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第1章 ふたりの秘め事
第26話 史上最低のゲス野郎
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俺は肩で息をしていた。
隣にいる椿も、心配そうに俺を見ている。
外から見たら俺は冷静かもしれないが、実際は相手からの反撃に冷や汗が絶え間なく出ているのだ。
俺は滴る汗をそのままに相手の出方を伺った。
自分の推理が、正しいことを願いながら。
「……なら」
松山が声を荒げ、俺に詰め寄った。
「そこまで言うなら、証拠を出せよ。俺が二人を殺った物的な証拠をよお!」
「わかった」
俺は目を閉じて、精神を落ち着ける。
そして、目を開け、松山に視線を合わせた。
「松山。お前は古川らから言われて、万引きしたことあったよな」
「……それがなんだよ。話を逸らすな」
松山は怪訝そうな様子で舌打ちをする。
俺は怯まずにあることを告げた。
「その時、指紋取られただろ?」
「な……」
刹那、松山の口が開いたまま微動だにしなくなった。
そう。松山の指紋はすでに警察に保管されているのだ。そして、室伏殺害に使われたナイフと、古川らに渡そうとしたペットボトル。付着している指紋が一致するだろう。
だが、奴が犯人であることを示す証拠はまだあった。
「そしてもう一つ。お前が来ていた服。及川によれば大量に血がついていたそうだぜ。まだ警察には手渡されていないが、いずれ回されて鑑定すればわかるはずだ」
「血がなんだよ……。俺は自分で自分の胸を刺したんだぞ」
反論する松山に俺は首を横に振った。
「いや。その血はお前のだけじゃない」
「なんだと」
松山の目が俺に釘付けになる。
構わず、俺は証拠を突きつけた。
「べったりついているはずだぜ」
――室伏の血がな
松山には時間がなく、返り血が付いた服を処分する時間がなかったのだ。なぜなら、及川に追われているうえに、さっさと自分に止|《とど》めを刺したかったから。自分が死ねば、すべての罪を生野に押し付けることができるのだ。
だから、命を絶つ際に無理やりごまかそうとした。自分の血と室伏の血が混ざれば、自分は追及されることはないと考えたのだろう。
「あまりにも場当たりすぎる方法だよ」
椿は納得したように俺のほうを見た。
「そうか。鑑定すればすぐにばれるわね。返り血全体に、松山君の血が付くわけでもないから」
そして俺は改めてあいつに向き直った。
「どうだ? それでも白を切る気か?」
硬直して動けなくなった松山を前に、俺は様子を伺いように言った。
顔を下に向けたままの松山。
口角が、僅かに動いた。
――ふ……負けたよ。ゴミのくせに生意気だぜ……
松山の肩がだらりと落ちた。緊張の糸がすべてほつれたように。
ため息交じりの声で、松山が口を開く。
「ああ。俺が古川と室伏を殺したんだよ。人の顔を被った、史上最低なゲス野郎を」
松山は顔を上げた。その表情は、すべて終わり、抜け殻になった男の顔だった。
「お前にその気持ちがわかる訳ないと思うが」
俺は何も言わなかった。
どんな事情があろうと、人を殺した人間の心情なんて、知りたくもない。ましてや、俺に危害を加えたやつの気持ちなんて……。
松山は、古川たちのパシリだったとはいえ三人とともに俺にいじめを仕掛けてきた張本人だった。
同時に、なぜか父さんの死といじめの主犯であった二人の死が交差する。
奴らに憐れみを感じるわけではないが、生きている人間の命を身勝手な理由で奪ったのだ。
しかも、松山はこいつに反抗を積み重ねてほしくなかった人の想いを踏みにじり、更に罪まで押し付けようとしたのだ。
しかし、隣にいた椿は奴の前に出た。彼女は怒りこそ感じていたが、同時に腑に落ちない部分があったようだ。
「ねえ、なんで樹里を裏切ったの? 松山君、樹里のお姉さんの敵を討ちたかったんでしょ?」
「……」
椿の言葉に松山はしばらく何も言わなかった。
その場に沈黙が流れ、夜の静寂が病室を包んだ。
しばらくすると、松山はゆっくりと首を上げた。
「……生野……いや、樹里には悪いことをしたと思ってる。あいつも、美幸《みゆき》を捜してたのにな……」
その瞬間、松山の顔からなに、光るものが流れた。
俺にも、それは見えていた。あいつが見せた、初めての涙だった。
男が語ったのは、普通なら絶対に出会うことのない、男と女の甘く切ない恋の物語であった。
隣にいる椿も、心配そうに俺を見ている。
外から見たら俺は冷静かもしれないが、実際は相手からの反撃に冷や汗が絶え間なく出ているのだ。
俺は滴る汗をそのままに相手の出方を伺った。
自分の推理が、正しいことを願いながら。
「……なら」
松山が声を荒げ、俺に詰め寄った。
「そこまで言うなら、証拠を出せよ。俺が二人を殺った物的な証拠をよお!」
「わかった」
俺は目を閉じて、精神を落ち着ける。
そして、目を開け、松山に視線を合わせた。
「松山。お前は古川らから言われて、万引きしたことあったよな」
「……それがなんだよ。話を逸らすな」
松山は怪訝そうな様子で舌打ちをする。
俺は怯まずにあることを告げた。
「その時、指紋取られただろ?」
「な……」
刹那、松山の口が開いたまま微動だにしなくなった。
そう。松山の指紋はすでに警察に保管されているのだ。そして、室伏殺害に使われたナイフと、古川らに渡そうとしたペットボトル。付着している指紋が一致するだろう。
だが、奴が犯人であることを示す証拠はまだあった。
「そしてもう一つ。お前が来ていた服。及川によれば大量に血がついていたそうだぜ。まだ警察には手渡されていないが、いずれ回されて鑑定すればわかるはずだ」
「血がなんだよ……。俺は自分で自分の胸を刺したんだぞ」
反論する松山に俺は首を横に振った。
「いや。その血はお前のだけじゃない」
「なんだと」
松山の目が俺に釘付けになる。
構わず、俺は証拠を突きつけた。
「べったりついているはずだぜ」
――室伏の血がな
松山には時間がなく、返り血が付いた服を処分する時間がなかったのだ。なぜなら、及川に追われているうえに、さっさと自分に止|《とど》めを刺したかったから。自分が死ねば、すべての罪を生野に押し付けることができるのだ。
だから、命を絶つ際に無理やりごまかそうとした。自分の血と室伏の血が混ざれば、自分は追及されることはないと考えたのだろう。
「あまりにも場当たりすぎる方法だよ」
椿は納得したように俺のほうを見た。
「そうか。鑑定すればすぐにばれるわね。返り血全体に、松山君の血が付くわけでもないから」
そして俺は改めてあいつに向き直った。
「どうだ? それでも白を切る気か?」
硬直して動けなくなった松山を前に、俺は様子を伺いように言った。
顔を下に向けたままの松山。
口角が、僅かに動いた。
――ふ……負けたよ。ゴミのくせに生意気だぜ……
松山の肩がだらりと落ちた。緊張の糸がすべてほつれたように。
ため息交じりの声で、松山が口を開く。
「ああ。俺が古川と室伏を殺したんだよ。人の顔を被った、史上最低なゲス野郎を」
松山は顔を上げた。その表情は、すべて終わり、抜け殻になった男の顔だった。
「お前にその気持ちがわかる訳ないと思うが」
俺は何も言わなかった。
どんな事情があろうと、人を殺した人間の心情なんて、知りたくもない。ましてや、俺に危害を加えたやつの気持ちなんて……。
松山は、古川たちのパシリだったとはいえ三人とともに俺にいじめを仕掛けてきた張本人だった。
同時に、なぜか父さんの死といじめの主犯であった二人の死が交差する。
奴らに憐れみを感じるわけではないが、生きている人間の命を身勝手な理由で奪ったのだ。
しかも、松山はこいつに反抗を積み重ねてほしくなかった人の想いを踏みにじり、更に罪まで押し付けようとしたのだ。
しかし、隣にいた椿は奴の前に出た。彼女は怒りこそ感じていたが、同時に腑に落ちない部分があったようだ。
「ねえ、なんで樹里を裏切ったの? 松山君、樹里のお姉さんの敵を討ちたかったんでしょ?」
「……」
椿の言葉に松山はしばらく何も言わなかった。
その場に沈黙が流れ、夜の静寂が病室を包んだ。
しばらくすると、松山はゆっくりと首を上げた。
「……生野……いや、樹里には悪いことをしたと思ってる。あいつも、美幸《みゆき》を捜してたのにな……」
その瞬間、松山の顔からなに、光るものが流れた。
俺にも、それは見えていた。あいつが見せた、初めての涙だった。
男が語ったのは、普通なら絶対に出会うことのない、男と女の甘く切ない恋の物語であった。
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