アザレアの最愛 ~長寿の魔女は運命の番と出会い「真の愛」を知る~

ゆき真白

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第三章

キティの怒り

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「トマスと彼の母アンネとは、十五年ほど一緒に暮らしていたんだ」

 あれは、ひどく荒れた夜だった。
 冷たい雨が地面を叩き、雷鳴が空気を震わせるなか、当時妊婦だったアンネが邸の扉を叩いたのだ。何か事情があることはすぐにわかった。アザレアは深く理由を訊かず、彼女を邸に置いた。
 アンネはあまり外に出たがらなかったため、彼女の子ども――トマスはアザレアが取り上げた。トマスが産まれたことで心境の変化があったのか、彼女はその後、働きに出るようになった。そこで今の夫と出会い結婚するまで一緒に住み、彼女たちが出て行ったあとも交流は続いていった。

「特にトマスは……一人でもよく来てくれてね。もう昔のことだから詳しい言及は避けるけれど……いろいろあってわたしは彼を拒絶したんだ。彼はそれを受け入れ、勉強のために隣国へと旅立った。ルーザインではなくフレクスのほうにね。そこで彼は愛する人を見つけ、彼女を連れて挨拶に来てくれたんだ」

 そのあとは、よくある話だった。
 トマスが連れて来た恋人は、彼が何かとアザレアを褒めることに不満を抱き、嫉妬した。後日、アンネに会いに家に行くと、トマスの恋人は露骨に嫌そうな顔をしたのだ。
 彼女を刺激しないよう、アンネに会いに行くときは細心の注意を払っていたが、結婚後アザレアがアンネに会いに来ていることを知ったトマスの妻は、トマスに「何故あの女が家にいるのか」と怒りをぶつけた。

「それで……彼女の気持ちを知ったアンネに別れを告げられたんだ」

 あれは仕方のないことだった、と微笑みながら彼を見れば、男は眉間に皺を寄せていた。
 どこか不服そうなキティに、アザレアは小首を傾げる。

「どうかした?」
「それ、別にあんたは悪くないよな」
「……どうだろう。誓ってわたしとトマスの間には何もなかったし、わたしが家を訪ねていたのはアンネに会うためだったけれど……彼女――トマスの妻にとっては面白くない状況だったと思う。アンネとトマスはわたしにとても好意的だったから」

(彼女に出会う前のこととはいえ、トマスはわたしに友愛以上の気持ちを抱いていた。そのことを思えば、わたしが軽率な行動を取ってしまったね)

 アザレアを見て恋しそうな表情を浮かべ、キティが自分たちと同じ立場だということに安心した様子を見せたトマスのことを思い出し、内心溜息を漏らす。家に着いたときにはさすがにそんな素振りは見せなかったが、向かう道中も彼はずっとそわそわとしていた。

(久しぶりに会ったから懐かしくなっただけだろうけれど……もし当時も同じような姿を彼女の前で見せていたのなら、彼女がわたしを嫌うのは当然のことだ)

 漏れそうになる溜息をカモミールティーとともに飲み込んだアザレアだったが、代わりとばかりに目の前のキティが盛大な溜息を漏らした。

「あんたって、なんでそうなんだ?」
「そう、とは?」
「あのトマスって男の告白を、あんたはきっぱり断ったんだろ?」

 そのあたりはぼかして話したがやはりわかってしまったか、と思いながら、アザレアはしっかりと頷く。

「あんたはトマスに勘違いさせるようなことを何かしたのか?」
「いや……アンネに接するのと変わらず普通に接したけれど」
「じゃあ、あいつが勝手にあんたに惚れて、断られたくせに吹っ切れなかったのがそもそも原因だろ? そのせいで、やましいことなんて何もないのに、その嫁いだ女が勝手に嫉妬したんだ」

 全面的に自分を擁護しようとしてくれているキティに内心驚きつつ、アザレアは、「うーん」と苦笑を漏らした。

「けれど、この場合、わたしがどういうつもりだったのかは関係ないのではないかな。彼女が不快になった時点で、それはわたしの落ち度――」
「だから! なんであんたはそうなんだっ!」

 突然の大声に驚き、びくりと肩を揺らせば、キティは固く握ったこぶしを小刻みに震わせた。

「……労働組合で働き始めて、あんたの話はいろいろ聞いた。あんたのおかげで生活が豊かになったって、あんたのおかげで死亡率がぐんと減ったって……『何かあったら、魔女様がなんとかしてくれる』って、当然のように言ってた。それに異議を唱えたのはテッドだけだ。『魔女様がいなくても問題ないようにするのが俺たち人間の仕事だ』って……俺は、テッドの意見が正しいと思った」
「それは……そうだね。わたしも万能ではないから」
「っそうじゃないだろ!? 多くの人間が、あんたを搾取することを、あんたが自分たちのために力を使うことを、当たり前だと思ってるんだ……! あんたならいいだろう、あんたなら大丈夫だろうって……あんたの厚意を、あって当然なものだと思い込んでる……!」

(厚意、か……)

 アザレアが他人に親切にすることに大きな意味はなかった。ただ養父が万人を慈しむ人だったから、その教えに従っているまでだ。優しさや思いやりからそうしているわけではないので、少しだけ申し訳ない気持ちになる。

(行動に意味や理由を見つけたがるのは人間らしいけれど……気まぐれな良き隣人くらいに思っていてほしかったな。……わたしが関わりすぎただけだけれど)

 仕方がない、と小さく笑めば、キティが「なんで……!」と声を上げる。

「あんたはなんでそんなに他人に尽くすんだ! 自分を犠牲にしてっ……!」
「犠牲になっているつもりはないのだけれど……」
「見返りのない献身が犠牲じゃないならなんなんだ……!」

 俯き、体を小刻みに震わせながら息を荒げるキティに、アザレアはテーブルを浮かすと、横へと退かした。ゆっくり立ち上がり、彼の前へ行くと、一瞬の躊躇のすえ、彼の頬にそっと触れる。
 キティはぴくりと体を揺らしたが、手を払われたりはしなかった。それに内心安堵しながら、そっと彼の顔を持ち上げる。キティは特に抵抗することなく顔を上げ、若緑色の瞳と視線が絡む。
 ここ最近は活き活きとしていた瞳が、昏く澱んでいるように見えた。それは、出会った当初の彼を彷彿とさせ、気付いたときには彼を抱き締めていた。

(彼がこんな風に感情を爆発させるということは、何か過去が関係あるのだろうね。彼が声をあららげるのは、いつも過去が関係しているときだから)

 癖のある柔らかな髪から、爽やかなミントの匂い香る。それが鼻腔をくすぐるのを感じながら、アザレアは優しく彼の背を撫でた。

「……そんな風に怒ってくれてありがとう。けれど……わたしは本当に平気なんだ」

 彼が息を震わせたのが、服越しに伝わってくる。彼の吐息が熱くて、今腕の中にあるのは一つの命なのだと思えた。
 自分より遥かに弱く、脆く、いつも自分を置いていってしまう、儚い命。

(わたしのような外側を真似ただけの紛いものとは違う、尊いものだ)

「魔女は……養親の影響を強く受けるんだ。わたしの養父となった人は、当時の国王の弟で、王籍を離れ司祭となった人だった。王族だったからか、司祭だったからかはわからないけれど……彼はとても人の声を聞く人でね。心を砕き、寄り添い、自分が泥をかぶっても、誰かに愛と慈しみをもたらす人だった。だから――」
「あんたにもそう生きるよう強要したのか?」
「まさか」

 先ほどより落ち着きを取り戻した声色に、アザレアは彼から距離を取ろうとする。彼もそれを望んでいると思ったが、意外にも彼はアザレアの手首を掴んで引き止めた。
 間近で自分を見上げる彼の姿に、勝手に鼓動が跳ねる。
 愛おしいという気持ちが自然と湧いて出た。けれど先ほど、彼の幸せを第一に、自分の感情にはもう振り回されないと決めたからか、もう動揺することもなかった。
 それに内心安堵しながら、アザレアは緩く首を横に振る。

「強要はされていないよ。わたしは人と違う力を持っているから、それを悪用することなく、無理のない範囲で、困っている人がいたら手を差し伸べなさいと教えられただけで」

 アザレアは淡く笑みながら「だから」と続けた。

「わたしはわたしのできる範囲で、できることだけをしているだけなんだよ。決して犠牲になっているわけでは――」
「わかった」

 自分の言葉を遮りながら、はっきりとそう告げたキティに、アザレアは思わず目を瞬かせた。
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