こちら、ときわ探偵事務所~人生をやり直したいサラリーマンと、人生を取り返したい女探偵の事件ファイル~

ひろ法師

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第3章 魔王を倒した

第58話 息子の運命

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 梔子綾乃。愛していた母親が亡くなったのに、言葉を濁しつつも“毒親”という言葉を言い放っていた。綾乃さんも母親からひどい仕打ちを受けていたことが判明した。
 梔子家の事情がどうなのかは分からないが、どのきょうだいも母親に対してよい感情は持っていなかったのだ。
 この家族、思っている以上に闇が深そうだ。

 そして、次に呼んだのは梔子家の長男であり、椿の婚約者であった梔子くちなし隼人はやと。彼はおそらく“人生をやり直せる薬”を飲まされ、小さくなったというにわかには信じられない状況になっている。
 目の前にいる人物は、小学生くらいの慎重で、ぶかぶかになったジャケットやスーツのズボンをまくり上げていた。彼は今から何かが起こるかわからないのか、あたりに目をきょろきょろさせていた。

「梔子隼人さん、ですね。大変な時に申し訳ありませんが、お話を聞かせていただけないでしょうか」

 椿は仕事時の依頼人や聞き込みで人から話を聞くときの、優しい口調で語りかけている。
 清介は椿を見てなぜか戸惑っている。清介からすればいつもと違う感じの椿にギャップを感じているのだろうか。

「え、その……僕は、何を話せば……」

 萌さんが殺害される前のあの威勢の良かった隼人が嘘のように縮こまっている。

「お母様が殺害されたとき、薬を飲まされましたよね」
「い、いや……」
「大丈夫ですよ。私たち、あなたの話を理解いたします。ここには、同じような境遇の人もいます」
「同じ境遇……?」

 隼人はわずかに口角を上げ、その茶色い瞳を俺たちに向けていた。
 椿は一つ頷くと、紅葉ちゃんに顔を向けた。

「紅葉、いいかしら」
「うん、わかった」

 紅葉ちゃんはこくりと頷いて素直に応じると、椿は改めて事情を説明した。

「今から話すことは絶対に口外しないよう、お願いします。この子は、私の妹の紅葉。あなたも知ってるでしょう?」
「え、も、紅葉ちゃん⁉ 本当に?」

 目を丸くして声を上げる隼人。
 俺は人差し指を立て、強く「しっ!」と声が大きいことを隼人に伝えた。

「あ……ごめんなさい」

 素直に隼人は応じてくれた。
 隼人は声のボリュームを大きく落とすと、

「え、でも、なんで紅葉ちゃん小さくなってるんですか? 紅葉ちゃんも……薬を飲んだとか……」
「ええ」

 椿は首を縦に振る。

「妹の紅葉も、白い服を着た怪しげな人物から薬をもらって、この姿になったんです」
「……」

 信じられないのか、口をぽかんと開けたままの隼人。

「薬を飲まされて苦しんでいるのは、あなただけじゃない。あの事件の時何があったか、話してくれませんか?」

 椿が冷静に、落ち着いた声で問いかけると、肩に乗っかっていた重石《おもし》がすっと取れたのか、隼人の硬かった表情が緩んでいった。

「わかりました……。僕は、母さんに薬を飲まされたんです。母さんは、僕を子供にするために薬を飲ませた」
「子供にするため……理由は、わかりますか」
「僕は母さんのために死力を尽くしてきた、と思ってます。自分がなんで頑張ってるのかわからなくなるくらい、がむしゃらに。だけど、母さんはそれを認めなかった。全部努力が足りない、あんたは梔子家の恥、自覚が足りない……ずっとそれを言われ続けてました」

 隼人はこれまで抑えていた感情が一気に溢れ出してきたのか、なぜか畳の上が濡れ始めていた。
 俺は隼人の顔を確認する。隼人は大粒の涙を流していた。

 彼が受けていたのは、まさに虐待というべきものだった。隼人は人格を母親に押さえつけられ、一人前の梔子家の人間として振舞うように育てられていた。隼人は俺と同様で気が弱く、“自分”を持てなかったのだ。
 隼人は母親の期待に応えるべく、必死で勉学やスポーツに打ち込んだ。その成果のためか、大帝大学には現役で合格した。しかし、次第に周囲に追いつけなくなり、何年も留年していた。
 母親は隼人の失態を激しく責め立て、長きにわたって説教と折檻を受け続けた。そのため、隼人は母親に何も言えず、ただ彼女の要求を受け、達成できないとわかっていても努力を続けるだけの男となってしまった。

 ―あなたの婚約者をごらんなさい。なぜあれだけしっかり者なのかしら。それに比べて、隼人、あなたときたらこの体たらく……結婚したらあなたが椿さんを引っ張っていかないといけないのですよ! 
――お前は梔子家の恥さらしよ。もう一度、人生を子供からやり直しなさい!

 母親が殺害される直前、罵声の嵐が隼人に降りかかった。そして、母親は無理やり隼人に薬を飲ませたのだ。

 胸が締め付けられそうだった。幸い、俺の親はいい人だったけど、この隼人という男は一番近い家族から毎日精神をズタズタにされそうな仕打ちを受けていたのだ。

「そう……だったんですね。つらかったと思います」

 椿はそういうと、顔を少し俯けた。

「お姉ちゃん……?」

 心配そうに紅葉ちゃんが姉の様子をうかがっていた。

 少し場に沈黙が訪れた。

「椿、話聞くの変わろうか?」

 俺はそっと椿に呼びかけた。

「……大丈夫。あなたはメモを取って推理をしてて」
「……ほんとうにいいのか?」

 椿は振り向くと、目元に当てていたハンカチをテーブルの上におろした。そして、悲しみに沈み、涙が流れた跡が残るその顔から無理やり微笑んで見せていた。

「大丈夫だから。私に任せて」
「……信じる」

 俺は何も言えなかった、それ以上に不安が拭い去れなかった。
 しかし、

「お姉ちゃん、無理しなくていいよ」

 紅葉ちゃんは姉の椿の背中をさすっていた。

「わたしも辛いよ、こんな話聞いてて……」
「……ありがとう、紅葉。でも、仕事だから」
「リツさんにもたまにはやってもらわなきゃ」

 紅葉ちゃんの言葉に椿は顔を上げた。そして、椿は俺に目を合わせた。
 その目でとらえられた時、俺は一瞬ドキッとした。
 俺は、中途半端な決意しかできていなかった。だが、もうどう考えても俺が代わりに行くしかなかった。
 それに俺には、明らかにしたいことがいくつかあった。

「椿、代わるよ。俺にやらせてくれ」
「リツ……」

 椿はしばらく何も言わなかったが、一度目を閉じると心に何かを決めたのか、口角を上げた。

「わかった。お願いするわ」
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