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第2章 ちょっと早すぎるかもよ「併走配信」!

第8話 【突発コラボ】ずんばにスーパーマリオ併走!(前編)

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「こんバニ! DStars3期生の川崎ばにらバニ! みんな~、今日は配信内容を告知と変えておおくりするバニ!」

 配信冒頭でさらっと内容変更を告知する。
 ハプニングもリスナーが気づかなければそれでいい。
 配信は勢いが大事なのだ。

 コメント欄には挨拶の「こんバニ」に混ざって、「なになに?」「どういうこと?」というコメントが流れる。どうやらうまく誤魔化せたらしい。

 そんな私の背後で――。

「みんなおあよー! ずんだだよー! ごめんね、今日は『カービィ』の『夢の泉』をやろうと思ってたんだけれど、配信内容を変更してお送りするよー!」

 ずんだ先輩も彼女のリスナーに配信内容の変更を告げた。

 サイドテーブルのノートパソコン。
 その中では「青葉ずんだ」が朗らかに笑っている。
 コメント欄の挙動は私の配信とほぼ同じ。

 いや、流石に察しのいいリスナーは気がつく。
 今の時代――2窓・3窓(複数のウィンドウで動画を同時視聴すること)なんて当たり前。私とずんだ先輩の配信を同時視聴するリスナーだって当然いる。

 コメント欄に「もしかして」「まさか」という言葉が徐々に増えてくる。
 中には明確に変更内容を指摘するものまで。

 空気が暖まった所でネタばらし。

「なんと! 今日は突発コラボでございます! 先日、金盾配信に駆けつけてくれた『青葉ずんだ』先輩と、突発コラボをするバニ!」

「今日はねぇ、突発でコラボをしちゃおうと思います~! お相手は、金盾配信で凸した――そう『川崎ばにら』ちゃんだよ~! びっくりしたぁ~?」

 コメント欄に歓喜の声が溢れかえる。「やっぱり」「そうだと思った」という簡単なものから、「コラボ早くない⁉」「金盾配信質だったので助かる!」などなど。
 急な配信変更にもかかわらずリスナーは突発コラボに好意的だった

 ただし――。

「ちょっと待ってみんな? なんで『そうだと思った』ん?」

 ずんだ先輩はきっちりリスナーに「圧」をかけた。

「もしかして――ばにらちゃんの配信を見てたの?」

「突発コラボだよ?」

「怒らないから正直に言ってみ?」

「なぁ、ずんだ以外の女の配信を見てたの?」

(えぐいことするバニ……)

 今のご時世、2窓・3窓は当たり前。
 とはいえ他の女にうつつを抜かすのは許さない。
 厄介な女ムーブでずんだ先輩は自分のリスナーに釘を刺した。

 これが普通のVTuberなら「めんどくせーな」でチャンネル登録を外される。だが、そこは希代の「圧」使いのずんだ先輩。
 彼女はこの一連の流れを「芸の域」まで昇華させていた。
 現に今も、接続者数が跳ね上がっている。

 なんて訓練されたリスナーたちだ!
 すごいなオモチスキー(青葉ずんだのリスナーの愛称)!

 なんにしても最初の掴みは成功だ。

「先日の金盾配信で約束してたからそうかなって……?」

「それでもちょっと早いと思わん?」

「今ならまだ――右手の中指だけで許したるでな?」

 いや、流石にやりすぎでしょ。
 どんだけ追い詰めるんですか。

「怖い怖い怖い! 怖いバニですよ、ずんだ先輩!」

 たまらず、私は大声で先輩の配信にツッコミを入れた。
 もちろんDiscordのボイスチャンネル経由で。

 それをきっかけに、突発コラボは本当の意味でスタートする。

「なにやってるんですかずんだ先輩! リスナービビりちらかしてますやん!」

「でゅははははは! ごめんごめん冗談だよ! いじめてごめんね! というわけで、コラボ相手の川崎ばにらちゃんです!」

「こんバニ! DStars3期生の川崎ばにらバニ!」

「ばにらちゃんのリスナーのみんなもおあよ~。DStars特待生の青葉ずんだだよ。今日はよろしくね」

「いやぁ、今日は急なコラボにもかかわらず、ありがとうございますバニ」

「そんなそんな! ずんだも早くばにらちゃんと遊びたいと思ってたんよ?」

「えー? それほんとバニか?」

「ホント、ホントよ! ばにらちゃんとゲームするの楽しみだったの! あぁ、どうしましょ、いったいなんのゲームしましょって!」

「……嘘くせえバニ」

「ばにらちゃん? もしかして、ちょっと調子乗ってる?」

「圧怖ッ! コラボ楽しみにしてた人の反応じゃないバニよ!」

「でゃははははは! ごめんてごめんて! 謝るから怖がらないで!」

 冒頭のかけあいもばっちり。
 という所でお喋りはいったん終了。

「そろそろ本題に入ろっか。それで、今日は何をするのばにらちゃん?」

「ずんだ先輩と言えばレトロゲーム。今日はそのレトロゲームで――ずんだ先輩を、ぎったぎったのぼっこぼこにしてやろうと思ってきたバニよ! 覚悟するバニ!」

「な、なんだってゅえ~~~~!(棒読み)」

「あ、もうちょっと感情こめてもろて」

 話は肝心の「突発コラボ」の内容に移った。
 さて――しれっとコラボをはじめたが、こうしたのにはもちろんわけがある。

 私の手元には相変わらず配信用のゲーム機がない。
 となるとずんだ先輩からゲーム機を借りるしかないのだが――実に厄介なことに、最近のゲーム機はアカウントと紐づけられている。

 万が一にもずんだ先輩のアカウントが表示されたらまずい。また配信事故だ。
 さらに「もしかして、ふたりはリアルでも交友があるの?」と、「百合営業」に特大の燃料を投下してしまうことになる。
 それだけは避けねば。

 どうしようかと悩む私に、ずんだ先輩が提案したのが「アカウントと紐づけなくても遊べるレトロゲーム」を使った配信だった。

「ミニファミコンがあるわ! これでとりあえず場を繋ぎなさい!」

「けど、配信内容を変える理由が必要じゃないですか?」

「確かに」

 どうしてわざわざレトロゲー配信に変えたのか。

 既に私は配信内容を告知してしまっている。
 丁寧にサムネイルまで作ってしまったあとだ。

 それを覆してまでレトロゲー配信をする理由――物語が必要だ。

「ねぇ、ずんだ先輩?」

「なに? 泣き言なら聞かないわよ?」

「もしかしてですけど、ミニファミコンも2台買ってあったりしません?」

 物語のヒントはずんだ先輩の配信部屋にあった。

 不測の事態に備えて同じ配信機材を揃えているずんだ先輩。
 当然、ゲーム機だって2台あるんじゃないか。
 そんな私の推理は見事に当たった。

 黒い髪を揺らして頷くずんだ先輩。
 突っかかって来ないのは、何が言いたいのか彼女もすぐに理解したから。

「レトロゲー併走コラボにしませんか? 先日の『コラボの約束』を逆手に取るんです。私とずんだ先輩がミニファミコンで併走勝負をすることになった。そういうことならリスナーは納得しませんかね?」

「……納得すると思うわ」

「そうなると、ずんだ先輩の配信まで変更しちゃいますけど――?」

「今更でしょ、そんなの!」

 かくして私たちは、2台の配信設備と2台のミニファミコンを使い、併走コラボをすることにした。リスナーを納得させるにはこの配信しかなかった。

 いや、大人しく「オフコラボ」にすればよかったんじゃないかって?

 流石にそれは、お互いに枠を取っている手前ファンに申しわけない。
 できない相談だった。

 嘘です。

 金盾放送事故からのオフコラボは「匂わせ」がキツすぎる。
 リスナーが「これはガチの百合やで!」って期待しちゃう。
 暗黙の了解でオフコラボだけは選択肢から外したのだ。

 想像してみてよ。

 VTuber生命が終わりかねないピンチを救われた二日後に、救ってくれた先輩の家に遊びに行ってあまつさえ一緒に配信するだなんて。
 そんなのどう考えたって「てぇてぇ」しかないじゃん。
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