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第54話 接吻、偽りの披露宴
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「あああ優斗、優斗お……」
嗚咽する姉ときつく抱き締め合うとウエディングドレスの下から力強くて速い拍動を感じる。それは命の響き。だがそれもいつ途切れてしまうのか誰にも判らない。いやそれはもう一時間後かも知れない。ならばいっそ姉さんの想いを。僕の想いを。ここで。
どちらからともなく身を離す。見つめ合う。熱く潤んだ瞳。そうだ、僕はずっとその眼で僕を射抜いて欲しかったんだ。笑う眼、からかう眼、冗談を言っていたずらっぽくくるくる回る眼、物思いにふける眼、涙を浮かべる眼、僕を誘う眼。
僕は姉の額に唇をつける。姉は小さな声をあげた。更に頬にも唇をつけ、その唇を姉の滑らかな首根っこまで滑らせ、下から上まで這わせ、耳たぶまで行きつくとそれを口に含んだ。
「あっあっ、はあああああぁっ…… んんんっ!」
姉の甘くて切ないかすれた囁き声が救護室に響き渡り、姉の身体が震えるのを感じた。僕の脳髄までもが溶けてしまいそうな声だ。この声は花婿によって引き起こされたものではない。弟である僕が実の姉にこの熱いうめき声を発させている。そう思うと僕は胸の高鳴りが止まらなくなってしまった。
再び僕らは正面から見つめ合った。僕は姉に向かってゆっくり顔を近づけていく。そこにはもう意思というものは介在しなかった。理性も、倫理も、道徳も、常識も、全てが僕の中から吹き飛んでいた。今日の桜を散らす風に吹き飛ばされた花弁たちのように。ただ姉の想いを叶えたかった。僕の願いを遂げたかった。半眼になった姉も陶酔した表情で薄く唇を開きゆっくりと僕に顔を近づけてくる。
姉の息遣いを顔に感じる。姉の甘くむせかえる香りが僕たち二人しかいない救護室全体に広がる。そのうっとりするような香りだけで僕は頭がおかしくなりそうだった。いや、もうとっくのとうに僕もそして姉も頭がおかしくなっていた。姉の少し淡い紅の口紅を引いた少し薄い唇が艶やかに光って僕を誘う。姉の熱く甘く早い息遣いは僕の顔全体にかかり僕を陶酔させる。樋山さん。やっぱりあんたなんかじゃ絶対だめなんだ。ここは僕が、僕でないと。姉さんはあんたなんかのものにはならない。させない。それは、僕の。
そしてあと二ミリ。
「ゆーちゃん? お姉さま?」
背後からの彩寧の声に僕も姉も心臓がひっくり返るかと思った。 姉は顔を上気させたまま、慌てて毛布の中に頭まですっぽり潜り込む。僕も急いで立ち上がって振り向いた。
「どっ、どうしたんだ彩寧。来なくていいって言っただろっ」
激しい動悸を誤魔化すため僕は少し強い口調で言った。
「うん、でも気になって。何かできることある?」
「何もない。発作は消失したし、今日はもうできることはないだろう。会場に戻っても大丈夫だ」
「よかった。お姉さま大変でしたね。何かお手伝いしましょうか?」
「うん、大丈夫。もう立って歩けるし転んだり倒れたりもしないよ。あーちゃん心配してくれたんだね。ありがと」
「いいえ。出来る事があれば何でも頼って下さいね」
「頼もしい! ゆーくんとはえらい違い!」
「おいおいおいおい」
すっかりいつもの様子を取り戻した僕たち。いつの間にか姉の僕への冷たい態度も消えている。僕が杖を取ってやると姉はそれを使って立ち上がる。
「大変だと思うけど、頑張れる?」
僕がそう言うと姉は満面の笑みを浮かべた。この笑顔は久しぶりに見た。僕の胸が小さく鳴る。
「大丈夫。姉ちゃんにはゆーくんって強い味方がいるからね。何があっても怖いものなんて何もないよっ」
そう言うと姉は脚を踏み出す。偽りに満ちた場へ。自ら招いた結果とは言え、これから姉には辛い日々が待っているはずだ。それを思うと姉が不憫でならない。
嗚咽する姉ときつく抱き締め合うとウエディングドレスの下から力強くて速い拍動を感じる。それは命の響き。だがそれもいつ途切れてしまうのか誰にも判らない。いやそれはもう一時間後かも知れない。ならばいっそ姉さんの想いを。僕の想いを。ここで。
どちらからともなく身を離す。見つめ合う。熱く潤んだ瞳。そうだ、僕はずっとその眼で僕を射抜いて欲しかったんだ。笑う眼、からかう眼、冗談を言っていたずらっぽくくるくる回る眼、物思いにふける眼、涙を浮かべる眼、僕を誘う眼。
僕は姉の額に唇をつける。姉は小さな声をあげた。更に頬にも唇をつけ、その唇を姉の滑らかな首根っこまで滑らせ、下から上まで這わせ、耳たぶまで行きつくとそれを口に含んだ。
「あっあっ、はあああああぁっ…… んんんっ!」
姉の甘くて切ないかすれた囁き声が救護室に響き渡り、姉の身体が震えるのを感じた。僕の脳髄までもが溶けてしまいそうな声だ。この声は花婿によって引き起こされたものではない。弟である僕が実の姉にこの熱いうめき声を発させている。そう思うと僕は胸の高鳴りが止まらなくなってしまった。
再び僕らは正面から見つめ合った。僕は姉に向かってゆっくり顔を近づけていく。そこにはもう意思というものは介在しなかった。理性も、倫理も、道徳も、常識も、全てが僕の中から吹き飛んでいた。今日の桜を散らす風に吹き飛ばされた花弁たちのように。ただ姉の想いを叶えたかった。僕の願いを遂げたかった。半眼になった姉も陶酔した表情で薄く唇を開きゆっくりと僕に顔を近づけてくる。
姉の息遣いを顔に感じる。姉の甘くむせかえる香りが僕たち二人しかいない救護室全体に広がる。そのうっとりするような香りだけで僕は頭がおかしくなりそうだった。いや、もうとっくのとうに僕もそして姉も頭がおかしくなっていた。姉の少し淡い紅の口紅を引いた少し薄い唇が艶やかに光って僕を誘う。姉の熱く甘く早い息遣いは僕の顔全体にかかり僕を陶酔させる。樋山さん。やっぱりあんたなんかじゃ絶対だめなんだ。ここは僕が、僕でないと。姉さんはあんたなんかのものにはならない。させない。それは、僕の。
そしてあと二ミリ。
「ゆーちゃん? お姉さま?」
背後からの彩寧の声に僕も姉も心臓がひっくり返るかと思った。 姉は顔を上気させたまま、慌てて毛布の中に頭まですっぽり潜り込む。僕も急いで立ち上がって振り向いた。
「どっ、どうしたんだ彩寧。来なくていいって言っただろっ」
激しい動悸を誤魔化すため僕は少し強い口調で言った。
「うん、でも気になって。何かできることある?」
「何もない。発作は消失したし、今日はもうできることはないだろう。会場に戻っても大丈夫だ」
「よかった。お姉さま大変でしたね。何かお手伝いしましょうか?」
「うん、大丈夫。もう立って歩けるし転んだり倒れたりもしないよ。あーちゃん心配してくれたんだね。ありがと」
「いいえ。出来る事があれば何でも頼って下さいね」
「頼もしい! ゆーくんとはえらい違い!」
「おいおいおいおい」
すっかりいつもの様子を取り戻した僕たち。いつの間にか姉の僕への冷たい態度も消えている。僕が杖を取ってやると姉はそれを使って立ち上がる。
「大変だと思うけど、頑張れる?」
僕がそう言うと姉は満面の笑みを浮かべた。この笑顔は久しぶりに見た。僕の胸が小さく鳴る。
「大丈夫。姉ちゃんにはゆーくんって強い味方がいるからね。何があっても怖いものなんて何もないよっ」
そう言うと姉は脚を踏み出す。偽りに満ちた場へ。自ら招いた結果とは言え、これから姉には辛い日々が待っているはずだ。それを思うと姉が不憫でならない。
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