岡崎昂裕不思議話短編集

岡崎昂裕

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未確認空中パレード

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「また現れやがった」
 飛んでいく。
 凄まじい速度である。
 上空を飛ぶものばかりではない。
 かなりの低空、地面すれすれのものもあるし、ビルの間隙をすり抜けていくものもある。
 大小さまざま。
 そして極めてカラフル。
 いわゆる、未確認飛行物体の集団である。
「今回はいつもより多いな」
 CGなどではない。
 現実の日本の空で起きていることだ。
 ただの円盤の群れではない。
 巨大なロボットが直立した姿勢で竜巻のように回転しながら飛んでいるものもある。
 さらに、哄笑する巨大ロボットもいれば、空母のような巨大で長い船体を蛇のようにうねらせながら飛んでいくものもある。
 それらが一方向、夕闇迫る西の空に向かって飛んでいくさまは、圧巻の一言に尽きる。
 なぜ、彼らが出現するのか、どこから現れるのか、誰にもわかっていない。
 宇宙からきたのではない、とNASAもJAXAも断言している。
 唐突に現れ、唐突に消える。
 飛んでいる時間はたいてい一時間ほどだが、長いときは半日に及ぶこともある。
 地球人や建造物に危害を与えるわけではない。
 ただ集団で飛んでいるだけである。
 当然、航行中の航空機とニアミスすることもある。
 だが、衝突はおろか、接触事故ひとつない。
 それにしても不気味なパレードである。
 最初は怯えていただけだったが、最近では子供たちなど喜んで手など振っている。
 大人にしてみれば、なんだかバカにされているようで悔しい。
 政府は大型スピーカーや無線通信、さまざまな方法を用いて接触や会話を試みたが、完全に無視、もしくは言葉が通じていないか。
 未来版の百鬼夜行などと名づけた評論家もいたが、相手にされなかった。
 そして初冬に入って間もない今日も、夕暮れ時から、突然パレードは始まった。
 軽やかな飛行音を響かせながら、大量の円盤や奇妙な形をした飛行物体どもが西の空を目指して飛んでいく。
 反対側を見ると、東の空から飛んできているのだが、いったいどこから湧いて出ているものやら、である。
 自衛隊のジェット戦闘機がスクランブル発進した。
 手を出すわけではなく、成り行きを見守る。
 一部の軍事学者はロシアや中国の陰謀だという説を唱えていたが、それが現実的ではないことくらい、誰でも内心わかっていた。
 この群れは、人間の手によるものではないのだ。
 逆に海外の、とりわけ反日的な思想を持っている国々は、日本の新しい軍事行動だと嫌がらせ、いいがかりをつけていた。
 だが、それも数週間で沈黙に変わった。
 彼らの上空にも、謎のパレードが出現したからだ。
 中国やロシアは盛んに攻撃を試みたもののすべて不発に終わり、出現場所、消失場所の特定もできぬまま、ただ呆然と上空を飛び去っていくパレードを眺めるだけに終始するようになった。
 これは世界規模に広がり、月に数回、さまざまな場所で見物できる風物詩のようなものへと変わっていった。
 特に、美しい景観を魅せる世界遺産などとこのパレードとの共演は見事で、偶然に撮影された映像や動画はインスタ映えして世間の耳目を集め、ネットを賑わせた。
 若者たちは、この現象に寛容だったが、柔軟性を欠く年老いたものたちや凝り固まった俗物主義者や軍国主義思想の国家は嫌悪し、このパレードを蹂躙と位置づけた。
 とはいうものの彼らは無策であり、憤怒に任せてパレードに核ミサイルを撃ち込んだ某国の独裁者もいたが、ミサイルそのものがパレードに取り込まれ、独裁者を裏切るかのように、共に西の空に向かって飛び去っていったのだった。
 それどころでは済まなかった。
 ある日突然、GPSが役立たずになった。
 気象予報も、軍事衛星も。
 衛星放送も。
 成層圏外を所狭しと飛び交っていた人工衛星群が、なんと空中パレードに取り込まれてしまったのだ。
「困った、実に困った」
「どうしたんですか、総理!」
「BSでやってる時代劇が見れなくなってしまったんだよ!」
「えーーーっ?そこ?」

 そしてついに、異変は起こった。
 それはたったひとりの少年の、何気ない言葉から始まった。
「いいなあ……ボクもあんな風に自由に、自由自在に空を飛んでみたい」
 すると、一隻の小さな飛行物体が彼の耳元でホバリングすると、小さな笑い声のような声で何事かを囁いた。
 え、なに?と聞き返そうとした少年の手足が、霧状に分解し始めたかと思うと、板状に再構築され体を覆い始めた。
 顔がメタリックになり、次第に扁平になっていく。
 それを目の当たりにした母親の口から悲鳴が迸った。
 だが彼女が最後に見た息子の表情は嬉々として、幸福に満ち溢れていた。
 口だった部分が、さよなら、と動いたように見えた。
 シュッ
 鋭い音を立てて少年は、少年だったものは飛び立った。
 そしてパレードに加わると西の空に向かっていった。
 これを機に、次々と人が飛行物体へと変化し始めた。
 何かから、開放されたかのように。

 残った人々は、権力に浴するもの既得権益に縛られたもの、戦いを好み戦乱に溺れるもの、凶悪犯罪者などなど。
歯止めとなる高潔な人々はすべて西の空に去り、地球に残された人々は互いの命を奪い合って滅亡への道を突き進み始め……。

 俗悪な人間たちが、互いを殲滅しあってから、長い年月が過ぎた。
 過度に汚されていた地球は、次第に自浄作用によって平穏を取り戻しつつあった。

 ある日、突如、東の空に、眩い輝きが起こった。
 するとその輝きの中から、未確認飛行物体の大群が迸り出た。
 その大群は、凱歌を響かせながら、世界中の上空を何度も何度も飛び回りながら、喜びのオーラを地上に振り撒き続けた。
 そして地には、幾度目かの平和が訪れる予感がした。

未 確認空中パレードは、これが最期のチャンスだと、地表の生き残った僅かな人類に語りかけているようだった。
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