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50.四竜の邂逅
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時は少し遡り、三つの場所でそれぞれ同じ現象が起きた。
南域にある【竜神】の拠点。
東域にあるドワーフの国プリミオ王国王城。
西域魔族領にある邸宅。
三柱が住まうその場所から、唐突に瘴気が溢れ、ドラゴンが飛び立つ。
彼らは本能に突き動かされていた。
アレは危険だ。
アレは世界に破滅をもたらす。
アレは消す。
消す消す消す。
世界に齎される危機が、本能を呼び覚ます。
世界の創世者へ、警鐘を鳴らす。
世界が改変される。
世界の根底が崩れる。
摂理が真理が、破壊される。
人が人の世を守るのと同じく、ドラゴンもこの世界を守る。
何人もドラゴンへ挑まぬように、何人も世界は挑戦してはいけない。
忘れてはいけない。
この世界はドラゴンのものである。
ドラゴンが創りし世界を、変えようとしてはいけない。
それはドラゴンの逆鱗に触れる行為なのだから。
※※※
ノピーたちは中庭にいた。
駄々をこねるパノラをソーチャルに無理矢理預けて、三人は校門を出る。
見慣れたはずのその場所は、誰も知らない混沌であった。
アスドーラが通ったであろう直下からは、人々の息吹が消えていた。
住み慣れた家も、通い慣れた店も、何もかもが崩れ、暗闇が光すらも奪う。
倒れ伏した人々へ、瓦礫が降り注ぐ。
あてもなく地面を這いずる人は、血と涙を流し事切れた。
ノピーたちは、今出てきたばかりの校舎を一瞥し、つくづく実感する。
友だちだけは傷つけまいとする、アスドーラの想いを。
「で、何か策があんだろ?」
「ない」
「は?」
「そんなのないよ。とにかくアスドーラ君の近くに行って呼びかけてみようかなって思っただけだよ」
「……やっぱ戻るか」
もちろん冗談であるが、引き返せるのなら引き返したいというのが本心だった。
カッコつけて学校から出てきたというのに、まさかの無策。
ドラゴンをどうにかしようということ自体無謀だというのに、無策で挑むとは……一周回って逆に妙案とさえ思えた。
「好きだから戻ってきてって、伝えるのがいいと思うの。そしたら思い出してくれるかなって。どうノピー君?」
「ジャックも何か考えてよ。僕にばかり頼らないでさ」
「はあ?おめえが、そういう係だろうが。俺は武闘派なんだよ」
「2人共なんで無視するの?」
2人は目を伏せた。
もう、なんて言っていいのか。
「絶対にアスドーラは、そういう目で見ていない」とハッキリ言ってやりたい気持ちをぐっと堪え、言葉も感情も全部飲み込んだ結果が、一旦無視だった。
それなのにわざわざ、追撃をかましてくる辺りに、ネネのマジさが垣間見えた。
だから思わず目を伏せたのだが……そんな暇もそんな余裕もない。
バカげた話に付き合って、三人もろとも死にましたじゃあ、アスドーラに言い訳のしようがない。
ノピーは意を決した。
「ネネさん。あの――」
「あのさあ、2人共しっかりしてよ」
「ぇぇ」
ネネはキレていた。
バカな女だ、と思っている男どもに、ブチギレていた。
普通の頭を持っているなら、こんな状況で、のろけ話をするはずがない。
ちょっと考えれば分かることなのに……。
大きくため息をついて、諭すように思いついた策を語り始めた。
「今はただのアースドラゴンだけど、アスドーラに戻ってもらうには、私たちがちゃんと想いを伝えないといけないと思うんだ。
私たちにはアスドーラが必要だって、ちゃんと伝えないと戻ってこられないじゃん。だって気まずいでしょ?こんなんになっちゃってるんだし」
ネネは辺りを見回し、アスドーラが破壊した残骸に苦笑した。
「気まずいって。それだけが理由で戻れないわけじゃねえだろ。あの光の柱が――」
「私たちはできることをやる。そうでしょ?」
「……」
男二人は、黙ってしまう。
ネネの言葉には、どこかで聞いたおとぎ話のような、嘘臭さが漂っていたからだ。
夢でもみてるのか、ロマンチックも大概にしろと、いくらでも文句は言えたが、口にはできなかった。
嘘臭さはあるものの、自分たちができる精一杯のこと、である気がしたからだ。
これ以上のことを、例えば光の柱を壊すなんて、おそらく無理だ。
アースドラゴンと戦い、消耗させて意識を取り戻させるなんてのもまた無理だ。
アスドーラが町を破壊して、気まずくて戻れない。そんなのはただのこじつけだ。
でも、途方もない大魔法だとか、世界の創世者と戦うだとかよりは、ずっと解決できそうではある。
できないことばかりだが、唯一自分たちにもできそうで、確かに効果がありそうな提案。
それがネネの言う、想いを伝えることのような気がした。
「みんなアスドーラが必要でしょ?」
「……必要ってか、ツレだからな。居たほうがいいだろ」
「そうだね。アスドーラ君がいない将来は、あんまり想像できないかな」
「じゃあ、決まりだね。告白しに行こうッ!」
というわけで、少年少女たちはアスドーラへと告白しに行くことになった。
一見バカげているし、本人たちもバカみたいだと思っている。
告白してドラゴンが止まるなら、みんなやったはずだ。かつての災厄だって止まったはず。
圧倒的な瀬戸際、目の前に迫る死。
それらを乗り越えたいと思うのは、あのドラゴンが友だちだから。
ただそれだけだ。
だから彼らは、バカげた案を成就させる方法を探した。
「近くに行くと瘴気で死ぬ。デカい声で叫んでも届くわけねえ。あ、もしかして拡声の魔道具持ってるか?」
ふたりは首を振った。
うーんと唸りながら、三人は道なき道を行く。
瓦礫を乗り越え、死体を横切り、火を避けて、泣き叫ぶ人に頭を下げて。
彼らの体はボロボロだった。
それでもとにかく、王都方面へと歩き続けた。
「ああアレは……いや無理か」
「何よ。ちゃんと言わないと分からないよ?」
「なんだおめえは。母親か!」
「……どっからどう見ても違うでしょ。ノピー、この人バカなんだね」
「……コイツ、マジでうぜぇ。女じゃなかったらぶっ飛ばしてるわ」
「あー。もしかして私のこと好きなんでしょ?だからツンツンしてるんだー。でもむーりー。私はアスドーラしか見てないもんねー」
「……あ、殺す。コイツマジコロス」
「かかってきなさいよ。私、結構強いよ?」
いっつも喧嘩してるなーと思いながら、全部聞き流していたノピー。
アスドーラとジャックのやり取りを聞いているかのようで、少しだけほっこりしていた。
寮でも喧嘩、ホテルでも喧嘩。どこでも構わず喧嘩ばかり。
それだけ仲が良いとも言えるのだが……。
「あっ!あああっ!」
ノピーは叫んだ。
アスドーラに語りかける、良い方法があることに、ようやく気づいたのだ。
アスドーラがいつものアスドーラではなく、アースドラゴンだからとビビっていたが、魔法は誰にでも等しく魔法である……はず。
三人でよく使っていた、アレがあるではないか。
「どうしたのノピー」
「何か思いついたの?」
「うんッ!僕の魔法が役に立つかも!」
※※※
幽々としたかつての空を、アースドラゴンは滑翔していた。
ラハールの町から王都までは馬車で2時間程度。
しかし亜空間を跨ぐアースドラゴンは、たったの数分で王都へ辿り着く。
閉ざされた門扉の前では、騎士が数名ポツンと佇み、周辺を騎馬が闊歩していた。
王城はまさに厳戒態勢であったが、ドラゴンにとっては、なんの脅威にもなり得ない。
唐突に消えた日の光に動揺し、空で羽ばたく何かに怯え、立ち込める瘴気に意識が混濁するは必然。
ドラゴンに立ち向かえる騎士など、この世のどこにもいない。
アースドラゴンは、光の柱を見つめたあと、その光源である王城をひと睨みした。
ミシリ――。
王城の壁面にはひびが入り、ドラゴンの羽ばたきで脆く崩れる。
粉塵は王都中へと波のように広がった。
瘴気を織り交ぜた粉塵が全てを巻き込み、豪華で広大な家々は軒並み崩れ去る。
王都は一瞬で塵となり、アースドラゴンの直下は人の生を奪う瘴気の溜まり場となった。
バサリバサリ――。
ぼうっと眼下を眺めていたアースドラゴンは、咆哮する。
だが消えない。
本能が。
アースドラゴンは、滲み出る魔力を勢いよく吸い込み、バクんと噛み千切った。
そして、眩耀する魔力の波動が放射された。
ゴゴゴゴッ!
その光の後には、深く大きく抉れた大地と、例の光の柱が残されていた。
アースドラゴンの一撃でもってしても、この光の柱は止められなかったのだ。
ドラゴンは怒る。
既に死に絶えた、ラハール王国重鎮たちが残したこの光の柱が、世界の脅威だと感じているからだ。
彼らは、世界の絶対不変に手を触れてしまった。
ドラゴンすらも屠ると言われる、勇者と言う存在を召喚しようとしたのだ。
世界の理を捻じ曲げ、運命すらも改変し、最強の上に立ちうる存在を、喚び出そうとしていた。
それは世界が許さない。
世界を創りしドラゴンが許さない。
何人も、世界を滅ぼしてはならないのだ。
もしもその禁忌に触れるのならば、覚悟せねばならない。
逆鱗に触れることと同義であると。
アースドラゴンは、大地に満ちる瘴気を光の柱へと集めた。
魔力と魂で構築される、召喚の生贄をここで断ち、勇者の出現を止めるため。
ズァァアァァァア!
人の魔力と魂が、握りつぶされる。
アースドラゴンの強大な魔力によって、光は容易く断絶された。
だが……。
「おいーッス。やってるかい!弟よ!」
「……何かを召喚しようと。ふーむ、ヤバいのを召喚しようとしたんですか。キモいですねー人間は」
ドラゴンの前に、2つの人影が現れた。
「怒ってんねえ、弟!でもよ、何でもかんでも壊しちゃあ、ダメだぜ?魔法を止める手がかりが消えっちまうだろう?」
アースドラゴンの鼻先をバシバシとと叩き、ガハハと笑う男。
真っ赤な瞳、真っ赤な髪、赤き魔力が迸るその男は、南域の支配者、火焔神ボルケーノドラゴンであった。
「前にもありましたよね。会うたびにいつも怒ってるお兄ちゃんは好かないです」
幼子のような容姿の彼女は、アースドラゴンの眉間に座っていた。
澄んだ水のような色を、全身に貼り付けた少女こそ、東域の支配者、凍寒神ブリザードドラゴンであった。
アースドラゴンが2人を認識するや、ギロリととある方向を睨みつける。
光の柱が立ち上っていた、王城跡地である。
「ッんだよ!久々の再会だってのによお。お前らもやれってか?」
「なんで喋らないんでしょう?引きこもりすぎて、言葉を忘れちゃったんですか?」
跡地からは、押さえつけられた光が拮抗していた。
強大な魔力に抗い、天へ向かおうとしていたが、アースドラゴンの力には太刀打ちできない様子。
だが完全に止まったわけではない。
アースドラゴンの魔力が、途切れる瞬間を今か今かと狙っているようだった。
アースドラゴンはもう一度、王城跡地を睨みつけた。
すると観念したと言いたげに手をひらひらさせて、ボルケーノドラゴンは、アースドラゴンの視線を辿った。
「ほれ。お前の出番だぞ」
「……仕方ないですね。お兄ちゃんはポンコツだから、私の考えを言ってあげましょう。
更地にしても魔法は消えず、お兄ちゃんの魔力でも止まらないならば、もう止められないです」
「んあー。したらよお、魔法は放置して亜空間で殺すか?召喚っつったら、亜空間経由してこっちへ来んだろ?」
「そんな面倒嫌ですよ。亜空間の向こうに行って殺してきます。一人じゃ辛いので開けといてくれます?お兄ちゃん♪」
「……けっ。面倒なだけだろうが。ったくよ、兄使いの荒い妹だぜ」
召喚とは、魔法行使者が指定した任意の場所へ、生物を喚び出す魔法である。指定半径はおおよそ五メートル以内とされており、それ以上離れると魔法は発動しない。
生物とは、動物、魔物、人、一部の植物を指し、亜空間を経由して、指定地点へ喚び出すことができる。
一般的に召喚される生物は、この世界に存在しているはずだが、これまでの歴史を振り返ると、空想上の神獣、奇妙な言語を話す人間、そして勇者を召喚してきた事実がある。
実はそれらは、この世界には存在していないが、異世界と呼ばれる別の世界の生物が召喚されただけであった。
つまり、異世界と亜空間、そしてこの世界は、魔法によって繋ぐことができ、生物を召喚する事もできる。
ちなみに、かつて召喚された勇者は、あまりにも弱く、平和抗議デモなる単独の抗議行進を行い、騎士に切られて死んだ。
ブリザードドラゴンが言う亜空間の向こうとは、すなわち異世界であり、魔法の痕跡を辿って殺しに行くと言っているわけである。
だが異世界へ行くのは容易ではない。
たとえドラゴンであっても、なんの標もなしには辿り着けない場所である。
そう、標なしには。
今回は、人間の魔法により分かりやすい道標がある。
ブリザードドラゴンは、この標を頼りに異世界へ赴こうとしているわけである。
「んじゃあ、やるか」
瘴気がぶくぶくと溢れ出す。
ボルケーノドラゴンは、虚空に手を伸ばすと、硬い扉をこじ開けるように指をかけた。
すると、思いもよらぬ事が起きる。
三柱のドラゴンですら、予想だにしない魔法が、頭の中に声をもたらしたのだ。
『アスドーラ君!』
『バカドーラ!』
『アスドーラ!』
ボルケーノ、ブリザードの両名は、互いに顔を見合わせた。
あり得ない事が、今起きていたから。
「……誰だ?思念で俺たちに、いやアスドーラって誰だ」
「……知りませんよ。本当になんで」
ドラゴンが無から創り出したこの世界で、ドラゴンよりも強い生物がいないのは、至極当たり前のこと。
ドラゴンが創った、この世界のどんな自然現象も、ドラゴンを傷つけることができないのもまた、至極当たり前のこと。
なぜドラゴンが世界最強なのか。
それはドラゴンがこの世界を創ったからである。
つまり、ドラゴンに魔法は効かない。
つまり、ドラゴンに剣は効かない。
つまり、ドラゴンには何もできない。
この世界の全ての基底である。
ただし、例外もある。
それはドラゴンの望みである。
ドラゴンが望むのなら、全てが覆る。
魔法も剣も通用するし、首を断ち心臓を止めることだってできるだろう。
死ぬことだけはないが、ドラゴンは人と対等になることができる。
――ドラゴンが望めば。
『これからも一緒に、魔法を勉強しよう。文字だって教える!まだ読めない文字があるでしょう?
それから、その、刻印術を自慢させてよ。またいつもみたいに、スゴイって褒めてほしいんだ!
そらからさ、アスドーラ君があの時、教室へ引っ張ってくれなかったら、もう行かなかったと思う。
せっかく、学校に戻ってきたのに。
僕は……アスドーラ君がいてくれたから、あの教室に入れたんだよ。
だから、戻ってきてよアスドーラ君ッ!
でなきゃ学校は辞める!』
思念とは、想いである。
想いが魔力を伝い魔法となって、相手へ届く。
いつしか、思念という言葉は魔法の術としか見られなくなった。
利便や効率を求めるようになり、本来の意味が形骸化していった。
『……あー、なんていうのか、まあバカだからしゃーないけどよ。何してんだお前は。
ラハールが終わっちまったよバカ。
いや、バカなのは王都の奴らなんだけどな。
うーん、はあ。
……二度と言わねえから、絶対に忘れるなよバカ。
お前がいねえと張り合いがねえから、さっさと戻れや。ぶっ飛ばしてやるからよ!』
言葉にならぬ想いは、思念となって伝えられる。
嘘も真もない、純な想いが心へと届けられる。
それが思念という魔法の本質である。
『アスドーラに助けてもらった日。ただの人間じゃないことはすぐに分かったよ。
傷がすぐに治ったし、人を簡単に眠らせてたし。最初は魔族かなって思ったけど、種族なんてどうでもよかったんだ。
ドラゴンだとしても、アスドーラがアスドーラのままでいてくれれば、それでいいんだ。
だって好きなんだもん。
どんな姿でも戻って来てくれれば、私はとっても嬉しい。
だからお願い。戻ってきて』
少年少女の言葉には、想いが込められていた。
いくら取り繕っても、いくら飾り立てても隠しきれない、純真な想いが。
「……もしかしてアースドラゴンに?」
「……そう言えば、書簡が来たとか言ってましたね。ノース王国がノース竜皇国に変わり、元首をアースドラゴンにすると。嘘かと思ってましたけど、友だちまで作ってましたか」
「おいおい聞いてねえよ、んなことよお。南の奴らは揃ってポンスケか?まあでも、いいじゃあねえのよ。我が弟が、ついに家から出たんだ」
「それは確かに良いことです。でも、この思念はキモいです。なーんで、人が思念なんか送ってきてんだ馬鹿野郎!ってお兄ちゃん言いたげですよね」
「よー分かったな。その通りなんで、殺してこよーっと」
亜空間から手を離し、ボルケーノドラゴンが向きを変えた瞬間だった。
「手を出したら、許さないよ」
アースドラゴンの意識が覚醒した。
その巨躯はみるみる小さくなり、いつものアスドーラへと変貌を遂げる。
「……冗談だって。んな怒んなよー」
バツが悪そうに頭を掻くと、アスドーラの肩をパンパンと叩く。
「でもよお、うぜえから止めさせてくんね?気持ち悪いんだわ」
思念は大変便利ではあるが、気味悪がる者もいる。
頭の中は心のままに、そして自由に自分と対話できる空間だ。
その中に他人の声が混じるのだから、嫌がる者がいても不思議ではない。
特にドラゴンは、ドラゴン同士での思念以外を聞いたことがなかった。
必要としたこともないし、それをする意味を見出だせなかったからだ。
人は言葉を操る。
魔物や動物は態度で示す。
だから要らない、というわけではない。
44億年もの間、ドラゴンの声だけを聞いてきたその空間に、人ごときが入るのを嫌っているからだ。
人と多く交わってきたあのハリケーンドラゴンですら、生物に思念を許したことはなかった。
ある種の禁を、アスドーラは破ったのだ。
「……なんで2人にも聞こえてるの?」
だがわざとではない。
皆が嫌がるなら、アスドーラも思念は使わなかった。
そもそもアスドーラが、思念について多くを知らなかったが故の事故であるとも言える。
「そりゃあ、俺らだからだろう?言っちまえば四つ子なんだからよお」
「ああうん。そうじゃなくてさ……ああ、魔力かあ」
「かあじゃねえよ。おめえが思念を許すからこうなってんだ。ここは大人しくやめさせろっての」
この件に関しては、アスドーラに非はない。
無知であったことを非とするならば、断罪は容易いが、今回はノピーの『秘匿会話』がスゴすぎただけである。
『ノピー?ネネ、ジャック。聞こえてるよ。みんなありがとうねえ』
『アスドーラ君!』
『おお。効果あったか』
『アスドーラ!早くこっちおいで!』
申し訳なさそうにチラリと見やると、ボルケーノとブリザードの両名は、鬱陶しそうにしかめっ面をしていた。
『本当に嬉しいんだけどさ、僕の兄妹が怒ってるんだ。思念は止めてもらってもいいかな?ごめんよ、僕は嬉しいよ?本当だよ?』
『おいおいマジかよ。肝っ玉の小せえドラゴンもいたもんだなあ』
『はっ!ダメだよ!聞こえてるって言ってたじゃないか!ご、ごごごごめんなさい!お許しを!』
『……兄妹なんだあ。今度挨拶したいなあ』
ブチブチと血管数本を切りながら、辺り構わず瘴気をぶちまけたボルケーノ。そんな彼をブリザードが煽り散らす。
ざまあないねだの、肝っ玉小せえバカだの、女たらしのクソボケだの。ジャックの言葉におまけをつけまくって、ボルケーノの周囲で踊っていた。
『あのー、本当怒ってるから、ごめんよ。こっちが片付いたら戻るねえ。みんなありがとう!』
『う、うん。ごめんなさいドラゴン様!』
『……ふんっ』
『アスドーラの彼女です。今度ご挨拶に伺います』
ドゴォォォォン!
「クソうぜえな。お前はよぉ!」
ボルケーノの拳がブリザードの顔をかすめ、魔力の塊が地面を抉った。
執拗な煽りのせいで、許せるものもだんだん許せなくなってくる心理はままあるが、ドラゴンのそれは次元が違う。
彼らにしてみれば、これはただの兄妹喧嘩。ハッキリ言って戯れである。
だが地形や気候まで変えてしまうほどの、猛威であることに違いはない。
「あのー、ごめんよ。そんなに怒らないでよ。みんな良い人なんだよ」
「ああ!おめえじゃねえよ。人でもねえ、コイツがうぜえんだわ。久しぶりに会ってみりゃ、煽り散らしやがってよぉおお?ドワーフ共を殺してやっか?おお?」
「ふーん。どうぞ~。私は南の方で遊ぶからー」
苦笑いで佇むアスドーラ。
逃げ惑うブリザードを追いかけるボルケーノ。
三柱は忘れていた。
勇者召喚が続いていることを。
そして、召喚が完了しそうなことを。
まだ一柱が来ていないことを。
「彼女できたんだぁ。よかったわねぇ。可愛い可愛いアスドーラちゃん」
「……ゴフッ」
アスドーラが血を吐いた瞬間、北域全土には瘴気が広がった。
途轍もない怨念を孕み、暴風のような情念を湛えた、どす黒い瘴気であった。
グチャッ――。
抜き取った心臓に熱いキスをすると、振り返ろうとしたアスドーラの頭部へ息を吹きかけた。
ズチャッ――。
首のない体が落ちてゆく。
小さな小さな少年の体は、まっさらな大地にべチャリと張り付いた。
「げっ。ハリケーン」
「うわー。ババア来ましたか」
戯れていたふたりは、その女性を見て顔を引き攣らせた。
すすッと距離を取り、惨たらしい彼女の行為を傍観していた。
脈打つ心臓を強く握りしめ、流れ出る血液を体に塗りたくり、そして妖艶に咀嚼したのだ。
ゴクリと喉を鳴らして、赤く染まった指を舐ると、顔をしかめる二人へ笑みを浮かべた。
「ねえ?お仕事、頑張ってきて?」
彼女が指さしたのは、細く途切れ途切れになった光の柱だった。
二人は、あっと言葉を漏らしブンブンと頭を振る。
「よぉし!二人で片付けような!妹よ!」
「うんッ!お兄ちゃん頑張ろうね♪」
その切り替えの早さは、世界最強であった。
亜空間を開くや、二人仲良く飛び込んで、さっさと異世界の誰かを探しに行った。
まるで、血濡れた彼女から逃げるように。
彼女は、眼下でグチグチと音を立てる少年を、愛おしそうに見つめていた。
優しい母のように、艶めかしい女のように。
舌なめずりをして、元通りになるのを、待ち遠しそうに眺めていた。
そして、アスドーラが立ち上がった時。
彼女は言った。
「ぐちゃぐちゃにしてあげるわ。アスドーラちゃん」
――――作者より――――
最後までお読みいただき、ありがとうごさいます。
作者の励みになりますので、♡いいね、コメント、☆お気に入り、をいただけるとありがたいです!
お手数だとは思いますが、何卒よろしくお願いします!
南域にある【竜神】の拠点。
東域にあるドワーフの国プリミオ王国王城。
西域魔族領にある邸宅。
三柱が住まうその場所から、唐突に瘴気が溢れ、ドラゴンが飛び立つ。
彼らは本能に突き動かされていた。
アレは危険だ。
アレは世界に破滅をもたらす。
アレは消す。
消す消す消す。
世界に齎される危機が、本能を呼び覚ます。
世界の創世者へ、警鐘を鳴らす。
世界が改変される。
世界の根底が崩れる。
摂理が真理が、破壊される。
人が人の世を守るのと同じく、ドラゴンもこの世界を守る。
何人もドラゴンへ挑まぬように、何人も世界は挑戦してはいけない。
忘れてはいけない。
この世界はドラゴンのものである。
ドラゴンが創りし世界を、変えようとしてはいけない。
それはドラゴンの逆鱗に触れる行為なのだから。
※※※
ノピーたちは中庭にいた。
駄々をこねるパノラをソーチャルに無理矢理預けて、三人は校門を出る。
見慣れたはずのその場所は、誰も知らない混沌であった。
アスドーラが通ったであろう直下からは、人々の息吹が消えていた。
住み慣れた家も、通い慣れた店も、何もかもが崩れ、暗闇が光すらも奪う。
倒れ伏した人々へ、瓦礫が降り注ぐ。
あてもなく地面を這いずる人は、血と涙を流し事切れた。
ノピーたちは、今出てきたばかりの校舎を一瞥し、つくづく実感する。
友だちだけは傷つけまいとする、アスドーラの想いを。
「で、何か策があんだろ?」
「ない」
「は?」
「そんなのないよ。とにかくアスドーラ君の近くに行って呼びかけてみようかなって思っただけだよ」
「……やっぱ戻るか」
もちろん冗談であるが、引き返せるのなら引き返したいというのが本心だった。
カッコつけて学校から出てきたというのに、まさかの無策。
ドラゴンをどうにかしようということ自体無謀だというのに、無策で挑むとは……一周回って逆に妙案とさえ思えた。
「好きだから戻ってきてって、伝えるのがいいと思うの。そしたら思い出してくれるかなって。どうノピー君?」
「ジャックも何か考えてよ。僕にばかり頼らないでさ」
「はあ?おめえが、そういう係だろうが。俺は武闘派なんだよ」
「2人共なんで無視するの?」
2人は目を伏せた。
もう、なんて言っていいのか。
「絶対にアスドーラは、そういう目で見ていない」とハッキリ言ってやりたい気持ちをぐっと堪え、言葉も感情も全部飲み込んだ結果が、一旦無視だった。
それなのにわざわざ、追撃をかましてくる辺りに、ネネのマジさが垣間見えた。
だから思わず目を伏せたのだが……そんな暇もそんな余裕もない。
バカげた話に付き合って、三人もろとも死にましたじゃあ、アスドーラに言い訳のしようがない。
ノピーは意を決した。
「ネネさん。あの――」
「あのさあ、2人共しっかりしてよ」
「ぇぇ」
ネネはキレていた。
バカな女だ、と思っている男どもに、ブチギレていた。
普通の頭を持っているなら、こんな状況で、のろけ話をするはずがない。
ちょっと考えれば分かることなのに……。
大きくため息をついて、諭すように思いついた策を語り始めた。
「今はただのアースドラゴンだけど、アスドーラに戻ってもらうには、私たちがちゃんと想いを伝えないといけないと思うんだ。
私たちにはアスドーラが必要だって、ちゃんと伝えないと戻ってこられないじゃん。だって気まずいでしょ?こんなんになっちゃってるんだし」
ネネは辺りを見回し、アスドーラが破壊した残骸に苦笑した。
「気まずいって。それだけが理由で戻れないわけじゃねえだろ。あの光の柱が――」
「私たちはできることをやる。そうでしょ?」
「……」
男二人は、黙ってしまう。
ネネの言葉には、どこかで聞いたおとぎ話のような、嘘臭さが漂っていたからだ。
夢でもみてるのか、ロマンチックも大概にしろと、いくらでも文句は言えたが、口にはできなかった。
嘘臭さはあるものの、自分たちができる精一杯のこと、である気がしたからだ。
これ以上のことを、例えば光の柱を壊すなんて、おそらく無理だ。
アースドラゴンと戦い、消耗させて意識を取り戻させるなんてのもまた無理だ。
アスドーラが町を破壊して、気まずくて戻れない。そんなのはただのこじつけだ。
でも、途方もない大魔法だとか、世界の創世者と戦うだとかよりは、ずっと解決できそうではある。
できないことばかりだが、唯一自分たちにもできそうで、確かに効果がありそうな提案。
それがネネの言う、想いを伝えることのような気がした。
「みんなアスドーラが必要でしょ?」
「……必要ってか、ツレだからな。居たほうがいいだろ」
「そうだね。アスドーラ君がいない将来は、あんまり想像できないかな」
「じゃあ、決まりだね。告白しに行こうッ!」
というわけで、少年少女たちはアスドーラへと告白しに行くことになった。
一見バカげているし、本人たちもバカみたいだと思っている。
告白してドラゴンが止まるなら、みんなやったはずだ。かつての災厄だって止まったはず。
圧倒的な瀬戸際、目の前に迫る死。
それらを乗り越えたいと思うのは、あのドラゴンが友だちだから。
ただそれだけだ。
だから彼らは、バカげた案を成就させる方法を探した。
「近くに行くと瘴気で死ぬ。デカい声で叫んでも届くわけねえ。あ、もしかして拡声の魔道具持ってるか?」
ふたりは首を振った。
うーんと唸りながら、三人は道なき道を行く。
瓦礫を乗り越え、死体を横切り、火を避けて、泣き叫ぶ人に頭を下げて。
彼らの体はボロボロだった。
それでもとにかく、王都方面へと歩き続けた。
「ああアレは……いや無理か」
「何よ。ちゃんと言わないと分からないよ?」
「なんだおめえは。母親か!」
「……どっからどう見ても違うでしょ。ノピー、この人バカなんだね」
「……コイツ、マジでうぜぇ。女じゃなかったらぶっ飛ばしてるわ」
「あー。もしかして私のこと好きなんでしょ?だからツンツンしてるんだー。でもむーりー。私はアスドーラしか見てないもんねー」
「……あ、殺す。コイツマジコロス」
「かかってきなさいよ。私、結構強いよ?」
いっつも喧嘩してるなーと思いながら、全部聞き流していたノピー。
アスドーラとジャックのやり取りを聞いているかのようで、少しだけほっこりしていた。
寮でも喧嘩、ホテルでも喧嘩。どこでも構わず喧嘩ばかり。
それだけ仲が良いとも言えるのだが……。
「あっ!あああっ!」
ノピーは叫んだ。
アスドーラに語りかける、良い方法があることに、ようやく気づいたのだ。
アスドーラがいつものアスドーラではなく、アースドラゴンだからとビビっていたが、魔法は誰にでも等しく魔法である……はず。
三人でよく使っていた、アレがあるではないか。
「どうしたのノピー」
「何か思いついたの?」
「うんッ!僕の魔法が役に立つかも!」
※※※
幽々としたかつての空を、アースドラゴンは滑翔していた。
ラハールの町から王都までは馬車で2時間程度。
しかし亜空間を跨ぐアースドラゴンは、たったの数分で王都へ辿り着く。
閉ざされた門扉の前では、騎士が数名ポツンと佇み、周辺を騎馬が闊歩していた。
王城はまさに厳戒態勢であったが、ドラゴンにとっては、なんの脅威にもなり得ない。
唐突に消えた日の光に動揺し、空で羽ばたく何かに怯え、立ち込める瘴気に意識が混濁するは必然。
ドラゴンに立ち向かえる騎士など、この世のどこにもいない。
アースドラゴンは、光の柱を見つめたあと、その光源である王城をひと睨みした。
ミシリ――。
王城の壁面にはひびが入り、ドラゴンの羽ばたきで脆く崩れる。
粉塵は王都中へと波のように広がった。
瘴気を織り交ぜた粉塵が全てを巻き込み、豪華で広大な家々は軒並み崩れ去る。
王都は一瞬で塵となり、アースドラゴンの直下は人の生を奪う瘴気の溜まり場となった。
バサリバサリ――。
ぼうっと眼下を眺めていたアースドラゴンは、咆哮する。
だが消えない。
本能が。
アースドラゴンは、滲み出る魔力を勢いよく吸い込み、バクんと噛み千切った。
そして、眩耀する魔力の波動が放射された。
ゴゴゴゴッ!
その光の後には、深く大きく抉れた大地と、例の光の柱が残されていた。
アースドラゴンの一撃でもってしても、この光の柱は止められなかったのだ。
ドラゴンは怒る。
既に死に絶えた、ラハール王国重鎮たちが残したこの光の柱が、世界の脅威だと感じているからだ。
彼らは、世界の絶対不変に手を触れてしまった。
ドラゴンすらも屠ると言われる、勇者と言う存在を召喚しようとしたのだ。
世界の理を捻じ曲げ、運命すらも改変し、最強の上に立ちうる存在を、喚び出そうとしていた。
それは世界が許さない。
世界を創りしドラゴンが許さない。
何人も、世界を滅ぼしてはならないのだ。
もしもその禁忌に触れるのならば、覚悟せねばならない。
逆鱗に触れることと同義であると。
アースドラゴンは、大地に満ちる瘴気を光の柱へと集めた。
魔力と魂で構築される、召喚の生贄をここで断ち、勇者の出現を止めるため。
ズァァアァァァア!
人の魔力と魂が、握りつぶされる。
アースドラゴンの強大な魔力によって、光は容易く断絶された。
だが……。
「おいーッス。やってるかい!弟よ!」
「……何かを召喚しようと。ふーむ、ヤバいのを召喚しようとしたんですか。キモいですねー人間は」
ドラゴンの前に、2つの人影が現れた。
「怒ってんねえ、弟!でもよ、何でもかんでも壊しちゃあ、ダメだぜ?魔法を止める手がかりが消えっちまうだろう?」
アースドラゴンの鼻先をバシバシとと叩き、ガハハと笑う男。
真っ赤な瞳、真っ赤な髪、赤き魔力が迸るその男は、南域の支配者、火焔神ボルケーノドラゴンであった。
「前にもありましたよね。会うたびにいつも怒ってるお兄ちゃんは好かないです」
幼子のような容姿の彼女は、アースドラゴンの眉間に座っていた。
澄んだ水のような色を、全身に貼り付けた少女こそ、東域の支配者、凍寒神ブリザードドラゴンであった。
アースドラゴンが2人を認識するや、ギロリととある方向を睨みつける。
光の柱が立ち上っていた、王城跡地である。
「ッんだよ!久々の再会だってのによお。お前らもやれってか?」
「なんで喋らないんでしょう?引きこもりすぎて、言葉を忘れちゃったんですか?」
跡地からは、押さえつけられた光が拮抗していた。
強大な魔力に抗い、天へ向かおうとしていたが、アースドラゴンの力には太刀打ちできない様子。
だが完全に止まったわけではない。
アースドラゴンの魔力が、途切れる瞬間を今か今かと狙っているようだった。
アースドラゴンはもう一度、王城跡地を睨みつけた。
すると観念したと言いたげに手をひらひらさせて、ボルケーノドラゴンは、アースドラゴンの視線を辿った。
「ほれ。お前の出番だぞ」
「……仕方ないですね。お兄ちゃんはポンコツだから、私の考えを言ってあげましょう。
更地にしても魔法は消えず、お兄ちゃんの魔力でも止まらないならば、もう止められないです」
「んあー。したらよお、魔法は放置して亜空間で殺すか?召喚っつったら、亜空間経由してこっちへ来んだろ?」
「そんな面倒嫌ですよ。亜空間の向こうに行って殺してきます。一人じゃ辛いので開けといてくれます?お兄ちゃん♪」
「……けっ。面倒なだけだろうが。ったくよ、兄使いの荒い妹だぜ」
召喚とは、魔法行使者が指定した任意の場所へ、生物を喚び出す魔法である。指定半径はおおよそ五メートル以内とされており、それ以上離れると魔法は発動しない。
生物とは、動物、魔物、人、一部の植物を指し、亜空間を経由して、指定地点へ喚び出すことができる。
一般的に召喚される生物は、この世界に存在しているはずだが、これまでの歴史を振り返ると、空想上の神獣、奇妙な言語を話す人間、そして勇者を召喚してきた事実がある。
実はそれらは、この世界には存在していないが、異世界と呼ばれる別の世界の生物が召喚されただけであった。
つまり、異世界と亜空間、そしてこの世界は、魔法によって繋ぐことができ、生物を召喚する事もできる。
ちなみに、かつて召喚された勇者は、あまりにも弱く、平和抗議デモなる単独の抗議行進を行い、騎士に切られて死んだ。
ブリザードドラゴンが言う亜空間の向こうとは、すなわち異世界であり、魔法の痕跡を辿って殺しに行くと言っているわけである。
だが異世界へ行くのは容易ではない。
たとえドラゴンであっても、なんの標もなしには辿り着けない場所である。
そう、標なしには。
今回は、人間の魔法により分かりやすい道標がある。
ブリザードドラゴンは、この標を頼りに異世界へ赴こうとしているわけである。
「んじゃあ、やるか」
瘴気がぶくぶくと溢れ出す。
ボルケーノドラゴンは、虚空に手を伸ばすと、硬い扉をこじ開けるように指をかけた。
すると、思いもよらぬ事が起きる。
三柱のドラゴンですら、予想だにしない魔法が、頭の中に声をもたらしたのだ。
『アスドーラ君!』
『バカドーラ!』
『アスドーラ!』
ボルケーノ、ブリザードの両名は、互いに顔を見合わせた。
あり得ない事が、今起きていたから。
「……誰だ?思念で俺たちに、いやアスドーラって誰だ」
「……知りませんよ。本当になんで」
ドラゴンが無から創り出したこの世界で、ドラゴンよりも強い生物がいないのは、至極当たり前のこと。
ドラゴンが創った、この世界のどんな自然現象も、ドラゴンを傷つけることができないのもまた、至極当たり前のこと。
なぜドラゴンが世界最強なのか。
それはドラゴンがこの世界を創ったからである。
つまり、ドラゴンに魔法は効かない。
つまり、ドラゴンに剣は効かない。
つまり、ドラゴンには何もできない。
この世界の全ての基底である。
ただし、例外もある。
それはドラゴンの望みである。
ドラゴンが望むのなら、全てが覆る。
魔法も剣も通用するし、首を断ち心臓を止めることだってできるだろう。
死ぬことだけはないが、ドラゴンは人と対等になることができる。
――ドラゴンが望めば。
『これからも一緒に、魔法を勉強しよう。文字だって教える!まだ読めない文字があるでしょう?
それから、その、刻印術を自慢させてよ。またいつもみたいに、スゴイって褒めてほしいんだ!
そらからさ、アスドーラ君があの時、教室へ引っ張ってくれなかったら、もう行かなかったと思う。
せっかく、学校に戻ってきたのに。
僕は……アスドーラ君がいてくれたから、あの教室に入れたんだよ。
だから、戻ってきてよアスドーラ君ッ!
でなきゃ学校は辞める!』
思念とは、想いである。
想いが魔力を伝い魔法となって、相手へ届く。
いつしか、思念という言葉は魔法の術としか見られなくなった。
利便や効率を求めるようになり、本来の意味が形骸化していった。
『……あー、なんていうのか、まあバカだからしゃーないけどよ。何してんだお前は。
ラハールが終わっちまったよバカ。
いや、バカなのは王都の奴らなんだけどな。
うーん、はあ。
……二度と言わねえから、絶対に忘れるなよバカ。
お前がいねえと張り合いがねえから、さっさと戻れや。ぶっ飛ばしてやるからよ!』
言葉にならぬ想いは、思念となって伝えられる。
嘘も真もない、純な想いが心へと届けられる。
それが思念という魔法の本質である。
『アスドーラに助けてもらった日。ただの人間じゃないことはすぐに分かったよ。
傷がすぐに治ったし、人を簡単に眠らせてたし。最初は魔族かなって思ったけど、種族なんてどうでもよかったんだ。
ドラゴンだとしても、アスドーラがアスドーラのままでいてくれれば、それでいいんだ。
だって好きなんだもん。
どんな姿でも戻って来てくれれば、私はとっても嬉しい。
だからお願い。戻ってきて』
少年少女の言葉には、想いが込められていた。
いくら取り繕っても、いくら飾り立てても隠しきれない、純真な想いが。
「……もしかしてアースドラゴンに?」
「……そう言えば、書簡が来たとか言ってましたね。ノース王国がノース竜皇国に変わり、元首をアースドラゴンにすると。嘘かと思ってましたけど、友だちまで作ってましたか」
「おいおい聞いてねえよ、んなことよお。南の奴らは揃ってポンスケか?まあでも、いいじゃあねえのよ。我が弟が、ついに家から出たんだ」
「それは確かに良いことです。でも、この思念はキモいです。なーんで、人が思念なんか送ってきてんだ馬鹿野郎!ってお兄ちゃん言いたげですよね」
「よー分かったな。その通りなんで、殺してこよーっと」
亜空間から手を離し、ボルケーノドラゴンが向きを変えた瞬間だった。
「手を出したら、許さないよ」
アースドラゴンの意識が覚醒した。
その巨躯はみるみる小さくなり、いつものアスドーラへと変貌を遂げる。
「……冗談だって。んな怒んなよー」
バツが悪そうに頭を掻くと、アスドーラの肩をパンパンと叩く。
「でもよお、うぜえから止めさせてくんね?気持ち悪いんだわ」
思念は大変便利ではあるが、気味悪がる者もいる。
頭の中は心のままに、そして自由に自分と対話できる空間だ。
その中に他人の声が混じるのだから、嫌がる者がいても不思議ではない。
特にドラゴンは、ドラゴン同士での思念以外を聞いたことがなかった。
必要としたこともないし、それをする意味を見出だせなかったからだ。
人は言葉を操る。
魔物や動物は態度で示す。
だから要らない、というわけではない。
44億年もの間、ドラゴンの声だけを聞いてきたその空間に、人ごときが入るのを嫌っているからだ。
人と多く交わってきたあのハリケーンドラゴンですら、生物に思念を許したことはなかった。
ある種の禁を、アスドーラは破ったのだ。
「……なんで2人にも聞こえてるの?」
だがわざとではない。
皆が嫌がるなら、アスドーラも思念は使わなかった。
そもそもアスドーラが、思念について多くを知らなかったが故の事故であるとも言える。
「そりゃあ、俺らだからだろう?言っちまえば四つ子なんだからよお」
「ああうん。そうじゃなくてさ……ああ、魔力かあ」
「かあじゃねえよ。おめえが思念を許すからこうなってんだ。ここは大人しくやめさせろっての」
この件に関しては、アスドーラに非はない。
無知であったことを非とするならば、断罪は容易いが、今回はノピーの『秘匿会話』がスゴすぎただけである。
『ノピー?ネネ、ジャック。聞こえてるよ。みんなありがとうねえ』
『アスドーラ君!』
『おお。効果あったか』
『アスドーラ!早くこっちおいで!』
申し訳なさそうにチラリと見やると、ボルケーノとブリザードの両名は、鬱陶しそうにしかめっ面をしていた。
『本当に嬉しいんだけどさ、僕の兄妹が怒ってるんだ。思念は止めてもらってもいいかな?ごめんよ、僕は嬉しいよ?本当だよ?』
『おいおいマジかよ。肝っ玉の小せえドラゴンもいたもんだなあ』
『はっ!ダメだよ!聞こえてるって言ってたじゃないか!ご、ごごごごめんなさい!お許しを!』
『……兄妹なんだあ。今度挨拶したいなあ』
ブチブチと血管数本を切りながら、辺り構わず瘴気をぶちまけたボルケーノ。そんな彼をブリザードが煽り散らす。
ざまあないねだの、肝っ玉小せえバカだの、女たらしのクソボケだの。ジャックの言葉におまけをつけまくって、ボルケーノの周囲で踊っていた。
『あのー、本当怒ってるから、ごめんよ。こっちが片付いたら戻るねえ。みんなありがとう!』
『う、うん。ごめんなさいドラゴン様!』
『……ふんっ』
『アスドーラの彼女です。今度ご挨拶に伺います』
ドゴォォォォン!
「クソうぜえな。お前はよぉ!」
ボルケーノの拳がブリザードの顔をかすめ、魔力の塊が地面を抉った。
執拗な煽りのせいで、許せるものもだんだん許せなくなってくる心理はままあるが、ドラゴンのそれは次元が違う。
彼らにしてみれば、これはただの兄妹喧嘩。ハッキリ言って戯れである。
だが地形や気候まで変えてしまうほどの、猛威であることに違いはない。
「あのー、ごめんよ。そんなに怒らないでよ。みんな良い人なんだよ」
「ああ!おめえじゃねえよ。人でもねえ、コイツがうぜえんだわ。久しぶりに会ってみりゃ、煽り散らしやがってよぉおお?ドワーフ共を殺してやっか?おお?」
「ふーん。どうぞ~。私は南の方で遊ぶからー」
苦笑いで佇むアスドーラ。
逃げ惑うブリザードを追いかけるボルケーノ。
三柱は忘れていた。
勇者召喚が続いていることを。
そして、召喚が完了しそうなことを。
まだ一柱が来ていないことを。
「彼女できたんだぁ。よかったわねぇ。可愛い可愛いアスドーラちゃん」
「……ゴフッ」
アスドーラが血を吐いた瞬間、北域全土には瘴気が広がった。
途轍もない怨念を孕み、暴風のような情念を湛えた、どす黒い瘴気であった。
グチャッ――。
抜き取った心臓に熱いキスをすると、振り返ろうとしたアスドーラの頭部へ息を吹きかけた。
ズチャッ――。
首のない体が落ちてゆく。
小さな小さな少年の体は、まっさらな大地にべチャリと張り付いた。
「げっ。ハリケーン」
「うわー。ババア来ましたか」
戯れていたふたりは、その女性を見て顔を引き攣らせた。
すすッと距離を取り、惨たらしい彼女の行為を傍観していた。
脈打つ心臓を強く握りしめ、流れ出る血液を体に塗りたくり、そして妖艶に咀嚼したのだ。
ゴクリと喉を鳴らして、赤く染まった指を舐ると、顔をしかめる二人へ笑みを浮かべた。
「ねえ?お仕事、頑張ってきて?」
彼女が指さしたのは、細く途切れ途切れになった光の柱だった。
二人は、あっと言葉を漏らしブンブンと頭を振る。
「よぉし!二人で片付けような!妹よ!」
「うんッ!お兄ちゃん頑張ろうね♪」
その切り替えの早さは、世界最強であった。
亜空間を開くや、二人仲良く飛び込んで、さっさと異世界の誰かを探しに行った。
まるで、血濡れた彼女から逃げるように。
彼女は、眼下でグチグチと音を立てる少年を、愛おしそうに見つめていた。
優しい母のように、艶めかしい女のように。
舌なめずりをして、元通りになるのを、待ち遠しそうに眺めていた。
そして、アスドーラが立ち上がった時。
彼女は言った。
「ぐちゃぐちゃにしてあげるわ。アスドーラちゃん」
――――作者より――――
最後までお読みいただき、ありがとうごさいます。
作者の励みになりますので、♡いいね、コメント、☆お気に入り、をいただけるとありがたいです!
お手数だとは思いますが、何卒よろしくお願いします!
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