25 / 138
8月
4.
しおりを挟む
二階の客間の隣が慎一郎の使っていた部屋で、本やおもちゃが残っていた。
部屋の明かりの白熱灯は暗く陰影を際立たせる。気泡の残る窓ガラスに漆喰壁に素板張りの床もマホガニーの家具に調度品も段通もみな温かみがある。千晶は手こそ出さないが物珍しそうに眺めている。
「気に入った?」
「うん、はしたなくてごめん」
「いいさ、こういう感じが好きそうだからね」
揶揄するつもりで連れてきたのかわからないが、口調は穏やかだ。
「ありがとう、でもここも当時は背伸びな建物だったのかな」
「そうだろうね、ご先祖も当時は新興の成り上がりだったからね。だからこそ頑張ったんだろう。空襲で残ったのはここだけだったそうだよ」
慎一郎の家が何をしている家なのか思わず聞きそうになって止まった。そこまで踏み込めない。
「そう言うとあの高層マンションも懐かしくなるのかな、でも百年も持たないもんねぇ」
コンクリート技術やらに話が逸れたのち。
「躯体が持っても50年か、それに当時は目指すものがちゃんとあったし、その先も広がってた。
今は残す価値のあるものはどれだけあるだろう」
お替りしたサングリアにブランデーをたっぷり足してぽつぽつ話す慎一郎に、この人は呑んだほうがめんどくさくないなと、千晶もお替りしたふつうのサングリアを飲みながら思った。
学友を誘って遊びにきて、他人の別荘に忍び込んだこと、弟にスカートを履かせて過ごさせたこと、納屋の軽トラを勝手に乗り回したこと、海辺で――
ほんの障りだけ昔話をしながら、慎一郎も疲れていたのか寝てしまった。
開け放たれた窓から虫の音にカエルのなき声が入ってくる。
天井のファンだけでエアコンはないのに寝苦しさはない。そうして千晶も眠りについた。
――真夜中、突然音がなくなる。その静けさに目が覚めた。
千晶がそおっと起き上がる。
「――目が覚めた?」
「うん」
返事は声にならないまま、ただ頷いただけの千晶のお腹に慎一郎の腕が巻き付く。
暑苦しさは感じなかった。
いつものように首筋に肩に温かいものが触れる。足に足が重なる。
巻き付く足がふくらはぎまでのミニ丈ワンピースの裾をめくれ上がらせる。
身体を滑る手の動きと熱さ、熱を持った身体を、時おり窓から入る新鮮な空気が冷やしていく。
匂いを感じられるのは最初の30秒だという、そうだろうか。
冷えた空気とほっとするような彼の香り、――きっとそれなりに経験を重ねたのであろう、心地いいから気持ちいいへ そしてその先も。
いつの間にか向き合って、暗闇に慣れた目が合う。絶対に乱れきらないその顔が、5日目の薄い月明かりのなか少しだけやわらくなる。反応を愉しむような行為に思わず声が出てしまったら、ちょっと目を細めてやさしい眼差しで、強く繰り返してきた。
ゆっくりと瞬きを一度して、また目を閉じた。
全てが寝静まった世界で、二人の気配だけが波のように寄せては返す。でも、二人の瞳は凪いだまま。
遠くで波の音がはじけた。
*
まだ明けきらない朝波の音に目覚めて、千晶はそっとバルコニーに出る。朝霧がかかっていてよくわからないが芝庭はかなり広い。
階下に降りると慎一郎の言っていた管理人さんだろう、初老の男性と女性がもう支度をしていた。挨拶をし、昨日のカレーのレシピを聞いてから、少し庭を散歩をしてもいいか尋ねてみた。建物から見える範囲でしたら、と言われて朝露に濡れた芝生を踏む。慎一郎は一時間もすれば起きるだろう。
(リアルでぼっちゃまって初めてきいた)
自然樹形だけれど手が入った庭。温室や納屋のようなものもある。
散策していると後から犬がついていた。中型の短毛牧羊犬で、首に巻かれた赤いバンダナが似合っている。目が合うと短いしっぽをぶんぶん振ってくる。その誇らしげな様子におもわず微笑む。
「おはよう、わんちゃんもおさんぽかな、パトロールかな、えらいね」
納屋の隣に馬小屋らしきものがあって、覗いてみれば中には馬ではなく山羊と鶏がいた。小屋の中もきちんと整頓されている。
それにしても犬といいファミリー牧場っぽい顔ぶれに可笑しさがこみ上げる。鶏も尾が長い観賞用ではなくちょっと頭に飾り羽根がついた普通の黒い鶏だ。山羊、山羊だけがアンゴラだかカシミヤだか判らないがもふもふしていてブラッシングしたくなる。よくみればその背に猫が乗っていた。これも普通のサバトラ猫。
「山羊…犬…猫…鶏、惜しいなー、お前はドンキーね。あ、ねこちゃんごめんね、起こしちゃったね」
部屋の明かりの白熱灯は暗く陰影を際立たせる。気泡の残る窓ガラスに漆喰壁に素板張りの床もマホガニーの家具に調度品も段通もみな温かみがある。千晶は手こそ出さないが物珍しそうに眺めている。
「気に入った?」
「うん、はしたなくてごめん」
「いいさ、こういう感じが好きそうだからね」
揶揄するつもりで連れてきたのかわからないが、口調は穏やかだ。
「ありがとう、でもここも当時は背伸びな建物だったのかな」
「そうだろうね、ご先祖も当時は新興の成り上がりだったからね。だからこそ頑張ったんだろう。空襲で残ったのはここだけだったそうだよ」
慎一郎の家が何をしている家なのか思わず聞きそうになって止まった。そこまで踏み込めない。
「そう言うとあの高層マンションも懐かしくなるのかな、でも百年も持たないもんねぇ」
コンクリート技術やらに話が逸れたのち。
「躯体が持っても50年か、それに当時は目指すものがちゃんとあったし、その先も広がってた。
今は残す価値のあるものはどれだけあるだろう」
お替りしたサングリアにブランデーをたっぷり足してぽつぽつ話す慎一郎に、この人は呑んだほうがめんどくさくないなと、千晶もお替りしたふつうのサングリアを飲みながら思った。
学友を誘って遊びにきて、他人の別荘に忍び込んだこと、弟にスカートを履かせて過ごさせたこと、納屋の軽トラを勝手に乗り回したこと、海辺で――
ほんの障りだけ昔話をしながら、慎一郎も疲れていたのか寝てしまった。
開け放たれた窓から虫の音にカエルのなき声が入ってくる。
天井のファンだけでエアコンはないのに寝苦しさはない。そうして千晶も眠りについた。
――真夜中、突然音がなくなる。その静けさに目が覚めた。
千晶がそおっと起き上がる。
「――目が覚めた?」
「うん」
返事は声にならないまま、ただ頷いただけの千晶のお腹に慎一郎の腕が巻き付く。
暑苦しさは感じなかった。
いつものように首筋に肩に温かいものが触れる。足に足が重なる。
巻き付く足がふくらはぎまでのミニ丈ワンピースの裾をめくれ上がらせる。
身体を滑る手の動きと熱さ、熱を持った身体を、時おり窓から入る新鮮な空気が冷やしていく。
匂いを感じられるのは最初の30秒だという、そうだろうか。
冷えた空気とほっとするような彼の香り、――きっとそれなりに経験を重ねたのであろう、心地いいから気持ちいいへ そしてその先も。
いつの間にか向き合って、暗闇に慣れた目が合う。絶対に乱れきらないその顔が、5日目の薄い月明かりのなか少しだけやわらくなる。反応を愉しむような行為に思わず声が出てしまったら、ちょっと目を細めてやさしい眼差しで、強く繰り返してきた。
ゆっくりと瞬きを一度して、また目を閉じた。
全てが寝静まった世界で、二人の気配だけが波のように寄せては返す。でも、二人の瞳は凪いだまま。
遠くで波の音がはじけた。
*
まだ明けきらない朝波の音に目覚めて、千晶はそっとバルコニーに出る。朝霧がかかっていてよくわからないが芝庭はかなり広い。
階下に降りると慎一郎の言っていた管理人さんだろう、初老の男性と女性がもう支度をしていた。挨拶をし、昨日のカレーのレシピを聞いてから、少し庭を散歩をしてもいいか尋ねてみた。建物から見える範囲でしたら、と言われて朝露に濡れた芝生を踏む。慎一郎は一時間もすれば起きるだろう。
(リアルでぼっちゃまって初めてきいた)
自然樹形だけれど手が入った庭。温室や納屋のようなものもある。
散策していると後から犬がついていた。中型の短毛牧羊犬で、首に巻かれた赤いバンダナが似合っている。目が合うと短いしっぽをぶんぶん振ってくる。その誇らしげな様子におもわず微笑む。
「おはよう、わんちゃんもおさんぽかな、パトロールかな、えらいね」
納屋の隣に馬小屋らしきものがあって、覗いてみれば中には馬ではなく山羊と鶏がいた。小屋の中もきちんと整頓されている。
それにしても犬といいファミリー牧場っぽい顔ぶれに可笑しさがこみ上げる。鶏も尾が長い観賞用ではなくちょっと頭に飾り羽根がついた普通の黒い鶏だ。山羊、山羊だけがアンゴラだかカシミヤだか判らないがもふもふしていてブラッシングしたくなる。よくみればその背に猫が乗っていた。これも普通のサバトラ猫。
「山羊…犬…猫…鶏、惜しいなー、お前はドンキーね。あ、ねこちゃんごめんね、起こしちゃったね」
0
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
元恋人と、今日から同僚です
紗和木 りん
恋愛
女性向けライフスタイル誌・編集部で働く結城真帆(29)。
仕事一筋で生きてきた彼女の前に、ある日突然、五年前に別れた元恋人が現れた。
「今日から、この部署に配属になった」
そう告げたのは、穏やかで理性的な朝倉。
かつて、将来や価値観のすれ違いから別れた相手だ。
仕事として割り切ろうと距離を取る真帆だったが、過去の別れが誤解と説明不足によるものだったことが少しずつ見えてくる。
恋愛から逃げてきた女と、想いを言葉にできなかった男。
仕事も感情も投げ出さず、逃げずに選び直した先にあるのは「やり直し」ではなく……。
元恋人と同僚になった二人。
仕事から始まる新しい恋の物語。
19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
【19時、駅前。片桐】
その日、机の上に貼られていた付箋に戸惑った。
片桐っていうのは隣の課の俺様課長、片桐課長のことでいいんだと思う。
でも私と片桐課長には、同じ営業部にいるってこと以外、なにも接点がない。
なのに、この呼び出しは一体、なんですか……?
笹岡花重
24歳、食品卸会社営業部勤務。
真面目で頑張り屋さん。
嫌と言えない性格。
あとは平凡な女子。
×
片桐樹馬
29歳、食品卸会社勤務。
3課課長兼部長代理
高身長・高学歴・高収入と昔の三高を満たす男。
もちろん、仕事できる。
ただし、俺様。
俺様片桐課長に振り回され、私はどうなっちゃうの……!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる