配下の部隊を再集結させた。
熾烈な乱戦を演じた割には損害はそれほどなかった。
「戦車12両と歩兵中隊は損害なし、ね」
私の言葉にリマイナが「歩兵中隊に損害なないのは大きいね」と答えた。
「諸君! 迂回して戻るわよ!」
私は右手を上げてそう宣言した。
直後、地平線の奥から無数の砲弾が降り注いできた。
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