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風変りな出逢い
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彼女は突然、私の前に現れた。
繁華街の歩道を歩いていた時だった。
私の横を通り過ぎたひとりの女性がハンカチを落とした。そのハンカチを拾って、歩き去ろうとしている彼女の背に呼びかけた。
「あの…ハンカチ、落としましたよ」
女性は立ち止まり振り返ったが、まるで私から声をかけられるのを待っていたかのような満面の笑顔である。
「あっ、ホントだ! どうもすみません。ありがとう」
多少芝居じみた話し方が気になったが、通りすがりの人間に必要以上の興味もわかず立ち去ろうとした。
「あの、ちょっと私と付き合ってくれません?」
な…何、この女…
古臭い手だが、相手が異性ならそんな出会いの手段もないこともない。
だけど、私は女子だ。
それにどう見ても彼女は16歳の私より大人である。
まさか同性愛とか…確か、ゆ、ゆ…ゆり…
「そんな、あからさまにイヤな顔しなくても大丈夫よ。悪いヤツじゃないよ、私」
小首を傾げてニッコリ笑うが、どこかわざとらしい。
「…何も買いませんよ。欲しい物ないし、エステとか美容にもアクセサリーにも、な~んにも興味ないですから。他あたってください」
そう言い捨てるが早いか、私は歩き出す。
「待って!」と、彼女は私の腕をつかんだ。
「迷子なの! 生まれて初めての一人旅で、どこ行っていいかわかんなくてホテルにこもってたんだけど、寂しくて…思い切って外出したんだけど、方向音痴で迷子になって…」
変な女…
しかし、悲し気に眉を寄せ、すがるように必死な瞳で迷子になったとうったえる。それも初めての一人旅だ。右も左もわからず窮地に立たされ目を潤ませる旅行者を前に、私の警戒心が緩んだ。
「付き合うって、何を付き合えばいいの? 目的の場所まで連れて行けばいいの?」
ぶっきらぼうに訊くと、彼女はほっと安堵したように笑顔を見せ私の腕を放した。
「歩き続けてお腹すいちゃった。美味しいレストランで何か食べたい! もちろんおごるから」
「はあ?」と顔がゆがむ。
「私の名前は椎名由香里です。23歳。よろしくお願いします」とすかさず自己紹介し、腰を90度に曲げて深々と頭を下げる。
やっぱり変な女…
彼女は私の中に残っている疑念を晴らそうと、必死に自分のことを話し出した。
勤めていた会社を辞めて、次が決まるまでの間の慰安旅行なんだとか。
行き先を決めない旅行だから、特に行きたいところもないという。
そんな旅行をして意味があるのだろうか。金を無駄に使っているとしか思えない。
怪訝な顔で由香里を見る私のことなど気にも留めずにしゃべり続ける。
目に入った全国区のファミリーレストランに入っても嫌な顔ひとつしない。
それどころか上機嫌である。
「でも、ほら、こんなステキな出会いもあるし、この旅行も意味なくないよ。ホント、偶然ね」
ほがらかに笑う由香里が、コップの水でテーブルに書いた「由香里」の「香里」を丸く囲んだ。
安藤香里。それが私の名前である。
「カオリとユカリ、まるで姉妹みたいだね」
「一人っ子だからわからないけど、姉妹なら、ここまで同じ漢字は使わないと思うけど…」
偶然、出会った他人と名前が似ている。
それだけのことに、はしゃぎ過ぎだ。
不気味な由香里への懸念は抜けないが、まあ…悪い人ではないだろう。ふわとろオムライスとチョコレートパフェもおごってくれたし…
「ねえ、明日も付き合ってくれない?」
由香里の唐突な言葉に、無防備に大口を開けてパフェを食べる私の手が止まった。
「明日も!」
「今って、春休み中でしょ?」
「…」
「だめかなあ…」
平らげたオムライスの皿と食べかけのチョコレートパフェ、飲みかけのコーヒーが、どーすんのと私を責める。
目の前には、人なつっこい目で真っ直ぐ私を見つめている由香里。
パフェは最後まで食べたい…
断れない…
「どこへ行きたいの?」
「やったーッ!」
由香里は満面の笑みで小さくガッツポーズをした。
その喜ぶ姿は、私とあまり違わないくらいに幼く見えた。
翌日、私達は動物園にいた。
…でもなぜ? どうして動物園?
「あれが次のボスを狙ってるヤツじゃない」
サル山を眺め、はしゃいでいる由香里の横顔を見ながら頭が疑問で埋まる。
「ねぇ、ホントにこんな動物園でよかったの? もっとさ、行きたい観光地とかあったんじゃない?」
「だって、ここも観光地じゃない」
「親子連ればっかりだけどね」
その上、臭いがたまらない。
あとどの位の時間をここで費やせばいいのだろう。
それとなく様子をうかがうと、由香里は心底、楽しんでいるように見える。
「サル山が一番面白くて好き! だって、人間社会の縮図があると思わない?」
だから何?
サルから何を学ぶというのだろう。
そんな持って回ったことなどしないで、直接人間社会から学べばいいと思うのだが。
「見て! カワイイ!」
由香里がかん高い声を上げた。
彼女が指差す方向には、母ザルの胸にしっかりとしがみついた子ザルがいる。
「母ザルが山を駆け上がったって、あの赤ちゃんは絶対、手を離さないの。母ザルだって絶対に落としたりしない…これってスゴイと思わない?」
テレビでは、わりとありふれた映像として流される。
今さら、感動するほどのものでもないと思うのだが、由香里は目を潤ませて見つめている。
「もしかして動物園、初めて?」
「まさか」
由香里はサル山から目をそらさずに答えた。
「幼稚園とか小学校の遠足で行ったよ……でも、大人になってから来るのもいいんじゃない?」
「何も旅先で赤の他人と来なくても…」
由香里は、軽く息を吐く私に向き直った。
「もう他人じゃないでしょ。名前も知ってるし、友達だよ。友達と一緒に動物園に来たっていいでしょ」
由香里はニッコリ笑顔を作って、またサル山に視線を戻した。
昨日、会ったばかりの年上の女性が私のことを友達だと言う。
もっと戸惑うか、迷惑するかしてもよさそうだが、自然に彼女の言葉を受け入れることができたのは、そのどこか幼く純粋な雰囲気のせいかも知れない。
「明日は? 明日は付き合わなくていいの?」
由香里はびっくりしたように大きな瞳を私に向けると、満面笑みを浮かべた。
「じゃあ、遊園地がいい!」
声のトーンはまるで子供だ。
「遊園地ぃー? 何それ…」
由香里は驚き呆れる私を見て、満足げにキャラキャラと黄色い声で笑った。
由香里に付き合うことは全く問題がない。
むしろ外出の口実ができてよかった。
それほど私にとって、家にいることはうっとうしく面倒くさいことだった。
自分勝手な父と、父の顔色ばかりうかがう母。
そんな彼らの一挙手一投足が私をイラつかせる。
学校がある時は顔を合わせることも、会話することも少ないので耐えられるが、休日は本当に厄介である。
とりあえず「図書館で勉強してくる」と言って朝から家を出る。
本当に図書館に行くこともあれば友達と遊んだり、ひとりで街中をぶらついたりして夕方まで時間をつぶす。
そんな私にとって、由香里の出現は好都合だったのかもしれない。
何よりサイフを出す必要がないから。
動物園を出た後も、雑誌に載っていた人気のオープンカフェで、ケーキとカフェオレをごちそうになった。
「じゃあ、明日ね! 必ずね」
由香里は、そう何度も念を押す。
バイバイと言って別れるが、振り返ると立ち止まったまま私を見送っている。
その律儀な行為に、少しの不気味さを感じながら由香里に手を振った。
picrewのお遊びです。
由香里さんイメージ。
繁華街の歩道を歩いていた時だった。
私の横を通り過ぎたひとりの女性がハンカチを落とした。そのハンカチを拾って、歩き去ろうとしている彼女の背に呼びかけた。
「あの…ハンカチ、落としましたよ」
女性は立ち止まり振り返ったが、まるで私から声をかけられるのを待っていたかのような満面の笑顔である。
「あっ、ホントだ! どうもすみません。ありがとう」
多少芝居じみた話し方が気になったが、通りすがりの人間に必要以上の興味もわかず立ち去ろうとした。
「あの、ちょっと私と付き合ってくれません?」
な…何、この女…
古臭い手だが、相手が異性ならそんな出会いの手段もないこともない。
だけど、私は女子だ。
それにどう見ても彼女は16歳の私より大人である。
まさか同性愛とか…確か、ゆ、ゆ…ゆり…
「そんな、あからさまにイヤな顔しなくても大丈夫よ。悪いヤツじゃないよ、私」
小首を傾げてニッコリ笑うが、どこかわざとらしい。
「…何も買いませんよ。欲しい物ないし、エステとか美容にもアクセサリーにも、な~んにも興味ないですから。他あたってください」
そう言い捨てるが早いか、私は歩き出す。
「待って!」と、彼女は私の腕をつかんだ。
「迷子なの! 生まれて初めての一人旅で、どこ行っていいかわかんなくてホテルにこもってたんだけど、寂しくて…思い切って外出したんだけど、方向音痴で迷子になって…」
変な女…
しかし、悲し気に眉を寄せ、すがるように必死な瞳で迷子になったとうったえる。それも初めての一人旅だ。右も左もわからず窮地に立たされ目を潤ませる旅行者を前に、私の警戒心が緩んだ。
「付き合うって、何を付き合えばいいの? 目的の場所まで連れて行けばいいの?」
ぶっきらぼうに訊くと、彼女はほっと安堵したように笑顔を見せ私の腕を放した。
「歩き続けてお腹すいちゃった。美味しいレストランで何か食べたい! もちろんおごるから」
「はあ?」と顔がゆがむ。
「私の名前は椎名由香里です。23歳。よろしくお願いします」とすかさず自己紹介し、腰を90度に曲げて深々と頭を下げる。
やっぱり変な女…
彼女は私の中に残っている疑念を晴らそうと、必死に自分のことを話し出した。
勤めていた会社を辞めて、次が決まるまでの間の慰安旅行なんだとか。
行き先を決めない旅行だから、特に行きたいところもないという。
そんな旅行をして意味があるのだろうか。金を無駄に使っているとしか思えない。
怪訝な顔で由香里を見る私のことなど気にも留めずにしゃべり続ける。
目に入った全国区のファミリーレストランに入っても嫌な顔ひとつしない。
それどころか上機嫌である。
「でも、ほら、こんなステキな出会いもあるし、この旅行も意味なくないよ。ホント、偶然ね」
ほがらかに笑う由香里が、コップの水でテーブルに書いた「由香里」の「香里」を丸く囲んだ。
安藤香里。それが私の名前である。
「カオリとユカリ、まるで姉妹みたいだね」
「一人っ子だからわからないけど、姉妹なら、ここまで同じ漢字は使わないと思うけど…」
偶然、出会った他人と名前が似ている。
それだけのことに、はしゃぎ過ぎだ。
不気味な由香里への懸念は抜けないが、まあ…悪い人ではないだろう。ふわとろオムライスとチョコレートパフェもおごってくれたし…
「ねえ、明日も付き合ってくれない?」
由香里の唐突な言葉に、無防備に大口を開けてパフェを食べる私の手が止まった。
「明日も!」
「今って、春休み中でしょ?」
「…」
「だめかなあ…」
平らげたオムライスの皿と食べかけのチョコレートパフェ、飲みかけのコーヒーが、どーすんのと私を責める。
目の前には、人なつっこい目で真っ直ぐ私を見つめている由香里。
パフェは最後まで食べたい…
断れない…
「どこへ行きたいの?」
「やったーッ!」
由香里は満面の笑みで小さくガッツポーズをした。
その喜ぶ姿は、私とあまり違わないくらいに幼く見えた。
翌日、私達は動物園にいた。
…でもなぜ? どうして動物園?
「あれが次のボスを狙ってるヤツじゃない」
サル山を眺め、はしゃいでいる由香里の横顔を見ながら頭が疑問で埋まる。
「ねぇ、ホントにこんな動物園でよかったの? もっとさ、行きたい観光地とかあったんじゃない?」
「だって、ここも観光地じゃない」
「親子連ればっかりだけどね」
その上、臭いがたまらない。
あとどの位の時間をここで費やせばいいのだろう。
それとなく様子をうかがうと、由香里は心底、楽しんでいるように見える。
「サル山が一番面白くて好き! だって、人間社会の縮図があると思わない?」
だから何?
サルから何を学ぶというのだろう。
そんな持って回ったことなどしないで、直接人間社会から学べばいいと思うのだが。
「見て! カワイイ!」
由香里がかん高い声を上げた。
彼女が指差す方向には、母ザルの胸にしっかりとしがみついた子ザルがいる。
「母ザルが山を駆け上がったって、あの赤ちゃんは絶対、手を離さないの。母ザルだって絶対に落としたりしない…これってスゴイと思わない?」
テレビでは、わりとありふれた映像として流される。
今さら、感動するほどのものでもないと思うのだが、由香里は目を潤ませて見つめている。
「もしかして動物園、初めて?」
「まさか」
由香里はサル山から目をそらさずに答えた。
「幼稚園とか小学校の遠足で行ったよ……でも、大人になってから来るのもいいんじゃない?」
「何も旅先で赤の他人と来なくても…」
由香里は、軽く息を吐く私に向き直った。
「もう他人じゃないでしょ。名前も知ってるし、友達だよ。友達と一緒に動物園に来たっていいでしょ」
由香里はニッコリ笑顔を作って、またサル山に視線を戻した。
昨日、会ったばかりの年上の女性が私のことを友達だと言う。
もっと戸惑うか、迷惑するかしてもよさそうだが、自然に彼女の言葉を受け入れることができたのは、そのどこか幼く純粋な雰囲気のせいかも知れない。
「明日は? 明日は付き合わなくていいの?」
由香里はびっくりしたように大きな瞳を私に向けると、満面笑みを浮かべた。
「じゃあ、遊園地がいい!」
声のトーンはまるで子供だ。
「遊園地ぃー? 何それ…」
由香里は驚き呆れる私を見て、満足げにキャラキャラと黄色い声で笑った。
由香里に付き合うことは全く問題がない。
むしろ外出の口実ができてよかった。
それほど私にとって、家にいることはうっとうしく面倒くさいことだった。
自分勝手な父と、父の顔色ばかりうかがう母。
そんな彼らの一挙手一投足が私をイラつかせる。
学校がある時は顔を合わせることも、会話することも少ないので耐えられるが、休日は本当に厄介である。
とりあえず「図書館で勉強してくる」と言って朝から家を出る。
本当に図書館に行くこともあれば友達と遊んだり、ひとりで街中をぶらついたりして夕方まで時間をつぶす。
そんな私にとって、由香里の出現は好都合だったのかもしれない。
何よりサイフを出す必要がないから。
動物園を出た後も、雑誌に載っていた人気のオープンカフェで、ケーキとカフェオレをごちそうになった。
「じゃあ、明日ね! 必ずね」
由香里は、そう何度も念を押す。
バイバイと言って別れるが、振り返ると立ち止まったまま私を見送っている。
その律儀な行為に、少しの不気味さを感じながら由香里に手を振った。
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