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本名(2)
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思い立つと待っていられない性格のようで、自身の弁護士の向井に連絡すると、その夜の内にセブンジョーのオーナー、京極を交えて話し合いを持った。
顔を見せなくなった蘭子が、突然閉店後に早翔と弁護士を連れて現れたので、京極は最初こそ面食らった様子だったが、すぐにその意図を理解し、彼女の気が変わらないうちに話を進めようと、早口で自分の思い描いていた新規店舗のプランをまくし立てる。
耳を傾けながら、蘭子の瞳が爛々と輝きを増し、自信をみなぎらせていくのがわかった。
それから数週間後のことだった。
開店したばかりのセブンジョーで客の接客をしていた早翔の元に、蘭子の家政婦をしている凪子から電話が入った。
「ごめんなさい… お忙しいのに… あの… 奥様が… 来ていただけると… あの」
必死な様子で口ごもりながら言葉を探す凪子を遮って、「すぐに伺います」と応じる。
凪子から電話があること自体異例のことなのに、その焦った声が事情を聴くよりも緊急を要することを表していた。
蘭子の元に向かうことを京極に伝えると、彼はおろおろとうろたえ始める。
「何、何があったの?」
「知らない。とにかくすぐに来てくれって」
「まさか、新店舗の出資の話、気が変わったとか言わないだろうね。もう色々進めてるのに」
京極は情けない声で顔をゆがめる。
「仮に蘭子さんの気が変わったとしても、京極さんの計画が当初の予定に戻るだけだから心配ないですよ。大丈夫。開店が少し先に延びるかどうかの違いで絶対成功するから」
「そっか… そうだよね」
早翔の余裕の笑顔を見て、安心したように微笑む。
「君は全くホストにしておくのはもったいないよ。とにかく急いで」
そう言うと店の外に出て、自らタクシーを止め早翔を乗せた。
「蘭子さんの気が代わりそうなら何とか早翔の力で…ね。戻ってこなくていいから、とにかく頼むよ」
京極は早翔に向けて握った拳を小さく振った。
マンションの玄関で、凪子は緊張した面持ちで早翔を出迎えた。
凪子は蘭子より2、3歳下だが、化粧っ気がなく髪も引っ詰めて黒のゴムで縛っているだけで、服装も地味なせいか年齢より老けて見える。
視線を合わせるのを避けているのか伏し目がちで、居ても空気のように存在感がなく、何度か廊下で遭遇しては、蘭子と二人だけだと思い裸でうろついていた早翔を狼狽えさせた。
そんな凪子が、真っ直ぐ早翔の目を見て顔をゆがめている。
「先ほどまで大旦那様と旦那様がいらしてたんです。お二人がお帰りになった後、もう奥様が大変で…」
うっすら目に涙を浮かべ感情を露わにした凪子は、本来の年齢通りの顔になっている。早翔が優しく微笑むと、ほっとしたのか幾らか表情を戻した。
通されたリビングダイニングは、床に割れた皿やグラスが散乱し、白地にマーブル模様のカーペットは、ぶちまけられた食べ物や飲み物で悲惨な色に染まっていた。
「帰るよう言われたのですが、奥様が心配で… どうしようか悩んだのですが、ご迷惑承知で早翔さんにお電話してしまって… 申し訳ありません」
「知らせてくれてありがとう。凪子さん、帰っていいよ」
そう言って、丁寧に頭を下げている凪子の背中を優しく起こした。
寝室のドアを開けると、ベッドの上で蘭子がうつ伏せになりクッションに顔を埋めていた。
「帰れって言ったでしょ! とっとと帰れ!」
うつ伏せのまま、乱暴な言葉が飛んでくる。
早翔は静かにベッドの傍らに歩み寄り、ゆっくりと腰掛ける。
「帰っていいの?」
ビクッと跳ねて頭を起こした蘭子の瞳が大きく見開き、早翔を捉える。みるみる顔がゆがみ、泣いているような、怒っているような表情で勢いよく早翔に抱きついた。
「大丈夫?」
「大丈夫なわけないでしょ!」
泣いてはいない。
荒々しく早翔を押し倒すと、強引に唇を重ねて激しくむさぼる。
早翔は蘭子のやり場のない怒りを全身に感じ、制御不能になった感情の赴くままに身を任せた。
顔を見せなくなった蘭子が、突然閉店後に早翔と弁護士を連れて現れたので、京極は最初こそ面食らった様子だったが、すぐにその意図を理解し、彼女の気が変わらないうちに話を進めようと、早口で自分の思い描いていた新規店舗のプランをまくし立てる。
耳を傾けながら、蘭子の瞳が爛々と輝きを増し、自信をみなぎらせていくのがわかった。
それから数週間後のことだった。
開店したばかりのセブンジョーで客の接客をしていた早翔の元に、蘭子の家政婦をしている凪子から電話が入った。
「ごめんなさい… お忙しいのに… あの… 奥様が… 来ていただけると… あの」
必死な様子で口ごもりながら言葉を探す凪子を遮って、「すぐに伺います」と応じる。
凪子から電話があること自体異例のことなのに、その焦った声が事情を聴くよりも緊急を要することを表していた。
蘭子の元に向かうことを京極に伝えると、彼はおろおろとうろたえ始める。
「何、何があったの?」
「知らない。とにかくすぐに来てくれって」
「まさか、新店舗の出資の話、気が変わったとか言わないだろうね。もう色々進めてるのに」
京極は情けない声で顔をゆがめる。
「仮に蘭子さんの気が変わったとしても、京極さんの計画が当初の予定に戻るだけだから心配ないですよ。大丈夫。開店が少し先に延びるかどうかの違いで絶対成功するから」
「そっか… そうだよね」
早翔の余裕の笑顔を見て、安心したように微笑む。
「君は全くホストにしておくのはもったいないよ。とにかく急いで」
そう言うと店の外に出て、自らタクシーを止め早翔を乗せた。
「蘭子さんの気が代わりそうなら何とか早翔の力で…ね。戻ってこなくていいから、とにかく頼むよ」
京極は早翔に向けて握った拳を小さく振った。
マンションの玄関で、凪子は緊張した面持ちで早翔を出迎えた。
凪子は蘭子より2、3歳下だが、化粧っ気がなく髪も引っ詰めて黒のゴムで縛っているだけで、服装も地味なせいか年齢より老けて見える。
視線を合わせるのを避けているのか伏し目がちで、居ても空気のように存在感がなく、何度か廊下で遭遇しては、蘭子と二人だけだと思い裸でうろついていた早翔を狼狽えさせた。
そんな凪子が、真っ直ぐ早翔の目を見て顔をゆがめている。
「先ほどまで大旦那様と旦那様がいらしてたんです。お二人がお帰りになった後、もう奥様が大変で…」
うっすら目に涙を浮かべ感情を露わにした凪子は、本来の年齢通りの顔になっている。早翔が優しく微笑むと、ほっとしたのか幾らか表情を戻した。
通されたリビングダイニングは、床に割れた皿やグラスが散乱し、白地にマーブル模様のカーペットは、ぶちまけられた食べ物や飲み物で悲惨な色に染まっていた。
「帰るよう言われたのですが、奥様が心配で… どうしようか悩んだのですが、ご迷惑承知で早翔さんにお電話してしまって… 申し訳ありません」
「知らせてくれてありがとう。凪子さん、帰っていいよ」
そう言って、丁寧に頭を下げている凪子の背中を優しく起こした。
寝室のドアを開けると、ベッドの上で蘭子がうつ伏せになりクッションに顔を埋めていた。
「帰れって言ったでしょ! とっとと帰れ!」
うつ伏せのまま、乱暴な言葉が飛んでくる。
早翔は静かにベッドの傍らに歩み寄り、ゆっくりと腰掛ける。
「帰っていいの?」
ビクッと跳ねて頭を起こした蘭子の瞳が大きく見開き、早翔を捉える。みるみる顔がゆがみ、泣いているような、怒っているような表情で勢いよく早翔に抱きついた。
「大丈夫?」
「大丈夫なわけないでしょ!」
泣いてはいない。
荒々しく早翔を押し倒すと、強引に唇を重ねて激しくむさぼる。
早翔は蘭子のやり場のない怒りを全身に感じ、制御不能になった感情の赴くままに身を任せた。
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