90 / 106
第4章 金谷警部の未解決事件(コールド・ケース)
第90話 噂を嗅ぎ回るネズミ
俺と椿は別の部屋を借りて、酒川巡査部長から話を聞くことにした。彼は殺害された木田刑事の同僚であり、木田刑事と行動を共にしていた。
酒川刑事は不機嫌そうに顎に手を当て、膝を立てていた。
「で、なんで探偵がしゃしゃり出てるの? 事件の捜査は警察の仕事なんだけど」
「私たち、仕事の関係で警察の方々の捜査に協力してるんです。ここで知りえた情報は、警察への情報提供以外には使用しません。どうか、事件があったときのことを教えていただけないでしょうか」
椿はなるべく相手に不信感を与えないように捜査協力を求めた。
俺と椿は事前の作戦会議で、姉川班の目的の探りを入れるため、警察の捜査に協力しているという体裁で接近した。そして、考えたシナリオに基づいて事情を聞き取り、どこかのタイミングで鎌をかけることにした。
一方、酒川刑事は先ほどまでひどくおびえた様子だったのに、相手が下手に出られると知ってか、早く終わらせてほしいのか、苛立ちの中にどこか横柄な態度が見え隠れしていた。
「……その、仕事ってなんだよ」
「守秘義務がありますのでお答えできません」
「は?」
酒川刑事が怪訝な顔をするので、俺は一瞬びくっとする。メモをする手が止まる。
重要な局面で足が震えてはならない。
俺は自分を奮い立たせつつ、状況を見守った。
「個人情報を簡単に教えるなんて、できませんよ。お客様との信用問題にかかわりますからね」
椿はきっぱりと酒川刑事に返答する。
酒川はそんな椿を観察しつつも、隣にいる紅葉ちゃんや、メモを取る俺をも確認している。そしてニヤリと上顎の歯を見せた。
なぜか、嫌な予感がする。
「まあ、いいわ。事件があったときは木田さんとこの旅館に来たのは仕事のためだ。事件の捜査で来たんだよ。行方不明の子供の捜査でね。
昨日の夜、風呂上りに部屋に戻ったら、木田さんが誰かと話をしていてね。誰と電話しているかと聞いても、何も教えてくれなかったんだ。そのあとは同じ部屋で普通に寝たんだよ。
事件に気が付いたのは今朝。既に旅館が騒がしくて聞いたら……木田さんが死んでたってわけさ」
俺は酒川の行動をメモする。酒川は終始木田警部補と同行していたが、木田刑事は殺害されたので、実際のアリバイ証人はいないことになる。今朝方の動きは旅館の人に聞けば行動は確認できるだろう。
しかしまだ重要なタイミングは訪れていない。
酒川はペットボトルのお茶に口をつけると、一気に飲み干した。
「さ、これでいいだろ? 俺は上司を殺されたんだ。はやいとこ、犯人を捕まえてくれないかね、探偵さん」
「ええ、この情報は堂宮刑事にお伝えしますので」
「それなら後でもできるだろ? 俺も一応警察だぜ」
酒川が俺たちを引き留めるように声を上げる。
「お前さんらにも、こっちの情報が欲しいんだ」
「情報?」
「捜索願が出されている案件でね。小さい女の子が行方不明になっているんだ」
「はあ」
「君らはほかにも女の子を連れているようだが、どこかで見たことないかい? この子を」
そういって酒川はA4用紙に印刷されたカラー写真を取り出した。
小学一年生くらいの三つ編みワンピース姿の女の子……。
それは紛れもなく泰子ちゃんだった。
姉川班は俺たちの後をつけていた。
その時が来たようだ、と俺は椿に耳打ちした。椿は「お願いね」と小声で返事をする。
俺は一呼吸置くと、目の前にいる警官に呼びかけた。
緊張する手を握りしめ、事前に椿と決めていたシナリオに沿って話し始める。
「……わかりました。ただ、全面的に開示することはできません。可能な範囲だけ、お話します」
「……」
相手は無言だったが、俺は同意とみなして話し始めた。
「依頼人は何者かに命を狙われていました。にわかには信じられないけど、脅迫や怪しい動きをする人物の情報も手に入れています。僕らは命を狙っている犯人を見つけ出し、警察に突き出さないといけない。だから、依頼人は居場所を転々としていた」
俺たちはその逃避行の手助けをしていた。だが、その逃避先に――
「木田さんと酒川さん……あなたたちもいましたよね。大炊山ホテル。さっきあなたは、この旅館に捜査に来たと言っていた。偶然ですかね」
そう話すと、酒川の眉が一瞬ピクリと動いた。
少々苦笑いを浮かべながら、酒川が答える。
「ああ……そうだとも。大炊山ホテルでの件だろ? 女の子の捜索で来ていたんだよ。この旅館に来たのも同じさ」
「じゃあ、なぜあなたと木田刑事だけがここに? 事件の捜査なら、よっぽどのことがない限りは翌日にするはずですよね」
「急いでいたんだよ。なんせ女の子の捜索だ。変質者にでも襲われて、万が一殺されてしまったら警察として失格さ」
確かに筋は通っているが……それならほかの同僚も連れてくるべきだろう。
疑問を抱きながらも、酒川の話は続いた。
「命を狙われているようなら、警察の方で保護するぜ。こっちだって、その女の子を捜していたんだからな」
「本当にこの女の子を保護する目的だったんですか。保護して、どうするんですか」
「捜索願が出されている事件なんだ。手続きに則って、家族のもとへ送り届けるまでさ」
俺の問いかけに、酒川は怪訝な顔を浮かべた。
俺は一言、探りの一手を口にした。
「家族、ねえ……。この子のご家族は海外出張中らしいですよ。連絡取れるんですか?」
「なら、親戚の連絡先を聞いて……」
「警察は信用できないって、この子言ってました。答えてくれるんですかね。幸い、泰子ちゃんには、保護者の方もいるんです。その必要はないでしょう」
そして、俺はここで振り上げた言葉の鎌を酒川に振り下ろした。
「さっき捜索願が出されているって言いましたが……出す必要ってあるんですか? 家族が出張中で親戚に預けていて、その親戚と一緒にいる子に、捜索願を出す理由がわからないんですが」
俺は酒川の反応を窺った。酒川は口をわなわなと震わせている。額からは汗が滲み出ている。
「うるせえ‼ お前ら、妄想も大概にしろ。堂宮の奴らに吹き込まれたんだろう! あんな奴ら、早く始末しちまえばいいんだよ!」
酒川は大声を上げる。しかし俺は、酒川のある一言を見逃さなかった。
「始末する? 誰がどう、“始末する”んですか?」
「いや、その……」
引っかかったな。
俺は確信した。この姉川班には何かあるのだ。
「あなたの班の上司二人が殺害されているんです。次に狙われるのは自分……そう予期してるんでしょ?」
「……」
酒川は無言になった。あたりに緊張が張り詰める。
俺は前のめりになって右肘を台につけていたが、同時に心臓の拍動が一気に早くなる。
追い詰める側なのに、自分の精神が攻勢に追いついていない。本当にこれでいいのか……不安が徐々に膨らんでいく。
椿も、紅葉ちゃんも不安そうにその様子を見守る。
そして。
――だっ……黙れ‼ 噂を嗅ぎ回るネズミめ! いいか、今やってることはすぐにやめて、手を引け‼ どうなっても知らないからな‼
酒川刑事は不機嫌そうに顎に手を当て、膝を立てていた。
「で、なんで探偵がしゃしゃり出てるの? 事件の捜査は警察の仕事なんだけど」
「私たち、仕事の関係で警察の方々の捜査に協力してるんです。ここで知りえた情報は、警察への情報提供以外には使用しません。どうか、事件があったときのことを教えていただけないでしょうか」
椿はなるべく相手に不信感を与えないように捜査協力を求めた。
俺と椿は事前の作戦会議で、姉川班の目的の探りを入れるため、警察の捜査に協力しているという体裁で接近した。そして、考えたシナリオに基づいて事情を聞き取り、どこかのタイミングで鎌をかけることにした。
一方、酒川刑事は先ほどまでひどくおびえた様子だったのに、相手が下手に出られると知ってか、早く終わらせてほしいのか、苛立ちの中にどこか横柄な態度が見え隠れしていた。
「……その、仕事ってなんだよ」
「守秘義務がありますのでお答えできません」
「は?」
酒川刑事が怪訝な顔をするので、俺は一瞬びくっとする。メモをする手が止まる。
重要な局面で足が震えてはならない。
俺は自分を奮い立たせつつ、状況を見守った。
「個人情報を簡単に教えるなんて、できませんよ。お客様との信用問題にかかわりますからね」
椿はきっぱりと酒川刑事に返答する。
酒川はそんな椿を観察しつつも、隣にいる紅葉ちゃんや、メモを取る俺をも確認している。そしてニヤリと上顎の歯を見せた。
なぜか、嫌な予感がする。
「まあ、いいわ。事件があったときは木田さんとこの旅館に来たのは仕事のためだ。事件の捜査で来たんだよ。行方不明の子供の捜査でね。
昨日の夜、風呂上りに部屋に戻ったら、木田さんが誰かと話をしていてね。誰と電話しているかと聞いても、何も教えてくれなかったんだ。そのあとは同じ部屋で普通に寝たんだよ。
事件に気が付いたのは今朝。既に旅館が騒がしくて聞いたら……木田さんが死んでたってわけさ」
俺は酒川の行動をメモする。酒川は終始木田警部補と同行していたが、木田刑事は殺害されたので、実際のアリバイ証人はいないことになる。今朝方の動きは旅館の人に聞けば行動は確認できるだろう。
しかしまだ重要なタイミングは訪れていない。
酒川はペットボトルのお茶に口をつけると、一気に飲み干した。
「さ、これでいいだろ? 俺は上司を殺されたんだ。はやいとこ、犯人を捕まえてくれないかね、探偵さん」
「ええ、この情報は堂宮刑事にお伝えしますので」
「それなら後でもできるだろ? 俺も一応警察だぜ」
酒川が俺たちを引き留めるように声を上げる。
「お前さんらにも、こっちの情報が欲しいんだ」
「情報?」
「捜索願が出されている案件でね。小さい女の子が行方不明になっているんだ」
「はあ」
「君らはほかにも女の子を連れているようだが、どこかで見たことないかい? この子を」
そういって酒川はA4用紙に印刷されたカラー写真を取り出した。
小学一年生くらいの三つ編みワンピース姿の女の子……。
それは紛れもなく泰子ちゃんだった。
姉川班は俺たちの後をつけていた。
その時が来たようだ、と俺は椿に耳打ちした。椿は「お願いね」と小声で返事をする。
俺は一呼吸置くと、目の前にいる警官に呼びかけた。
緊張する手を握りしめ、事前に椿と決めていたシナリオに沿って話し始める。
「……わかりました。ただ、全面的に開示することはできません。可能な範囲だけ、お話します」
「……」
相手は無言だったが、俺は同意とみなして話し始めた。
「依頼人は何者かに命を狙われていました。にわかには信じられないけど、脅迫や怪しい動きをする人物の情報も手に入れています。僕らは命を狙っている犯人を見つけ出し、警察に突き出さないといけない。だから、依頼人は居場所を転々としていた」
俺たちはその逃避行の手助けをしていた。だが、その逃避先に――
「木田さんと酒川さん……あなたたちもいましたよね。大炊山ホテル。さっきあなたは、この旅館に捜査に来たと言っていた。偶然ですかね」
そう話すと、酒川の眉が一瞬ピクリと動いた。
少々苦笑いを浮かべながら、酒川が答える。
「ああ……そうだとも。大炊山ホテルでの件だろ? 女の子の捜索で来ていたんだよ。この旅館に来たのも同じさ」
「じゃあ、なぜあなたと木田刑事だけがここに? 事件の捜査なら、よっぽどのことがない限りは翌日にするはずですよね」
「急いでいたんだよ。なんせ女の子の捜索だ。変質者にでも襲われて、万が一殺されてしまったら警察として失格さ」
確かに筋は通っているが……それならほかの同僚も連れてくるべきだろう。
疑問を抱きながらも、酒川の話は続いた。
「命を狙われているようなら、警察の方で保護するぜ。こっちだって、その女の子を捜していたんだからな」
「本当にこの女の子を保護する目的だったんですか。保護して、どうするんですか」
「捜索願が出されている事件なんだ。手続きに則って、家族のもとへ送り届けるまでさ」
俺の問いかけに、酒川は怪訝な顔を浮かべた。
俺は一言、探りの一手を口にした。
「家族、ねえ……。この子のご家族は海外出張中らしいですよ。連絡取れるんですか?」
「なら、親戚の連絡先を聞いて……」
「警察は信用できないって、この子言ってました。答えてくれるんですかね。幸い、泰子ちゃんには、保護者の方もいるんです。その必要はないでしょう」
そして、俺はここで振り上げた言葉の鎌を酒川に振り下ろした。
「さっき捜索願が出されているって言いましたが……出す必要ってあるんですか? 家族が出張中で親戚に預けていて、その親戚と一緒にいる子に、捜索願を出す理由がわからないんですが」
俺は酒川の反応を窺った。酒川は口をわなわなと震わせている。額からは汗が滲み出ている。
「うるせえ‼ お前ら、妄想も大概にしろ。堂宮の奴らに吹き込まれたんだろう! あんな奴ら、早く始末しちまえばいいんだよ!」
酒川は大声を上げる。しかし俺は、酒川のある一言を見逃さなかった。
「始末する? 誰がどう、“始末する”んですか?」
「いや、その……」
引っかかったな。
俺は確信した。この姉川班には何かあるのだ。
「あなたの班の上司二人が殺害されているんです。次に狙われるのは自分……そう予期してるんでしょ?」
「……」
酒川は無言になった。あたりに緊張が張り詰める。
俺は前のめりになって右肘を台につけていたが、同時に心臓の拍動が一気に早くなる。
追い詰める側なのに、自分の精神が攻勢に追いついていない。本当にこれでいいのか……不安が徐々に膨らんでいく。
椿も、紅葉ちゃんも不安そうにその様子を見守る。
そして。
――だっ……黙れ‼ 噂を嗅ぎ回るネズミめ! いいか、今やってることはすぐにやめて、手を引け‼ どうなっても知らないからな‼
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった
くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。
血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。
夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。
「……涼介くん」
薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。
逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。
夜、来て。
その一言が——涼介の、全部を壊した。
甘くて、苦しくて、止まれない。
これは、ある夏の、秘密の話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。