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悔恨編
16.
しおりを挟むギルは俺をこれでもかと言うほど睨んでいた。
俺はそれを余裕の笑みを浮かべて見つめ返していた。
「……お前の仕業か?ミルネス」
「さぁ?なんのことかな。何一つ身に覚えはないけどね」
「ふざけるな!!」
ダンっとギルが木製の机を叩く。年季の入った机には衝撃で少しヒビが入ってしまった。
俺は流している髪を指先で弄び分かりやすくギルを挑発する。
「びっくりさせんなよギル。楽しくやろうぜ?」
「てめぇ…!!飼ってやってる恩を忘れてんのか!?」
「誰も飼ってくれなんて頼んでねぇし。この4年誰のおかげでこの見世がここまででかくなったと思ってんだよ」
ギルが歯を食いしばる。その悔しそうな顔に心が少しスッキリした。なんで今までこいつの言うことを真面目に聞いていたのか。口先での抵抗や反発はよくしていたが実際行動には移れていなかった。
結局自分の中でこいつにですら愛されたい願望があったのだと思う。
あの女が俺をこいつに売り払ったこともずっと気付かないふりを続けていた。
あの時のは違う。きっとロイが命令したから、と。けれど少し考えて受け入れてしまえばわかること。
あの女に俺は初めから最後まで騙され良いように扱われていたと。
まぁ結果的に俺にこの仕事を与えてくれたのは感謝してもいい。あの女の言った通り誰も裏切らずただ愛してくれる素晴らしい場所だった。おれが光の御子である限りは。
「お前の…お前のせいで!!常連の貴族が離れたんだ!!どうしてくれる!?」
「知らねぇよ。あの豚が勝手に自爆したんだ。馬鹿だよね、光の御子に楯突くなんて。」
「おまえ……!!」
「ギルも結局あの豚が倒れたの見たから俺に害をなすのが怖いんだろ?何が引き金になるか分かんないから知りたいんだろ?……教えてやんねぇよ!!あはははは!!ざまぁみやがれ!!」
俺は腹の底から笑った。
虚しい心に気付かないふりをして怒りに顔を歪めるギルを嘲笑った。光の御子という肩書きで守られている己を嘲った。
昨日の夜。伯爵は俺に化け物だと言い捨てたあと正門前の馬車に乗り込む寸前に倒れたらしい。
俺はその騒ぎに皆が慌てふためいている間ずっと考えていた。
化け物とはなんなのか。
そしてあの女に売られた日を思い出していた。名前すら呼ぶな、と拒絶されたこと。あんたの無様で惨めな姿を見たいんだと言われたこと。エルザとユリに押さえつけられ逃げられなかったこと。
それを全て記憶から消していたこと。
昨日の夜ずっと考えて考えて考えてやっとその記憶を思いだした。どうして忘れていたのか。
思いだしてからは涙が止まらなかった。
結局俺は暇つぶしの道具に使われていただけだった。
だからといってロイ達への思いが消えるわけではない。あいつらは今も憎い。この怒りはこの4年の間消えることは無かった。
だって結局今、あいつはここにいないんだから。
「今すぐ加護を戻せ!!フォルネウス伯爵様の容態が戻ればきっと……!!」
ギルが詰め寄る。
こいつのこんな焦ってる姿初めて見るなぁ、なんて全く関係ないことを考えていた。いつも人をからかう食えないやつだったため少し驚いている。
「だから無理だって。俺の無意識下にあるから。加護の付与も取り消しも。」
「じゃあなんで伯爵の加護が外れたんだ」
俺は考えるまでもないことだったがなんとなく一瞬考えるふりをした。
「愛してくれなかったから。俺が一番じゃなかったから。」
「そんな…しょうもないことで…!!」
ギルの悔しそうに吐き出した言葉にピクリと反応する。
今…なんて言った?沸々と怒りが込上げる。
俺はギルを力いっぱい睨みつけた。全ての怒りと憎悪の痛みで。
目が合うとギルが一瞬怯んだ。俺の意見は変わらない。
「ぶっ殺すぞ…愛されたことのあるお前に何がわかる!!信頼してくれるやつのいるお前に何がわかる!!同じ立場の存在と支え合えるお前に……!!なにが…!!」
ギルはいつも仲間だという数人の男と他の奴らと一緒にいる。
何度その姿に焦がれたことか。
なんの屈託もなく笑い合い時には喧嘩もして。そんな存在に俺が何度手を伸ばしたことか。
「知らねぇよ!!客は客だ!!こんな不祥事起こしたらやべえだろ!?」
「それこそ知らない。勝手にしろ」
俺はいつまでも同じことを話し続けて結論のでないこの会議に嫌気がさして席を立った。
「おい、どこ行くんだよ。」
「……これじゃずっと話がおわんねぇ。無意味だ。」
「は?だったらはやく頷けよ。」
「無意識にやってんだから無理だっての。」
何度言えば分かるのか。イライラしながら部屋を出る。
扉が締まりきる瞬間、聞こえた小さなギルの呟きに胸が苦しくなった。
『……化け物が…』
昨日まで光の御子だと囃し立ててたくせに一日で化け物かよ。
俺は自嘲の笑みを浮かべた。
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