拝啓、頑張り屋の貴方へ

夜瑠

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兄貴





兄貴が死んだ。

私より12歳年上でこの間30になったばかりだった。死因は風邪を拗らせたから。

これだけ医療が発達した現代日本で持病もない成人男性が風邪を拗らせただけで呆気なくあの世に行くなんて信じられなかった。


信じられないくらい腹が立ったし、呆れた。

なよなよとしていつも私がどんな憎まれ口を聞いても困ったように笑う兄貴が大嫌いだった。

大嫌いな兄貴が死んで清々した。


小さい時、私はずっと兄貴がというやつなのだと思っていた。

保育園の送迎もご飯も休みの日に遊んでくれるのも全部兄貴だったから。

ずっと他の子達の親に比べて幼い兄を不思議に思っていた。

成長するに連れて兄貴は兄で夜中家で暴れている酒臭い女が母だということを学んだ。父親は見たことがない。

小学生になるころには兄貴は毎日毎晩遅くまで働いて朝には私を保育園に連れていき、学校に行ってそのまま深夜までバイト、という生活をしていた。

私はまた、それが普通なのだと思っていた。

中学生になる頃には兄は近所の工場に務めながらいくつものバイトをかけ持ちしていた。

母は家に一切金を入れない人だったので恐らく兄が家賃も私の生活費も賄っていたのだと思う。

記憶にある兄はいつも窶れた顔をしていた。


「ねぇ、誰か親戚とか頼れる人はいないの?お兄ちゃんだけじゃ大変でしょ?」

まだ私が兄貴を嫌いになる前、私は1度だけ兄貴に意見した。このままだと死んでしまうと思った。

驚いたような顔をした兄貴はその後また困ったように笑って

「ごめんなぁ…兄ちゃんもっと頑張るからなぁ…」

と言うだけだった。

「違う!これ以上頑張らないでって言ってるの!死んじゃうよ!!」

「唯は優しいな。兄ちゃんは大丈夫だよ。」

「……っ……」

「唯は高校行って、大学生になって良い会社に務めて素敵な人と結婚してな。旦那さんできるまで兄ちゃん頑張るからなぁ。」


違うよ。私はそんな社会の求める幸せより一緒に不幸になってでも兄貴が楽になって欲しかったんだよ。


中学校で学年が上がる頃、私は虐めを受けた。虐めというより嫌がらせ、という方が正しいかも知れない。

私の独特な家庭環境を周りが馬鹿にしだした。

「俺この間こいつの兄貴見たぜ!おっさんにペコペコ頭下げてた!」

「スーパーで会ったけど安いものばっか探してたぜ!」

「こいつの母親アル中なんだってよ!!」

「こいつの家まじボロ屋敷!!」


皆が私の家庭環境を馬鹿にして嘲笑った。友達だと思ってた子達も口では止めてあげなよ、とか言いながら目の奥で笑っているのが分かった。

凄く恥ずかしくなって上を向いていることが出来なかった。

それでも続く馬鹿にする声に消えてしまいたいと思った。


家に帰ると珍しく兄貴がいた。

「おかえり。今日は唯の好きなシチューだぞ!」

そう言って笑う兄貴の手元にはスーパーの袋があった。


『スーパーで会ったけど安いものばっか探してたぜ!』

嬉しいはずなのに今日学校で言われた言葉が頭の中に反芻した。

袋の中から見えた割引のシールがとてつもなく恥ずかしい物のように思えて仕方なかった。


「すぐに美味しいシチュー作ってやるからな!」

「……っいらない」

「え?ど、どうしたんだ?体調でも悪いのか?」

心配そうに駆け寄ってくる兄貴に何故だか腹が立った。

「うるさい!兄貴の作るご飯なんかもう食べない!!」

そう叫んだ後、ハッと我に返って青ざめた。

兄貴は驚いたような顔をしたあと、いつものように困ったように笑った。けれどどこか傷ついた顔をしていた。

「……ごめんなぁ。大丈夫、唯が優しい子なのは知っとるよ。つい言ってしまって驚いたなぁ、大丈夫やで。大丈夫。」

優しくそう言ってくれることすら私は耐えきれなくて部屋に逃げた。


「……唯?兄ちゃんこれからバイト行ってくるからな。シチュー温めてお食べ。…嫌だったら机にお金置いてあるから好きな物買っておいで。行ってくるよ」


私はその日から暫く兄の顔が見れなかった。
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