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4.ドブネズミ
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やって来たのは御魔森の結構奥の方。
本当は家でのんびりと観戦していたかった。領主がやや押され気味でいい感じだと思ったら急にネズ公が来やがった。
「ジロー殿、あいつの魔力変なんです」
「なんだチミは!」
「えっ、あえーと、な、なんだチミはってか、そうですわだすが変な……」
「ふむふむ、よく応じた。その対応力称賛に値するぞ。褒美だ、納めよ」
もっこりとした紫色の風呂敷をすっと差し出す。小さな手で器用に風呂敷をめくると、そこにあったのは、山盛りのナッツ盛り合わせだった。
ひまわりの種は飽きただろうと気を利かせて用意したのだ。ピーナッツ、アーモンド、ピスタチオ、胡桃、そしてもちろんひまわりの種。コイツのソウルフードだ。
いいリアクションだあ。震えているじゃないか。今度は種類を増やしてやろう。ああああ、ペット欲しいわ、こいつ飼おうかな。あ、転生者なのか。
――問題あるか?
「あのージロー殿、大変申し上げにくいのですが」
「よい、申してみよ」
「はっ。某、ナッツは好みませぬ」
「――なんっ、だとっっ!」
「ジ、ジロー殿のお気持ちは有り難く。しかしこれは体質の問題。油を取りすぎるとどうも腹に障るのでございます」
「ふむ、左様であったか。ならばそれは返してもらおう」
ちょっと恥ずかしくなったのでナッツを乱暴に取り上げポリポリする。ネズミっぽく前歯でポリポリして、不満を表明する。このナッツ死ぬほど高いのに。どっかの悪徳転生者が品種改良とか農地改革とか現代知識チートで作ったらしいけど、激高。今は貴族とか大商家にしか卸していないらしい。それを白金貨で分けてもらったというのに。
ネズ公め、俺の愛情をこんなに無碍にするとは。まあいいや。どうせネズミだし。
「――――ご気分を害してしまい申し訳ない。平にご容赦を」
「で、用はなんなの?」
「助力を……」
「金」
「は、はっ。こちらに」
やはり白金貨1枚。ナッツ代にしかならないよ。足りない、足りないねー。ペットが飼い主に逆らうからイケないんだよねー。俺の全力のデレを断るからイケないんだもんねー。
「はした金か。あり得ない、帰れ」
「お、お待ちを。ではあともう一枚」
「バカにするんじゃねえよ。俺は駆け引きが嫌いだ。そういうのが好みならそこいらにいる村人とやんな」
「……」
くっ……俯くなバカめ!
可愛ゆいだろうが。んーあの頭を人差し指でぐりぐり撫でたい。ネズ公よなんでお前はネズ公なんだ!ハム公に生まれ変わってくれ!なんか勿体ない。
「某の蓄えは白金貨5枚でございます。新天地の開発に当てるつもりでありましたが、こうなれば致し方ありません。ここにある2枚そして追加で3枚払うとお約束します。その代わりと言ってはなんですが……」
「なんだ」
「同盟を結んでいただけませんか」
同盟!?なるほど同盟か。ふむふむ、却下。主人公の臭いがプンプンするな。同盟なんて結んでみろ、そっから○○ラの森大同盟とかできて結局、連邦制国家になるんだろ?ノンノンノンデグレードだぜ全く。ノンデグレードってなに?語呂が良くてつい……
「断る。俺の力をリースするのはいいけどな」
「リース、お幾らですか」
「月に税収の10%だ。お前らの領地拡大政策が進めば俺の稼ぎも増える、インセンティブがあるしええんでねえの?どうよ」
「税、ですか……」
「は?取れよ?毟り取れよ」
「かっ畏まりました」
「では、力を貸そう。今月は白金貨2枚で働いてやる。お前の蓄えで早急に街の開発を進めろ」
「ははっ!」
課長!契約取りました!
このネズミ意外と使えそうだな。奴隷根性があるみたいで、やたら媚びへつらってくる。
はっ!まさかこれは俺の適正を観察する神の試練!?ちっ、たしかに気分がいいな。イキった主人公が横柄になるのも頷ける。
ちなみに言っとくが、俺ははなっから横柄だ。鼻垂れ小僧たちと一緒にすんじゃねえぞ?
まあいいか。こいつは奴隷かペットという立場にしよう。仲間だとか家族だとかにするつもりはないから、主人公っぽくないだろう。別に美少女ってわけでもないし、こいつ自身が強いってわけでもないし、うんセーフ。
「おい待て」
「はっ、一歩も動いておりません」
「左様か。お前、奴隷になれ。もしくはペット」
「お断りします」
何!?何なんだその目は!先程までの挙動不審な態度とは明らかに違う、確固たる意志。何じゃこいつ、ちょっとだけ虐めたくなるな。困った顔が見たくなるな。やり過ぎは良くないけどちょっとだけ、先っちょだけ。
「ならすべての話を白紙に戻そうか」
「――――それは」
「ならば答えは出たな」
「そのご提案、のむことは致しかねます」
「ふむ。ならば帰るのだ。用はない」
「……」
ピンクの小さな手が拳を作っている。あーースリスリしたいー。カワイイ、カワイイなーお前は。悩んでおるのだなー。そうかそうか、どうする?ペットがいいだろ?それでいいんだ、お前の尊厳は必ず守ってやるから。ペットでも奴隷でもお前ならたらふく食わせるし、好きな物買ってやるぞ、絶対に甘やかす!
「私は尊敬しているのです、ジロー殿を……」
そう来たか。俺への告白、そして変な間。ということは……
一旦回想入りまあーす。
※※※
転生してから私は怯える毎日を過ごした。
同じ大きさのゴキブリに追い回され、変なカエルに毒液を噴射され、動き回る蔦に絡め取られそうになりながら、私は必死に生きた。大雨のある日、私は生きているのだろうかと自問した。古代の哲学者は概して暇だったのだと、学生時代に先生が言っていたことを思い出す。
昔の人もこうだったのだろう。生きようともがく毎日。時間は無限のように感じられるが、ひもじさと死が隣り合わせなのだから、嫌でも己の活力を見出そうとする。生きるとは何か、どう生きるのか、はたまた死とは何かと。
私がこれを考えていたとき暇ではなかった。狭間にある余暇、僅かな平穏、一時の休息。お腹と背中がくっつきそうになる中、私は何をしているんだろうと考えずにはいられなかった。
ゴミみたいな人生で希望が見えたと思ったら、こんな場所いる。そしてネズミになっている。泥水に映る私は汚いドブネズミだった。根津どぶこ、ドブネズミ、割と的を射たあだ名だった。
もうこのまま死んでしまおうか。人でもない私は何を目的に生きればいいのか。子供は今どこにいるのか分からない。分かったところで、私を見たら母が殺すだろう。飲みに誘ってくれたあの人と遊ぶことも人生を語り合うこともできない。私はただのネズミだから。死にたくない一心で必死に逃げている今、生きていると言えるのだろうか。
すると、頭の中で妙に明るい機械音がした。妄想でも記憶の音でもない。間違いなく、音がした。
『異世界への憧れ―空間支配―を獲得しました』
異世界?空間支配?獲得?そして誰?この場所もこの声も未知の領域。確かに気になるけれど、これを突き止めるのは腹の虫を宥めてからでいいだろう。とにかくお腹が空いた。寒い。大木の下に隠れ生い茂る草の間に身を隠す。寒い。体が雨に濡れて、体温が奪われていく。背中の毛は毒液で溶けて禿げてしまっているから、皮膚に直接冷水が落ちてくる。寒い。寒い。
――ガサゴソ
はっ!何かいる!耳に意識を集中させて気配を探る。この体になってから目はあまり信用していない。視力が悪い上に一点を見つめると吐き気がしてくる。それに輪郭がぼやけていて、正確な形を捉えられないから。
臭いを嗅いでみるが雨でよく分からない。どんどん音が近づいてくる。それに大きい。地面が揺れている。これはマズイ、逃げないと!音とは逆の方向へ走ろうとすると、私を狙いすますかのように猛スピードで迫ってくる。全力で走り出すと前方から草を掻き分け颯爽と駆ける4足歩行の足音が。挟まれた!これは、縄張り争いに巻き込まれたのかもしれない。何とか横へ逃げられないかと走り出すと、今度は大風が上空から吹き下ろす。あまりの強風に私の体は浮き上がった。必死に草を掴み耐えるしかなかった。
そして私は囲まれた。
「どこだー」
「ガウッ!グルルル」
「キイィィィ」
化け物に囲まれてしまった。
見つかるはずはない。こんな小さい体だから、きっと大丈夫。怖いのは犬だ。鋭い嗅覚でもしかしたら……
「いたーーー」
「へっ!?」
私の体が浮き上がり、掴んでいた草が千切れる。痛い!尻尾が!尻尾を掴まれたんだ!
脚をジタバタさせて抵抗してみるも、空を切るだけ。そしてぼんやりする視界に写ったのは大きな何かだった。
「お前、魔力多い」
「王になれ、王になれ」
間延びした低い声で持て囃す。もちろん意味が分からないし恐怖でチビッてしまった。
「あーおしっこちびったー」
2足歩行の巨人―たぶん人のような形―はどすんどすんと後退りしながら私を手放した。コイツらは私を食べようと捕まえに来たのだろうか。いやでも王とか魔力とか、魔力が多いから食べるの?
とにかく逃げなければと思った。巨人の足元を掻い潜りながら、逃げた。上空から吹き下ろす風は巨人が遮ってくれたから動き回れた。とにかく走った。小さな足では犬に負ける、それは分かっていたけれど、逃げ出さずにはいられなかった。
逃げ延びた先には家があった。誰も追ってきていない。恐らく、ここに住む人間達を警戒しているのだろう。動物は警戒心が強いから、簡単に人里には入らないと言うし。
辺鄙な村。木製の建物が建ち並ぶ集落。畑や家畜はいないから、出て来たばかりの森で生計を立てているのだろう。随分古臭い造りの家だ。家だと断言しているけれど、ぼやぼやしていて正直茶色い箱にしか見えない。江戸時代の長屋みたいな建物もあるし、すべてが木造建築だ。茶色いからそうだと思う。
すると長屋の一室から一人の男が飛び出してきた。声が低く胸がないから男だろうと判別できる。顔までは分からない。でも何を言っているかは分かった。
「誰だてめえら!つーかここは何処だよ、ていうか、俺は誰だばーろーが!」
戸惑いながら戸口に向かって叫ぶその男は、こちらに気づいていない。当然だ。だってネズミだもの。
ここにいよう、お腹が減って動くのがつらいから。フラフラするぐらいにお腹が減っている。少しだけ安心したせいで、急に空腹が襲ってきたみたいだ。
ここは人がいて心が休まる。当分はこの辺りで様子を見よう。
私は数日、森と人里の境で過ごした。お腹が空き過ぎて動けなかったので草を食べた。幸い味覚が鈍いので、味のしないニラを食べているような感じだった。だけど、食べても食べても空腹で、頭が回らずクラクラした。栄養バランスなのか量が足りないのか。どちらにしても草だけを食べるのは流石に飽きた。
サバイバル番組では、泥だらけになりながら罠を作ったり木の実を取ったりしてたな。上手く行かない日が続いた時には虫も食べていたっけ。
そう考えて自分を納得させた私は、虫を食べることにした。目の前にいる小ぶりな虫に狙いをつけた。
ただの蟻んこだと思う。なんか、やけに大きく見える。ネズミから見れば蟻はそこそこ大きい虫みたいだ。視力が低くて良かったのはこの時ぐらいだろう。黒い点を食べていくと、少しだけマシになる。やっぱり植物だけだとダメだと分かった。
こうして蟻と雑草で飢えを凌いでいると、ある日巨人がやって来た。地面の揺れですぐに察知できたので人が住む村、叫んでいた男が住む建物近くに予め逃げていた。ここまでは踏み込めないだろう、そう考えていたのだが、巨人達は建物に群がった。
想定外の有様にパニックになった私は、怯えながら固まってしまった。ちらほら歩いている村人達はその光景を見ても興味なさげに通り過ぎていく。きっと当事者じゃないから飄々としていられるのだ。どんどんと建物を叩きわらわらと建物に群がる巨人は恐ろしかった。
だけど、なんか変だ。森にいる時はすぐに私を見つけたのに、今は建物に向かって声をかけ続けている。私は息を殺して床下の隙間に身を潜めその様子を窺った。
「おーい、王様ー!王様ー!」
巨人たちが大きな手で建物を揺らしていると、あの男の人が飛び出してきた。
「なんじゃお前ら!ポークソテーにしてやろうか!?」
「王様ー!助けてくれ王様ー!」
「誰が王様だ!俺はブタの王になった覚えはねえ!」
「じゃあ、今から、王様」
「ならねえよ!帰れ!しっしっ」
ああ、ここは変だ。絶対におかしい。私がおかしくなったのかな。男の人が随分と小さく見える。通り過ぎる村人たちは遠くにいるから小さく見えるだけだと思っていたけれど、こうして並ぶとよく分かる。本当に巨人だ。人間の男の人よりも1.5倍ぐらい大きい。
私がネズミだから巨人のように見えるだけだと思っていたけれど、本物の巨人みたいだ。
まだ理由はある。巨人を見た子供が隣にいる母親に何かを告げたのだが、その言葉が全く知らない言語だったのだ。私はこの巨人に気を取られていて、その言葉が聞こえたのは意識の外からだった。なんと言ったのだろう、不思議に思いそちらへ意識を向けると、親子の会話がちゃんと日本語になっていた。まるで私に聞かせるために翻訳しているかのように。
そして極めつけは、オーラみたいなものが見えることだ。怒鳴っている男の人のオーラが一番大きくて、巨人の方はかなり小さく弱々しい。村人たちのオーラは巨人よりも多いけれど、男の人よりは少ない。
ほぼ透明、やや青みがかったオーラが色んな人から出ている。これはネズミの目だから見えているのかもしれない。栄養状態が少し改善されて、目が良くなったからなのかもしれない。
そう思ったけど、不思議な体験が重なりすぎて、そんな簡単な理由じゃない気がしていた。すると私の疑念を肯定するように、またもや珍妙な事件が起きた。
『オーラの認識を確認。魔力測定を獲得しました』
あの声が頭の中で響いた。
漢字を書くときみたいに脳内で単語が踊り、読み方を探すように声が響いたのだ。
魔力測定という謎のワードが脳内に刻み込まれた。
オーラを認識したから魔力測定を獲得した?魔力とは魔法を使うあの魔力のことだよね。
「頼む王様ー!犬と鳥と仲直りさせろー」
「やなこった!仲直りしたいなら謝れ!そんなことも分かんねえのか」
「――そうだな、そうだ、帰ろう!」
「よーし帰れアホ共!」
「ありがとう、王様」
私を追いかけた犬と鳥だろうか。彼らとここ数日で喧嘩したのかしら。仲直りしたいなら謝ったほうがいい、男の人の言うとおりだと思う。そして何故王様にこだわるのか。私に王様になれとお願いしていたのに、今度は彼に。
ここで1つの仮定に辿り着いた。
――これは壮大なドッキリだ。
世界がゾンビだらけになっちゃった、というドッキリをアメリカの番組が本気でやっていたのを見た事がある。あれだ、あれの日本版だ。ネト○リジャパンとかA○E○Aとかが制作してるオリジナル作品だ。なぜ私という疑問は残るけど、ドッキリに掛かった人はみんなこの気持ちを味わうんだろう。
あの巨人は恐らく制作者側、エキストラだ。王様になってーと私や男の人に言い寄ったのは、反応を見るためだろう。別の御輿を担ごうとする巨人たちを見て一体どんな反応を見せるのか!?私の焦った顔や悔しがる表情の画が欲しいんだと思う。
ここは大人しく乗るべきだ。撮れ高というやつ、それさえ満たせば私を解放してくれるはず。もし私がカメラを探すような素振りを見せればそれだけ期間が伸びるかもしれない。そもそも見つかるようなカメラの置き方をしないはずだし、こんな視界の悪さで見つけられるわけもない。ここは制作者側の望みを叶えて早急に終わらせよう。子供に会いに行こう。
だから私は巨人と手を結ぶ決意をした。あの男の人に上手く丸め込まれて森へと戻っていく巨人の後を付けていった。私が王になります!って三角関係みたいな状況にするのも憚られたから、人里から離れるまでは静かにしていよう。頃合いを見計らって取引を持ちかけてみよう。
本当は家でのんびりと観戦していたかった。領主がやや押され気味でいい感じだと思ったら急にネズ公が来やがった。
「ジロー殿、あいつの魔力変なんです」
「なんだチミは!」
「えっ、あえーと、な、なんだチミはってか、そうですわだすが変な……」
「ふむふむ、よく応じた。その対応力称賛に値するぞ。褒美だ、納めよ」
もっこりとした紫色の風呂敷をすっと差し出す。小さな手で器用に風呂敷をめくると、そこにあったのは、山盛りのナッツ盛り合わせだった。
ひまわりの種は飽きただろうと気を利かせて用意したのだ。ピーナッツ、アーモンド、ピスタチオ、胡桃、そしてもちろんひまわりの種。コイツのソウルフードだ。
いいリアクションだあ。震えているじゃないか。今度は種類を増やしてやろう。ああああ、ペット欲しいわ、こいつ飼おうかな。あ、転生者なのか。
――問題あるか?
「あのージロー殿、大変申し上げにくいのですが」
「よい、申してみよ」
「はっ。某、ナッツは好みませぬ」
「――なんっ、だとっっ!」
「ジ、ジロー殿のお気持ちは有り難く。しかしこれは体質の問題。油を取りすぎるとどうも腹に障るのでございます」
「ふむ、左様であったか。ならばそれは返してもらおう」
ちょっと恥ずかしくなったのでナッツを乱暴に取り上げポリポリする。ネズミっぽく前歯でポリポリして、不満を表明する。このナッツ死ぬほど高いのに。どっかの悪徳転生者が品種改良とか農地改革とか現代知識チートで作ったらしいけど、激高。今は貴族とか大商家にしか卸していないらしい。それを白金貨で分けてもらったというのに。
ネズ公め、俺の愛情をこんなに無碍にするとは。まあいいや。どうせネズミだし。
「――――ご気分を害してしまい申し訳ない。平にご容赦を」
「で、用はなんなの?」
「助力を……」
「金」
「は、はっ。こちらに」
やはり白金貨1枚。ナッツ代にしかならないよ。足りない、足りないねー。ペットが飼い主に逆らうからイケないんだよねー。俺の全力のデレを断るからイケないんだもんねー。
「はした金か。あり得ない、帰れ」
「お、お待ちを。ではあともう一枚」
「バカにするんじゃねえよ。俺は駆け引きが嫌いだ。そういうのが好みならそこいらにいる村人とやんな」
「……」
くっ……俯くなバカめ!
可愛ゆいだろうが。んーあの頭を人差し指でぐりぐり撫でたい。ネズ公よなんでお前はネズ公なんだ!ハム公に生まれ変わってくれ!なんか勿体ない。
「某の蓄えは白金貨5枚でございます。新天地の開発に当てるつもりでありましたが、こうなれば致し方ありません。ここにある2枚そして追加で3枚払うとお約束します。その代わりと言ってはなんですが……」
「なんだ」
「同盟を結んでいただけませんか」
同盟!?なるほど同盟か。ふむふむ、却下。主人公の臭いがプンプンするな。同盟なんて結んでみろ、そっから○○ラの森大同盟とかできて結局、連邦制国家になるんだろ?ノンノンノンデグレードだぜ全く。ノンデグレードってなに?語呂が良くてつい……
「断る。俺の力をリースするのはいいけどな」
「リース、お幾らですか」
「月に税収の10%だ。お前らの領地拡大政策が進めば俺の稼ぎも増える、インセンティブがあるしええんでねえの?どうよ」
「税、ですか……」
「は?取れよ?毟り取れよ」
「かっ畏まりました」
「では、力を貸そう。今月は白金貨2枚で働いてやる。お前の蓄えで早急に街の開発を進めろ」
「ははっ!」
課長!契約取りました!
このネズミ意外と使えそうだな。奴隷根性があるみたいで、やたら媚びへつらってくる。
はっ!まさかこれは俺の適正を観察する神の試練!?ちっ、たしかに気分がいいな。イキった主人公が横柄になるのも頷ける。
ちなみに言っとくが、俺ははなっから横柄だ。鼻垂れ小僧たちと一緒にすんじゃねえぞ?
まあいいか。こいつは奴隷かペットという立場にしよう。仲間だとか家族だとかにするつもりはないから、主人公っぽくないだろう。別に美少女ってわけでもないし、こいつ自身が強いってわけでもないし、うんセーフ。
「おい待て」
「はっ、一歩も動いておりません」
「左様か。お前、奴隷になれ。もしくはペット」
「お断りします」
何!?何なんだその目は!先程までの挙動不審な態度とは明らかに違う、確固たる意志。何じゃこいつ、ちょっとだけ虐めたくなるな。困った顔が見たくなるな。やり過ぎは良くないけどちょっとだけ、先っちょだけ。
「ならすべての話を白紙に戻そうか」
「――――それは」
「ならば答えは出たな」
「そのご提案、のむことは致しかねます」
「ふむ。ならば帰るのだ。用はない」
「……」
ピンクの小さな手が拳を作っている。あーースリスリしたいー。カワイイ、カワイイなーお前は。悩んでおるのだなー。そうかそうか、どうする?ペットがいいだろ?それでいいんだ、お前の尊厳は必ず守ってやるから。ペットでも奴隷でもお前ならたらふく食わせるし、好きな物買ってやるぞ、絶対に甘やかす!
「私は尊敬しているのです、ジロー殿を……」
そう来たか。俺への告白、そして変な間。ということは……
一旦回想入りまあーす。
※※※
転生してから私は怯える毎日を過ごした。
同じ大きさのゴキブリに追い回され、変なカエルに毒液を噴射され、動き回る蔦に絡め取られそうになりながら、私は必死に生きた。大雨のある日、私は生きているのだろうかと自問した。古代の哲学者は概して暇だったのだと、学生時代に先生が言っていたことを思い出す。
昔の人もこうだったのだろう。生きようともがく毎日。時間は無限のように感じられるが、ひもじさと死が隣り合わせなのだから、嫌でも己の活力を見出そうとする。生きるとは何か、どう生きるのか、はたまた死とは何かと。
私がこれを考えていたとき暇ではなかった。狭間にある余暇、僅かな平穏、一時の休息。お腹と背中がくっつきそうになる中、私は何をしているんだろうと考えずにはいられなかった。
ゴミみたいな人生で希望が見えたと思ったら、こんな場所いる。そしてネズミになっている。泥水に映る私は汚いドブネズミだった。根津どぶこ、ドブネズミ、割と的を射たあだ名だった。
もうこのまま死んでしまおうか。人でもない私は何を目的に生きればいいのか。子供は今どこにいるのか分からない。分かったところで、私を見たら母が殺すだろう。飲みに誘ってくれたあの人と遊ぶことも人生を語り合うこともできない。私はただのネズミだから。死にたくない一心で必死に逃げている今、生きていると言えるのだろうか。
すると、頭の中で妙に明るい機械音がした。妄想でも記憶の音でもない。間違いなく、音がした。
『異世界への憧れ―空間支配―を獲得しました』
異世界?空間支配?獲得?そして誰?この場所もこの声も未知の領域。確かに気になるけれど、これを突き止めるのは腹の虫を宥めてからでいいだろう。とにかくお腹が空いた。寒い。大木の下に隠れ生い茂る草の間に身を隠す。寒い。体が雨に濡れて、体温が奪われていく。背中の毛は毒液で溶けて禿げてしまっているから、皮膚に直接冷水が落ちてくる。寒い。寒い。
――ガサゴソ
はっ!何かいる!耳に意識を集中させて気配を探る。この体になってから目はあまり信用していない。視力が悪い上に一点を見つめると吐き気がしてくる。それに輪郭がぼやけていて、正確な形を捉えられないから。
臭いを嗅いでみるが雨でよく分からない。どんどん音が近づいてくる。それに大きい。地面が揺れている。これはマズイ、逃げないと!音とは逆の方向へ走ろうとすると、私を狙いすますかのように猛スピードで迫ってくる。全力で走り出すと前方から草を掻き分け颯爽と駆ける4足歩行の足音が。挟まれた!これは、縄張り争いに巻き込まれたのかもしれない。何とか横へ逃げられないかと走り出すと、今度は大風が上空から吹き下ろす。あまりの強風に私の体は浮き上がった。必死に草を掴み耐えるしかなかった。
そして私は囲まれた。
「どこだー」
「ガウッ!グルルル」
「キイィィィ」
化け物に囲まれてしまった。
見つかるはずはない。こんな小さい体だから、きっと大丈夫。怖いのは犬だ。鋭い嗅覚でもしかしたら……
「いたーーー」
「へっ!?」
私の体が浮き上がり、掴んでいた草が千切れる。痛い!尻尾が!尻尾を掴まれたんだ!
脚をジタバタさせて抵抗してみるも、空を切るだけ。そしてぼんやりする視界に写ったのは大きな何かだった。
「お前、魔力多い」
「王になれ、王になれ」
間延びした低い声で持て囃す。もちろん意味が分からないし恐怖でチビッてしまった。
「あーおしっこちびったー」
2足歩行の巨人―たぶん人のような形―はどすんどすんと後退りしながら私を手放した。コイツらは私を食べようと捕まえに来たのだろうか。いやでも王とか魔力とか、魔力が多いから食べるの?
とにかく逃げなければと思った。巨人の足元を掻い潜りながら、逃げた。上空から吹き下ろす風は巨人が遮ってくれたから動き回れた。とにかく走った。小さな足では犬に負ける、それは分かっていたけれど、逃げ出さずにはいられなかった。
逃げ延びた先には家があった。誰も追ってきていない。恐らく、ここに住む人間達を警戒しているのだろう。動物は警戒心が強いから、簡単に人里には入らないと言うし。
辺鄙な村。木製の建物が建ち並ぶ集落。畑や家畜はいないから、出て来たばかりの森で生計を立てているのだろう。随分古臭い造りの家だ。家だと断言しているけれど、ぼやぼやしていて正直茶色い箱にしか見えない。江戸時代の長屋みたいな建物もあるし、すべてが木造建築だ。茶色いからそうだと思う。
すると長屋の一室から一人の男が飛び出してきた。声が低く胸がないから男だろうと判別できる。顔までは分からない。でも何を言っているかは分かった。
「誰だてめえら!つーかここは何処だよ、ていうか、俺は誰だばーろーが!」
戸惑いながら戸口に向かって叫ぶその男は、こちらに気づいていない。当然だ。だってネズミだもの。
ここにいよう、お腹が減って動くのがつらいから。フラフラするぐらいにお腹が減っている。少しだけ安心したせいで、急に空腹が襲ってきたみたいだ。
ここは人がいて心が休まる。当分はこの辺りで様子を見よう。
私は数日、森と人里の境で過ごした。お腹が空き過ぎて動けなかったので草を食べた。幸い味覚が鈍いので、味のしないニラを食べているような感じだった。だけど、食べても食べても空腹で、頭が回らずクラクラした。栄養バランスなのか量が足りないのか。どちらにしても草だけを食べるのは流石に飽きた。
サバイバル番組では、泥だらけになりながら罠を作ったり木の実を取ったりしてたな。上手く行かない日が続いた時には虫も食べていたっけ。
そう考えて自分を納得させた私は、虫を食べることにした。目の前にいる小ぶりな虫に狙いをつけた。
ただの蟻んこだと思う。なんか、やけに大きく見える。ネズミから見れば蟻はそこそこ大きい虫みたいだ。視力が低くて良かったのはこの時ぐらいだろう。黒い点を食べていくと、少しだけマシになる。やっぱり植物だけだとダメだと分かった。
こうして蟻と雑草で飢えを凌いでいると、ある日巨人がやって来た。地面の揺れですぐに察知できたので人が住む村、叫んでいた男が住む建物近くに予め逃げていた。ここまでは踏み込めないだろう、そう考えていたのだが、巨人達は建物に群がった。
想定外の有様にパニックになった私は、怯えながら固まってしまった。ちらほら歩いている村人達はその光景を見ても興味なさげに通り過ぎていく。きっと当事者じゃないから飄々としていられるのだ。どんどんと建物を叩きわらわらと建物に群がる巨人は恐ろしかった。
だけど、なんか変だ。森にいる時はすぐに私を見つけたのに、今は建物に向かって声をかけ続けている。私は息を殺して床下の隙間に身を潜めその様子を窺った。
「おーい、王様ー!王様ー!」
巨人たちが大きな手で建物を揺らしていると、あの男の人が飛び出してきた。
「なんじゃお前ら!ポークソテーにしてやろうか!?」
「王様ー!助けてくれ王様ー!」
「誰が王様だ!俺はブタの王になった覚えはねえ!」
「じゃあ、今から、王様」
「ならねえよ!帰れ!しっしっ」
ああ、ここは変だ。絶対におかしい。私がおかしくなったのかな。男の人が随分と小さく見える。通り過ぎる村人たちは遠くにいるから小さく見えるだけだと思っていたけれど、こうして並ぶとよく分かる。本当に巨人だ。人間の男の人よりも1.5倍ぐらい大きい。
私がネズミだから巨人のように見えるだけだと思っていたけれど、本物の巨人みたいだ。
まだ理由はある。巨人を見た子供が隣にいる母親に何かを告げたのだが、その言葉が全く知らない言語だったのだ。私はこの巨人に気を取られていて、その言葉が聞こえたのは意識の外からだった。なんと言ったのだろう、不思議に思いそちらへ意識を向けると、親子の会話がちゃんと日本語になっていた。まるで私に聞かせるために翻訳しているかのように。
そして極めつけは、オーラみたいなものが見えることだ。怒鳴っている男の人のオーラが一番大きくて、巨人の方はかなり小さく弱々しい。村人たちのオーラは巨人よりも多いけれど、男の人よりは少ない。
ほぼ透明、やや青みがかったオーラが色んな人から出ている。これはネズミの目だから見えているのかもしれない。栄養状態が少し改善されて、目が良くなったからなのかもしれない。
そう思ったけど、不思議な体験が重なりすぎて、そんな簡単な理由じゃない気がしていた。すると私の疑念を肯定するように、またもや珍妙な事件が起きた。
『オーラの認識を確認。魔力測定を獲得しました』
あの声が頭の中で響いた。
漢字を書くときみたいに脳内で単語が踊り、読み方を探すように声が響いたのだ。
魔力測定という謎のワードが脳内に刻み込まれた。
オーラを認識したから魔力測定を獲得した?魔力とは魔法を使うあの魔力のことだよね。
「頼む王様ー!犬と鳥と仲直りさせろー」
「やなこった!仲直りしたいなら謝れ!そんなことも分かんねえのか」
「――そうだな、そうだ、帰ろう!」
「よーし帰れアホ共!」
「ありがとう、王様」
私を追いかけた犬と鳥だろうか。彼らとここ数日で喧嘩したのかしら。仲直りしたいなら謝ったほうがいい、男の人の言うとおりだと思う。そして何故王様にこだわるのか。私に王様になれとお願いしていたのに、今度は彼に。
ここで1つの仮定に辿り着いた。
――これは壮大なドッキリだ。
世界がゾンビだらけになっちゃった、というドッキリをアメリカの番組が本気でやっていたのを見た事がある。あれだ、あれの日本版だ。ネト○リジャパンとかA○E○Aとかが制作してるオリジナル作品だ。なぜ私という疑問は残るけど、ドッキリに掛かった人はみんなこの気持ちを味わうんだろう。
あの巨人は恐らく制作者側、エキストラだ。王様になってーと私や男の人に言い寄ったのは、反応を見るためだろう。別の御輿を担ごうとする巨人たちを見て一体どんな反応を見せるのか!?私の焦った顔や悔しがる表情の画が欲しいんだと思う。
ここは大人しく乗るべきだ。撮れ高というやつ、それさえ満たせば私を解放してくれるはず。もし私がカメラを探すような素振りを見せればそれだけ期間が伸びるかもしれない。そもそも見つかるようなカメラの置き方をしないはずだし、こんな視界の悪さで見つけられるわけもない。ここは制作者側の望みを叶えて早急に終わらせよう。子供に会いに行こう。
だから私は巨人と手を結ぶ決意をした。あの男の人に上手く丸め込まれて森へと戻っていく巨人の後を付けていった。私が王になります!って三角関係みたいな状況にするのも憚られたから、人里から離れるまでは静かにしていよう。頃合いを見計らって取引を持ちかけてみよう。
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