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第7話 目を覚ます姉

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「ここから先はいくつかのパターンに枝分かれしているようなんですが……」

 彩寧の追及は止まない。一方姉は次第に表情を硬くし彩寧をにらんでいる。

「FXや暗号通貨で濡れ手に粟の大儲けができると言われたりはしていませんか? その儲けたお金で二人いい暮らしをしようとか」

「いいえ! ほら外れたじゃない!」

 ひとつ外れただけで鼻を高くする姉。逆に言うとそれだけ劣勢だという事だ。

「では日本移住を考えている」

「むっ……」

「しかし日本や海外の税関の問題で家財の移送が滞ったり、入管手続きの問題で本人が入国出来なかったりしている」

「うっ……」

 このパターンなのか。姉の表情が硬くなる。顔が真っ赤になる。

「某国政府の元要人やその部下、あるいは某国で兵士や傭兵などしていたなどという理由などで日本を含む各国の入管から目をつけられ、その存在を疎まれにらまれているというストーリーが多いようです。そして最初はX国で問題が起き、いくらかの解決金が必要になると言われる。それを相手の口座に振り込んだとしても今度はY国でさらに高額のお金が必要だと言われる。指定されたお金を振り込み、これで日本に行って君と幸せに暮らせるよと甘い言葉が送られてきたのもつかの間、さらにまたZ国で似たような理由で更にお金が必要なんだとメッセージが飛んでくる――」

「……」

 姉はもう何も言わなかった。ひどく衝撃を受けているようだった。茫然とした表情で僕と彩寧を交互に見る。

「シリアで傭兵をしていたイギリス人だと言うの、アラン……」

 やはりそうだったのか。僕は胸が痛んだ。

「姉さん……」

「でも大義のない戦いに倦み疲れて除隊し、日本で平和に暮らそうと考えてるって……」

 どうして、どうしてそんな話を簡単に信じてしまうんだ。僕は理解できなかった。彩寧は淡々と話しを続ける。

「本人のものだとして送られてきた画像は、犯人がどこかから無断利用したいわゆる拾い画と言うものです。ですから犯人は70歳かもしれませんし12歳かも知れません。日本人かも知れませんし女性かも知れないんです。もちろん警察に行った方がいいとは思いますが、お金はもう戻ってこないのがほとんどだそうです。今までに一体いくら支払ったんですか?」

「……220万」

「えっ!」

 僕は仰天して声をあげた。そんな金額を一体どこで。まさかカードローンとか組んだのか。

「ごめん…… ごめんね…… ごめんなさい……」

 両手を顔で覆って呟く。

「いいって、もういいんだ。気にするなよ」

 姉と姉を慰める僕に彩寧は厳しい目で何か言いたそうだったが堪えているようだった。

「ちょと、頭冷やしてくるね……」

 すうっと幽霊のように立ち上がる姉さんの顔色は青白かった。

「あ、姉さん……」

 僕も姉を追って立ち上がった。あまりにも異様な様子の姉に不安をおぼえたからだ。だが姉は僕の方にゆっくり向き直る。

「いいの。あたし一人でいたいんだ。ありがとゆーくん」

 悄然とした笑みを浮かべる姉。今度は彩寧の方を向く。

「あ、そだ、あーちゃんありがとうね。目を覚まさせてくれて。そうでなかったらあたしもっとお金注ぎ込んじゃってた……」

「あ、い、いえ……」

 姉はそのままカフェを出て行った。僕たちはそれを見て姉を哀れに思うと同時にそこはかとない不安感を覚えていた。
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