野獣公爵の執愛

ゆき真白

文字の大きさ
8 / 98
第一章

しおりを挟む
「な、なに……?」

 剣呑な様子に身を縮こまらせながら問えば、ジルヴィウスは大きく息を吐き、眉を寄せた。

「お前が無知なのか、ただの考えなしなのか考えていた」
「? どういう――」
「初夜に何をやるかは知ってるか?」
「そ、それは……もちろん」

 閨については、母の古い友人が丁寧に教えてくれた。母の死後も何かと気にかけてくれた人で、シーラにとっては第二の母のような人物だった。

(少し気恥ずかしかったけど、本当にすごく丁寧に……ちょっと明け透けすぎるくらいに教えてくれたのよね)

 彼女の詳細すぎる説明を思い出し、わずかに頬染めると、ジルヴィウスに思い切り顎を掴まれた。

「念のための確認だが、お前にその知識を与えたのは、お前の元婚約者じゃないだろうな」

 それは、これまで聞いたことがないような、地を這うような声だった。
 明らかな憤怒を孕んだジルヴィウスの声に血の気が引くのを感じながら、シーラは慌てて首を横に振る。

「違うよ……! ベシエール夫人! 伯爵家の! 会ったことあるよね……!?」
「――ああ。お前の母の友人か」

 すぐに誰か思い至ったようで、顎を掴むジルヴィウスの力が弱まる。
 それに内心安堵しつつ、シーラは出立直前に兄に言われたことを思い出していた。

『ジルヴィウスがお前に何かするとは思えないが……あいつの前では極力、北部公爵家の話はしないほうがいい。……すまないな』

 そう言って、兄は申し訳なさそうに微笑んだ。
 兄の謝罪の理由はわからないが、もしかしたらジルヴィウスは北部公爵家が嫌いなのかもしれない、とそのときのシーラは考えた。そして、その予想は合っていたのだろう、とシーラは小さく喉を鳴らす。

(ジルの前では北部公爵家の話をしないよう気を付けないと……)

 シーラはそう決意しつつ、これだけは言わなくては、と顎を掴むジルの手にそっと触れた。

「わたしにその……そういうことを教えてくれたのはベシエール夫人で、他の誰ともそういう話はしたことないよ。キスも、こうして触れるのも、ジルが初めて」

 両手でジルヴィウスの手を掴み、いまだ胡乱な目を向ける彼に笑みを向ける。
 ジルヴィウスはしばしシーラを見つめたあと、小さく鼻を鳴らした。

「……まあ、いいだろう」

 大人しく手を引いたジルヴィウスに、シーラはほっと安堵の息を漏らした。しかし、彼がそのまま完全に体を起こしたのを見て、気分は少しだけ沈む。

(もうちょっとくっついていたかった――)

「――な!?」

 突然ジルヴィウスに抱き起こされ、間の抜けた声が漏れる。
 気が付けばジルヴィウスの足を跨ぎ、向かい合わせるになるように座らされていた。

「ジ、っん」

 さらりと垂れる髪を掬うように後頭部を掴んだジルヴィウスが、少々乱暴に唇を重ねる。
 ちゅ、ちゅう、と音を立てて唇を吸いながら、ジルヴィウスはもう一方の腕でしっかりとシーラの腰を掴む。だけではなく、下半身同士を擦り合わせるように、腰をゆすり始めた。
 先ほど太腿に当たっていた硬いものが足のあわいに押し込まれ、シーラは肩を跳ねさせる。

「まっ、待って、ジル……!」
「お前は待てばかりだな、シーラ」
「だっ、当たってっ……さっきの硬いのがっ……!」

(大事なところに……!)

 とはさすがに口に出せず、シーラはなんとかジルヴィウスから逃れようと体を捩る。けれどジルヴィウスの拘束はまったく緩まず、むしろ両方の腕をがっちりと腰に回された。

「そろそろお前の言った“硬いもの”の正体がわかったんじゃないか?」
「え……?」

 感じたことのない甘い痺れが広がるのを感じながら、シーラはジルヴィウスの言葉を反芻する。

(ベルト、じゃなくて……硬い……硬いもの……初夜が関係してるの? ちゃんと考えたいのに……)

「ゃ、あ……そこ、だめ……ジル……」

 ジルヴィウスが動くたび、じくじくとした疼きが湧き上がり、思考を溶かしていく。未知の感覚に恐怖にも似た思いを抱いたシーラは、縋るようにジルヴィウスのシャツを掴んだ。

「ジル、だめ……おねがい……」

 は、と熱い息をこぼしながら願えば、ジルは不服そうに眉根を寄せながらも動きを止めてくれた。それに安堵したのも束の間、なくなった刺激に自分が若干の寂しさを覚えていることに気が付き、シーラは戸惑う。

(どうして……)

 腹の奥に何かむずむずとしたものが溜まっていくのを感じていると、ジルヴィウスに軽く頬を摘ままれた。

「……止めたのはお前のくせに、そんな顔を浮かべるのか?」
「そんな顔……?」

(って、どんな顔……?)

 わからず小首を傾げれば、ジルヴィウスは頬を摘まんでいた手を滑らせ、うなじへと回した。

「男を欲しがる女の顔だ」
「っん」

 そのまま口付けたジルヴィウスは、戸惑うシーラをよそに、躊躇なく舌が侵入させた。
 歯列をなぞり、頬の内側を舐め、口蓋を舌先でくすぐって、シーラの舌を絡めとる。互いの境界をなくすように、執拗に舌同士を擦り合わせるジルヴィウスに、シーラはただなすがまま身を任せる。
 どれだけそうしていたのか、もはや舌の感覚がなくなり始めたところで、やっとジルヴィウスはシーラを解放した。
 ずっと開いていた口はすぐに閉じることができず、どちらのものかもわからない唾液がぽたぽたと落ちる。服についた染みを他人事のようにぼんやりと眺めていると、ジルヴィウスに顎を掬われる。

「じる……?」

 痺れた唇で舌足らずに名を呼べば、ジルヴィウスはわずかに目を細めた。彼は指の背でシーラの下唇を押し上げると、唇についた唾液を拭うように吸い付く。

「その顔、俺以外には決して見せるなよ」
「うん……? うん……」

 靄がかかったように頭がぼんやりとするなか頷けば、ジルヴィウスはくすぐるようにシーラの顎を撫で、そのまま指を鳴らした。瞬間、わずかな衣擦れの音とともに、二人のメイドが室内に姿を現した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離宮に隠されるお妃様

agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか? 侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。 「何故呼ばれたか・・・わかるな?」 「何故・・・理由は存じませんが」 「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」 ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。 『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』 愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。

私たちの離婚幸福論

桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

代理で子を産む彼女の願いごと

しゃーりん
恋愛
クロードの婚約者は公爵令嬢セラフィーネである。 この結婚は王命のようなものであったが、なかなかセラフィーネと会う機会がないまま結婚した。 初夜、彼女のことを知りたいと会話を試みるが欲望に負けてしまう。 翌朝知った事実は取り返しがつかず、クロードの頭を悩ませるがもう遅い。 クロードが抱いたのは妻のセラフィーネではなくフィリーナという女性だった。 フィリーナは自分の願いごとを叶えるために代理で子を産むことになったそうだ。 願いごとが叶う時期を待つフィリーナとその願いごとが知りたいクロードのお話です。

旦那様、彼は仕事において必要不可欠なパートナーなのです

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵夫人フルールは、夫である伯爵と愛人の秘書に長年頭を悩ませていた。 何度夫に苦言を呈しても「彼女は仕事において必要不可欠なパートナーだから」と一切聞く耳を持たない。 困り果てていたそのとき、彼女は突然前世の記憶を取り戻した。 このままだと夫と愛人の真実の愛の犠牲になってしまう。 それだけは御免だ。 結婚五年目にして、彼女はようやく夫を見限り、新たな事業を立ち上げた。 そして事業を成功させたフルールの隣には、いつも同じ男が立っていた。 その男は誰なのかと問い詰める夫に、フルールはニッコリ笑って言った。 「彼は仕事において必要不可欠なパートナーなのです」と。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

処理中です...