VTuberなんだけど百合営業することになった。

kattern@GCN文庫5/20新刊

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第4章 「公式ラジオ」と「罰ゲーム」

第29話 VTuberの触れてはいけない部分(後編)

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 3期生デビュー当初。
 事務所は「川崎ばにら」と「網走ゆき」をユニットとして売り出していた。
 私とゆき先輩は「百合営業」をしていたのだ。

 当時、ゆき先輩は個人勢VTuber時代からのアダルトなリスナーを多く抱えていた。そのリスナーは潜在的に「3期生のセクシー担当」である、川崎ばにらの顧客になりえると事務所は考えたのだ。

 ふたりをアダルトな方向性で売り出していこう。
 女同士だからこそできるギリギリの絡みで攻めよう。

 それが会社から私たちに提示された「百合営業」戦略だった。

 戦略に従い私とゆき先輩は積極的なコラボを重ねた。
 水着配信。ツイスターゲーム。ちょっとエッチな連想ゲーム。
 そしてお泊まりオフコラボ。

 幸いにも会社の立てた「百合営業」戦略は当たり、私とゆき先輩はほぼ同じ勢いで登録者数を伸ばしていった。

 異変が起きたのは登録者数が50万人を超えた頃だった――。

「突然、私の登録者だけが増えはじめたんです」

「アンタだけが?」

「はい。ゆき先輩のアバターは、彼女が個人勢時代から使っているものでした。日本人ウケする要素はふんだんに盛り込まれていましたが、それは裏を返せば海外勢に向けての求心力が弱いということでもあったんです」

「海外勢の流入ってことね」

 それで一気に私のチャンネルのカラーが変わった。
 海外勢が視聴するのは、ゆき先輩と私の「垢BANギリギリのエロ配信」ではなかったのだ。なんてことはない「誰でも知っている有名ゲームの実況」だった。

 何を喋っているかは分からない。
 けれど「なんのゲームをしているか」は分かる。
 ゲームを共通言語として、私は世界に受け入れられた。

 そして、それは日本のリスナーにも波及した。

 ゲームをするたびに増えていくチャンネル登録者数。
 気がつけば、事務所を立ち上げるきっかけになった先輩VTuberの登録者数を追い越していた。DStars黎明期を切り拓いた、すず先輩の登録者数を追い越したのも、それからすぐのことだった。

 最も「金盾」に近いと言われていた、ずんだ先輩のチャンネル登録者数さえ、あっという間に私は追い抜いてしまった。

 私は日本一のVTuberになった。
 そして、再び社長室に呼び出された。

 このままエロ路線の「百合営業」を続けるか。
 それとも健全路線の「ゲーム配信者」を目指すか。

 それは、VTuber活動のいろはも分からなかった私を、ここまで献身的に支えてくれたゆき先輩との決別を意味していた。

 彼女は健全とは真逆の存在。
 エロで今の地位を築いてきた人。
 一緒にゲームチャンネルを目指すことはできない。

 悩んだ末に――私は「今の道」を選んだ。

「私は日本一のVTuberになることを選びました。ゆき先輩に謝って、謝って、謝り倒して、『ゲーム配信者』の道を選んだんです」

「……どうして?」

「たぶん、日本人初の金盾VTuberになりたかったから。それだけです」

 すがすがしいほど私は人間のクズだった。

 私はその場に俯いた。
 膝の上に握りこぶしを押しつけて。
 それがなんの怒りかさえクズの私には分からなかった。

 泣いてなどいない。
 なのに口の中がひどくしょっぱい。

 しばらく、休憩室を自販機の駆動音だけが飛び交った。

「そういう事情だったのね」

「ゆき先輩やマネージャーと話し合って、性格の不一致でコンビを解消したということにしました。私たちのカップリングには、既に大きな需要ができていました。別々に活動をするためには、それなりの『破局の理由』が必要だったんです」

「……ゆきも、よく黙って受け入れたね」

「ゆき先輩は、ずっと私が一人でやっていくのを応援してくれてて。自分じゃ絶対にできないことだからって、私の背中を押してくれたんです」

「……ゆきらしいね」

「なのに、私は……」

「ゆきが良いって言ってるんだから重荷に思うことなんてないわ。それにアンタはゆきの思いに応えたじゃない。なったでしょ、日本ではじめての金盾VTuberに」

「……はい!」

 あれほど無遠慮に私の唇に触れた指先がおそるおそる肩を撫でた。
 反応を確かめるように、ずんだ先輩はゆっくりと自分の方に私を引き寄せる。

 彼女の髪が私の頬をくすぐる。
 腕から伝わるその温もりに涙がこぼれた。
 ずんだ先輩に寄り添われて、私は声を殺して泣いた。

 悲しい理由も分からず泣いた。
 この悲しみは言葉より涙に変えるべきだと思った。

「ごめんね、辛い話をさせちゃって」

「……いいんです。私も、話したかったんです」

「私なんかに話してよかったの」

「……そんなの、今更言わないでくださいよ!」

 肩を叩いて、額を擦りつけて、彼女は「ごめんね」とまた私に謝った。

 あの「氷の女王」が。
 後輩からも先輩からも恐れられる「青葉ずんだ」が。

 肩に添えていた彼女の手は、いつの間にか私の膝の上に落ち、握り込んだ拳をやさしく包んでいた。私の強ばった心を溶かすように彼女はゆっくりと指先を絡める。
 私はそれを黙って受け入れた。
 拒むことなどできなかった。

 恋人のように指の隙間を埋めて握りしめ合い、私と彼女は静かに泣いた。

「次は、私が答える番ね。なんでも聞いて、ちゃんと答えるから」

 ずんだ先輩から肩を離す。
 濡れた鼻先と目元をハンカチで拭うと、少し目尻が赤くなっている絶世の美女を前に呼吸を整えた。

 私は彼女に秘密を話した。
 彼女は私を受け入れた。

 だからきっと――逆も正しい。

 私たちは分かり合える。
 事務所の「先輩」と「後輩」という垣根を越えて。
 もっと深い部分でお互いを理解することができる。
 そう信じた。

 盲目的に――。

「ずんだ先輩。女優のmimiって、ずんだ先輩の前世ですよね?」

 目の前の女性の瞳から光が消えた。
 ありありと、彼女の身体から熱が失われるのが分かった。
 あんなにやさしく私のことを包んでくれた腕が、私のことを慰めてくれた唇が、青ざめていくのが、暗い休憩室の中でも分かった。

 私はやっぱりクズだった。
 どうしようもなく利己的な奴だった。
 言ってはいけないことがなんなのかさえ判別できない。

 地雷を勇み足で踏み抜く愚か者。

「……調べたの? 私のこと?」

「……違うんです、ずんだ先輩」

「なんで? どこで知ったの? 絶対に隠し通したはずなのに! どうして! なんでよりにもよって貴方が!」

「……落ち着いてください! 私、そんなつもりじゃ!」

「やめてよ!」

 頬を走る痛みが信じられなかった。
 あの柔らかい指先が打ったなんて思いたくなかった。

 だから、ずっと私は下を向いていた――。

「違う! 違うの! こんなはずじゃ!」

 それから、何が起こったのかはよく覚えていない。
 ただ気がつくと、私は一人で所属事務所の休憩室に取り残されていた。

 折れたプリッツ。
 テーブルにぶちまけられた炭酸水。
 床を転がるオレンジジュースのペットボトル。

 窓からせせら笑うような月が私だけを照らしていた。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 積極的に詰めるべきか。
 慎重に縮めるべきか。
 百合の距離感は難しい。

 いよいよ、次回から最終章。
 ちょいテンション高めで参ります。

 二人の行く末が気になる方は、どうか評価お願いいたします。m(__)m
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