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第一章

32 朝の出来事

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冬華とエリカ、それぞれが乗ったキャンピングカーとバスはもう既に静岡の県内へと入っており、もうすぐ目的地点である全生徒が泊まるホテルへと向かっていた。
しかし冬華達は後からの合流となる為、先にホテルに着いた全校生徒は先に静岡の自由行動を楽しんでいた。

時を暫くして冬華達もホテルに到着し遅れて静岡の自由行動に入っていた。

「いえーーい!静岡にーーー来たぞーーー!」
「うぇーーーい!」
「うるせぇ。他所来ても騒ぐな」
「ぶー。とー君の意地悪」
「意地悪じゃねぇ、事実を言ったんだ」
「まぁまぁ。兎に角色々回ろうぜ。時間が勿体ねぇからな」
「・・・そうだな」
「ねぇとー君?今日お弁当持ってきた?」
「持ってきた・・・けどお前らにやるもんはねぇぞ」
「なんだよケチだな。俺ら今日自腹じゃん」
「ケチなんじゃねぇ。ごく当たり前の正論を言ったんだ」
「寝たからお腹すいたよ~。どっか持ち帰りして近くの公園寄って食べようよ」
「・・・だな。じゃあ俺先に公園探して場所取っとく・・・春、これ持ってろ」
「ん?なんだこれ?」

冬華が春正に差し出したのは鈴の付いた数珠だ。見た目は普通の数珠だが、春正も美紀も普通の数珠ではない事は分かった。

「これは俺の魔力を込めた数珠だ。離れた場所でも自動的に方角をこの紐が指してくれる。鈴が付いてるのは俺に何かあった時の緊急警報だと思ってくれ。魔力を込めれば起動するからなんか買ったら魔力を込めてそいつを使ってくれ。それが普通にメッセージをくれ」
「了解」
「分かった~!じゃあワック行ってくる~」
「おい美紀、お前こっちに来てワックはない・・・あ~行っちまった」
「俺が追いかける。じゃあまた後でな、冬華」
「おう。任せる」

幸先が不安になってきたのは来る前から分かっていたが、静岡に来てさらに不安が募る。

冬華は近くにあった公園へと歩き、日陰がある場所を確保する。今日は平日であるし時間は昼前ではあるものの、人がそれなりにはいた。シートを引いて先に弁当を食べ始める。
こういうものは鮮度が大事というが、魔術である程度劣化は抑えたのでそれなりにまだ暖かい。しかも今日もエリカの弁当だ。そうそうあの二人に見せるわけにもいかない。
それにこの弁当だけでは足りないので二人が買ってくるであろう自分の分も食べるつもりだ。

今日のエリカの作ってくれた弁当を見ていると、今朝の事を思い出す。朝も朝でそれはそれは大変だった。
冬華は弁当を食べながら今から数時間以上も前のことに思いを馳せる。


・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・。



時刻は朝の6時前。最近はよく早起きを出来ている冬華はこの日も早起きしていつも通りに準備をする。カーテンを開けて外を確認すると、快晴だ。昨日の雷が嘘のように消えている。と言っても日本の南側の方は大きな台風が来ているので安心はできない。

何やかんや大変ではあるが、今日から長い遠足だ。あまり乗り気はしないが、楽しみではある。あまり時間もないのでエリカを起こす事にする。
あれだけ昨日雷が怖いと言っていたのに気がついたら幸せそうに寝ていたので安心したのもあるが、良い加減に男の部屋で寝るのを辞めさせなければならない。今回で二回目だ。
いかに気を許してくれている相手と言っても限度はある。

軽めの朝食の準備をして部屋の扉を開けようとすると、丁度部屋の扉が開けられた。そこにはぼさぼさな綺麗な紅い髪があった。

目を擦っているのはまだ眠いからだろう。目の焦点がこちらにあっておらず、うつらうつらしている。

「おいエリカ。朝だぞ起きろ」
「・・・んぅ~。や、やめ、やめてください」
「これはまぁ・・・お仕置きだ」

冬華は眠そうにしているエリカのほっぺを突く。前にも思ったが、エリカのほっぺはすごく柔らかい。ずっと触っていたくなる触り心地だ。

「ほら、お仕置きはこれで終いにするから顔洗ってこい。朝飯はできてるぞ」
「・・・雷・・」
「雷はもうないぞ。兎に角顔を洗ってこい」
「・・・髪・・・」
「え?髪?・・・ぼさぼさだけど?」
「整え・・・ないと」
「・・・はぁ~。そこ座れ。整えてやる」
「うん・・・」

エリカは冬華に誘われるがままにソファに座り冬華に背中を向ける。冬華もエリカの後ろに座り串でゆっくりエリカの髪を整えていく。
まだ全然眠りが深い状態なのだろう。というかこの間も思ったが、エリカは朝がとことん弱いのだろう。こんな状態で今から弁当を作るのは大変そうだなと考えながら髪を整える。

「ほい、できたぞ」
「ありがとう、ございます・・・では、顔を・・・洗ってきます」
「おう、行ってこい。足は大丈夫・・・ってふらふらじゃねえか。ほら、手貸せ。握っててやるから」
「・・・はい」

差し出したその手をぎゅっと握ってエリカは洗面所の方へ歩き出す。朝から世話が焼ける妹のような扱いになっているが、致し方ない。
どうにか洗面台まで連れて来れたので後はエリカに任せて先に朝食をいただきますをして食べ始める。

食べ始めたと同じタイミングでエリカが顔をタオルで拭きながらリビングに帰ってきた。タオルで顔を拭き終わって辺りを見渡して冬華と目が合う。

「・・・・」
「ん。おはよう」
「・・・・あっ」
「思い出したか?」
「・・・・は、はい」

エリカは余程恥ずかしかったのか、持っていたタオルで顔を隠すが、耳が隠れていないので赤くなっているのはすぐ分かる。まぁ男の家で寝てしまっている件については仕方がない部分もあるので、深くは追求しないがもう少し程度を抑えてほしいものだとは思う。

「昨日の件は気にすんな。気を抜いたら寝てしまう、なんて事はよくある事だし、怖いもんは誰にだってある」
「・・・はい。昨日は、ありがとうございました。さっきも髪を整えるのやってもらって」
「・・・あ、ああ」

全く意識してなかったが冷静に考えてみれば、冬華は無意識にエリカの髪をかなりガッツリ触っていた。
ぼさぼさではあったものの、前に触った時と同じく手に馴染むサラサラの髪だったのですごく心地が良かった。

(いやいや!これじゃ変態じゃねぇか!)

「冬華くん?」
「え?いや何でもねぇ。それより早く食おうぜ。弁当作る時間なくなる」
「それならもう食べました」
「え?・・うおっ!早!」

エリカの前に並べられた食器の上にはあったはずの朝食が無くなっていた。いや、というか本当にあったのかどうか怪しいというレベルで綺麗に無くなっており、冬華は少しだけ怖くなった。

「冬華くん。すぐに準備したいので下拵えお願いします。私は家に戻って制服に着替えてきますので」
「りょーかい」

今思えばエリカはパジャマ姿のままだったので着替える時間も必要だっただろう。先に家に帰すべきだったと後悔はしたが決めるのはエリカなのでそこは個人の意志を尊重すべきだろう。
言われた通り、弁当の下拵えをし終えたと同時にエリカが帰ってきた。

「じゃあ任すな。俺準備してくるわ」
「はい。下拵えありがとうございます。・・・というか完璧ですね」
「そいつは光栄。出来たら言ってくれ」
「はい」

冬華はエリカと交代で自分の部屋に戻り準備の最終チェックをする。念には念を入れて、必要かもしれない魔道具は仕込んでおく。ダーツの矢に加工した投げナイフ、太陽の光を吸収して鏡のように反射する魔晶石、自分の居場所を知らせる数珠、などなど。
どれもこれも、一流の魔術士からすれば屁でもないものだが、冬華からすれば身を守るための物である為、備えになる物は必需品だ。

準備に手間取っていると、部屋の扉がコンコンとノックされる。どうやら弁当の準備が終わったようだ。冬華は荷物をまとめて部屋を出る。エリカも机の上で弁当を包みながら準備の最終チェックをしていた。
エリカが冬華に近づき、弁当の入った小さい鞄を手渡す。

「こちら、今日のお弁当です。お口に合うようには作ってます」
「期待しないわけないだろ?お前の料理はうまい。今日も味わって食べさせてもらうよ」
「では泊まるホテルに忘れた風な感じで何処かに置いておいて下さい、私が回収します。でも出来るだけ人が少ない時にしてくださいね?」
「分かってる。出来るだけ目撃者は減らしたいもんな。・・・そうだ。先に玄関で待っててくれ。もう一つ持っていかなきゃいけないもん思い出した」
「分かりました。では先に玄関で待ってますね」

そう言ってエリカを先に玄関へと向かわせ冬華は再び自分の部屋に戻りベッドのすぐそばに置いてある物を取って鞄に突っ込む。そして急いでエリカのいる玄関に向かう。

靴を履いて家を出る。エリカはまだ足は本調子ではないので周りから不審に思われない程度に距離を取りつつ足に気を配りながら学校まで登校する。
遠足が楽しみという気持ちと、幸先が不安になる恐怖を抱えながから。







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