岡崎昂裕不思議話短編集

岡崎昂裕

文字の大きさ
上 下
1 / 1

ご協力ください

しおりを挟む
 その道は、いつしか『タバコロード』と呼ばれるようになっていた。
 町全体が、条例によって『歩きタバコ、ポイ捨て禁止』に指定されていたのだが、どうもその道では、守られた験しがない。
 駅までの近道だが、住宅街の中を縫う細い道で、丁度小学生の通学路にもなっている。
 その道を、タバコを吸いながら歩き過ぎる大人たちの多いこと。

 ある日遂に事件が起こった。
 喫煙しながら駅に向かっていた会社員らしき男性の手に持たれていたタバコの火先が、通学中の女子児童の目を襲ったのだ。
 男性は、その事実に気づいていた様子だったが、逃走してしまったのである。

 それからその通りには、
『歩きタバコは止めましょう』
 のポスターが貼られ、通勤通学時間には、ボランティアの町民が立ち、路上喫煙を止めるよう訴えた。
 その結果、次第に歩きタバコをする通勤者の影は減ったのだ。
 それでも止めない者がいたので、看板の文字は、
『路上喫煙禁止!路上喫煙撲滅にご協力下さい!』
 というきつい文言に変わった。
 しかし……


「冗談じゃねえよ、こっちはストレス過多で毎日参ってるんだ!会社も禁煙、駅も禁煙!どこで吸えってんだよ!」
 飯沢茂は、ボランティアに、そう息巻いた。
「ご自宅で吸えるでしょうに」
 恐々、ボランティアの老人が諭すと、
「部屋で吸ったら、部屋の中が臭くなるだろうが!」
 その身勝手な言い分に、周囲は呆れるやら怯えるやら。
 どうやら飯沢は、自宅ではベランダで喫煙していて、同じマンションの住民からも、あらゆる意味で煙たがられているのだった。
 そして、少女の目を怪我させた張本人こそ、彼だった。
 飯沢は、さすがにマズいとでも思ったか、翌日から通勤時の喫煙を止めた。

 それから数日を経て、飯沢は、ふと異変に気づいた。
 ボランティアが、ひとりもいない。
 その次の日も、また次の日になっても、ひとりもいない。
 飯沢は、
「ざまあみろ、たかが子供の目に当たったくらいで」
 と、得意気にタバコを口に咥え、火をつけた。
 その途端だった。

 ざっ!

 突然現れた十人前後が、飯沢を囲んだ。
「な、なんだ、てめえら!」
 の言葉が終わるか終わらないかの内に、

 ドガドガドガッ!

 飯沢の顔面と頭部は、原型を留めぬほどに、無残に砕かれていた。
 彼は、知らなかったのだ。
 看板の文字が、

『路上喫煙者撲殺にご協力下さい』

 と変わっていたことに。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...