野獣公爵の執愛

ゆき真白

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第一章

十九

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 気が付けば、執務用の椅子に座るジルヴィウスの上に横向きに座っていた。

「それで? あんなところで何してたんだ? お前は」

 腰を強く抱き、顔を覗き込むジルヴィウスに、シーラはただ呆然と目を向ける。

「……まだ慣れないのか?」
「な、慣れない……そんなにすぐ慣れないよ……! わたしが無魔力者ノーンなの知ってるでしょ!? これまでずっと魔法とは無縁で生きて来たんだから……!」

 シーラはドキドキと高鳴る胸を落ち着かせるように、そっと自身の胸に手を当てる。
 この世に生を受けるほとんどの人間は魔力を持って生まれるが、中にはまったく魔力を持たずに生まれる者たちもおり、そういった者たちを一般に“無魔力者ノーン”と呼んだ。
 無魔力者ノーンは各国に一割程度いると言われており、数自体は少ないが、それほど珍しい存在というわけでもない。遥か昔は無魔力者ノーンが差別対象になったこともあったようだが、現在ではあまりそういったこともなかった。むしろ、王家が率先して無魔力者ノーンの保護や支援を行っているくらいだ。

(わたしに気を遣ってたのか、お兄様もお父様もお母様も、わたしの前ではあんまり魔法使ってなかったから……不便だろうに、わたしと同じ魔力がなくても使える道具ばっかり使ってたし……)

「……お前が普通の無魔力者ノーンだったら、無縁ということもなかっただろうな」

 家族のことを思い出し、少々しんみりとしていたシーラは、ジルヴィウスの呟きを聞き取ることができず、「え?」と小首を傾げる。

「ごめん、今なんて?」
「……なんでもない。――で? お前こそ何してんだ?」
「えっ……あー……」

(北部でのことを思い出してた――って言わないほうがいいよね……?)

 何と答えようか迷っていると、ジルヴィウスは両腕でしっかりとシーラの腰を抱きながら、肩に顔をうずめた。

「……外に出たいか?」
「――え」

 小さな呟きに、目を瞬かせながらジルヴィウスを見つめる。
 ジルヴィウスは、シーラを抱き締める腕に力を込めながら、顔を首元に押し付けた。それ以上は何も言わず、先ほどの問いかけとは裏腹に、シーラを手放したくないと全身で訴えているようだった。

「……わたし、ジルの傍にいるよ?」

 ジルヴィウスの頭に顔をすり寄せながら、彼の黒髪を優しく撫でる。

(どうすれば、ジルは安心できるのかな)

 ジルヴィウスの元へ来てから約二週間。
 まだ一度も、城の外へ出たことがなかった。
 城の外どころか、城内ですら自由に歩き回ったことがない。
 どこにも行かず傍にいるように、とジルヴィウスが望んだからだ。
 シーラは、それに否やは唱えなかった。
 この二週間ほどで、ジルヴィウスが深く傷付いていることを知ってしまったから。

 シーラがエルネストと婚約したことが、シーラが考えている以上にジルヴィウスの傷になっているようだった。
 それならもっと早く、婚約が決まった段階で連絡してくれたらよかったのに、とも思ったが、仮にシーラとエルネストが破談となり、ジルヴィウスとの婚約が成立していたら、人々は「東部公爵家が北部公爵家の婚約者を奪った」と噂したことだろう。
 当時はそれを夢見ていたが、今思えば、公爵家同士の対立を促すようなことにならなくてよかった、という気持ちになる。

(あと、ちょっとだけ、そんなに好きでいてくれたんだ、って嬉しくなっちゃう。ごめんね、ジル)

 柔らかな黒髪に指を通しながら、シーラは少し身じろいで彼の頭に口付ける。

「ジルが嫌って言うまで、ずっと傍にいるよ」

(硬そうに見えて意外と柔らかいの、昔のまんま)

 ジルヴィウスがされるがままなのをいいことに、ふわふわなのにさらりと指通りのいい彼の頭を撫でまわす。
 しばらくして、ジルヴィウスはゆっくりと頭を上げると、シーラの唇に吸い付いた。

「嫌と言っても傍にいろ」
「えー……それはわたしが辛くなっちゃうからやだ……。というか、そこは“嫌なんて言わない”って言うとこ――っん」

 腰に回っていた腕が片方後頭部に回され、唇が押し付けられる。散々教え込まれた体は簡単に口を開き、彼の舌を迎え入れた。
 誤魔化された、と頭の片隅で思いながら、ジルヴィウスとのキスに耽溺していたシーラだったが、腰を押さえていた手が臀部を撫でた瞬間、彼の肩を押し顔を離した。
 あっさりと引き剥がせたことに安堵しつつ、シーラは首を横に振る。

「今はだめ……! というか、しばらくはだめ! 一週間くらい!」
「……ああ」

 何のことかすぐに察したのか、ジルヴィウスは大人しく引き下がると、臀部に当てていた手を腰に移動し優しくさすった。

「痛みは? 気分は悪くないか?」
「あ、うん。それは大丈夫。わたし、あんまり痛くならない体質みたいだから」
「そうか。周期は? 安定してるのか?」
「え? うん……毎月ちゃんときてるけど……」

(意外――って言ったらあれだけど、ジルってそういうのすごく気にかけてくれるタイプなんだ……!?)

 確かに昔から優しかったけど、と胸に温かいものが広がっていくのを感じていたシーラだったが、すぐにはっとして、頭を下げた。

「ご、ごめんね。あんなにしたのに、赤ちゃんできなくて……」

(ジルは公爵家の当主……というか、東部公爵家はもうジルしかいないんだから、跡継ぎを望むのは当たり前だよね……!)

 それを心配してくれている、と喜んだのはあまりにも子どもっぽく、楽観的だった、と羞恥で顔が熱くなる。

「あ、あの、次は赤ちゃんできるように、わたし――」
「俺が自分にかけている避妊魔法を解かない限り、子はできない」
「……えっ!?」

 驚き顔を上げれば、ジルヴィウスは背もたれに寄りかかり、深く息を吐き出した。

「しばらく子をもうけるつもりはない。そんなにすぐ邪魔者を増やしてどうする」
「じゃ、邪魔者って……大事な後継者だよ……?」
「今はいい。それとも、お前は今すぐ子が欲しかったのか?」
「えっ、と……今は、もう少しジルと二人の時間を持ちたいな、とは思ってたけど……」
「ならいいだろう。しばらくこの魔法を解く気はない」

 ジルヴィウスに引き寄せられ、彼に寄りかかるような体勢になる。
 自分に触れる彼の手つきは優しいが、シーラは先ほどの彼の発言がどうしても忘れられなかった。
 シーラはジルヴィウスのシャツを掴むと、意を決し、彼を見上げた。
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