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第四話 こどもたちのよすが
4.5話 夏は夜 後編
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そして数日後、夏祭り当日の日曜日が訪れた。
「はい、できた」
晶は那由多に浴衣を着付けてもらっていた。髪もアップスタイルに結って、駅前の雑貨屋で見繕ってきたかんざしを挿してもらった。頭を動かすと、とんぼ玉に下がった房飾りがさらりと揺れる。
仕上げに薄く化粧も施してから、那由多は一歩下がって全体をチェックし、「うん、可愛い」と満足気に頷く。
そこまでしなくていいと晶は言ったのだが、なんだかんだ言ってもいつもと違う自分になるのはなんだか心が躍って、出来上がりを見ればまんざらでもないのだった。
「昴君、お待たせー!」
階下のリビングで待っていた昴は、ハイテンションな那由多を見て、億劫そうに立ち上がった。
「じゃあ、行きましょう。花火、始まっちゃいますよ」
戸締まりを確認して外に出た三人は、夜道を連れ立って歩く。夜になってもなかなか気温は下がらず、蒸し暑かった。空はよく晴れて、星が見えた。
那由多は白い生地に波紋と流れるように泳ぐ金魚が描かれた浴衣を着ていた。自分で着付けて、髪もお団子に結い、晶と同じようにかんざしを挿している。
こういうのは器用にやってのけるのに、料理のセンスが壊滅的になくて、厨房には立たせてもらえないらしい。実に不思議だった。
一方の昴は、ジーンズに開襟シャツという、何の変哲もない格好だった。
「昴君ってば、美女二人に囲まれてるんだから、もっと嬉しそうにしなさいよ。両手に花じゃないの」
歩きながら、那由多は昴に絡んでいき、
「俺はそういうのはいいです」
昴が憮然と言い返す。
「まあ、そんなだから彼女いないのよ」
「余計なお世話です! っていうか、セクハラですよ、そういうの!」
わやわやと騒ぐ二人の後ろを歩きながら、晶はそっと笑いを嚙み殺す。
誰かと一緒に歩くのが楽しい。そう思えることが嬉しかった。肌に汗が滲むが、時々吹き抜ける風が心地いい。
段々と同じ方向に歩く人が増えていき、やがて会場の河川敷に着いた。
祭囃子にたくさんの人の声、屋台の鉄板で何かが焼ける音、ソースや飴のにおい。色々なものが混じっている。その中に入っていくことが新鮮でわくわくして、自分は昔とは違う場所にいるんだなと実感した。
「さて、とりあえず腹ごしらえしましょうか。何が食べたい?」
「那由多さんの奢りですか?」
昴が茶目っ気を発揮するが、
「君は自分で買いなさい。あ、晶ちゃんにはあたしが奢るわ」
「ずるい。差別じゃないですか」
抗議する昴に、那由多は芝居がかった仕草で人差し指を立てて振る。
「違うわ、区別よ。自分で稼いでる大学生と、まだ働けない中学生を同じに扱うわけないでしょ」
何かにつけてこんなやり取りをしている二人だが、昴も案外楽しんでいると理解したのは最近だった。
「いいよ。あたしもお小遣い持ってるし」
晶が口を挟むが、那由多はそれを遮る。
「子供は気にしなくていいの」
それには、昴もうんうんと頷いた。
子供扱いされることに反発を覚えもするが、自分で自分を大人と思うことにも抵抗がある。難しい年頃だった。
「じゃあ俺、たこ焼き買います」
手近にあったたこ焼きの屋台に、三人で並ぶ。
待っている間視線を巡らせると、少し先に行列のできている屋台が見えた。どうやら、あそこが陽介と仁がやっている、クレープの屋台のようだ。地元で評判のカフェ・桜華堂の屋台ということで、大盛況らしい。
「……あそこには近づかない方がよさそうですね」
「ええ。見つかったら手伝わされるわ」
たこ焼きのパックを持った那由多と昴はそんなことを言い合って、陽介と仁が奮闘しているのを横目に見ながら、クレープの屋台をそっと通り過ぎた。
忙しく働いている男性二人をよそにして遊んでいることに申し訳なさを感じながら、晶も那由多と昴に続く。
「晶ちゃんは、何が食べたい?」
不意に聞かれて、晶はきょとんと眼を瞬いた。反射的に「何でもいい」と言おうとして、思い止まる。
辺りを見回して、
「じゃあ、あれ」
人形焼きの屋台を見つけて指差す。
「よし、行きましょう!」
那由多は晶の手を引いて、人混みを縫って歩き出す。その後に昴がついて行く格好になった。
紙の袋に入った人形焼きは焼きたてで温かかった。ころんとしたタヌキの形に焼き上げられた生地に、小豆餡が入っている。
他にも焼きそばやフランクフルト、瓶に入ったラムネなどを買って、花火を見るために適当な場所に陣取った。
そして間もなく、花火が始まった。夜空に閃光が瞬く。たくさんの光が闇の中に咲いては消えていき、あちこちで歓声が上がる。
人混みは好きではないし、花火を見たらどんな気持ちがするだろうと思っていたけれど、素直にきれいだと思うことができた自分に、晶はほっとしたのだった。
「不思議だね」
「何が?」
晶の呟きを聞きつけた昴が、不思議そうに聞き返す。
「こうしてみんなが、同じ方向を向いてることが」
たくさんの人が、この瞬間同じものを見て、同じようにきれいだと思っている。みんな違う人間で、それぞれ別の時間を歩んでいるけれど、時々こうして同じ瞬間を生きることができる。
「……うん、そうだね」
昴も微かに首肯し、空を見上げる。
幼かったあの頃は、同じ空を見上げていても自分だけ一人で惨めな気がしていたけれど、少し視点を変えれば、違う景色があったのかもしれない。
後悔も、申し訳なさも残るけれど、今、ここに来ることができて、好きだと思える人たちと同じ景色を見ることができる。
暑いのは好きではないけれど、こんな夜も悪くない。そう思った。
「はい、できた」
晶は那由多に浴衣を着付けてもらっていた。髪もアップスタイルに結って、駅前の雑貨屋で見繕ってきたかんざしを挿してもらった。頭を動かすと、とんぼ玉に下がった房飾りがさらりと揺れる。
仕上げに薄く化粧も施してから、那由多は一歩下がって全体をチェックし、「うん、可愛い」と満足気に頷く。
そこまでしなくていいと晶は言ったのだが、なんだかんだ言ってもいつもと違う自分になるのはなんだか心が躍って、出来上がりを見ればまんざらでもないのだった。
「昴君、お待たせー!」
階下のリビングで待っていた昴は、ハイテンションな那由多を見て、億劫そうに立ち上がった。
「じゃあ、行きましょう。花火、始まっちゃいますよ」
戸締まりを確認して外に出た三人は、夜道を連れ立って歩く。夜になってもなかなか気温は下がらず、蒸し暑かった。空はよく晴れて、星が見えた。
那由多は白い生地に波紋と流れるように泳ぐ金魚が描かれた浴衣を着ていた。自分で着付けて、髪もお団子に結い、晶と同じようにかんざしを挿している。
こういうのは器用にやってのけるのに、料理のセンスが壊滅的になくて、厨房には立たせてもらえないらしい。実に不思議だった。
一方の昴は、ジーンズに開襟シャツという、何の変哲もない格好だった。
「昴君ってば、美女二人に囲まれてるんだから、もっと嬉しそうにしなさいよ。両手に花じゃないの」
歩きながら、那由多は昴に絡んでいき、
「俺はそういうのはいいです」
昴が憮然と言い返す。
「まあ、そんなだから彼女いないのよ」
「余計なお世話です! っていうか、セクハラですよ、そういうの!」
わやわやと騒ぐ二人の後ろを歩きながら、晶はそっと笑いを嚙み殺す。
誰かと一緒に歩くのが楽しい。そう思えることが嬉しかった。肌に汗が滲むが、時々吹き抜ける風が心地いい。
段々と同じ方向に歩く人が増えていき、やがて会場の河川敷に着いた。
祭囃子にたくさんの人の声、屋台の鉄板で何かが焼ける音、ソースや飴のにおい。色々なものが混じっている。その中に入っていくことが新鮮でわくわくして、自分は昔とは違う場所にいるんだなと実感した。
「さて、とりあえず腹ごしらえしましょうか。何が食べたい?」
「那由多さんの奢りですか?」
昴が茶目っ気を発揮するが、
「君は自分で買いなさい。あ、晶ちゃんにはあたしが奢るわ」
「ずるい。差別じゃないですか」
抗議する昴に、那由多は芝居がかった仕草で人差し指を立てて振る。
「違うわ、区別よ。自分で稼いでる大学生と、まだ働けない中学生を同じに扱うわけないでしょ」
何かにつけてこんなやり取りをしている二人だが、昴も案外楽しんでいると理解したのは最近だった。
「いいよ。あたしもお小遣い持ってるし」
晶が口を挟むが、那由多はそれを遮る。
「子供は気にしなくていいの」
それには、昴もうんうんと頷いた。
子供扱いされることに反発を覚えもするが、自分で自分を大人と思うことにも抵抗がある。難しい年頃だった。
「じゃあ俺、たこ焼き買います」
手近にあったたこ焼きの屋台に、三人で並ぶ。
待っている間視線を巡らせると、少し先に行列のできている屋台が見えた。どうやら、あそこが陽介と仁がやっている、クレープの屋台のようだ。地元で評判のカフェ・桜華堂の屋台ということで、大盛況らしい。
「……あそこには近づかない方がよさそうですね」
「ええ。見つかったら手伝わされるわ」
たこ焼きのパックを持った那由多と昴はそんなことを言い合って、陽介と仁が奮闘しているのを横目に見ながら、クレープの屋台をそっと通り過ぎた。
忙しく働いている男性二人をよそにして遊んでいることに申し訳なさを感じながら、晶も那由多と昴に続く。
「晶ちゃんは、何が食べたい?」
不意に聞かれて、晶はきょとんと眼を瞬いた。反射的に「何でもいい」と言おうとして、思い止まる。
辺りを見回して、
「じゃあ、あれ」
人形焼きの屋台を見つけて指差す。
「よし、行きましょう!」
那由多は晶の手を引いて、人混みを縫って歩き出す。その後に昴がついて行く格好になった。
紙の袋に入った人形焼きは焼きたてで温かかった。ころんとしたタヌキの形に焼き上げられた生地に、小豆餡が入っている。
他にも焼きそばやフランクフルト、瓶に入ったラムネなどを買って、花火を見るために適当な場所に陣取った。
そして間もなく、花火が始まった。夜空に閃光が瞬く。たくさんの光が闇の中に咲いては消えていき、あちこちで歓声が上がる。
人混みは好きではないし、花火を見たらどんな気持ちがするだろうと思っていたけれど、素直にきれいだと思うことができた自分に、晶はほっとしたのだった。
「不思議だね」
「何が?」
晶の呟きを聞きつけた昴が、不思議そうに聞き返す。
「こうしてみんなが、同じ方向を向いてることが」
たくさんの人が、この瞬間同じものを見て、同じようにきれいだと思っている。みんな違う人間で、それぞれ別の時間を歩んでいるけれど、時々こうして同じ瞬間を生きることができる。
「……うん、そうだね」
昴も微かに首肯し、空を見上げる。
幼かったあの頃は、同じ空を見上げていても自分だけ一人で惨めな気がしていたけれど、少し視点を変えれば、違う景色があったのかもしれない。
後悔も、申し訳なさも残るけれど、今、ここに来ることができて、好きだと思える人たちと同じ景色を見ることができる。
暑いのは好きではないけれど、こんな夜も悪くない。そう思った。
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