2002年の夏と呪い

南野月奈

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2002年の夏と呪い

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 ふと気がつけば、あれだけ響いていた蝉の鳴き声がピタリと止んでいた。
 
 それは、現実ではなくただの意識的なものなのかもしれない。だけど、目の前にいるのは紛れもなく、ただ一度の呪縛ともいえる恋をした美青年。その彼がそのままの姿で現れたのだ。
 ミルクティー色の綺麗な髪も、抱きしめたら折れそうな線の細さも。長い睫毛に囲まれた大きな瞳も。
 2002年の夏、18歳、大学1年のオレは父の実家の側の神社で異世界転移という名の神隠しにあった。
 あの時と同じように、田舎の小さな神社から音が消え、周囲の景色がぐにゃりと曲がる。俺は暑さで幻覚を見ているのか……?
 いきなり異世界に普段着姿で折り畳みのガラケーだけを持った状態で召還され、戸惑うばかりの俺を励まして、勇者として情緒的不安定になっていた俺を補佐し、幾多の戦いと夜を供にしたパーティの魔法使い。

「ルート……なのか?」
「……ごめんね、タカヤ、思い出すのが遅くなって、なんか……あっちで死んだ年齢までは記憶が封印されてたみたい」

 ルートは……魔王との最後の戦いで死んだ、オレをかばって。まだ20歳だった。
 半年程旅をしていたはずだったのに、こちらに帰ってみれば、たった3日程行方不明になっていただけだった。
 それでも親はひどく心配していたらしいがオレは記憶がないということで通した。
 田舎だということもあって神隠しにあっちのだろう。とまことしやかにささやかれたらしいが誰にも真実を話すことはできなかった。
 言っても信じてはもらえないだろう、バカにされたりしたらルートへの思いが汚れてしまうような気がして。
 夏休みが終わり、大学の寮に戻るのを両親が渋って実家から通うことを勧めてくるのにはまいったが、寮の部屋でやっと涙を流すことができた。この歳になって振り返ってみれば両親には悪いことをしたと思う。

「……昔はオレが年下だったのに38のオッサンになっちまったよ。なんか犯罪臭がする絵面だな」
「いいんじゃない?年の差くらい、別に僕だって成人してることだし…………それとももう恋人かパートナーがいるのかい?」
「……いるわけないだろ……っ他の相手なんて」

 どんな男も女もルート以上に踏み込めなかった。
 平和な日本の18歳にとって、戦いの中で燃え上がるように身も心も結ばれた恋人の存在はあまりにも重く、それは恋というより呪いそのものだった。

※※※

 そこからのオレはもうダメだった。
 泣きじゃくるアラフォーのオッサンを抱き締めて優しく背中をさする大学生男子、という誰かが見ていたら地獄のような光景。
 ここが田舎の神社で本当によかった。

「近くに車停めてあるから」

 少し落ち着いて、やっと冷静に話ができるようになった。これからのことを話さなければならない。

「……ホテル?」
「ばっ……デートだよ、今のオレ達のことお互い何にも知らないだろ……」

 お互い、こっちの世界での20年間を埋めるには1日やそこらでは足りないだろうけど。

「ふーん、泣き虫勇者様も38ともなると大人の男なんですね」
「その呼び方……」

 年下扱いしてくるルートをたしなめようとしたら唇をふさがれた。
 20年ぶりのキス。ルートの甘く柔らかな唇が当時の記憶と繋がる。
 身体が夏の暑さだけではない熱を帯びて、お互い、溶けてしまいそうな若い情熱をぶつけあったあの頃の感覚が身体を駆け巡る。
 どうやら枯れるにはまだまだ早すぎるらしい。

「僕、この身体ではバージンだからさ、優しく抱いてよね、勇者様」
「……わかったよ」

 二人で手を繋いで神社の階段を降りていく。お互いの体温を確認しながら。
 いつのまにか、うるさい蝉の声が戻っていた。

 それは20年ごしに呪いがほどける音のようにも聞こえた。

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