野獣公爵の執愛

ゆき真白

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第二章

二十三

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 リディに促されるまま何故かこそこそと自室へと戻ったシーラは、持っていた籠をテーブルに置くとリディへ目を向ける。
 何かを警戒するようにきょろきょろと廊下を確認したかと思うと、彼女は鍵までかけてシーラに近付いた。
 その姿はあまりにも気迫に溢れており、体は自然と後退る。
 背中が窓に着き、これ以上下がることができない。
 悪あがきのように、自然と踵が上がった。

「えっ、と……リディ……?」

 リディは拳一個分の距離まで近付くと、力強い瞳でシーラを見上げた。あまりにも真剣な眼差しで見つめられ、体が勝手に強張る。

「……奥様宛の手紙を、ギーさんが捨ててました。旦那様からの指示だから、見たことは忘れて他言するなとも言われました」

(……。……ん? それだけ?)

 いったい何を言われるのかと戦々恐々としていたシーラは、きょとんと首を傾げる。
 何かもっと重大なことを言われるのかと覚悟を決めていた分、肩透かしを食らったような気分になった。

(リディはわたしのことを想って真剣に心配してくれてたんだから、それを軽んじちゃいけないんだけど……でも、よかった……! その程度のことで……!)

 シーラは上がっていた踵を床に下ろすと、一つ息をついた。

「ジルが社交に興味ない以上、招待状を貰ってもお茶会やパーティーには行けないから、そんなに心配しなくても――」
「そうじゃないです! 旦那様の執着がやばいのはこの二ヶ月ぐらいで嫌ってほど実感したので、それっぽいのだったらあたしも気にしません!」

(ジルのこと、執着がやばいと思ってたんだ……)

 傍から見ればそうかもしれない、と納得しかけたところで、リディの言葉に疑問を抱く。
 招待状でない自分宛の手紙とは何だろうか。
 アカデミーに通えず、社交界でも爪弾きにされていたシーラには、手紙を送ってくれるような友人などいない。と、そこまで考えて、シーラはある可能性に思い至る。

(……いるじゃない。友だちじゃないけど、わたしがずっと返信を待ってた……)

 脳内に浮かんだ可能性を肯定するように、リディは想像していた通りのことを口にした。

「奥様がずっと待っていた、ご実家からの手紙を捨ててたんです。手紙の封の紋様が奥様に教えてもらったものだったので間違いありません」

 あまりにも真っ直ぐ自分を見つめるリディに、見間違いだろうとは言えなかった。

『……、……お兄様からのお手紙って、まだ来ない……?』
『……ああ』

 ふと、以前ジルヴィウスとした会話が思い起こされた。
 あれは確か、一緒に“公爵夫人の庭園”に行った日のことだ。

(花祭りへ行こうって誘われたのもあの日だったよね。……あのときにはもうお兄様からのお返事って来てたのかな。……もしかして、後ろめたいことがあったから、一緒に行こうって誘ってくれたの? ……わたし、別に怒ったりしないのに)

 そもそも、ジルヴィウスはそう簡単に外界とのやりとりを許さないだろう、とシーラは思っていた。だから、最初に彼に手紙を出していいか尋ねたとき、あっさりと許可が下りたことに驚いたのだ。

(いや、別に政敵ってわけじゃないし、実家への手紙ぐらい別に許可なんていらないんだろうけど――ってそんなことは今はどうでもよくて……!)

 思わず考え込みそうになったシーラは、はっとしたようにリディを見返した。

「それ、ギーに口止めされてたんだよね!? わたしに言ったってバレたらリディが……!」
「大丈夫です。あたしはただあたしの役割を果たしただけです」
「えっ……?」

 戸惑うシーラに、リディは得意げに胸を張った。

「『何よりも奥様を優先し尽くせ』。旦那様が最初にあたしたちに命じたことで、イレーヌさんとのごたごたがあったときも口にしてたことです。あたしはその命令に従って、奥様のことを何よりも優先し、尽くしただけです。罰せられるいわれはありません」

 ふんっ、と鼻息を荒くしながら言い切ったリディに、シーラは一瞬呆気に取られる。しかし、すぐに彼女の言葉の意味を理解すると、ふっと思わず笑みを漏らした。

「ふふっ……確かにそうね。リディの言う通りだわ。リディはわたしが家族からの手紙を待っていることを知ってて教えてくれただけだもんね」
「はい。あたしはただあたしの仕事をしただけです」

 あまりにも恐れ知らずな彼女の様子に、ふわりと心が軽くなる。
 それと同時に、ジルヴィウスの思惑も推察することができた。
 おそらく彼は、こうなることをのだ。いやむしろ、こうなってほしいと願ってすらいたのではないだろうか。

「……ありがとう、リディ。リディのことは何があってもわたしが守るから、それだけは安心してね」
「もちろんです。あたしは奥様を信じてますから」

 彼女のキラキラとした無垢な眼差しが眩しい。それと同時に、この短い期間に信頼に値する人間だと判断してくれたことが嬉しかった。
 シーラは一度深呼吸をすると、明るい声色でリディに声を掛けた。

「手紙のことは、もう忘れていいよ。それよりお土産! リディには花のしおりとノートを買ってきたの」

 シーラはテーブルの元まで移動すると、マーガレットの飾りがついた袋を取り出す。

「! ありがとうございます、奥様。あたしが欲しいって言ったもの、覚えててくれたんですね」
「当たり前よ。リディは大事な専属メイドだもの。……それで、そんなリディにお願いがあるんだけど……」
「もしかして、ネリーさんたちへのお土産ですか?」
「うん。……渡してもらってもいいかな?」

 水色の箱と薄黄色の包みを取り出せば、リディが大きく頷いた。

「もちろんいいですよ。旦那様からの接近禁止令で奥様はイレーヌさんに会えないですし」

 シーラは「ありがとう」とお礼を口にすると、箱と包みをリディに渡した。

「水色の箱がネリーで、薄黄色の包みがイレーヌの分よ」
「わかりました。」

 しっかり首肯したリディに、シーラは「よろしくね」と伝えると、明るく笑んだ。

「渡すのは明日でもいいから、今日はゆっくり休んで。ギーのお手伝いは大変だったでしょう?」
「簡単な雑用ばっかりだったのでそうでもないです。でも、奥様にお仕えするほうがずっと楽しくて好きだなって思いました」
「本当? そうなの?」
「そうですよ。あたし嘘つくの下手くそなんで」

 確かに、と笑えば、リディもやっと表情を緩めた。しかし、すぐに表情を引き締めると、彼女は真っ直ぐシーラを見つめた。

「あたしにできることはほとんどないと思いますし、正直話を聞くくらいが限界かなとは思うんですけど……でも、何かあったら言ってください。できる限り、力になるので」
「……うん。ありがとう」

(お友だちがいたらこんな感じなのかな)

 少し心配そうに部屋を出て行くリディを努めて明るく見送りながら、シーラは気合いを入れるように深く息を吸い込んだ。
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