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第一章

26 ダメ王子VS神様

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4時間目に差し掛かった体育の授業であるサッカーはいよいよ最終試合、神様こと神谷雷神かみやいずき率いるチームと、冬華、春正、その他クラスメイトとの試合が始まっていた。

試合時間は30分。現在10分が過ぎた頃、点差は2-1で冬華のチームは負けていた。
やはり相手に雷神が居ることが大きな敗因だと思っているが、春正は違ったようでーーーー

「・・・冬華さんや、早よ本気出せよ」
「・・・出したら圧勝するだろうが。俺は目立ちたくないんだよ」
「おーおーおー。あっさり勝ち確宣言しちまったぜ。でも魔術使えばそれなりは戦えるしお前もサボってたとはいえ動けるだろ?」
「・・・・まぁ、ちょっとは」
「じゃあ動け。俺も合わせてやるから。何ならタイム貰ってお前の作戦を皆んなに伝えれりゃ良い」
「でも、勝算がある訳じゃないし他の連中が信じてくれる訳ねぇって」
「言うだけタダってやつさ。・・・・すんませーん。ちょっとタイム取りたいんですがー」

春正の一声で一時的にタイムが取られ各自作戦会議に入る。
集められた他の9人はどうすれば勝てるのか模索している中、冬華は切り出せずにいた。
そんな冬華を見兼ねたのか春正が肘打ちをして「早よしろ」と、目線で訴えてきた。

「皆んな、話を聞いてほしい」

冬華は意を決して話し出した冬華に全員が注目した。

「・・・・えっと、今日はただの授業だ。クラスマッチとかじゃない。けど・・・それでも皆んな、勝ちたいか?」
「・・・・・・・・」

春正以外の9人は黙りこくってしまった。何かまずいことを言ってしまったのかと思った冬華はさっきの言葉を取り消そうと再び口を開こうとした瞬間ーーーーーー

「「「「「あったりまえだ!!!!!」」」」」

鼓膜が破裂するかと思うほどの大声で叫ばれ心の底から驚いた。
冬華が呆然として目をぱちぱちさせていると、クラスメイトの一人が冬華の肩を掴んで前後に揺さぶる。

「当たり前じゃないか星川。勝ちたいし何より神谷に一泡吹かせてやらねぇと気がすまねぇんだ!勝つ作戦があるなら言ってくれ。お前らも勝ちたいよな!」
「おうさ!」
「あのイケメン面を負けっ面をかかせてやりてぇよ!」

どうやらやる気だけは立派にあるようだ。若干理由が複雑な気はするのだが、それはやる気の原動力なので敢えて指摘はしなかった。

冬華は今感動していた。理由があるとはいえ、自分の言葉に頷いてくれる人間は少なかったからだ。なら今はこの信頼に応える為に行動を起こす事だ。

「んでよ星川。なんか作戦あるのか?」
「必ず勝てる作戦なんてないし、必ず勝てる作戦なんて早々思いつくものじゃない。だから今から言うのは作戦でも何でもない唯の【思いつき】だ。それでも・・・」
「「「「「やる!!!」」」」」
「・・・わ、分かった。・・・神谷の試合を見てて思ったんだ。アイツ敵と一人で対峙して抜ける時に絶対にフェイントを入れてるって」
「あー、それなら俺も見てたけどそれがどうした?」
「問題は、フェイントの癖だよ。神谷はフェイントを入れた後は絶対に自分の利き手の方、右手から抜けるんだ。無意識の動きだと思うから本人は意識してない。だから・・・」
「だから俺たちは左側を意識して雷神をマークするってことだよな?」
「・・・・そうだ」

春正が最後の言葉を代弁してくれたので残りは言わなくて良くなった。

「それで、誰でもいいからボールを取ったら春か、俺にパスをくれ。一点だけなら奇襲もかねて決められると思う」
「よっしゃ任せろ!この試合勝ってあのイケメンより俺たちが目立ってやろうぜ!」
「「「おおおーーー!!!」」」

冬華はやれやれと肩を竦めてため息を吐く。まさかこんなにもあっさり了承してくれるとは思ってもいなかったので有難い限りだ。

タイムも終わって試合再開。ボールは雷神チームでキックオフとなった。
すぐさまドリブルで切り込んでくる雷神を冬華チームの一人が一対一に持ち込んだ。

数秒の攻防の末、雷神がフェイントを入れて相手の左側から抜こうとした瞬間、読んでましたと言わんばかりにすぐさま動いてボールを奪った。
想定していなかったのか、雷神は余りの出来事に動けていなかった。

「こっちだ!」

冬華が前に出て呼ぶとすぐにパスが出されボールを受けた冬華はドリブルで上がる。それと同時に春正も冬華の横に付き一緒に上がる。

「行くぞ春」
「オッケー任せろ。お前に合わせてやんよ!」

ドリブルで上がる冬華と春正を二人がかりで止めようと詰め寄る二人を冬華と春正の綺麗なワンツーで交わし、さらに三人来た所を冬華のターンで一気に抜き去った。

もうゴール前まで来たところで春にパスを出しそのままシュートをするが僅かにゴールポストに当たる。
相手チームはホッとしたのも束の間、ポストに当たって跳ね返ったボールはそのまま冬華の足元に落ちる。

冬華はそのままガラ空きになっているDFとGKの守りが薄くなっている所、即ち人と人の間にシュートを打ち、そのままボールはゴールに入る。
これで同点。冬華が静かにガッツポーズをしているところに春正とクラスメイト達が飛びついてきて雷神の時と同じようにもみくちゃにされた。

だが意外にも悪い気はしなかった。

その後の試合は一方的だった。雷神はフェイントの癖を見抜かれたことに気づいておらず、何回も同じ手にかかってボールを取られたその後は冬華、春正、もしくは他のクラスの連中がゴールを決めて、結果は7-2の圧勝に終わった。

授業終了のチャイムが鳴る前に教室に戻り体操服から制服に着替えるよう先生から指示が出されたが、冬華はまだグラウンドに残っていた。
片付け忘れたボールやら何やらを片付けしているからだ。

お昼までにはまだまだ時間があるのでこれなら余裕で間に合うだろうと思い片付けをしているとーーーーー

「星川」

いきなり普段は効かない声で話しかけられたので驚いてしまい、サッカーボールの入っていた籠を倒してしまいボールが全て飛び散った。

「あっ、すまん。急に話しかけて」
「いや、俺の手元が滑っただけだ。・・・神谷は何でここに?」
「星川がいつも一人で片付けをしているから一緒に手伝おうと思ってさ。迷惑か?」
「・・・好きにしろ」

ぶっきらぼうに返して散らかしたボールを拾い始める。雷神も一緒にボールを拾い始める。
冬華はまだ驚いていた。エリカ以上に話すことないと思っていた相手が自分から話しかけてきたのだ。

それの相手がそんじょそこらの相手なら話は別だが、相手がイケメンで尚且つ一番目立つやつなら驚くし警戒もする。

「でも星川?何で一人でいつも片付けをしているんだ?先生達もすごく助かってるって言ってたぞ?」
「別に。誰もしようとしないから俺がしてるだけさ。今からやれば昼飯食う時間は全然あるから。神谷もボール拾い終わったら帰っていいぞ」
「・・・そうか。でも偉いな星川は」
「そんな大層な事をしてる訳じゃない」

そう、大した事をしている訳でなはい。こんな事は誰からも褒められるようなことではないし、感謝される事でもない。
困っているから助ける、誰もしていないから自分がやる。

これは至極当然のことだ。昔から一人で何かをするのは好きだったし、集中できるからだ。
しかし、雷神は何を思ったのか、まだ冬華に話しかけてきた。

「星川、さっきの試合、お前のチームが勝ったのは・・・お前のおかげだろ?」
「・・・・」
「沈黙するなよ、肯定と捉えられるぞ?」
「・・・なんでそう思うんだ?」
「春正がタイム取った後、お前が他のメンバーを集めて話していたのを見たんだ。何か勝てる作戦があるんだろうなって警戒はしてたんだけど、まさかああも簡単に負けるなんて思ってなかったし。それに・・・」
「・・・それに?」

珍しく口籠もる雷神に冬華は何故か聞き返してしまった。慌てて口を押さえて視線を逸らすが遅い。

「星川って、あんまり目立つことしないっていうか嫌いだろ?春正が言ってたし。中等部の頃からそんな感じしてたから、だから今回お前が率先してやる気を出してるのを見て、驚いたんだよ。あんなに上手いなんて知らなかったな、サッカー部入れば良いのに」

最初は軽くいじっているのかと思えば最後は褒めてきたので、下げてから上げるを心得ているようで腹が立ったが、落ち着いてる風を装って「サンキュ」とだけ答えた。

「そにしても、今日の試合なんで負けたのか分からないんだよな~」
「・・・は?」
「ん?どうした?」
「えっ、い、いや、お前・・・」

冬華は雷神の言葉を聞いて、マジかこいつと本気で思ってしまった。
勝負事や試合において、自分の弱点を調べて知って修正するのはスポーツ選手としては大事な事だ。
それを分からないだ、なんて、雷神は冬華が思っていたよりも酷く弱い人物だったようだ。
いや、これは天然というものかもしれない。

「神谷・・・お前それマジで言ってるのか?」
「えっ?星川は原因が分かるのか?だとすれば教えて欲しい!こんな事聞くのは間違ってるとは思ってるけど、知れる事は何でも知っておきたいんだ!」
「・・・・お前、フェイントする時、自分の利き手、右手の方からいつも抜いてたから、そっちをマークしてれば止められるって分かったんだ。まさか直す事なく永遠と続けてるなんて思ってなかったから驚いた」

本来なら、言わない選択肢を冬華は取っただろう。しかし今は、少し話しただけなのに、何となく雷神の人となりが垣間見えた気がしたので、言いたいことを口から発していた。

「・・・いや、俺も驚いたよ。星川ってよく人の事見てるんだな。自分じゃ全く気が付かなかったよ。今度気が向いたら練習付き合ってくれないか?」
「・・・他の奴に頼めよ。俺はそこまで運動するってタイプでもねぇんだ。・・・・ほら、終わったぞ。早く着替えねぇと昼飯食う時間なくなる」
「そ、そうだな。でもありがとうな、星川。昼に教室寄るよ。ジュースでも奢らせてくれ」
「・・・ジュースに罪はないな。奢られとくよ」
「よし、決まり。じゃあな!鍵は返しとくよ!」
「・・・・」

冬華は去っていく雷神の後ろ姿を黙って見送り、姿が見えなくなると、物陰に隠れて指をぱちんと鳴らす。
するとたちまち、ワイシャツとズボンが謎の空間から出てきて手元に落ちる。誰も見られてないことを確認した上で認識阻害を周りにかけてから制服に着替えて、再びその謎の空間に体操服を入れる。
今のは空間魔術の基礎だ。自分の手元に空間のポケットを作り、物を出し入れする事を可能にする。
場所から場所に移動するような大それた魔術ではない。
簡単に言えば、入る量や重量に制限がある為ほいほいと入れ込む事はできない。精々自分の体重3人分程度が限界だ。空間を開ける行為よりも、物を入れて維持しておくというのが一番魔力を食らう為、長いこと入れてはおけないのがネックだ。
しかも異空間内にある物は時間経過がとてもゆっくりとなる。勿論完全に停止させる異空間も作れることには作れるが、それは高位の魔術士にしか不可能で冬華には土台無理な話だ。体操服は今、汗をかいた状態で異空間内に収納されている。

冬華は周りに張っている認識阻害を解いて昼食を食べに戻るのだった。


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