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溢れる思慕
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由香里は、小さなおもちゃの掃除機を買った。
「おみやげ? 妹さんへの?」
「違うよ。妹は来年中学だから」
確かに…
対象年齢は5歳以上となっていた。
由香里は店員から可愛いくラッピングした掃除機が入っている手さげ袋を受け取りながら、ありがとうと丁寧に頭を下げる。
店を出ると手さげ袋をチョイと上げて、
「これは、私へのおみやげ」と言って舌を出す。
ますますわからない。
由香里は近くの公園を指差して「少し休もうか」と言った。
桜の木が公園を取り囲むように植えられており、遠目に見ると薄いピンクの雲がふんわり公園を覆っているように見える。
満開に見えた桜も近くに寄ると、まだ7~8割といったところか。それでも由香里は十分満足しているようだった。
桜の下のベンチに座り、気持ちよさそうに何度も深呼吸する。
「私って、なんてラッキーなんだろう。こんな都会の真ん中でお花見までできちゃった」
「向こうに帰れば、もう一度お花見できるでしょ」
「まだまだ先。まだ寒いもん。それに、お花見は会社行事で、酔っ払った上司の相手させられて、いい思い出なんてないし……今日のが一番かな」
由香里は、私に人なつっこい笑顔を向けた。
「今日このお花見が、一番いいお花見になったかな」
おもちゃ屋に寄った帰りに、たまたま通りがかった小さな公園の桜の下で、4日前に出会った女子高生と並んで座り、数回深呼吸したのが一番いいお花見だと言う。
どんだけ寂しい人なんだ…
友達はいないのか? まあ、これだけ変わっていれば敬遠されても仕方ないか。
イジメに遭わなかっただけよかったかも知れない… いや、遭ってるか遭ってないか知らないけれど。
「おでん買ってこようか」
気持ちよさそうに辺りを眺めていた由香里は、おもむろに口を開いた。
「おでん?」
「うん! お花見と言えばおでんじゃない? ほら、あそこのコンビニにおでんってあるよ」
由香里は、おでんののぼりがはためくコンビニを嬉しそうに指差している。
どうせ食べるなら、オシャレなカフェレストランでクリームやフルーツが乗ったワッフルあたりを軽く食べたいものだ。
実は雑誌で下調べもしていた。そんな私の消極的な様子を、由香里は勝手に疲れていると判断したらしい。
すっくと立ち上がった。
「いいよ、カオリちゃんは。私、ちょっと行ってくるからさ。ここで待ってて」
そう言うと、私の返事も聞かず、バッグから財布だけ取り出し駆け出して行った。
何という無防備さだろう。
田舎者にもほどがある。
今、ここで私が、バッグを持ち逃げしたら、置きっぱなしで姿を消したら、とか考えないのだろうか。
出会った初日に私は由香里をホテルまで送って行ったから、いざとなれば彼女の素性を知ることはできる。
だが、私は彼女に名前以外何も話していないのだ。
声をかけたのが私だからよかったものの、軽薄な男だったりしたらエライことになっていたかも知れない。
カモられたり、ダマされたり…
まあ… ここぞとばかりに話題の店の、決して安くないものばかりおごらせていた私もエラそうなことは言えないが。
開けっ放しのバッグを眺め、つくづく由香里に都会は向いてないと思った。
ふと、バッグの中の手帳からはみ出している写真が目に入る。
勝手に他人のものを見るなんて…
私の良心が忠告したが、女子高生の旺盛な好奇心のほうが勝った。
それは小さな女の子の写真だった。
つぶらな瞳は疑うことを知らない純真な輝きを湛え、この世の幸福を一身に浴びているような満面の笑顔を見せている。
首には、大きなペンダントが下げられていた。
昔、流行ったアニメで、ヒロインが正義の味方に変身する時の必須アイテムだ。
「かわいいでしょう」
突然、聞こえた由香里の声に、肩がビクンと震え飛び上がるほど驚いた。
見ると、小わきに財布を挟み、両手におでんの容器をぶら下げた由香里が立っている。
「ゴ、ゴメン! これ見えてたから、つい…」
私はあわてて写真を元に戻した。
「どうぞ、いくらでも見て。それが一番可愛く撮れてる写真だから」
彼女は、おもちゃの袋とバッグをずらして、おでんの容器を置いた。
「さあ、お花見しながらおでん食べよう!」
由香里は恥ずかしいほど「美味しい」を連発して、おでんを口に運んだ。
コンビニのおでんは確かにあなどれない。が、そこまで大げさなものではないだろう。
どこまで貧しい食生活をしていたんだ…
ここまで美味しそうな顔で食べてもらえば、コンビニのおでんも本望だろうが。
「ホント、由香里さんて変な人。コンビニおでんをCMスカウトされそうなくらい美味しそうに食べるし… おもちゃの掃除機は自分用に買うし…5歳児用のおもちゃだよ!」
由香里はキャハハッと笑い声を上げる。
「大人なら誰にでもあるの。子供の頃、手の届かなかったものを、自分で稼げるようになったら買ってやるって感じ」
「それがおもちゃの掃除機?」
「…母がね、後妻のほうの。昔、妹に買ってたの。母が掃除機かけ始めると、その後に付いて回って、おもちゃの掃除機を引きずってた」
「可愛いね」
「うん、可愛かった」
「由香里さんも欲しかったの?」
「欲しかった。でも、もう高校生だったしね」
由香里は自嘲気味に笑った。
「本当に欲しかったのは、掃除機じゃなくて…」
そこで言葉が止まった。
掃除機じゃなくて、母と娘の関係… 母の愛情。
そう言いたかったのだろうか。
由香里の切ない気持ちがジワジワ伝わってくるような気がした。
由香里はバッグの中から写真を取り出した。
「これ、母が撮ってくれたの。これ見ると、時々考えちゃうんだ。あの時、母と一緒に行ってたら…母が出て行かなかったら…とかね」
由香里はしばらく写真を見ていた。が、思い切ったようにバッグにしまうと、真っ直ぐ前を向いた。
「考えたって仕方ないことは考えない! それが一番だよね」と自分に言い聞かせるように言う。
「お母さんに会いに行ったら?」
私の中の自然な感情の流れが言わせた言葉だった。
由香里は驚いたように私を見たが、すぐに視線をそらし顔を左右に振った。
「もう…会えないって言われてるんだよね。再婚してるし、しょうがないよね。今の家庭のほうが大事だろうし… 私だって迷惑かけたくないし…」
由香里の唇がかすかに振るえていた。
その振るえを押さえ込むように、口を左右に大きく開けて笑顔を作って見せる。
「母には、幸せになってほしいから。絶対、幸せでいてほしい」
「バカ! どこまでお人好しなの!」
気がつくと、由香里の前に立ち上がって叫んでいた。
「自分の都合で別れたくせに会えないなんて、どれだけ自分のことしか考えない勝手な母親よ! 会いに行って恨み言の一つも言ってくればいい!」
私を見上げる由香里の大きな目に、涙がにじんでいた。
「迷惑かけていいよ! 由香里さんにはあるんだから! 母親の幸せを壊す権利が由香里さんだけにはある!」
「ありがとう。カオリちゃん…」
か細い由香里の声は、頼りなげに振るえていた。
「もう! アンタ見てるとイライラする。会いに行こう! ね!」
由香里は私の身体を引き寄せ抱きしめた。
「ありがとう… もう十分だから… ありがとう。ホントにもう十分だから…ありが…」
私の胸で小さな声を上げて泣く由香里は、幼い少女のようだった。
ひとしきり泣いていた由香里が、落ち着きを取り戻して私に微笑んで見せた。
涙をふき鼻をかみ、化粧もほとんどはげ落ちた顔は実際の年齢よりも幼く見えた。
そして、私はようやく疑問を持ち始めた。
由香里と私が出会ったのは本当に偶然なのだろうか…
「おみやげ? 妹さんへの?」
「違うよ。妹は来年中学だから」
確かに…
対象年齢は5歳以上となっていた。
由香里は店員から可愛いくラッピングした掃除機が入っている手さげ袋を受け取りながら、ありがとうと丁寧に頭を下げる。
店を出ると手さげ袋をチョイと上げて、
「これは、私へのおみやげ」と言って舌を出す。
ますますわからない。
由香里は近くの公園を指差して「少し休もうか」と言った。
桜の木が公園を取り囲むように植えられており、遠目に見ると薄いピンクの雲がふんわり公園を覆っているように見える。
満開に見えた桜も近くに寄ると、まだ7~8割といったところか。それでも由香里は十分満足しているようだった。
桜の下のベンチに座り、気持ちよさそうに何度も深呼吸する。
「私って、なんてラッキーなんだろう。こんな都会の真ん中でお花見までできちゃった」
「向こうに帰れば、もう一度お花見できるでしょ」
「まだまだ先。まだ寒いもん。それに、お花見は会社行事で、酔っ払った上司の相手させられて、いい思い出なんてないし……今日のが一番かな」
由香里は、私に人なつっこい笑顔を向けた。
「今日このお花見が、一番いいお花見になったかな」
おもちゃ屋に寄った帰りに、たまたま通りがかった小さな公園の桜の下で、4日前に出会った女子高生と並んで座り、数回深呼吸したのが一番いいお花見だと言う。
どんだけ寂しい人なんだ…
友達はいないのか? まあ、これだけ変わっていれば敬遠されても仕方ないか。
イジメに遭わなかっただけよかったかも知れない… いや、遭ってるか遭ってないか知らないけれど。
「おでん買ってこようか」
気持ちよさそうに辺りを眺めていた由香里は、おもむろに口を開いた。
「おでん?」
「うん! お花見と言えばおでんじゃない? ほら、あそこのコンビニにおでんってあるよ」
由香里は、おでんののぼりがはためくコンビニを嬉しそうに指差している。
どうせ食べるなら、オシャレなカフェレストランでクリームやフルーツが乗ったワッフルあたりを軽く食べたいものだ。
実は雑誌で下調べもしていた。そんな私の消極的な様子を、由香里は勝手に疲れていると判断したらしい。
すっくと立ち上がった。
「いいよ、カオリちゃんは。私、ちょっと行ってくるからさ。ここで待ってて」
そう言うと、私の返事も聞かず、バッグから財布だけ取り出し駆け出して行った。
何という無防備さだろう。
田舎者にもほどがある。
今、ここで私が、バッグを持ち逃げしたら、置きっぱなしで姿を消したら、とか考えないのだろうか。
出会った初日に私は由香里をホテルまで送って行ったから、いざとなれば彼女の素性を知ることはできる。
だが、私は彼女に名前以外何も話していないのだ。
声をかけたのが私だからよかったものの、軽薄な男だったりしたらエライことになっていたかも知れない。
カモられたり、ダマされたり…
まあ… ここぞとばかりに話題の店の、決して安くないものばかりおごらせていた私もエラそうなことは言えないが。
開けっ放しのバッグを眺め、つくづく由香里に都会は向いてないと思った。
ふと、バッグの中の手帳からはみ出している写真が目に入る。
勝手に他人のものを見るなんて…
私の良心が忠告したが、女子高生の旺盛な好奇心のほうが勝った。
それは小さな女の子の写真だった。
つぶらな瞳は疑うことを知らない純真な輝きを湛え、この世の幸福を一身に浴びているような満面の笑顔を見せている。
首には、大きなペンダントが下げられていた。
昔、流行ったアニメで、ヒロインが正義の味方に変身する時の必須アイテムだ。
「かわいいでしょう」
突然、聞こえた由香里の声に、肩がビクンと震え飛び上がるほど驚いた。
見ると、小わきに財布を挟み、両手におでんの容器をぶら下げた由香里が立っている。
「ゴ、ゴメン! これ見えてたから、つい…」
私はあわてて写真を元に戻した。
「どうぞ、いくらでも見て。それが一番可愛く撮れてる写真だから」
彼女は、おもちゃの袋とバッグをずらして、おでんの容器を置いた。
「さあ、お花見しながらおでん食べよう!」
由香里は恥ずかしいほど「美味しい」を連発して、おでんを口に運んだ。
コンビニのおでんは確かにあなどれない。が、そこまで大げさなものではないだろう。
どこまで貧しい食生活をしていたんだ…
ここまで美味しそうな顔で食べてもらえば、コンビニのおでんも本望だろうが。
「ホント、由香里さんて変な人。コンビニおでんをCMスカウトされそうなくらい美味しそうに食べるし… おもちゃの掃除機は自分用に買うし…5歳児用のおもちゃだよ!」
由香里はキャハハッと笑い声を上げる。
「大人なら誰にでもあるの。子供の頃、手の届かなかったものを、自分で稼げるようになったら買ってやるって感じ」
「それがおもちゃの掃除機?」
「…母がね、後妻のほうの。昔、妹に買ってたの。母が掃除機かけ始めると、その後に付いて回って、おもちゃの掃除機を引きずってた」
「可愛いね」
「うん、可愛かった」
「由香里さんも欲しかったの?」
「欲しかった。でも、もう高校生だったしね」
由香里は自嘲気味に笑った。
「本当に欲しかったのは、掃除機じゃなくて…」
そこで言葉が止まった。
掃除機じゃなくて、母と娘の関係… 母の愛情。
そう言いたかったのだろうか。
由香里の切ない気持ちがジワジワ伝わってくるような気がした。
由香里はバッグの中から写真を取り出した。
「これ、母が撮ってくれたの。これ見ると、時々考えちゃうんだ。あの時、母と一緒に行ってたら…母が出て行かなかったら…とかね」
由香里はしばらく写真を見ていた。が、思い切ったようにバッグにしまうと、真っ直ぐ前を向いた。
「考えたって仕方ないことは考えない! それが一番だよね」と自分に言い聞かせるように言う。
「お母さんに会いに行ったら?」
私の中の自然な感情の流れが言わせた言葉だった。
由香里は驚いたように私を見たが、すぐに視線をそらし顔を左右に振った。
「もう…会えないって言われてるんだよね。再婚してるし、しょうがないよね。今の家庭のほうが大事だろうし… 私だって迷惑かけたくないし…」
由香里の唇がかすかに振るえていた。
その振るえを押さえ込むように、口を左右に大きく開けて笑顔を作って見せる。
「母には、幸せになってほしいから。絶対、幸せでいてほしい」
「バカ! どこまでお人好しなの!」
気がつくと、由香里の前に立ち上がって叫んでいた。
「自分の都合で別れたくせに会えないなんて、どれだけ自分のことしか考えない勝手な母親よ! 会いに行って恨み言の一つも言ってくればいい!」
私を見上げる由香里の大きな目に、涙がにじんでいた。
「迷惑かけていいよ! 由香里さんにはあるんだから! 母親の幸せを壊す権利が由香里さんだけにはある!」
「ありがとう。カオリちゃん…」
か細い由香里の声は、頼りなげに振るえていた。
「もう! アンタ見てるとイライラする。会いに行こう! ね!」
由香里は私の身体を引き寄せ抱きしめた。
「ありがとう… もう十分だから… ありがとう。ホントにもう十分だから…ありが…」
私の胸で小さな声を上げて泣く由香里は、幼い少女のようだった。
ひとしきり泣いていた由香里が、落ち着きを取り戻して私に微笑んで見せた。
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