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霹靂(2)
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「こ…婚姻て… そんな… そんな勝手に事を進めないでよ」
「勝手も何も、お前の子供なんだから責任は取れよ。ガキじゃあるまいし」
向井が鼻で笑いながらつかつかと早翔の前に歩み寄ると、顎に手をやり優しく持ち上げる。
「なんて顔してるんだ」
「あ…頭が混乱してるから… 時間が欲しい… 少し… 考えさせてよ… お願い…」
震える声で哀願するように言う。
「どこに考える余地がある」
向井が早翔の肩に手を置くと、傍らのソファに座らせ、自身もその隣に座る。
「お前はいわゆる逆玉だ。有り余る金と約束された将来が待っている。一体どこに不満がある。お前はすでに成功への階段を上ってる。自力で人生を切り開いたんだ。今までの苦労が報われたと思えばいい」
向井の声が遠くの雑踏から聞こえる、ざわざわとした騒音のように早翔の耳を通り過ぎていく。うつむいたまま、時々、弱々しく首を左右に振る。
「考えられない… 子供なんて…」
絞り出すように細い声で呟く。
向井がふっと和かな笑みをこぼした。
「お前ももう少し年を取ったらわかる。ゲイかどうかに関係なく、自分の遺伝子は残したい。それが人間の本能だろ。実際に自分の赤ん坊を抱いてみろ。無垢な可愛い顔を見たら、そんな情けない顔で、自分は一体何を悩んでいたんだとバカらしくなるはずだ」
諭すような穏やかな口調で語り掛ける。その瞳には、人生を悟ったような、自信に満ちた余裕の笑みを浮かべていた。
早翔は、数年前、まだ向井と付き合い始めた時のことを思い出していた。
ゲイだと噂のあった芸能人が、50歳を過ぎて結婚して家庭を持ったという芸能ニュースに、珍しく向井が反応した。
「性欲が衰え始めた頃合いを見計らって、女と結婚して子を生す。まあ、金があるゲイなら普通に考える人生だよな」
そう言って向井は軽く鼻で笑った。
「偽善だよ。相手の女性が可哀相だ」
やれやれと呆れた視線で早翔を見る。
「俺が昔々に付き合ってた男も50で結婚した。男にモテる努力をしてたヤツだから、年齢に似合わず実にスマートで女にもモテた。今は娘にデレデレのパパで家族円満だ」
「そんなのニセモノだ。俺は好きになった相手とは一生添い遂げる」
向井が目を丸くして早翔を見ると、ゲラゲラと声を出して笑った。
「お前はホント、青臭いガキだなあ」
あの時の拒絶感は若かったからなのだろうか。だが、数年経った今でも何も変わらない。あるいは50歳になれば理解できるのだろうか。
「俺… 蘭子さんを愛してない…」
早翔がぽつんと呟くように言う。
向井が嘲るように声を出して笑う。
「ガキみたいなこと言ってんじゃない。愛だの恋だのそんなご大層なもんかよ。愛があれば金は要らないなんて、金を稼げないヤツの言う言葉だ。俺はお前にババを引かない人生の歩き方を教えてるんだ」
向井は遠くを見やると、唇をゆがめてふっと笑みを浮かべる。
「これでお前と俺の立場は同じになるな」
早翔が顔を上げて向井を見る。その横顔が、邪悪な清々しさで早翔を雁字搦めにしていく悪魔に見えて、背筋が凍り付く。
「ごめん… もう無理だ。俺、向井さんとは… もう無理だ」
よろよろと立ち上がる。
向井が氷のような冷たい目で睨み付けると、やおら立ち上がり、早翔の腕を掴んだ。
「いいか、よく聞け。子供が生まれたら、お前の人生観などどうでもいい。子供に精一杯愛情を降り注いで幸せに育てることだけだ。それがお前のこれからの人生だ」
早翔の腕を掴む向井の手に、なおも力が入る。
「お前に拒否権はない。父親の責任を果たせ。この話を断るようなことがあれば、社会的には終わったと思え。間違っても、会計士に必要な実務経験の報告書を発行してもらえるなどと思うなよ」
「やめてくれ!」
叫ぶと同時に乱暴に向井の腕を振り解く。
いつの間にか潤んでいる早翔の目を見て、向井が冷たく笑う。
「今度は泣き落としか… ガキが!」
早翔は咄嗟に向井の部屋を飛び出していた。
「待て! この野郎!」
叫ぶ向井の言葉を背に、早翔は必死に走っていた。
「勝手も何も、お前の子供なんだから責任は取れよ。ガキじゃあるまいし」
向井が鼻で笑いながらつかつかと早翔の前に歩み寄ると、顎に手をやり優しく持ち上げる。
「なんて顔してるんだ」
「あ…頭が混乱してるから… 時間が欲しい… 少し… 考えさせてよ… お願い…」
震える声で哀願するように言う。
「どこに考える余地がある」
向井が早翔の肩に手を置くと、傍らのソファに座らせ、自身もその隣に座る。
「お前はいわゆる逆玉だ。有り余る金と約束された将来が待っている。一体どこに不満がある。お前はすでに成功への階段を上ってる。自力で人生を切り開いたんだ。今までの苦労が報われたと思えばいい」
向井の声が遠くの雑踏から聞こえる、ざわざわとした騒音のように早翔の耳を通り過ぎていく。うつむいたまま、時々、弱々しく首を左右に振る。
「考えられない… 子供なんて…」
絞り出すように細い声で呟く。
向井がふっと和かな笑みをこぼした。
「お前ももう少し年を取ったらわかる。ゲイかどうかに関係なく、自分の遺伝子は残したい。それが人間の本能だろ。実際に自分の赤ん坊を抱いてみろ。無垢な可愛い顔を見たら、そんな情けない顔で、自分は一体何を悩んでいたんだとバカらしくなるはずだ」
諭すような穏やかな口調で語り掛ける。その瞳には、人生を悟ったような、自信に満ちた余裕の笑みを浮かべていた。
早翔は、数年前、まだ向井と付き合い始めた時のことを思い出していた。
ゲイだと噂のあった芸能人が、50歳を過ぎて結婚して家庭を持ったという芸能ニュースに、珍しく向井が反応した。
「性欲が衰え始めた頃合いを見計らって、女と結婚して子を生す。まあ、金があるゲイなら普通に考える人生だよな」
そう言って向井は軽く鼻で笑った。
「偽善だよ。相手の女性が可哀相だ」
やれやれと呆れた視線で早翔を見る。
「俺が昔々に付き合ってた男も50で結婚した。男にモテる努力をしてたヤツだから、年齢に似合わず実にスマートで女にもモテた。今は娘にデレデレのパパで家族円満だ」
「そんなのニセモノだ。俺は好きになった相手とは一生添い遂げる」
向井が目を丸くして早翔を見ると、ゲラゲラと声を出して笑った。
「お前はホント、青臭いガキだなあ」
あの時の拒絶感は若かったからなのだろうか。だが、数年経った今でも何も変わらない。あるいは50歳になれば理解できるのだろうか。
「俺… 蘭子さんを愛してない…」
早翔がぽつんと呟くように言う。
向井が嘲るように声を出して笑う。
「ガキみたいなこと言ってんじゃない。愛だの恋だのそんなご大層なもんかよ。愛があれば金は要らないなんて、金を稼げないヤツの言う言葉だ。俺はお前にババを引かない人生の歩き方を教えてるんだ」
向井は遠くを見やると、唇をゆがめてふっと笑みを浮かべる。
「これでお前と俺の立場は同じになるな」
早翔が顔を上げて向井を見る。その横顔が、邪悪な清々しさで早翔を雁字搦めにしていく悪魔に見えて、背筋が凍り付く。
「ごめん… もう無理だ。俺、向井さんとは… もう無理だ」
よろよろと立ち上がる。
向井が氷のような冷たい目で睨み付けると、やおら立ち上がり、早翔の腕を掴んだ。
「いいか、よく聞け。子供が生まれたら、お前の人生観などどうでもいい。子供に精一杯愛情を降り注いで幸せに育てることだけだ。それがお前のこれからの人生だ」
早翔の腕を掴む向井の手に、なおも力が入る。
「お前に拒否権はない。父親の責任を果たせ。この話を断るようなことがあれば、社会的には終わったと思え。間違っても、会計士に必要な実務経験の報告書を発行してもらえるなどと思うなよ」
「やめてくれ!」
叫ぶと同時に乱暴に向井の腕を振り解く。
いつの間にか潤んでいる早翔の目を見て、向井が冷たく笑う。
「今度は泣き落としか… ガキが!」
早翔は咄嗟に向井の部屋を飛び出していた。
「待て! この野郎!」
叫ぶ向井の言葉を背に、早翔は必死に走っていた。
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