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浄化(2)
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「これはビジネスだ。割り切って考えろよ」
龍登がそう言った。
「風俗ってね、理由や目的があると結構坦々と楽にできたりするのよね」
麗華の言葉である。
早翔はそうかもしれないと感じるようになっていた。
どこをどう触れれば蘭子がどうなるか、反応を見ながら、まるで生物学の実験でもしているような気分で、冷静に頭を働かせる。ふとした瞬間に我に返って、自嘲の笑いを漏らす。
「何よ… 何がおかしいの」
「何でもない…ごめん。ちょっと頭がクリアになった」
「攻めが足りないわね」
蘭子がニヤッと妖艶な笑みを浮かべると、いとも簡単に早翔を組み敷き馬乗りになった。こちらはすでに早翔の体を知り尽くしている。
これはビジネスだ。理由や目的があるなら簡単なこと…
早翔は蘭子のなすがままに任せた。
「何で、歌舞伎にも詳しいの?」
蘭子がうつ伏せに寝ている早翔の白い背中を撫でまわしながら訊いた。
「別に詳しくない。高校の課外学習で一度観ただけ」
「へえ… 良い高校だったの?」
「さあね。でもすごいことだと思ったよ。何百年も前と同じ演目を現代で観てる。しかもテーマになってる正義感も世界観もほとんど違和感がない。時代や社会が違っても、今とそれほど変わらない人々が、同じように生活していたんだ。連綿と育まれてきた国民性を感じるよ」
蘭子の手は止まっていた。無言のまま早翔に視線を落としている。
「どうしたの?」
早翔が体を起こして蘭子を見る。
「不幸よね… あなたのような頭のいい子が大学に行けないなんて」
「大学に行くのが全てじゃないし、不幸だとも思ってない。大学行った俺の友達なんて毎晩飲んでるって言ってた。やってること変わらないね」
早翔が大らかな笑顔を見せる。
「お酒、あなたにも飲めるものがあるわ。来て」
蘭子が思い出したように言うと、裸のままリビングへと出て行った。
ウッドブラウンの壁の前に立ち、スイッチのようなボタンを押すと、ブラウンの壁が、弱い機械音を立てながら自動でゆっくり開く。
そこにバーカウンターが現れた。
蘭子はカウンターの中に入るとシェイカーを取り出し、リキュールを入れシャカシャカと振り出す。
シャイカーを振る度に豊満な胸が揺れ、それを見て早翔が笑うと、おどけてわざと胸を大きく揺らす。
二人でひとしきり笑い合った後、蘭子がシェイカーからカクテルをグラスに注いだ。
スカイブルーの美しい色に、思わず「わぁ…」と声が出る。
「あなたのイメージはこんな感じかな」
透き通った青の液体が、逆三角形のカクテルグラスの中でキラキラ輝き、空とも海とも思わせる小さな世界観を作り上げていた。
「これが俺のイメージ… なんだか小さなグラスの中に、壮大な宇宙が凝縮されてる感じがする」
「まるで詩人ね。飲んでみて」
「ちょっと飲むのがもったいないね」
早翔がグラスにそっと口を付け、一口含んだ。
爽やかな酸味と甘みが広がり、それほど強いアルコールを感じない。
「甘くて美味しい… これ何て言う名前なの? 決められた作り方とかあるの?」
蘭子は満足げに微笑む。
「過去のバーテン達が作ったレシピは無数にあるけど、これは私があなたのために作った、世界で一つだけのものよ。私はその場の雰囲気で作るの。お酒が強い人にも弱い人にも合わせて、オシャレに作れちゃう。だからカクテルって楽しいの」
「世界で一つ、俺だけの… なんか嬉しい」
早翔がもう一口飲む。
「本当に美味しい。蘭子さん天才だよ」
「喜んでもらえて良かった」
蘭子が煙草に火を点けると、ゆっくりと煙をくゆらせる。
光沢のある黒褐色の木製棚に並べられた、各種の酒瓶やグラスを背に、ペンダントライトに照らされて、蘭子の肌が黄金色に輝いて見える。
自分がどう見えているか理解しているのだろう、上目遣いで早翔に甘い視線を送る。
「ここでこうしているのが一番好きなの」
妖艶な曲線を描く指で挟んだ煙草を一口吸うと、唇を突き出して斜め上へと煙を吹き出す。
まるで一枚の絵画を見ているようだ。
「ホストって湯水のように酒を飲む。平気で限界超えて飲んで裏で吐いて、それを美徳だとでも思ってる。客に金を使わせることが目的だから仕方ないけど。でも、本来ならそんな飲み方お酒に失礼よね。だから、本当はホストクラブなんて嫌いよ」
「だったらなんで行くの」
「何でかな… わからないわ」
蘭子は無垢な笑みを浮かべ、二口吸っただけの煙草を灰皿に押しつけた。
龍登がそう言った。
「風俗ってね、理由や目的があると結構坦々と楽にできたりするのよね」
麗華の言葉である。
早翔はそうかもしれないと感じるようになっていた。
どこをどう触れれば蘭子がどうなるか、反応を見ながら、まるで生物学の実験でもしているような気分で、冷静に頭を働かせる。ふとした瞬間に我に返って、自嘲の笑いを漏らす。
「何よ… 何がおかしいの」
「何でもない…ごめん。ちょっと頭がクリアになった」
「攻めが足りないわね」
蘭子がニヤッと妖艶な笑みを浮かべると、いとも簡単に早翔を組み敷き馬乗りになった。こちらはすでに早翔の体を知り尽くしている。
これはビジネスだ。理由や目的があるなら簡単なこと…
早翔は蘭子のなすがままに任せた。
「何で、歌舞伎にも詳しいの?」
蘭子がうつ伏せに寝ている早翔の白い背中を撫でまわしながら訊いた。
「別に詳しくない。高校の課外学習で一度観ただけ」
「へえ… 良い高校だったの?」
「さあね。でもすごいことだと思ったよ。何百年も前と同じ演目を現代で観てる。しかもテーマになってる正義感も世界観もほとんど違和感がない。時代や社会が違っても、今とそれほど変わらない人々が、同じように生活していたんだ。連綿と育まれてきた国民性を感じるよ」
蘭子の手は止まっていた。無言のまま早翔に視線を落としている。
「どうしたの?」
早翔が体を起こして蘭子を見る。
「不幸よね… あなたのような頭のいい子が大学に行けないなんて」
「大学に行くのが全てじゃないし、不幸だとも思ってない。大学行った俺の友達なんて毎晩飲んでるって言ってた。やってること変わらないね」
早翔が大らかな笑顔を見せる。
「お酒、あなたにも飲めるものがあるわ。来て」
蘭子が思い出したように言うと、裸のままリビングへと出て行った。
ウッドブラウンの壁の前に立ち、スイッチのようなボタンを押すと、ブラウンの壁が、弱い機械音を立てながら自動でゆっくり開く。
そこにバーカウンターが現れた。
蘭子はカウンターの中に入るとシェイカーを取り出し、リキュールを入れシャカシャカと振り出す。
シャイカーを振る度に豊満な胸が揺れ、それを見て早翔が笑うと、おどけてわざと胸を大きく揺らす。
二人でひとしきり笑い合った後、蘭子がシェイカーからカクテルをグラスに注いだ。
スカイブルーの美しい色に、思わず「わぁ…」と声が出る。
「あなたのイメージはこんな感じかな」
透き通った青の液体が、逆三角形のカクテルグラスの中でキラキラ輝き、空とも海とも思わせる小さな世界観を作り上げていた。
「これが俺のイメージ… なんだか小さなグラスの中に、壮大な宇宙が凝縮されてる感じがする」
「まるで詩人ね。飲んでみて」
「ちょっと飲むのがもったいないね」
早翔がグラスにそっと口を付け、一口含んだ。
爽やかな酸味と甘みが広がり、それほど強いアルコールを感じない。
「甘くて美味しい… これ何て言う名前なの? 決められた作り方とかあるの?」
蘭子は満足げに微笑む。
「過去のバーテン達が作ったレシピは無数にあるけど、これは私があなたのために作った、世界で一つだけのものよ。私はその場の雰囲気で作るの。お酒が強い人にも弱い人にも合わせて、オシャレに作れちゃう。だからカクテルって楽しいの」
「世界で一つ、俺だけの… なんか嬉しい」
早翔がもう一口飲む。
「本当に美味しい。蘭子さん天才だよ」
「喜んでもらえて良かった」
蘭子が煙草に火を点けると、ゆっくりと煙をくゆらせる。
光沢のある黒褐色の木製棚に並べられた、各種の酒瓶やグラスを背に、ペンダントライトに照らされて、蘭子の肌が黄金色に輝いて見える。
自分がどう見えているか理解しているのだろう、上目遣いで早翔に甘い視線を送る。
「ここでこうしているのが一番好きなの」
妖艶な曲線を描く指で挟んだ煙草を一口吸うと、唇を突き出して斜め上へと煙を吹き出す。
まるで一枚の絵画を見ているようだ。
「ホストって湯水のように酒を飲む。平気で限界超えて飲んで裏で吐いて、それを美徳だとでも思ってる。客に金を使わせることが目的だから仕方ないけど。でも、本来ならそんな飲み方お酒に失礼よね。だから、本当はホストクラブなんて嫌いよ」
「だったらなんで行くの」
「何でかな… わからないわ」
蘭子は無垢な笑みを浮かべ、二口吸っただけの煙草を灰皿に押しつけた。
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