主人公殺しの主人公

マルジン

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40.おいら娼館のオーナーになるんだっ!後編

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「うぎゃああああああ゛!」

 ピコン!

『パーティーメンバーへの故意の攻撃を確認し、ペナルティが発生しました』

「ぐぞがあああ゛!痛い゛!クソ痛え!」

 ふざけやがって!
 青頭の「設定」が暴れやがった。

 マジで……痛いヨ。

 なんだってんだい。盗みをした手が悪いから切り落とそう!的な思考で、俺の息子を痛めつけやがって。
 やるなら俺をやれよぉぉぉ!

「ぐっ、はあはあはあ。見たくないが、見なきゃだめだ。見なきゃ……」

 俺は言葉を失った。

「ヒィィィ」

 ザクロなんて可愛いもんだった。
 この世にはザクロよりもグロい光景があったのだ。

 息子の痛み。
 息子の変わり果てた姿への恐怖。
 息子を攻撃した「設定」への怒り。
 ないまぜの感情が、俺の言葉を奪う。

 ただか細い声で悲鳴を上げることしかできない。

「ヒィィ……ヒィィィ……」

「どうされましたか、ご主人様」

「ヒィィィ」

 綺麗な肌のプリケツなんて、どうでもいい。
 澄ました声で容態を聞くお前が憎らしい。

 分かってる、お前は悪くないってのに、ケツを突き出して、振り返りもせずに尋ねるお前がムカつくんだよ。

 ぶつけどころのない怒りを晴らしたいだけだよ、馬鹿野郎。

 奴隷だったのに殺すこともできない。
 そんなことすりゃあ、またペナルティが発生する。

「ケケ、標様っ!どうされ……なんですかソレは!」

「ヒィィィ、ディキィィ、ヘルプミー」

 異常を察したディキは、こめかみに指を当てて言った。

「緊急事態発生!治療班を今すぐに連れて来い!ケケケ、標様の意識はあるっ!チ○コがマズいんだっ!ケケケケケケケケ」

 狂ったように怒鳴り散らすディキは、いつもよりケケケが多かった。
 ああ、すまない。
 お前にチ○コなんて言わせちゃってよお。そんなキャラじゃないよな。

 なんだか、眠たい、なあ。


 ※※※

「ウフフ、あなた♡」

「ははは、なんだい?」

 イチャイチャする新婚夫婦の下へ。



「ズズズッ、はあ~。今日も平和じゃ」

 茶を啜るご婦人の下へ。



「ああー標様が私を貰ってくんねえかなー。ヒック」

 やけ酒三昧やさぐれ女の下へ。



「…………喝!」

 族長夫人、マンハッタンの下へ。



 御伽衆と名付けられた影の者たちが出現した。

「緊急事態ですっ!今すぐに用意を!」

 イチャイチャも、安穏としたひと時も、御伽衆配下たちの出現と、緊急事態という言葉に、表情が引き締まる。

「容態は!」

「下半身が……その……」

 口籠る若手御伽衆。
 それに苛立ったのは、新婚でまだうら若い女性だった。

「下半身てのはどこなの?チ○コ?標様のことだからチ○コなんでしょ?」

「は、はい」

 やさぐれ女の酔いは覚め、御伽衆の襲来を予期していた族長夫人マンハッタン、この両名は何も聞かずにただ一言。

「行くよ!」

 そう言って影に沈んだのだ。
 彼女たちこそ、何を隠そう魔族の癒し手「木曜こそでしょう」である。

 影から飛び出す「木曜こそでしょう」の面々。一様に緊張感を湛えているが、どこか楽しみを忘れない子供心のようなものがある。

 出来立ての娼館はとても清潔で、とても綺麗なものであったが、不思議な光景を目の当たりにした彼女たちは、感嘆の言葉を漏らす間もなく、すぐさま戦闘態勢に入った。

「このエルフが何かしたのかな?タケ子さん」

「しゃーなあー。よー分からんわにゃあ」

 タケ子は「木曜こそでしょう」の次鋒、冷静沈着な思考と鋭い観察眼で、村に流れる噂から隣人のスキャンダルを白日に晒す、探偵調薬師だ。

 キョロキョロと辺りを観察し、最善な治療法を探し求めるのは、「木曜こそでしょう」先鋒で新婚のウメ子。結婚するまで男を知らなかった分、生殖器や性病、性交時に起きがちな負傷や分娩まで、性に関する豊富な知識で患者の苦しみの元を発見する、性の探訪者だ。

「ったく、結婚してくれれば、何でもしてあげるってのにさあ」

 ボヤキながらも標様の患部を凝視するのは、「木曜こそでしょう」副将のマツ子だ。
 嘔吐や失禁、族長への暴行や、行きずりの男との情事まで、ありとあらゆる酒の失敗をモノともせず、胃もたれ、胸焼け、二日酔い上等、おっさんのような体調でも、あらゆるケガを縫合してきた外傷治療のスペシャリスト。
 結婚への熱き想いを胸に、今日も酒を呷る、呑兵衛のやさぐれ女だ。

「ディキよ、状況説明を。マツ、タケ、ウメは治療法を考えておきなさい。ふーむ、どうしてこんな事になるのです、標様」

 族長の妻であり、魔族たちを癒やしてきた、慈愛の母マンハッタン。
 言わずもがな「木曜こそでしょう」の大将であり、副将以下からは、愛情を込めてマ◯子と呼ばれている。マンハッタンと子を組み合わせて、マ◯子だ。

「マ◯子様、この腫れは毒かもしれません。我々も警戒したほうがよろしいのでは?」

「毒はあり得ん。ディキやエルフが生きておるのが証左になろう?それから、その呼び名は止めい」

 本人はマ◯子という呼び方を嫌っているため、「木曜こそでしょう」の会員からは、マン姐さんと呼ばれている。
 たまーに新入りのウメ子が間違えると、今のようにマン姐は注意するのだが、そこにはやはり慈母たる優しさが溢れているのも、彼女の慕われる所以である。

「娼館を建てるということで、奴隷を買い入れ、面接をするということでした。ケケッ」

「……それだけなのかね?」

「申し訳ありません。モヒートが付きっきりでしたので、私は別件に対応しており……ケケ」

「目を離していたのだな。してモヒートはどこにおる?」

「ケケケ、そろそろ来るかと――」

 ディキの言葉通り、ドタドタと重たい足取りが近づき、軽いドアを思い切り開け放った。
 バアンッとけたたましい音の奥から、息も絶え絶えのジョン、もといモヒートが口を開いた。

「ぜえ、ぜえ。も、申し訳、ありません。一体何が……」

 目に飛び込んだのは、浮き出た血管が黒ずみ破裂寸前になっている陰茎と、白目を剥いて倒れているジローの姿だった。

「ジ、ジロー!」

 顔面蒼白になり、慌てて駆け寄るモヒートだったが、ジローへ辿り着く前にズッコケた。
 足を引っ掛けた女がいたからだ。
 眉を吊り上げて目下の男を睨みつけるマツ子。

 今にも殺してしまいそうな怒りが顔に表れ、どす黒い魔力が溢れている。

「仕事放ぽって何してたんだ?」

「そ、それは……」

「臭えな。クソと精液の臭いだ」

 ゴクリとつばを飲み込み、痛恨に瞼を強く閉じたモヒートは、何も答えなかった。
 答えられなかった。

 マツ子の言う通り、標様の護衛という大仕事を放りだして、男とヤりまくっていたなど、言えるはずもない。
 そして同時に、大切な友であるジローに嘘をついたことを悔いていた。
 あの時、正直に答えたってジローは怒らなかったろう。だってジローも楽しむつもりだったのだから。
 それなのに何故か嘘をついてしまった。

 護衛という仕事を放り出すことに、どこか罪悪を感じていたからなのか。
 自分でも分からない。
 いくら考えても分からない。

 モヒートは顔を伏せたまま、口を噤んだ。

「モヒートよ、この女は標様の奴隷か?」

「……はい母様。ジローが魔力を流し、奴隷にしたのをこの目で見ました」

「ならば聞くしかあるまい。このエルフにな」

 マン姐は、尻を突き出しているエルフの首に刻まれた奴隷印に触れた。
 その時、部屋の中に一人の少女が現れた。

「恐れながら申し上げます。いくらマンハッタン様でも、標様の奴隷に触れるのは一線を超えているかと存じます」

「確かお主は……ソルティドッグか」

 緊急の報を、独自の情報網からいち早く聞きつけてやってきたソルティドッグは、マンハッタンへと苦言を呈した。

 小娘が、魔族の長たる族長の夫人に対してである。

「木曜こそでしょう」の会員や、ディキたち御庭番衆たちの魔力がどっと溢れ、室内は一気に険悪になる。

「奴隷印の書き換えなど、もってのほか。まさかマンハッタン様ともあろう方が――」

 鬼の首でも取ったように流暢に語る少女だったが、全てを言い終える前に事切れた。

「ダイキリか。殺すでないぞ、まだ若い娘なのだから」

「……分かりました」

 ソルティドッグの背後にできた影の波紋から、魔族最強の戦士ダイキリがやってきたのだ。

「村へ連れていきますね」

「ああ頼むチェリーフィズ」

 御庭番衆期待の若手チェリーフィズは、だらりとしたソルティドッグを受け取ると、少しだけジローを見つめて影へと沈んだ。

 マン姐は魔力を流し込む。
 転生者であるジローには届かないが、魔族でも屈指の魔力量と魔法技術を誇るマン姐が、奴隷印を書き換えるのは早かった。

「エルフの女よ、こちらを向いて質問に答えよ」

「はいご主人様」

「この方に何かしたのか」

「いいえ何もしておりませんご主人様」

「では何者かがこの方を傷つけたか」

「いいえご主人様。この室内には私とその方だけでした」

 マン姐は苦い顔をして黙り込んだ。
 ここにいない何者かが犯人ならば、この呪いのようなものを解くことができたかもしれない。
 所詮は、この地上に生きる生物の力なのだ。
 犯人を探し解法を聞く事ができたはずだし、自力で治療法を探すことだってできたかもしれない。

 しかしこれは……

「神の力なのかもしれましぇんな、マン姐様」

 探偵調薬師タケ子がポツリと呟く。
 点と点をつなぎ合わせた、見事な推理。そして残酷な現実。
 ネズミに宿りし神を殺した頃から、ジローは変わった。本人もそれを自覚し、半神になったと魔族に告げた。
 その日から警戒していたのだ。
 神の鉄槌を。

「そうなると、いかなる魔法も弾かれる、でろうなマツ子ウメ子よ」

 汎ゆる治癒魔法を使い、タケ子特製の薬を塗ってみるが、治る気配はなかった。
 だんだんと膨張しもはや原型を止めず、浮き出た血管には墨でも流れているのかと疑う程に黒黒としていた。

「一応、進行を鈍化させているよ。でも魔法か薬かどれが効いているのか、全く分からない。それに、悪いけど治癒の手立てが見当たらない。どうするマン姐」

「木曜こそでしょう」が匙を投げてしまえば、ジローは助からない。助けられる者がいないのだから。
 この場にいる誰もが持つ共通の認識だった。

 だからマン姐の言葉を待つように、室内はシンと静かになる。

 その時マン姐は思案していた。

 神の仕業ならば、一体誰が。
 一体どんな方法で、そして対抗する術があるのか。

 神託を受ける事もできないマン姐には、神の力も神の意思も神の理も、すべてが遠く届かない事柄だ。

 だからこそ辿り着けた結論がある。

「考えても仕方ない。やれることをやるのだ」

 魔族たちはその言葉を諦めとして受け取った。
 けれどマン姐は、何一つ諦めてはいない。
 言葉の通り、やれることをやるのだと、奮起していた。

「村へ帰るぞ。治療のために」

 魔族たちは、娼館から村へと帰還した。
 気を失い、血の気が引いていく標様を連れて。
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