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第一章

10 妖精様のお宅訪問(激辛パーティー)

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時刻は昼の12時過ぎ。
あれから一時間ほど経った後、春正と美紀は帰った。というよりは、帰らせたの方が正しい。
あのまま滞在させておくのは精神的にも疲れるし、何より出来るだけ魔術を使う回数を限定する為だ。

基本的魔術士は自分が魔術士である事を秘匿するのがセオリーだ。
昔からどうだったかは分かり兼ねるが、現代ではそうなっている。

もし万が一にも知られてしまえば、その力を私欲のために使いたいという奴が出てくるからだ。
そうならないように魔術士を取り締める上の偉い連中が、禁止したのだ。

しかも、上の連中の決めたルールを犯罪レベルで破ったり、破られたりすると、一定の魔術士には通達が来る。
そういう所はしっかりしているので助かるってものだ。

まぁ冬華には連絡なんて来た事など一度もない。冬華の師匠が魔術士登録しているので、上も把握はしているだろうが、魔術士にしては底辺の冬華なので、戦力外通告なのだろうと思う。

実際その方がありがたい。会議やら何やら言われても冬華には全く関係がないのでどうしようもない。

高校一年生にして将来の事を考えるには少し早すぎる気もするが、人生に早いも遅いもない。
師匠には将来普通の人と同じように就職、もしくは進学するのか、それとも・・・魔術士として生きるのか、それかその両方か。

正直今の時点ではどうするかは分からない。
高校を卒業するまでには決めたいと思う。

チョークで書いた魔法陣を指でなぞりながら消していく。
消し終わったと同時に家のインターホンが鳴る。誰が来たかは予想がつくので確認もせずに扉を開ける。

今日のエリカは明らかにいつもと違った。
物理的というか、目に見える形で。

「こんにちわ、星川さん。お昼ご飯を作りに来ました。お腹すいたでしょ?」
「ああ。こんにちわ、紅野・・・アイツらの相手したから腹ぺこだ。それより・・・・」
「・・・?どうかしましたか?」
「いや・・・何で、んな格好してんだろうって思って」

今日のエリカの格好はオシャレをしていると言うには程遠い装いだった。
冬華の学校指定の全身体操服の冬のジャージを着ていて、今からテレビ番組で大食いでもするのかとも取れる服装で困惑した。
ただ髪型だけはオシャレをした形跡はある。
赤い髪を左側で一つに纏めてサイドアップにしている。

髪を止めている部分には、何やら使い込まれた黒いリボンがついている。
エリカには少し派手すぎる色の黒なので、何か思い入れがあるのだろう。

エリカの格好をまじまじと見ていると袋を目の前に突きつけられる。

「・・・こちらをどうぞ」
「何だ?また食事の材料か?」
「いえ、お裾分けです」
「・・・お裾分け?」

袋を受け取り中身を見ると、何やらカラフルな袋が入っていた。数は10はあるだろう。
取り出して何かを確認するとクッキーだった。
何でクッキー?とは思ったものの、「ありがとう」と短くお礼を言うとエリカも「・・いえ」と、更に短く返してきたので、可愛く無いなと心中で呟きながらエリカを家に入れる。


数時間前に少し掃除しただけの冬華の部屋だが、やはり汚く見るに耐えない。
リビングまで歩いていると後ろで小さい声ではあるが、エリカが何やらぶつぶつと文句を言っていた。

これに関しては何も言い返せないしその通りだ。今度からはちゃんと片付けようと思った。

リビングに着き、机の上に荷物を置く。
このクッキーをどうしたものかと悩んだ末に、折角なら一つ食べてみることにした。

多くある袋の中から一つを取り出し、クッキーを口に運ぶ。
まさか今食べられると思っていなかったエリカは冬華を凝視すると同時に、少し心配したような目で見てくる。


食したクッキーは一言で言えば美味しかった。
一ヶ月前に作った冬華のクッキーよりも美味しく、好みの味だった。
普通ならチョコとか入っているクッキーだが、これは普通のクッキーとは違った。

味覚も常人の数倍の冬華は集中して何が入っているのかじっくりと感じ取る。
このクッキーは野菜ミックスのクッキーだ。
にんじん、玉ねぎ、キャベツにレタス、栄養がしっかりとしたクッキーだった。

もう何個か食べると、こっちの方は果物の味がした。りんごのクッキー、みかんのクッキー、桃のクッキー、柿のクッキー。

どれもこれも物凄く舌に馴染み、良い感じにハーモニーが奏で慣れていた。
美味い美味いと心の中で思いながらうんうんと頭を縦に振る。

そんな様子を見ていたエリカは「良かった」と、冬華に聞こえない程小さく呟く。
エリカが気にしていたのは口に合うかどうかだったのだろう。彼女の料理はどれも美味しく文句なしの一品だ。

しかし、お菓子類は今までに食べた事がなかったので、冬華の好みに合うのか分からなかったのだろう。
実際そんな心配をされなくても、エリカの作った物というだけで美味くない筈がないので何の心配もしていない。

一袋10個近く入っていたクッキーは、わずか五分で空になる。
今から昼ごはんを食べるというのにクッキーを食べてしまったが、問題はないだろう。

さて調理を始めようかとキッチンに向かおうとするともう既にエリカが準備を始めてしまっていた。
やばいと思い急いでエリカの元に向かう。

「悪い、クッキーに夢中になりすぎた」
「いえ・・・そんなに気に入ってくれたのなら作った甲斐がありました」
「ああ、美味かったよ。ご馳走さま」
「お粗末様です。元々は貴方の不摂生な食生活を見かねて体に栄養の付くものを作ったんですよ」
「なるほどなぁ。だからあんましクッキー要素が無かったのか」
「はい。かなり失敗作も出てしまったんですけれど」

言われてみると確かに、クッキーのサクサク感や甘味ではなく、野菜の味、果物の味と食感の方が強かった。
クッキーでは栄養を取るよりも甘味と野菜味が強すぎてむしろ脂肪の方が増えていく。

だがクッキー要素を消す事で果物や野菜を強く強調する事で、しっかりと栄養を取れるということだ。
よく考えられているなと、隣で豚キムチ用の肉を炒めながら思う。

「失敗作が沢山だったので、星川さんに声を掛けるのが一ヶ月も先になってしまいました」
「え?この一ヶ月、音沙汰ないと思ってたらクッキー作ってたのか?・・・何でまた」
「だって、先月頂いたクッキーがすごく美味しかったんですもん」

やや頬を紅潮させてむっすりと答えたエリカに心臓がどくんと脈打つのを感じる。
まさか先月気まぐれで作ったクッキーをそこまで気に入ってくれていたとは思わず、色々な感情が湧き上がってきたが言葉を濁しながら「そうか、ありがとな」とだけ返す。

平静を装っていたつもりだが、心臓の方は脈打つのが速くなる一方だ。
ただの知り合いだと思っている相手にあんな顔をされれば誰だってこうはなる。

しかもその相手が、対して学校でも目立たない自分だ。もう少し警戒してほしいものだ。
僅かな関わりだが、エリカが男をかなり警戒していることは分かった。

先月の間見かけたエリカは男子と話す時の顔が、素の顔には見えなかったからだ。
そんな警戒心剥き出しの猫が自分にだけは、違う顔をするのだから心臓が持たない。


「星川さん!お肉!」
「え?わっ!やべっ!」

我に帰り、ギリギリの所で肉を救出する。
危うく丸焦げになりそうな肉は熱から離され煙が消える。

ふぅ、と安堵してフライパンを置く。
エリカからキムチを受け取りフライパンに投入する。
匂いだけでも辛く、目から涙が出てくる。
元々は辛いのが得意という訳ではないが、嫌いという訳でもない。
ただ単に匂いがダメというだけだ。
嗅覚が円敏な冬華はあらゆる臭いを感じる気管が優れており、普通の人間より強く匂いを感じる事ができるのと同時に、鼻に刺激があるものも感じ取ってしまうのでごく偶に、息ができない程の匂いを受け取る時もある。

本当に困ったものだと思いながら肉とキムチを混ぜて豚キムチと仕上げていく。
隣ではエリカが先月冬華が上げた黒いエプロンをつけて髪をポニーテールに纏めて麻婆茄子を作っている。
豆板醤に甜麺醤をまぁまぁの量を入れていく。

入れすぎではないだろうかと見ていた冬華は生唾を飲み込んで食べる前に死を予感する。
対してエリカは何事もないように調理を進めていく。

辛いものが苦手と言っていたが思いの外大丈夫なのかと思っていたが、何度か目元に涙が溜まっていたのを冬華は見逃さなかった。

豚キムチが出来る頃には、エリカの麻婆茄子も出来上がっていた。辛い匂いはさておき、空腹でお腹と背中がくっつきそうなので、速く食したい気持ちが表に出そうだ。

二人分の皿に豚キムチと麻婆茄子を盛り付け、冬華がテーブルに運ぶ。
流石に重い物を女の子に持たせる訳にはいかないので、エリカには調理器具の洗い物をお願いした。

茶碗にご飯を装い、味噌汁を注いでセッティング完了だ。
後はキッチンで洗い物をしているエリカを待つだけだ。
5分ほど待つとエプロンを外し、ポニーテールを解きながら席に着く。

二人同時に手を合わせて「いただきます」と言って食事を始める。
豚キムチを口に頬張ると美味かった。と、同時に物凄く辛かった。

悶絶するほどでもなくはないし、普通に辛い。
激辛とまでは行かな・・・くもない。
そばに用意していた牛乳を一気に飲み干し口直しをする。

辛いのが苦手ではないが得意でもないので、こんな事なら日頃から辛いものに慣れておくべきだったと自分を呪う。

昔は両親に中華街やその他辛い物巡りを頻繁に連れられ辛いものばかり食べさせられていた。
だが次第に行きたくなくなりご無沙汰になってしまっていたのだ。

悶絶しながらエリカを見ると汗ひとつかかず悶絶すらしていない。
辛い物が苦手な筈では?と訝しむ目で見ているとそれに気づいたのか箸を置いて口元を拭く。

「辛い物が苦手なのに何でそんなに食べられるんだろうって顔してますね?」
「・・・・まぁな」

図星をつかれ目を逸らしながら今度は麻婆茄子を口に頬張ると脳に痛みが走った。
これをよく平気で食べられるなと感心する。

これはもう兵器と言って差し支えない。
机に突っ伏した顔を上げながらエリカを見ると苦笑していた。
あの笑みはリアクションに対しての笑いだと思う。
しかしこういうリアクションになるのは分かってほしい。

辛い物が好きな人間であれば、何なく食べられるのだろうが、生憎と冬華は好きではないので
並の人間と同じリアクションを取らざるを得ない。

「・・・大丈夫ですか?何なら残しても良いんですよ?私が残り食べますし」
「いや、折角作ってくれたんだから最後まで食べる。・・・それにしても何で何も無かったかのように平然と食べてられるんだ?」
「そうですね・・・あえて言うなら気の持ちようでしょうか。人間思い込みで何でもなると思ってる方多いですから」

成程な、と納得してしまいそうなマジの形相に感服すらしかねる。
恐らく半分は本当だろうと思うが、もう半分は虚勢だろう。

何故なら、少しずつではあるが箸のスピードが落ちているからだ。
きちんと観察していなければ分からない程のスピードなのでそうそう分からないが、冬華は見逃さなかった。

流石の妖精様でもこの辛さは堪えるのだろう。
そうまでして苦手を知られたくないのか、そんなエリカにまたしても感心してしまう。

「お前こそ無理すんなよ?いくら好きでも元は辛いんだ。辛い物苦手ならそこまで無理して食わなくても構わないんだぞ?」
「・・・分かってます。流石に今回は加減を間違えました。次はもう少し常識的な辛さにします」

そういうことではないと突っ込みたかったが、彼女はいたって真面目なので邪推も出来なかった。

まぁでも妖精様の意外な一面が見れただけでもなんだか得をした気がするので、不思議と心は満たされていた。

その後二人は終始無言で激辛豚キムチと麻婆茄子を食べ進め、食べ終える頃には舌の感覚が暫く無くなり、どうしようもなく冬華はソファに倒れ込むしかなかった。

因みにエリカはというと、昼食が終わってからずっと手で口元を押さえていた。
無理して食べたのだからそうなるのは分かっていた。
だが、反応が面白すぎるので黙って見守る。

残っていた牛乳をコップに注ぎエリカに手渡す。エリカは受け取ることに躊躇し手を下げようとしたが、下げられる前にすかさず冬華がエリカの手に押しつける。

偶に遠慮してくる癖を何とかしてほしい物だ。
先月など、人の部屋を一人で許可なく掃除したのだからその時と同じ対応で来てくれないと少しばかり困る。

エリカは受け取らされた牛乳を一気に飲み干し生き返ったように一息つく。

「・・・さっきも言ったろ?無理すんなよ。今別に苦手を克服しなきゃいけない訳じゃないんだからよ。・・・ゆっくりで良いんだ、ゆっくりで」

ソファの手すりに片肘を突きテレビの電源を入れながらぶっきらぼうに言うと、ようやく冬華の言わんとする事が分かったのか「はい、そうですね」と沈んだような声で答えたが、どこか表情は穏やかだった。

彼女のこれまでの生活を見てきた訳ではないが、何処か無理をしているように感じていたので、少しだけブレーキをかけても良いだろうという意味と今日の礼も兼ねてコーヒーを入れてあげた。

甘い方がいいだろうと思い、冬華がいつも飲んでいるコーヒーと同じ甘さにした所好評のようで「甘いです。ありがとうございます」と褒め言葉を頂いた。

いつもと変わらない量の砂糖を入れた筈なのに、滅茶苦茶甘く感じたのはエリカの表情が可愛すぎたのか、はたまた辛さのせいで味覚が変なのかは分からなかった。


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