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第57話 赤い糸で結ばれた姉弟

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「うん、そうだね。ねえ、あなたとあたし、赤い糸より太くて強い糸で結ばれてるんだよ。知ってる?」

 僕は動揺した。

「赤い糸って! そういうんじゃないから! 僕たちそういうんじゃないから!」

「ふふっ、慌てちゃって可愛い。さあどうなんでしょうねえ」

 突然雰囲気の変わった姉に振り回されつつも、僕は僕で言わなくてはならないことがあった

「ま、まあ糸の話はともかく。お礼を言わなくちゃいけないのは僕の方だ」

「ん?」

「今日まで生きててくれてありがとう」

 姉の息を呑む音がした。

「七歳の発症時から今日の今日まで四半世紀近くもの間、懸命に病と闘って生き永らえてくれて本当にありがとう……」

 僕は話しながら迂闊にも落涙しそうだったがぐっとこらえた。それでも言葉の最後くらいは上ずっていたかも知れない。朝日がゆっくりと僕を照らし始めた。

「ううん」

 姉が今まで聞いたことがないほど穏やかで慈愛に満ちた声を発したので僕は驚いた。

「全部、全部全部ぜええんぶ優斗のおかげ。あたしを今まで生かしてくれて本当にありがとう。あたし、誰よりもあなたに一番感謝してる」

「そんなっ、僕何にもしてないし、医師としてはまだまだだし……」

「リハビリで病院に付き合ったり、うちでいっぱい介助してくれたり、いろんなところ連れてってくれた」

「だって僕たちは『特別な姉弟』なんだからな」

「うんっ」

 僕は新しく開けたワインをラッパ飲みしながら姉と色々な話をした。楽しい話ばかりだった。
そして八時になろうとしたころ彩寧から着信があった。

「悪い、彩寧からだ」

「ああ、じゃあもうお開きにしようかね。楽しかった」

「楽しかった。それじゃ」

「それじゃねっ、優斗だ――」

 急いで彩寧に代わる。僕の荒れた飲み方を心配して、安否確認のために連絡をしてきたのだそうだ。あれから着替えもせずワインを二本も空けたといったら心底心配そうな声で今から行くという。いつもなら十五分かかるところを六分で来た。速度違反してないだろうな。
 ソファで失神寸前の僕を見て肩を揺する。

「ねえ、あなた大丈夫?」

 揺すられて頭をぐらぐらさせる僕は

「大丈夫大丈夫まだまだ飲むぞお、ひとりで一日中三次会するぞーっ」

「お願いっ もうやめてっ」

 このあとワインを取り上げられ、彩寧があらかじめ買って来てくれていたスポーツドリンクを散々飲まされベッドに寝かされた。天上がぐるぐる回る。それがおかしくて笑っていると、彩寧がさらに心配そうに僕の枕元にやってくる。僕は彩寧を乱暴に抱いて同衾した。


 翌朝の僕は、頭重感、頭痛、吐き気、胸やけ、めまい、胃酸過多、その他様々な症状で全く使い物にならなかった。彩寧が作ってくれた美味しそうな朝食も見るだけで嘔吐しそうだった。それでも歯を食いしばって医局に向かった。
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