岡崎昂裕不思議話短編集

岡崎昂裕

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屋根裏のお部屋

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「ねえ、由紀ちゃん」
「なあに、お姉ちゃん」
「この家、屋根裏にお部屋があるの、知ってた?」
「屋根裏?」
「そう屋根裏部屋。今度そこで遊ぼう」
「うん……」
小学校に上がる前だったあの頃、あたしには姉がいた。いたはずなの。
いつも夢に出てくる、目のぱっちりとした、優しい声音のお姉ちゃん。
両親や、お爺ちゃんお婆ちゃんにそのことを尋ねても、
「何を言ってるの、あなたがうちの長女だよ」
と笑うだけ。
それじゃ、あの記憶は一体何なの?
確かにうちには、屋根裏部屋なんかないけれど。

この春五年生なるあたしを下準備だといっておばあちゃんとお母さんが、デパートに買い物に連れて行ってくれることになった。
日曜日のデパートは大変な賑わい。
あたしはお母さんたちとはぐれないよう、しっかり手を繋いでいた。
もう五年生にもなって、と思われるかも知れないけど、あたしは人ごみがとても苦手。だから本当はこんな賑やかな場所にはあまり来たくない。
お洋服売り場で、お母さんとおばあちゃんが、楽しそうにあたしの服を選んでる。
着るのはあたしなのに、あたしには選ばせてくれない。
あたしは二人の着せ替え人形みたいだ。
楽しくなくなったあたしは、あっちこっちキョロキョロしてた。
「ねえお母さん、早くご飯食べに行きたい」
「お洋服が決まってからよ、さあ試着室に行きましょう」
「これも、あれも試してみましょう」
おばあちゃんは、両手に抱えきれないくらいにどっさりと持っている。
これ全部試着する頃には、お昼も過ぎて夜になっちゃう。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
試着室に向かう途中、ふとあたしは誰かに見られているような気がした。
誰か知ってる人がいるのかしら?
キョロキョロ辺りを見回してしまった。
でも、誰もいない。
やっと買い物が終わって、最上階のレストラン街へ。
そこでもあたしは、誰かに見られているような気がして、気になってランチの味が分からなかった。
帰りの電車の中でも、誰かがあたしを見ていたような気がした。
折角の日曜日だったのに、気味が悪いったらない。
明日学校に行くのも憂鬱だなあと思った。

その夜、ベッドに横になっても中々眠れない。
部屋の中に入っても、何だか変な感覚が残ってて、気になって気になって仕方がない。それでも、横になってたら段々うとうとしてきたんだけど。
ふと気がつくと、誰かが部屋の中にいるのが分かった。
でも、不思議と怖いような感覚はない。
「由紀ちゃん」
「お姉ちゃん?」
「いいわね、由紀ちゃんだけ、沢山お洋服買ってもらって」
「でも、選ぶのはお母さんとおばあちゃんだわ。着るのはあたしなのに、ちっとも選ばせてくれないの」
「それだけ由紀ちゃんが可愛がられてる証拠だわ」
不思議だ。
お姉ちゃんは、ちっとも大きくなってない。今のあたしと同じくらいだろうか。
薄明かりの中で、なんだか怒ってるようにも見えるお姉ちゃんは、
「屋根裏部屋で遊ぼうって約束したのに、由紀ちゃんは来なかったし」
そういえば、そんな約束をしたような気がするけれど……。
「約束は護ってくれないし、ひとりだけ可愛がられるし、ずるいよ由紀ちゃんは」
急にお姉ちゃんの声が低くなった。
「ゴメンなさい、でもうちに屋根裏部屋なんかないし……」
「あるわよ、さあ、一緒に行こう。今から遊ぼう!」
とても強引で、あたしの知ってる優しいお姉ちゃんじゃない。
「でも、明日学校だし、早く寝ないと寝坊しちゃうから」
「いかなくていいのよ、学校なんか!」
そういうなり、お姉ちゃんはわたしの腕を力一杯鷲摑みにして……。
「痛い、痛いよ、お姉ちゃん!放して!」
あたしは悲鳴を上げたんだと思う。
お姉ちゃんは物凄い怖い顔になっていて、空中に浮かび上がると、あたしを空中に引きずり上げようとしている。
その顔が融け崩れて、見たこともない化け物の顔に変わった。
その瞬間、あたしは思い出した。
遠い昔、確かにこの化け物に攫われそうになったことがあったのを。
ドアが開いた!
血相を変えた両親が飛び込んで瞬間に化け物の姿は消え、あたしはベッドに投げ出された。
父にしがみついた、あたしは泣き叫び続け、両親はあたしの手についた赤黒い痣を見て、呆然としていたのだった。
翌日、父が天井裏に上ってみたところ、何かがそこにいた形跡があったのだそうだ。
家の中から紛失したと思われていた衣類などが積み重ねられていて、そこで寝泊りしていたようなのだと。
どこから出入りしていたのかは分からなかったみたいだけど。
その中に、あたしが幼稚園時代に失くしたと思っていた、お人形も混じっていた。


「お人形は供養したから、もう大丈夫よ」
家族は口々にそういって、あたしを慰めてくれたけれど、
(お姉ちゃんの正体は、あのお人形じゃない)
あたしには、それが分かっていた。
だって、あのどこからか見詰められているような感覚は、今も消えずに残っているんだもの。
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