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第一章

55 新担任はお師匠様

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子猫を家族に招き入れ、鰹のたたきという本来作らないような物を作ってそれを三人で食べた翌日。結局子猫の名前を決められないまま次の日になり、冬華とエリカは学校に来ていた。
普段と変わらないお隣同士。学校では基本話しかけたりはしない。主に冬華からは、だが。

エリカからは真っ当な理由があると声をかけてくる頻度が上がった気もする。
ホームルーム前は春正や美紀も混ざって会話をちょいちょいしているし、休み時間や昼休みはネムリや夢魔達が教室にやってきてその巻き込まれを喰らい会話に入っている事が多い。別に嫌でないが、多数の生徒からの視線が凄い。
それともう一人、最近感じる視線の中に一人だけ変わらず見てくる視線を感じ、足音も聞こえたので横を見る。

「星川くん。おはよう」
「ん?あぁ、おはよう。藤寺」

藤寺愛由美あゆみ。サラサラで艶のある明るめの黒紫色のストレートが彼女のいつもの髪型なのだが、今日は珍しくパーマを当ててふわっとさせている。瞳の色は紫色でとても綺麗だ。髪の色と相待ってとても綺麗なので冬華は彼女瞳は好きである。
いつもは普通のロングなのだが、今日は何度か見る髪のアレンジだった。彼女は毎日くらいの頻度で髪型を変えてくる。その変わる髪を見るのが、冬華の少しの楽しみにもなっている。
彼女はエリカと一緒くらいの頻度でよく話しかけてくる。

「うん、おはよう。今日も眠そうだね?寝れなかったの?」
「え?あー・・・昨日は少しだけ夜更かししたかな。ていうか今日もって、俺いつも眠そうか?」
「眠そうっていうか顔色がよろしくないって言うのかな。うん・・・やっぱり眠そうに見えるよ」
「そうか。すまん、ありがとう」
「そんなお礼を言われる程のことじゃないよ。それに・・・星川くんにはずっと謝りたくて」
「え?なんでだ?」
「ほら、いきなり隣の席を交換した事・・・」
「ああ、なんだそのことか。いいよ、気にしなくて。眼鏡かけても合わないってのはあるし、目が悪いのは仕方ねえしな。もしかして、ずっとノート写させてもらってるの気にしたか?」
「えっ・・・うん。ずっと写させてもらうのは悪いかなって思っちゃって・・・」
「気にしなくてよかったんだぞ?俺は別に苦じゃなかったし、迷惑だなんて思ってなかったから」
「なら良かった。・・・これからも困ったことがあったら頼ってもいい?」
「勿論。俺に出来ることならいつでも頼ってくれ」
「うん!ありがとう。それじゃあね」
「おう」

会話を終え愛由美は自分の席へと戻る。
愛由美とは中学の頃からよく話していた。と言っても話す頻度が多いだけで同じクラスでも対して交流はなかったのだが、中学の時一度隣の席になってそれから話すようになった。子供の頃から視力が悪く眼鏡をかけたりコンタクトをつけてもあまり効果が見られず困っているといつだったか聞いた記憶がある。
彼女とは隣の席ではなくなってから暫く話していなかったが、向こうから話しかけてくれた所を考えると気まずくなっている訳ではなさそうで安心した。

彼女の家はこの街全体にある神社の中で一番偉い所に当たる神社の娘で巫女さんらしい。神社の名は確か女神神社。だいぶ古くからあるらしく、冬華のご先祖様の時代の頃から代々伝わる由緒正しい神社とローズから聞いている。
なんでも祀っているのが狛犬や動物ではなくかつて居た女神様らしいのだが、詳しい事は分かっていない。

冬華の席で行われるやり取りを聞いて見ていたエリカは無言で冬華を見ていた。

「どうした紅野?」
「・・・仲が宜しいなと思って」
「そうか?まぁ話自体の頻度は少ないけどお前よりは付き合い長いしな。いい奴だよ」
「そうですか・・・それでは私は予習に入りますので邪魔しないでくださいね」
「俺も本読むから邪魔なんてしねぇよ」

ホームルームまで余り時間はないが、それまでは今愛読中の小説を読み耽る。冬華は読むスピードが早い為5分しかなくともかなり読める方だ。
栞で閉じていた所を開いて読み始めると同じタイミングで居室の扉が開かれた。
早いなと思いつつ栞を挟み本を閉じて・・・落とした。
エリカは隣で冬華が本を落とした音に何だという顔をして前を見ると、エリカもシャーペンを落としていた。

現れたのは黄金色の髪に誰もを魅了しそうな桃色の瞳、丈の長い真っ黒のドレスローブ。女性なら誰もが羨む豊満な体はドレスのあちこちから丸見えで男どもの誘惑の対象だ。

彼女の名はローズ。ローズ・クリスマス・カトレダリア・アマリリス・グロキシニア。全てが花の名前なので二つ名の由来が花そのもので、【全花の魔女】。彼女は正に魔女と言うのに相応しい。
彼女は冬華の両親が生まれる前から生きているが、その姿は全く変わらず若いままだ。ローズは冬華と一緒で初代の生まれ変わりようなもので、昔からの記憶を年々と受け継いでいる一族、永遠を生きる者だ。
身体年齢は確か20数歳だが、本当の年齢は100歳を超えているらしい。

今や世の中で知らぬ人はいない程の有名人で雑誌やテレビにもよく報道されている。立場的には考古学者の立ち位置で、にも関わらず政治経済にも深く精通していると聞く。
そんな彼女がいきなり現れて騒がない筈はなく、クラス中はざわついていた。

「おい!あの有名なローズ様だ!」
「嘘だろ!何でこの学校に!」
「いやそんな事よりも、あのバディたまらん!」
「凄いわ!本物を見たのは初めて!」
「あの体羨ましすぎ」
「ね~。いいよね」

男子だけでなく女子までもがローズの話でもちきりだ。主にローズの体についてな気もするのだが気のせいだろう。

「・・おはよう諸君」
「「「おはようございます!!!」」」
「うん、いい返事だ」

ローズのおかげなのか、いつも以上にクラスが一致団結し気持ちの良い挨拶が飛び交った。主に男子人が。いや、男子人の声しか聞こえなかったような気もする。
クラス中が騒がしいのに対して冬華はというと、悪いものでも食べたような顔でショックを受けていた。

「何であいつがここに・・・」
「どうしたんでしょうね?」
「俺が知るか」

二人は聞こえないように小声で話しているが、ローズはクラス中に視線を送っているようで冬華とエリカに焦点を置いているのが冬華には長年の付き合いでなんとなく分かった。

「えー早速だが、今日から私がこのクラスを受け持つ、即ち担任となった。皆よろしく頼むよ」
「なっ!?」
「わぁ」

衝撃の発言に冬華は開いた口が塞がらず、エリカは珍しい声を出して驚いていた。
そしてクラスの連中はというと、歓喜の声で盛り上がり中には泣いている奴もいた。主に男子だが。
春正と美紀の二人を見ると、二人ともローズを何度も指差して「どういう事?」と二人して言っているのを唇の形を読んで理解した。冬華は迷わず首を横に振り「知らん」と返した。


「はいはい静粛に。突然で驚いたかもしれないが、学園長の命令でね、私も忙しいから偶にしか来られないがよろしく頼むよ諸君」
「「「はい!よろしくお願いします!!!」」」

何処かの軍隊かファンクラブのノリかと思えるほど燃えたぎった感情が見える気がした。

「うんうん。とてもいい返事だ。じゃあ早速だが授業をしていくぞ~」

そのままその日はローズによる授業が行われた。最初はクラスの連中はとても喜んでいたのだが・・・ローズが取り行う授業内容が兎に角天才が考えるようなもので常人、若しくは常人以下の者は理解できていない内容だった。
しかし、昔からローズの師事を受けていた冬華や春正、美紀はなんとか着いて行けていた。
エリカも流石は学校一の頭脳と知識を誇るだけあって余裕、とはいかなくても着いては行けているようだった。

それでも休み時間の合間には物凄く疲れた様子が垣間見える。なので今日は労いを込めてエリカが食べたい物を作ろうと決めた。

その日の放課後。冬華は学園長、鈴音の部屋へと呼ばれていた。部屋の中にはローズと後何人かの魔術士として講師をしている人達が数人いた。
冬華は、全員見た事があった。冬華の両親とも仲が良く、ローズと鈴音を信頼している人達だ。

「よく来てくれました。それでは会議を始めます」
「おうおう、始めてくれ」
「皆に集まってもらったのはこの度ローズがこの学園の講師に赴任しました。偶にしか顔を出せない可能性がありますので、ローズの穴埋めを皆様宜しくお願いします」
「畏まりました、陛下」
「仰せのままに」
「して、冬華の坊やはどうしますか?」
「特にしてもらう事はありません。状況が変わればもしかすればあるかもしれません。・・・準備の方を、いつでも頼みますね?」
「・・・はい」

このメンバーの中、冬華だけが一人だけ若者だ。他の人達は全員それなりに名が通っている魔術士で、冬華とは大違いだ。
話が終わった後の人達は全員冬華に笑いかけたり会釈して帰っていった。それなりに気を遣ってくれているのだろう。子供の頃から幾度か会った事のある人間は全員冬華の事を大切にしてくれている。

何かと気を遣ってもらっているのは嬉しい限りだ。冬華はまだ学生、更には子供なのであまり大きな事はさせてもらえない。何とも歯痒い限りだ。

「なぁ、ローズ」
「うん?」
「いきなりどうして俺達のクラスの担任なんて引き受けたんだ?アンタはアンタで調査や大学の教授やらあるだろ?」
「鈴音に頼まれたのもあるが、弟子であるお前を見るためだよ。それに何かあった時対応しやすい」
「成程・・・では鈴音さん。俺はこれで失礼します」
「はい、集合して頂いてありがとうございます。授業頑張ってください。それと・・・」
「はい?」
「来月は毎年恒例の行事がありますからね」
「え~~。俺、あれ嫌いなんですよ」
「そんな事言わずに。普通に学校来るだけでは楽しくありませんからね。ですから楽しんでほしいんです」
「・・・・問題にならないように美紀は別の部屋にしてくださいね?」
「その事ですが、どうなるかは分かりませんから決まり次第発表します」
「は、はい。分かりました。それでは失礼します」
「またきつい修行つけてやるからな~」
「気が向いたらな」


冬華は一礼して鈴音の部屋を後にする。放課後なのでそのまま荷物を持って、子猫の待つ家に帰った。
その日はエリカ特製のクリームシチューだったのだが、何処となく機嫌が悪そうで、何を聞いても「知りません」とばかりで取り付く島もなかった。
そのまま片付けをして、猫の名前も決めずに帰ってしまった。明らかに様子がおかしかったが、今の冬華では何を言っていいものか分からず、翌日の学校で聞いてみようと思いソファに座ったところで意識が飛んだ。










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