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15. 現実を思い知る
その日のリュカは、いつもと明らかに様子が違った。
最近おなじみの楯フォーメーションは鳴りを潜め、何故かマリージュの手を引き、先導して歩いていた。
本日のリュカは、邪悪なオーラを纏っている。
―――――逆らってはいけない。
本能的に察知したマリージュは、手を引かれるがまま静かについて行った。
リュカの左手はマリージュの手を引いているわけだが、右手には何かを持っている。
なにかを。
(―――――訊いたらダメなやつ………)
マリージュの危機感知センサーは、本日も絶好調であった。
辿りついた先は、学園の中庭。
噴水の淵に二人並んで腰を掛け、雑談のような、日向ぼっこのような…
(…これはナニ……?)
ただの日向ぼっこのわけがない。
だって、リュカが黒い。
普段はもう少しオブラートに包まれているように思うのだが、今日はもうダイレクトに真っ黒である。
マリージュの脳内では、エマージェンシーが爆音で鳴り響き続けている。
今まで腹黒モードだと思っていたあれは、灰色くらいなもんだったのだと、漆黒に染まったリュカを前にマリージュは痛感せざるを得なかった。
会話をしているようなしてないような、ほとんど内容が頭に入ってこないまま、このよくわからない交流をしばらく続けていると、こちらに向かって歩いてくるヒロインちゃんの姿が目に入った。
(ヒロインちゃん、今日のリュカくんはダメだと思うの…。こういう表現もどうかと思うけど、たぶん返り討ちに…)
「―――――あ」
マリージュは気が付いた。気づいてしまった。
リュカが、ヒロインに黒い流し目を送ったことに。
「ヒロインちゃんに興味が!?」なんて思えれば、もう少し楽観視できたんだろうと思う。だが、マリージュはこういう時、長年の付き合いの賜物とでも言えばいいのか、リュカの思惑を割と的確に察知できてしまう。
(リュカくん、ここで『ナニか君』と対峙するつもりなんだ…)
それを理解したマリージュは、すぐさまウォーミングアップを開始する。
いつでもフルパフォーマンスを披露できるようにと、ひっそりと親指の根元をワキワキさせ、臨戦態勢を整えておく。
ちょっとウキウキしはじめていたマリージュは、リュカの些細な動きを見落としていた。
右手に持っていたなにかを、なんかしていたことを。
「リュカ様、こんにちは! いいお天気ですね!」
にこやかに声をかけて来るヒロイン。
前回の変化球の絡みが不発に終わったことから、いったん正攻法のコミュニケーションに戻して、様子を見てみる模様である。
すると、いつもは完全スルーのリュカが、ちらりとヒロインに視線を向けた。
どう前向きに解釈しようとも熱など一切こもっていない、完全に『無』と言っていい表情ではあるが、スルーから思えばこれでも上々な反応と言える。
ヒロインもそのことに気づいたのか花開くようにぱあっと笑顔になると、ここぞとばかりに会話を繋ごうと口を開きかけた、正にそのときだった。
マリージュの視界の端に突如、こちらに向かって飛んでくる何かが入り込んで来たのだ。
「リュカくん!」
咄嗟に、マリージュはリュカの前に立ちはだかった。
「っ、えっ!?」
ヒロインは一瞬、マリージュがヒロインからリュカを守ろうとしているのかと思ったようだが、マリージュがヒロインを見ていないことに気づき、マリージュの視線を追って自身の背後を恐る恐る振り返って見た。
黒い何かが複数、こちらに向かって飛んで来ている。
「きゃああ!!」
ヒロインは悲鳴をあげてその場にしゃがみこみ、涙目でリュカを見上げると、「リュカ様…っ 助けて…っ」と、懇願した。
しかしリュカは、ヒロインに手を差し伸べることはなく、興味なさげにふいっと視線を逸らしただけだった。
一方のマリージュは、いよいよのバトルの気配に、テンション爆上がりである。
ささやかに温めていた親指を満を持して解禁し、さっそく格ゲーで鍛えに鍛えた自慢の超絶技巧を遺憾なく発揮しようとして…
はたと気づいた。
(―――――あれ…? どうやって技だしたらいいの…?)
くどいようだが、マリージュにとって、戦いとは『格ゲー』である。
「見えなくても殴って倒す」とか「これはゲリラ戦だ」とか、現実的なカンジのことも考えている風ではあったが、結局のところ、そんなん脳内シミュレーションにすぎなかった。
「ここはゲームの世界らしい」という、普通に考えたら有り得ないはずの事態が我が身に降り注いでいることに気づき、どう考えたって非現実的でしかないはずの現状を受け入れていくうちに、いつの間にか「格ゲーだってゲームなんだから、格ゲー仕様がこの世界にも適用されるはず」という拡大解釈に至り、何故か「格ゲーで出来ることはマリージュにも出来るもの」だと、すっかり思い込んでしまっていたのだ。
「生身のマリージュにも格ゲー技が扱えるはず」とでも解釈しているのならまだナンボかマシだったのだが、残念ながらマリージュは、何処までいっても只のゲーマーに過ぎなかった。
攻撃といったら、指先のボタン操作で技を繰り出すこと(具体的に言うと、コンマ数秒の間に『下・右下・右・+・ B』とか打ち込むこと)としか捉えられず、しかもそこに何の疑念も抱いてはいなかった。「コントローラーも存在しないのに何のボタンを押すつもりだったのか」という根本的な部分にさえ、何のひっかかりも覚えてはいなかったのだ。
実戦に至って初めてと言うか、何を今更と言うべきか。
マリージュは、リアルの世界では全く戦えないという至極当たり前のことに、今頃ようやく気づいたのだ―――――。
最近おなじみの楯フォーメーションは鳴りを潜め、何故かマリージュの手を引き、先導して歩いていた。
本日のリュカは、邪悪なオーラを纏っている。
―――――逆らってはいけない。
本能的に察知したマリージュは、手を引かれるがまま静かについて行った。
リュカの左手はマリージュの手を引いているわけだが、右手には何かを持っている。
なにかを。
(―――――訊いたらダメなやつ………)
マリージュの危機感知センサーは、本日も絶好調であった。
辿りついた先は、学園の中庭。
噴水の淵に二人並んで腰を掛け、雑談のような、日向ぼっこのような…
(…これはナニ……?)
ただの日向ぼっこのわけがない。
だって、リュカが黒い。
普段はもう少しオブラートに包まれているように思うのだが、今日はもうダイレクトに真っ黒である。
マリージュの脳内では、エマージェンシーが爆音で鳴り響き続けている。
今まで腹黒モードだと思っていたあれは、灰色くらいなもんだったのだと、漆黒に染まったリュカを前にマリージュは痛感せざるを得なかった。
会話をしているようなしてないような、ほとんど内容が頭に入ってこないまま、このよくわからない交流をしばらく続けていると、こちらに向かって歩いてくるヒロインちゃんの姿が目に入った。
(ヒロインちゃん、今日のリュカくんはダメだと思うの…。こういう表現もどうかと思うけど、たぶん返り討ちに…)
「―――――あ」
マリージュは気が付いた。気づいてしまった。
リュカが、ヒロインに黒い流し目を送ったことに。
「ヒロインちゃんに興味が!?」なんて思えれば、もう少し楽観視できたんだろうと思う。だが、マリージュはこういう時、長年の付き合いの賜物とでも言えばいいのか、リュカの思惑を割と的確に察知できてしまう。
(リュカくん、ここで『ナニか君』と対峙するつもりなんだ…)
それを理解したマリージュは、すぐさまウォーミングアップを開始する。
いつでもフルパフォーマンスを披露できるようにと、ひっそりと親指の根元をワキワキさせ、臨戦態勢を整えておく。
ちょっとウキウキしはじめていたマリージュは、リュカの些細な動きを見落としていた。
右手に持っていたなにかを、なんかしていたことを。
「リュカ様、こんにちは! いいお天気ですね!」
にこやかに声をかけて来るヒロイン。
前回の変化球の絡みが不発に終わったことから、いったん正攻法のコミュニケーションに戻して、様子を見てみる模様である。
すると、いつもは完全スルーのリュカが、ちらりとヒロインに視線を向けた。
どう前向きに解釈しようとも熱など一切こもっていない、完全に『無』と言っていい表情ではあるが、スルーから思えばこれでも上々な反応と言える。
ヒロインもそのことに気づいたのか花開くようにぱあっと笑顔になると、ここぞとばかりに会話を繋ごうと口を開きかけた、正にそのときだった。
マリージュの視界の端に突如、こちらに向かって飛んでくる何かが入り込んで来たのだ。
「リュカくん!」
咄嗟に、マリージュはリュカの前に立ちはだかった。
「っ、えっ!?」
ヒロインは一瞬、マリージュがヒロインからリュカを守ろうとしているのかと思ったようだが、マリージュがヒロインを見ていないことに気づき、マリージュの視線を追って自身の背後を恐る恐る振り返って見た。
黒い何かが複数、こちらに向かって飛んで来ている。
「きゃああ!!」
ヒロインは悲鳴をあげてその場にしゃがみこみ、涙目でリュカを見上げると、「リュカ様…っ 助けて…っ」と、懇願した。
しかしリュカは、ヒロインに手を差し伸べることはなく、興味なさげにふいっと視線を逸らしただけだった。
一方のマリージュは、いよいよのバトルの気配に、テンション爆上がりである。
ささやかに温めていた親指を満を持して解禁し、さっそく格ゲーで鍛えに鍛えた自慢の超絶技巧を遺憾なく発揮しようとして…
はたと気づいた。
(―――――あれ…? どうやって技だしたらいいの…?)
くどいようだが、マリージュにとって、戦いとは『格ゲー』である。
「見えなくても殴って倒す」とか「これはゲリラ戦だ」とか、現実的なカンジのことも考えている風ではあったが、結局のところ、そんなん脳内シミュレーションにすぎなかった。
「ここはゲームの世界らしい」という、普通に考えたら有り得ないはずの事態が我が身に降り注いでいることに気づき、どう考えたって非現実的でしかないはずの現状を受け入れていくうちに、いつの間にか「格ゲーだってゲームなんだから、格ゲー仕様がこの世界にも適用されるはず」という拡大解釈に至り、何故か「格ゲーで出来ることはマリージュにも出来るもの」だと、すっかり思い込んでしまっていたのだ。
「生身のマリージュにも格ゲー技が扱えるはず」とでも解釈しているのならまだナンボかマシだったのだが、残念ながらマリージュは、何処までいっても只のゲーマーに過ぎなかった。
攻撃といったら、指先のボタン操作で技を繰り出すこと(具体的に言うと、コンマ数秒の間に『下・右下・右・+・ B』とか打ち込むこと)としか捉えられず、しかもそこに何の疑念も抱いてはいなかった。「コントローラーも存在しないのに何のボタンを押すつもりだったのか」という根本的な部分にさえ、何のひっかかりも覚えてはいなかったのだ。
実戦に至って初めてと言うか、何を今更と言うべきか。
マリージュは、リアルの世界では全く戦えないという至極当たり前のことに、今頃ようやく気づいたのだ―――――。
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