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玩具(1)
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グラスが割れる衝撃音が耳をつんざき、その場の空気を凍り付かせている。
豪華なシャンデリアから降り注ぐ光をまとい、ゆったりと革張りのソファに腰掛け、女はおもむろに足を組み替えた。
床に散らばるグラスの破片は、青い間接照明を反射して、さながら宝石のようにキラキラ輝いている。
早翔が散らばった破片を片付けようと屈みかけると、女は銅製のアイスペールから、わしづかみした氷を早翔めがけて投げつけた。
「アンタ、人をバカにするのもいい加減にしなさいよ!」
ヒステリックに叫ぶ女は、店に大金を落とす極太客で、光輝をNо.1に押し上げた黒田蘭子である。
「今日は何の日だか知ってるんでしょ」
「蘭子さんの誕生日で~す」
隣に座る光輝が、蘭子の顔色を伺いながら軽く言う。
その日、用意されたシャンパンで誕生日の乾杯をする際に、早翔にソフトドリンクをそっと差し入れるところを蘭子が見ていた。
それを寄こすよう言いつけ取り上げると、少し鼻を近づけ、直後に早翔めがけて投げつけたのだ。
「私の酒が飲めないの!」
「蘭子さん、こいつ酒弱くて…」
すぐさま龍登が口を挟む。
「関係ないわ! 飲め!」
蘭子は、シャンパンのボトルを掴んで差し出す。
「代わりに俺が…」
「お前だよ!」
前に出た龍登を、怒号で遮り、早翔を睨みつけている。
「はい、飲ませますよ。すぐ飲ませますね」
光輝が蘭子からボトルを受け取ると、早翔の前まで来る。
「はい、飲んでください。蘭子さんの命令だから」
光輝は、両目を大きく見開き、ニヤリと笑いながら間近で睨む。
早翔はボトルを半ば奪うように取り、上を向いて一気に流し込んだ。
「いいねいいね。ぐいぐい行こう」
光輝が一気コールを促す。
光輝の声だけが響く、そろわない一気コールが始まりかけた時、ドサッと重い音をたてて早翔が崩れ落ちた。
叫声にも似た蘭子の甲高い笑い声がホール中に響く。
こうなる伏線はあった。
ひと月ほど前、光輝の休みの日に蘭子がふらっと店を訪れた。
ホストは指名客と綿密に打ち合わせて、客の来店日を決める。担当ホストが休みの日に来ることなどあり得ない。
慌てて光輝を呼ぼうとすると、余計なことはするなと言って蘭子は早翔を指名した。
「そのガツガツしてない涼しげな瞳がいいわね。今度からあなたを指名するわ」
「当店は永久指名ですから、それはお受けできません」
「私には特例を認めてもらうわ。私がルールだから」
「当店には当店のルールがあります。黒田様だけ特例を認めるわけにはいきません。指名変更はお受けいたし兼ねます」
早翔が淡々とした口調で説明する傍らで、蘭子はすでに早翔から視線を逸らし、冷たく宙を見据えている。聞いているのかいないのか、早翔の言葉には一切の反応を示さない。
その後、すぐに駆け付けた光輝に席を譲り、事なきを得たはずだった。
しかし、蘭子の中では断られたことへの怒りがふつふつと増幅していった。
店を上げて蘭子の誕生日を祝うその日、爆発させるタイミングを待っていたのだろう。
底辺ホストの替えはいても極太客の替えはいない。店にとってどちらが重要かは明白である。
クビを覚悟していると、京極から電話が入った。
「蘭子さんから、早翔を家まで迎えに来させろと連絡が来た。来てくれるかどうかわからないけど、何とか店に連れてきて。まあ無理にとは言わないけど。とにかく許されるまで土下座してきてね」
豪華なシャンデリアから降り注ぐ光をまとい、ゆったりと革張りのソファに腰掛け、女はおもむろに足を組み替えた。
床に散らばるグラスの破片は、青い間接照明を反射して、さながら宝石のようにキラキラ輝いている。
早翔が散らばった破片を片付けようと屈みかけると、女は銅製のアイスペールから、わしづかみした氷を早翔めがけて投げつけた。
「アンタ、人をバカにするのもいい加減にしなさいよ!」
ヒステリックに叫ぶ女は、店に大金を落とす極太客で、光輝をNо.1に押し上げた黒田蘭子である。
「今日は何の日だか知ってるんでしょ」
「蘭子さんの誕生日で~す」
隣に座る光輝が、蘭子の顔色を伺いながら軽く言う。
その日、用意されたシャンパンで誕生日の乾杯をする際に、早翔にソフトドリンクをそっと差し入れるところを蘭子が見ていた。
それを寄こすよう言いつけ取り上げると、少し鼻を近づけ、直後に早翔めがけて投げつけたのだ。
「私の酒が飲めないの!」
「蘭子さん、こいつ酒弱くて…」
すぐさま龍登が口を挟む。
「関係ないわ! 飲め!」
蘭子は、シャンパンのボトルを掴んで差し出す。
「代わりに俺が…」
「お前だよ!」
前に出た龍登を、怒号で遮り、早翔を睨みつけている。
「はい、飲ませますよ。すぐ飲ませますね」
光輝が蘭子からボトルを受け取ると、早翔の前まで来る。
「はい、飲んでください。蘭子さんの命令だから」
光輝は、両目を大きく見開き、ニヤリと笑いながら間近で睨む。
早翔はボトルを半ば奪うように取り、上を向いて一気に流し込んだ。
「いいねいいね。ぐいぐい行こう」
光輝が一気コールを促す。
光輝の声だけが響く、そろわない一気コールが始まりかけた時、ドサッと重い音をたてて早翔が崩れ落ちた。
叫声にも似た蘭子の甲高い笑い声がホール中に響く。
こうなる伏線はあった。
ひと月ほど前、光輝の休みの日に蘭子がふらっと店を訪れた。
ホストは指名客と綿密に打ち合わせて、客の来店日を決める。担当ホストが休みの日に来ることなどあり得ない。
慌てて光輝を呼ぼうとすると、余計なことはするなと言って蘭子は早翔を指名した。
「そのガツガツしてない涼しげな瞳がいいわね。今度からあなたを指名するわ」
「当店は永久指名ですから、それはお受けできません」
「私には特例を認めてもらうわ。私がルールだから」
「当店には当店のルールがあります。黒田様だけ特例を認めるわけにはいきません。指名変更はお受けいたし兼ねます」
早翔が淡々とした口調で説明する傍らで、蘭子はすでに早翔から視線を逸らし、冷たく宙を見据えている。聞いているのかいないのか、早翔の言葉には一切の反応を示さない。
その後、すぐに駆け付けた光輝に席を譲り、事なきを得たはずだった。
しかし、蘭子の中では断られたことへの怒りがふつふつと増幅していった。
店を上げて蘭子の誕生日を祝うその日、爆発させるタイミングを待っていたのだろう。
底辺ホストの替えはいても極太客の替えはいない。店にとってどちらが重要かは明白である。
クビを覚悟していると、京極から電話が入った。
「蘭子さんから、早翔を家まで迎えに来させろと連絡が来た。来てくれるかどうかわからないけど、何とか店に連れてきて。まあ無理にとは言わないけど。とにかく許されるまで土下座してきてね」
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