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第2章 新天地
47話
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そのころ、モスクワでは首都防衛の責任者であるジューコフがスターリンへ戦況を報告していた。
「現状、ドイツ軍の攻勢は停止いたしました。もう間もなく厳冬期となり、敵も止まるかと思われます」
「ふむ……あの子の言う通りだったな」
スターリンはそう言って自らのひげを右手で弄ぶ。
彼はこの戦争の趨勢をすべて知っていた。
「これを知っておられたのですか」
ジューコフは意外といったように尋ねた。
「知っていなければ今頃士官を粛正していたよ」
そう言って笑みを浮かべるスターリンにジューコフは震えあがった。
彼の言葉は冗談と取るにはあまりにも迫力に満ちていた。
「1939年の戦争は我々によい刺激だったな。なぁ?」
スターリンはそう尋ねた。
彼は1939年の戦争を最初は「屈辱的な勝利」と言っていた。
自らが仕掛けた戦争なのに、本土を失地した上にレニングラードまで進撃を許した。
前線将校をすべて粛正してやろうかと憤っていたスターリンを止めたのは、彼の養子(こども)であった。
「おかげで、我々は兵力を温存することができています」
ジューコフはそう答えた。
「レニングラードは陥ちたが、モスクワは陥ちない」
スターリンはそう言って地図をにらんだ。
ジューコフとスターリンは開戦前夜から対ドイツ戦について戦略を練っていた。
その中で出された結論。
「ここまでは我々の筋書き通りですな」
「よく言ったものだ」
スターリンはそう言って鼻を鳴らした。
おおよそ、彼らの筋書き通り敵はまんまとソ連本土へと侵入し、重要拠点を次々に陥落させている。
「レニングラードが落ちたのも、誤算。でしょう?」
「あぁ、偉大なるレーニン閣下の権威を失墜させた罪は重いな」
スターリンはそう言って卑しく笑みを浮かべた。
先代の指導者であるレーニンの名を冠した都市。
それがレニングラード。
「たまたま、キエフに展開していたのが政治犯たちを集めていた懲罰師団なのも、偶然ですから」
60万人以上が捕虜になったキエフ。
だが、捕虜の半数以上は政治犯や浮浪者たちで構成された民兵であった。
「ふん。難儀なものだな」
スターリンンはそういって吐き捨てた。
「ほんの些細な違いが、大きな違いをもたらすようですから」
「例えば、あの番犬か?」
スターリンはそういって目を細めた。
「彼は、そう言っておりました」
ジューコフは静かにそう答えた。
リューイ・ルカースのことはスターリンも知っていた。
直に矛先を向けられたことはないが、日々伝えられる戦況からその気迫を感じたものだ。
二人は静かにため息を吐いた。
たとえ未来を知ることができたとしても、皆が皆同じように動くとは限らない。
それに、彼の言葉が真実であるとも、限らない。
一瞬の沈黙、それを引き裂くように一人の男が彼らのもとに駆け込んできた。
「前線が! 前線が突破されました! 敵の指揮官はエルヴィン・ロンメル!!」
まさしく今、歴史が変わろうとしていた。
「諸君! 突き進め!」
ロンメルの号令と共に私率いる第1旅団は進撃を開始した。
史実では南、西、北の3方面から同時に進撃したが、今回は違う。
「グデーリアン大将の第2装甲軍が左翼、ホト大将の第3装甲軍が右翼、そしてヘプナー大将の第4装甲軍が後衛ですか」
「我々も損な役割だな」
両翼、そして後方をドイツ軍の誇る名将たちが固める中、最前線を突き進むのは思ったよりプレッシャーがかかる。
ロンメルはそれを揶揄して笑った。
「だが、市街地に突入できるのは我々しかいない。そうでしょう?」
私の言葉にロンメルはうなずいた。
彼はすぐさま統合軍の性質を見抜いた。
「この軍は歩兵主体の軍団のわりに、前線の構築は苦手だ」
ロンメルはそういって後ろを眺めた。
後方には無数のトラックが連なる。
ルーマニアやハンガリーなどの歩兵師団はそのどれもが徒歩であり、ドイツ軍の機動に追いつけるものではなかった。
それを解決するためにロンメルはどこからともなくトラックを手配して見せた。
「言語も統一化されておらず、人種も違う」
厳しい塹壕戦において連帯感というものは非常に大事だ。
それは第1次世界大戦でも証明されたことだった。
「だが、練度は飛びぬけていい」
ロンメルはそう言って歩兵部隊を賞賛した。
各地で損害を被った部隊が休息のために後退していたのをかき集めて作られたのがこの統合軍である。
裏を返せば実戦経験豊富な部隊であるともいえる。
師団単位、若しくは連隊以下の単位で個別に行動させ、市街地に投入すればいい。
「軍服までは統一できなかったので、それが気がかりですけどね」
私はそう呟いた。
各国軍の軍服を統一するのは不可能だった。
それぞれの国の軍人は軍服に誇りを持つものだ。
無理やり取り上げれば士気はダダ下がりだろう。
「初陣を華々しく飾るとしようか」
ロンメルはそう言って笑みを浮かべた。
モスクワ西方130km。
ドイツ軍は10月までにそこまで進出していた。
ソ連軍はモスクワ市街地外郭を中心に最終防衛ライン、モスクワ防衛線を構築。
歩兵師団を中心に80師団以上の兵力をもってドイツ軍を迎え撃つ。
対してドイツ軍は4個装甲軍をまとめた第1打撃軍集団を組織。
これを筆頭に合計50師団以上でモスクワに迫った。
時は11月初め。
ドイツ軍に残された時間は──。
1ヶ月となかった。
「前方に敵防衛拠点!」
順調に進撃を続けていた私たちを阻んだのはモスクワから100kmのドロホヴォという都市であった。
ロンメルという男は不思議なもので、前線に私を置きながらも自らも戦車を操りそれに同行している。
「支援砲撃を要請します」
偵察からの報告に私はすぐさま答えた。
私の言葉にロンメルは「あぁ。頼む」と答えると右手をスッと挙げた。
「1個小隊借りていくぞ」
「……は?」
突然の言葉に私は思わずそう尋ねた。
「威力偵察に行ってくる」
ロンメルの言葉に私は溜息が出た。
なるほど、これは面倒だ。
私が切り込みをしようとすると部下が反対する気持ちも何となく理解することができた。
「小隊と言わず、中隊を」
「いいのか」
ロンメルはそう尋ねた。
彼を威力偵察程度で戦死させるわけにはいかない。
「クラウス大尉の第1中隊はロンメル大将と威力偵察を実施しなさい」
私はクラウス大尉にそう命じた。
彼は「了解!」と勢いよく応じると見事な敬礼で答えた。
「ではお願い致します」
私の言葉にロンメルは「任せたまえ」と応じた。
「諸君。私の後ろに菱形陣形で続きたまえ」
ロンメルはクラウス以下の第1中隊に命じるとゆっくりと速度を上げた。
彼にとって、これはいい機会になるだろう。
ロンメルという名将のもとで彼の指揮を間近で見ることができるのは大きな収穫になる。
「大尉。中隊の指揮は私が執るが、それでいいか?」
ロンメル大将の言葉にクラウス大尉は「勉強させていただきます」と答えた。
彼の返答に、ロンメルは満足げな笑みを浮かべると右手を振り上げた。
「全速前進! ドロホヴォ郊外を偵察する!!」
雄たけびを上げると足で操縦手を蹴り、戦車を走りださせた。
「閣下、目の前のがドロホヴォです」
クラウス大尉が無線機でロンメルにそう伝えた。
「あぁ、解っている。諸君、榴弾を用意したまえ」
ロンメルは唐突にそう命じた。
直後、市街地から無数の機銃による攻撃。
「敵の火点にむけて自由に撃ちたまえ」
彼の言葉に各車両は思い思いに照準を合わせる。
「撃て」
彼の号令と同時に15両の戦車が砲を放った。
数秒としなうちにそのすべてが機銃陣地に命中し、それを吹き飛ばす。
目標が重複していた車両もあったようだが、それでも7つ以上の陣地を消し飛ばしただろう。
「……よく当てたものだな」
ロンメルは目を見開いてそう呟いた。
「東部戦線一の精鋭部隊ですから」
クラウス大尉はどこか誇らしげに答えた。
彼らの練度は本物らしいとロンメルが確信したころ、一人の兵が声を上げた。
「ドロホヴォより敵部隊出現!」
その言葉を聴いてロンメルは口角を吊り上げた。
「こうも簡単だと拍子抜けするな」
その直後、ドロホヴォの街に砲弾が降り注いだ。
「現状、ドイツ軍の攻勢は停止いたしました。もう間もなく厳冬期となり、敵も止まるかと思われます」
「ふむ……あの子の言う通りだったな」
スターリンはそう言って自らのひげを右手で弄ぶ。
彼はこの戦争の趨勢をすべて知っていた。
「これを知っておられたのですか」
ジューコフは意外といったように尋ねた。
「知っていなければ今頃士官を粛正していたよ」
そう言って笑みを浮かべるスターリンにジューコフは震えあがった。
彼の言葉は冗談と取るにはあまりにも迫力に満ちていた。
「1939年の戦争は我々によい刺激だったな。なぁ?」
スターリンはそう尋ねた。
彼は1939年の戦争を最初は「屈辱的な勝利」と言っていた。
自らが仕掛けた戦争なのに、本土を失地した上にレニングラードまで進撃を許した。
前線将校をすべて粛正してやろうかと憤っていたスターリンを止めたのは、彼の養子(こども)であった。
「おかげで、我々は兵力を温存することができています」
ジューコフはそう答えた。
「レニングラードは陥ちたが、モスクワは陥ちない」
スターリンはそう言って地図をにらんだ。
ジューコフとスターリンは開戦前夜から対ドイツ戦について戦略を練っていた。
その中で出された結論。
「ここまでは我々の筋書き通りですな」
「よく言ったものだ」
スターリンはそう言って鼻を鳴らした。
おおよそ、彼らの筋書き通り敵はまんまとソ連本土へと侵入し、重要拠点を次々に陥落させている。
「レニングラードが落ちたのも、誤算。でしょう?」
「あぁ、偉大なるレーニン閣下の権威を失墜させた罪は重いな」
スターリンはそう言って卑しく笑みを浮かべた。
先代の指導者であるレーニンの名を冠した都市。
それがレニングラード。
「たまたま、キエフに展開していたのが政治犯たちを集めていた懲罰師団なのも、偶然ですから」
60万人以上が捕虜になったキエフ。
だが、捕虜の半数以上は政治犯や浮浪者たちで構成された民兵であった。
「ふん。難儀なものだな」
スターリンンはそういって吐き捨てた。
「ほんの些細な違いが、大きな違いをもたらすようですから」
「例えば、あの番犬か?」
スターリンはそういって目を細めた。
「彼は、そう言っておりました」
ジューコフは静かにそう答えた。
リューイ・ルカースのことはスターリンも知っていた。
直に矛先を向けられたことはないが、日々伝えられる戦況からその気迫を感じたものだ。
二人は静かにため息を吐いた。
たとえ未来を知ることができたとしても、皆が皆同じように動くとは限らない。
それに、彼の言葉が真実であるとも、限らない。
一瞬の沈黙、それを引き裂くように一人の男が彼らのもとに駆け込んできた。
「前線が! 前線が突破されました! 敵の指揮官はエルヴィン・ロンメル!!」
まさしく今、歴史が変わろうとしていた。
「諸君! 突き進め!」
ロンメルの号令と共に私率いる第1旅団は進撃を開始した。
史実では南、西、北の3方面から同時に進撃したが、今回は違う。
「グデーリアン大将の第2装甲軍が左翼、ホト大将の第3装甲軍が右翼、そしてヘプナー大将の第4装甲軍が後衛ですか」
「我々も損な役割だな」
両翼、そして後方をドイツ軍の誇る名将たちが固める中、最前線を突き進むのは思ったよりプレッシャーがかかる。
ロンメルはそれを揶揄して笑った。
「だが、市街地に突入できるのは我々しかいない。そうでしょう?」
私の言葉にロンメルはうなずいた。
彼はすぐさま統合軍の性質を見抜いた。
「この軍は歩兵主体の軍団のわりに、前線の構築は苦手だ」
ロンメルはそういって後ろを眺めた。
後方には無数のトラックが連なる。
ルーマニアやハンガリーなどの歩兵師団はそのどれもが徒歩であり、ドイツ軍の機動に追いつけるものではなかった。
それを解決するためにロンメルはどこからともなくトラックを手配して見せた。
「言語も統一化されておらず、人種も違う」
厳しい塹壕戦において連帯感というものは非常に大事だ。
それは第1次世界大戦でも証明されたことだった。
「だが、練度は飛びぬけていい」
ロンメルはそう言って歩兵部隊を賞賛した。
各地で損害を被った部隊が休息のために後退していたのをかき集めて作られたのがこの統合軍である。
裏を返せば実戦経験豊富な部隊であるともいえる。
師団単位、若しくは連隊以下の単位で個別に行動させ、市街地に投入すればいい。
「軍服までは統一できなかったので、それが気がかりですけどね」
私はそう呟いた。
各国軍の軍服を統一するのは不可能だった。
それぞれの国の軍人は軍服に誇りを持つものだ。
無理やり取り上げれば士気はダダ下がりだろう。
「初陣を華々しく飾るとしようか」
ロンメルはそう言って笑みを浮かべた。
モスクワ西方130km。
ドイツ軍は10月までにそこまで進出していた。
ソ連軍はモスクワ市街地外郭を中心に最終防衛ライン、モスクワ防衛線を構築。
歩兵師団を中心に80師団以上の兵力をもってドイツ軍を迎え撃つ。
対してドイツ軍は4個装甲軍をまとめた第1打撃軍集団を組織。
これを筆頭に合計50師団以上でモスクワに迫った。
時は11月初め。
ドイツ軍に残された時間は──。
1ヶ月となかった。
「前方に敵防衛拠点!」
順調に進撃を続けていた私たちを阻んだのはモスクワから100kmのドロホヴォという都市であった。
ロンメルという男は不思議なもので、前線に私を置きながらも自らも戦車を操りそれに同行している。
「支援砲撃を要請します」
偵察からの報告に私はすぐさま答えた。
私の言葉にロンメルは「あぁ。頼む」と答えると右手をスッと挙げた。
「1個小隊借りていくぞ」
「……は?」
突然の言葉に私は思わずそう尋ねた。
「威力偵察に行ってくる」
ロンメルの言葉に私は溜息が出た。
なるほど、これは面倒だ。
私が切り込みをしようとすると部下が反対する気持ちも何となく理解することができた。
「小隊と言わず、中隊を」
「いいのか」
ロンメルはそう尋ねた。
彼を威力偵察程度で戦死させるわけにはいかない。
「クラウス大尉の第1中隊はロンメル大将と威力偵察を実施しなさい」
私はクラウス大尉にそう命じた。
彼は「了解!」と勢いよく応じると見事な敬礼で答えた。
「ではお願い致します」
私の言葉にロンメルは「任せたまえ」と応じた。
「諸君。私の後ろに菱形陣形で続きたまえ」
ロンメルはクラウス以下の第1中隊に命じるとゆっくりと速度を上げた。
彼にとって、これはいい機会になるだろう。
ロンメルという名将のもとで彼の指揮を間近で見ることができるのは大きな収穫になる。
「大尉。中隊の指揮は私が執るが、それでいいか?」
ロンメル大将の言葉にクラウス大尉は「勉強させていただきます」と答えた。
彼の返答に、ロンメルは満足げな笑みを浮かべると右手を振り上げた。
「全速前進! ドロホヴォ郊外を偵察する!!」
雄たけびを上げると足で操縦手を蹴り、戦車を走りださせた。
「閣下、目の前のがドロホヴォです」
クラウス大尉が無線機でロンメルにそう伝えた。
「あぁ、解っている。諸君、榴弾を用意したまえ」
ロンメルは唐突にそう命じた。
直後、市街地から無数の機銃による攻撃。
「敵の火点にむけて自由に撃ちたまえ」
彼の言葉に各車両は思い思いに照準を合わせる。
「撃て」
彼の号令と同時に15両の戦車が砲を放った。
数秒としなうちにそのすべてが機銃陣地に命中し、それを吹き飛ばす。
目標が重複していた車両もあったようだが、それでも7つ以上の陣地を消し飛ばしただろう。
「……よく当てたものだな」
ロンメルは目を見開いてそう呟いた。
「東部戦線一の精鋭部隊ですから」
クラウス大尉はどこか誇らしげに答えた。
彼らの練度は本物らしいとロンメルが確信したころ、一人の兵が声を上げた。
「ドロホヴォより敵部隊出現!」
その言葉を聴いてロンメルは口角を吊り上げた。
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