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目的地が近付くにつれて、陽気な音楽が聞こえてくる。
現実では賑わいを見せたその場所も、この世界では閑散としている。
現実では広大と、この夢の世界では七海さんと、そして三度目は一人で、僕は遊園地の入場ゲートをくぐった。
そして、ゲートの真正面。大きなモニュメントのそばに彼女は立っていた。
「ばーか」
「……久しぶりに会って第一声がそれか」
振り返ることなく彼女が口にした罵倒の言葉に肩を竦めつつ歩み寄る。
「君の方こそ大馬鹿者だよ。僕には気を遣うなって、そう言ったのに」
穏やかな声で語りかける。
すると七海さんは長い黒髪を乱しながら振り向いてくる。
「だって! ……私のせいで君まで眠り続けることになったら、そんなの……」
「さっきも言っただろ? 君がいるところが僕にとっての現実だ。僕は笑っている君のそばにいたいんだ」
「……ほんと、比呂って私のこと好きすぎじゃない?」
涙ぐみながら彼女は笑う。
その笑顔を見ているだけで、心がじんわりと暖かくなる。満たされる。
彼女の前で足を止めて、僕はこの世界に宣言するように堂々と告げた。
「そうだよ。僕は君が大好きなんだ。だから一緒にいようよ」
僕のこの気持ちを、人によっては恋と表現するんだろう。もしかしたら愛だと言う人もいるかもしれない。
でもそのいずれも、僕にはいまいちしっくりこない。
それでいいとも思った。わざわざ名前をつかなくたって、この胸のときめきさえあれば。
僕の告白に、七海さんはわかりやすく狼狽えた。
赤面して視線を彷徨わせ、それから僕を上目遣いに睨む。
「私は君のこと好きとは言ってないんだけど? 一緒にいたいって、思ってないかもなんだけど?」
「この一週間、一人でいるのが寂しくて遊園地で気分を紛らわせていた君が言っても説得力がないよ」
「ま、紛らわせてたなんてそんなのわかんないでしょ!」
「なら、どうして君はここにいたのさ。前に君が言ったんだ。遊園地があれば僕がいない間も暇つぶしができるって」
そう。そのときの会話を思い出して、僕はこの場所に来たんだ。
「……意地悪」
七海さんが唇を尖らせて、恨めしげに僕を睨む。
こんな些細なやりとりでさえ、楽しいと思ってしまう。
このまま現実で目を覚ますことがなくても、それはそれでかまわないと思えるほどに。
しばらく無言で見つめ合う。
やがて、鋭かった彼女の眼光が和らいで、その瞳に涙を溜め始めた。
そうして苦笑いを浮かべると、小さく首を横に振りながら両手を掲げた。
「わかった、私の負け。私だって、君と一緒にいたいもん。私のこと、悲劇のヒロインを演じるなとか散々言ってくれたけど、……好きでもない相手にあんなこと、しないんだから」
「うん、わかってる。君が僕のためにしてくれたってことは。それでも僕は」
「あ~もう、わかったから。もう君は私がいないと生きていけないみたいだし、仕方がないから一緒にいてあげる」
はにかむような笑みとともに彼女が一歩僕へ踏み出してくる。
密着しそうな距離に迫って、彼女は「お願いがあるの」と切り出した。
「なんだろう」
「私を抱きしめて。一緒にいられるように」
「……わかった」
そっと、両手を彼女の背中に回す。
それに合わせるようにして、彼女もまた両手を伸ばしてきた。
優しく抱きしめる。
細く、柔らかな感触が伝わってくる。力を込めすぎると折れてしまいそうなほどに繊細な体。
僕たちは長い間抱きしめ合っていた。
この夢の世界でお互いの存在を確かめるみたいに。
「でもやっぱり、君まで巻き込んじゃうわけにはいかないよね。――頑張って起きないと」
不意に、彼女が呟いた。
言葉の真意を確かめようと、彼女を抱きしめていた両手の力を緩める。
その途端、彼女の夢の世界が曖昧にぼやけ始め――僕は、淡いの世界に戻されていた。
◆ ◆ ◆
……誰かがすすり泣く声が聞こえる。
頭を優しく撫でられている感触もして、くすぐったくて身をよじった。
そうして、ゆっくりと瞼を開く。
ベッドに突っ伏して眠ってしまっていた僕の視界に、滂沱の涙を流す七海さんのお母さんの姿があった。
体を起こそうとすると、僕の頭を撫でていた手が止まって、代わりに頭上から優しい声がかけられた。
「――おはよう、比呂」
「――――」
頭が真っ白になる。
だってその挨拶は、一度もかけられたことがなかった。
彼女独自の挨拶で、僕が目を覚ましたときは必ず「おやすみ」と言っていたから。
僕は勢いよく顔を上げてベッドの上を見る。
そこには、穏やかな微笑を湛えて僕を見つめる、少し大人びた七海さんの姿があった。
七海さんのお母さんが泣いている理由を知って、僕もまた涙腺が緩む。
「な~に、その顔。一緒にいるっていったでしょ?」
そんな僕を見てからかうように告げる七海さんに、僕は頬を緩めて告げた。
「――おはよう、七海さん」
現実では賑わいを見せたその場所も、この世界では閑散としている。
現実では広大と、この夢の世界では七海さんと、そして三度目は一人で、僕は遊園地の入場ゲートをくぐった。
そして、ゲートの真正面。大きなモニュメントのそばに彼女は立っていた。
「ばーか」
「……久しぶりに会って第一声がそれか」
振り返ることなく彼女が口にした罵倒の言葉に肩を竦めつつ歩み寄る。
「君の方こそ大馬鹿者だよ。僕には気を遣うなって、そう言ったのに」
穏やかな声で語りかける。
すると七海さんは長い黒髪を乱しながら振り向いてくる。
「だって! ……私のせいで君まで眠り続けることになったら、そんなの……」
「さっきも言っただろ? 君がいるところが僕にとっての現実だ。僕は笑っている君のそばにいたいんだ」
「……ほんと、比呂って私のこと好きすぎじゃない?」
涙ぐみながら彼女は笑う。
その笑顔を見ているだけで、心がじんわりと暖かくなる。満たされる。
彼女の前で足を止めて、僕はこの世界に宣言するように堂々と告げた。
「そうだよ。僕は君が大好きなんだ。だから一緒にいようよ」
僕のこの気持ちを、人によっては恋と表現するんだろう。もしかしたら愛だと言う人もいるかもしれない。
でもそのいずれも、僕にはいまいちしっくりこない。
それでいいとも思った。わざわざ名前をつかなくたって、この胸のときめきさえあれば。
僕の告白に、七海さんはわかりやすく狼狽えた。
赤面して視線を彷徨わせ、それから僕を上目遣いに睨む。
「私は君のこと好きとは言ってないんだけど? 一緒にいたいって、思ってないかもなんだけど?」
「この一週間、一人でいるのが寂しくて遊園地で気分を紛らわせていた君が言っても説得力がないよ」
「ま、紛らわせてたなんてそんなのわかんないでしょ!」
「なら、どうして君はここにいたのさ。前に君が言ったんだ。遊園地があれば僕がいない間も暇つぶしができるって」
そう。そのときの会話を思い出して、僕はこの場所に来たんだ。
「……意地悪」
七海さんが唇を尖らせて、恨めしげに僕を睨む。
こんな些細なやりとりでさえ、楽しいと思ってしまう。
このまま現実で目を覚ますことがなくても、それはそれでかまわないと思えるほどに。
しばらく無言で見つめ合う。
やがて、鋭かった彼女の眼光が和らいで、その瞳に涙を溜め始めた。
そうして苦笑いを浮かべると、小さく首を横に振りながら両手を掲げた。
「わかった、私の負け。私だって、君と一緒にいたいもん。私のこと、悲劇のヒロインを演じるなとか散々言ってくれたけど、……好きでもない相手にあんなこと、しないんだから」
「うん、わかってる。君が僕のためにしてくれたってことは。それでも僕は」
「あ~もう、わかったから。もう君は私がいないと生きていけないみたいだし、仕方がないから一緒にいてあげる」
はにかむような笑みとともに彼女が一歩僕へ踏み出してくる。
密着しそうな距離に迫って、彼女は「お願いがあるの」と切り出した。
「なんだろう」
「私を抱きしめて。一緒にいられるように」
「……わかった」
そっと、両手を彼女の背中に回す。
それに合わせるようにして、彼女もまた両手を伸ばしてきた。
優しく抱きしめる。
細く、柔らかな感触が伝わってくる。力を込めすぎると折れてしまいそうなほどに繊細な体。
僕たちは長い間抱きしめ合っていた。
この夢の世界でお互いの存在を確かめるみたいに。
「でもやっぱり、君まで巻き込んじゃうわけにはいかないよね。――頑張って起きないと」
不意に、彼女が呟いた。
言葉の真意を確かめようと、彼女を抱きしめていた両手の力を緩める。
その途端、彼女の夢の世界が曖昧にぼやけ始め――僕は、淡いの世界に戻されていた。
◆ ◆ ◆
……誰かがすすり泣く声が聞こえる。
頭を優しく撫でられている感触もして、くすぐったくて身をよじった。
そうして、ゆっくりと瞼を開く。
ベッドに突っ伏して眠ってしまっていた僕の視界に、滂沱の涙を流す七海さんのお母さんの姿があった。
体を起こそうとすると、僕の頭を撫でていた手が止まって、代わりに頭上から優しい声がかけられた。
「――おはよう、比呂」
「――――」
頭が真っ白になる。
だってその挨拶は、一度もかけられたことがなかった。
彼女独自の挨拶で、僕が目を覚ましたときは必ず「おやすみ」と言っていたから。
僕は勢いよく顔を上げてベッドの上を見る。
そこには、穏やかな微笑を湛えて僕を見つめる、少し大人びた七海さんの姿があった。
七海さんのお母さんが泣いている理由を知って、僕もまた涙腺が緩む。
「な~に、その顔。一緒にいるっていったでしょ?」
そんな僕を見てからかうように告げる七海さんに、僕は頬を緩めて告げた。
「――おはよう、七海さん」
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