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第一章

29 妖精様の恐いもの

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突如として現れた魔力の塊とも呼べる台風のせいで急な日程変更を余儀なくされた冬華の通う学校の学園長は遠足を明日にすると学校全土に放送を流し皆が明日の楽しみさを抱いて寝静まったであろうその夜、まだ起きていた者達が二人いる。

一人は夜行性である冬華と、もう一人はーーーーー

「エリカ。ほら、ココア。今日は冷えるから取り敢えず身体温めようぜ」
「は、い。ありがとう、ございます」

エリカはブランケットにくるまりココアの入ったコップを受け取る。普段の姿からは想像も出来ない姿を見て冬華は困惑していた。
だが、察するにエリカは。


「・・・・・エリカ、お前雷怖いのか?」

敢えて苦手ではなく怖いという言葉を使ったのは冬華の気遣いようなものだ。大抵の人間は怖い、という単語を使いたがらない。
それは相手に現実を見せるようで躊躇われる行為に等しいが、エリカの内面を知っている冬華はわざと怖いのかと聞いたのだ。

ここに親衛隊など居たならすぐに吊し上げを喰らう事間違いなしだが、そんな甘い事を言っている場合でもない。
甘ったるいコーヒーをぐいっと飲みながらエリカが話すのを待っていると、ようやくブランケットから顔を出した。


「・・・・うん」
「・・・・そぅか。ごめんな、さっき気づいてやれなくて。今日は落ち着くまで俺が居てやるよ」

冬華は顔色一つ変えずに話しているが、内心は余りの見ない顔にドキドキしていた。
ここまで涙を流している女の子をどうして放っておけようか。
それに今日はずっと居ると言った手前、もう後には引けない。

「まだ嵐は遠くだから、当分は大丈夫の筈だ。多分風邪とかでやってきた雷雲だからそのうち雷も止むさ。俺隣でゲームしてるから何かあったら言えよ」
「・・・・いや」
「え?・・・」
「ゲームしないで、私とお話しして、てください。雷、ほんとに怖いんです」

ゲームコントローラーに手を伸ばした手の服の袖をエリカに摘まれ止められた。普段より遥かにしどろもどろとなっているエリカの表情はふやけていて今にも大泣きしてしまう事この上ない。

「・・・分かった。じゃあいつもみたいに話をしよう」
「・・・うん」
「・・・足、明日から遠足なのにいけんのか?」
「意外と大丈夫ですよ。完治とまではいってませんが、歩くにはもう支障はないですよ。あの時は本当にありがとうございました」
「どういたしまして」

エリカは雷の事が気にならなくなってきたのか、段々と喋りが良くなってきていた。相変わらず外は雷がゴロゴロ鳴っているが、冬華と話しているおかげもあって震えながらもいつもの口調に戻りつつある。

「そうだ。今日の弁当、すごく美味しかったぞ。ご馳走様」
「ほ、ほんとですか?」
「おう。いつもありがとな。俺に時間使ってもらって」
「それは・・・冬華くんがだらしないからです。おバカさんには徹底的に生活習慣を直してもらいたので」
「・・・そりゃぁ、すんませんね」

雷が気にならなくなったのは良いのだが、些か毒舌ぶりに拍車がかかった気もする。

(・・・言われるがままなのは癪だが、事実だしな~)

冬華は今言われた事に対してはもう慣れっこだった。先週、もっと言えば先月も同じことを言われているので何も返せない。
だからと言って言われっぱなしも嫌なので、最近は掃除と料理は本腰入れて頑張っている・・・つもりだ。

「・・・なぁ、明日・・・あっ、嫌なんでもねぇ」
「そこまで言ったのなら言ってください。気になります」
「いや明日も弁当お願いしようと思ってたんだけど、明日から遠足だなって思い出したからまた今度と思って」
「・・・作りましょうか?お弁当」
「えっ?でも今日のより手間だろ。時間だって」
「でも食べたいのでしょ?」
「・・・はい。食べたいです」

少しの間を置いて、冬華は正直な気持ちを述べた。今日食べた弁当はそれこそ毎日食べたいと思えるほど美味しく、病みつきになる程だ。
明日の遠足がなければ毎日作ってもらおうとも考えていたが、それではエリカの貴重な時間を使ってしまうと思っていたが、杞憂だったようで突然の要望に応えるように笑って見せる。

本人は忘れているが、ここに居るのは雷が怖いからの筈なのにそんな事は忘れたかのように話しているのは見ていて嬉しかった。暫くは現実と離別できそうだったので弁当の話に戻る。

「じゃあ・・・お願いします。俺も起きれたら手伝うよ。でも本当にいいのか?弁当持ってきてる奴って居んのか?」
「意外と居ると思いますよ?私の友人も明日はお弁当持って行くって言ってましたから」
「へぇ~」

言われて冬華も思い出した。今日の昼に春正と美紀も、同じ事を言っていた。
明日の昼は丁度向こうに着くが、昼食は用意していないと予定表には書いてあったので弁当、若しくは菓子類を持参する生徒は多いと聞いた気がする。

「でも・・・荷物になるしな・・・」
「それなら、私が隙を見てお弁当箱を回収しますよ」
「え?いやそれかなりリスキーじゃね?」
「そうです・・・ね。でも持って行くのを忘れていたのを私が見つけて渡したっていう事にすれば誤魔化せますよ」
「いやいや、自分のもんくらい自分で持つって」
「ちゃんと私が管理しますし大丈夫です。それに、お弁当の事は最初に私が恩返しと食生活見直しのために言ったことですので責任は持ちたいんです」
「・・・・まぁそう言うなら、任すけど」

エリカも納得してくれたのか、口を開いて多分ありがとうと言おうとしたのだと思うが、その前に一段と大きな雷が落ち部屋を揺さぶった。

余りの音の大きさに驚いたのか、さっきまで平気な顔をしていたエリカが「きゃー!」と悲鳴を上げて冬華に飛びつく。
勢いがありすぎたのか、冬華の溝落ちにタックルする形となり「うげっ!」と、唸り冬華は大ダメージを食らった。


「ご、ごめんなさい!で、でも!か、雷が!」
「大丈夫、大丈夫だ。落ちたけど停電もしてないし部屋に入れば大丈夫だから。だから・・・泣くな」

冬華の体に抱きつき離れようとしないエリカの頭にそっと手を置いて優しく撫でる。
思えばこうして触れた事はなかった。いや、単に触れると死を覚悟する事しなかったから触れなかっただけだ。

ここまで怖がっているのだから、せめて慰めるくらいはしなければエリカ自身も、冬華自身の体が持たない。あのタックルを後何回受ければいいのか考えたくはない。

「・・・落ち着いたか?」
「・・・うん」
「怖いかもだけど、大丈夫だ。もしまた雷があったら俺を頼れ」
「・・・うん」
「いつも世話になってるし、明日も一応世話になるわけだから、今日くらいは甘えとけよ。ベッドは俺の部屋のやつ使ってくれ」
「・・・う、ん」
「・・・ん?エリカ?」

頭を撫でながらふとおかしいと思った冬華がエリカを見ると、気持ちよさそうにブランケットにくるまって寝ていた。いわゆる寝落ちというやつだ。
雷の怖さで身体中緊張で張り詰めていたのが、冬華に頭を撫でられた事で緊張が解けたのかすぅ~すぅ~と寝息を立てている。

ちょっと前にもこんな事があったなと思いながらブランケットのままエリカを抱えて冬華の部屋のベッドまで運ぶ。
ブランケットを少しだけ剥いで布団を掛けて、部屋全体に防音の魔術を施して、クローゼットからブランケットを取って部屋を出る。

もうそろそろ寝ないと明日に差し支えるのでソファに寝転び頭部分にクッションを敷いて枕にして寝る体勢に入る。

「・・・この間の事があったからいきなり寝たのは慣れてるけど、・・・頭は、撫でた事なんてねぇよ。マジで焦った」

自分のしてしまった行為に対して今更ながらの罪悪感を抱き悶える。だが過ぎた事なのでどうしようもない。
ブランケットを深く被り目を閉じる。

(・・・今日は・・・良く、眠れそうだ・・・)

強烈な睡魔に襲われた冬華の意識は闇の深淵に落ちて行くが如く速さで落ちていった。










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