蒼天の風 祈りの剣

月代零

文字の大きさ
35 / 74
第六章 籠の鳥は、

#5

しおりを挟む
 そして同じ頃、王都では。
 亡くなったウォルト・ラッセルの遺体を引き取りに、遠方から彼の両親がやってきていた。
 知らせを受けて駆けつけてきた彼らはひどく狼狽していた。遺体を確認するなり母親は泣き崩れ、父親も彼女の肩を支えながらも呆然としていた。
 彼は両親と共に、故郷であるグラナトへ帰っていった。葬儀はそちらで執り行われるという。院長のヴェルナーに加え、王子から直々に弔辞を賜った夫婦はひたすら恐縮しながら、嗚咽を漏らしていた。

 数日が経ったが、彼の死の真相は未だ解明されないままだった。
 状況から見れば図書館から落ちたように見えるが、ウォルトによる図書館の夜間の利用申請は出されていなかった。その夜は他に利用申請を出していた者もおらず、夕刻に施錠された後は、鍵が不正に持ち出された形跡などもなかった。衛兵が巡回した際も、不審な人物などは目撃されなかったという。
 とはいえ、常にある程度厳重な警備体制が敷かれている王宮とは違い、こちらは夜間の見回りの兵士の数も、頻度も少ない。見逃しがないとは言い切れないのだが、図書館の窓から落ちて命を落としたとは考えにくいのだった。
 気になるのは、やはり現場の血痕だった。アーネストも指摘したように、あの場所で転落して亡くなったにしては、残された出血量が少ない。
 となると、死んだのは別の場所か。では、それはどこなのか。そして、誰が何のために――必然的に、これは事故ではなく、殺人ということになる――彼を殺害して、わざわざ別の場所に移動させたのか。
 ウォルトが本当に死んだ場所を特定することが肝要に思えるが、近衛兵団による聞き込みや調査では、目ぼしい収穫はなかった。何の手がかりもなしに、研究院の広大な敷地からそれを探すのは不可能に近い。
 しかし、ユリウス王子自身も、他に片付けなければならない仕事が山ほどある。この事件ばかりに構ってもいられないのだった。
 このままでは事故で片付けられてしまうが、喉に引っ掛かった魚の小骨のように、ちくちくと常に気になってしまう。

 政務の合間を縫って、ユリウス王子はもう一度、従者を連れて魔術研究院に向かった。今は別行動をしているアーネストからの報告も待たれるが、とりあえず目の前のことだ。
 事件当日は、ウォルトの知り合いではなかった者たちも浮き足立ち、現場を見ようと野次馬に訪れていたが、そういった者たちは忘れるもの早い。研究院の空気は、普段のそれに戻っているようだった。しかし、ウォルトの友人や知人たちはかなりの衝撃を受け、悲しみに沈んでおり、今もその影がある。
 ユリウス王子は、ヴェルナーに挨拶し、彼と共にもう一度ウォルトの遺体が発見された場所に向かった。
 とはいえ、遺体は家族に引き取られていったし、血の痕も地面を掘り返して埋められている。そこで人が死んだことを物語るのは、もはや彼らの記憶のみである。
 ユリウス王子は、その場で黙祷を捧げた。

「さて……。その後、変わったことはないか、ヴェルナー?」
「はい。ウォルトの友人たちは沈んでおりましたが、とりあえず、今は落ち着いてきております。ユリウス殿下直々に気に掛けていただき、感謝の念に堪えません」

 何もせずにはいられなくて来てみたが、これ以上得るものはなさそうだ。近衛兵団も一通りの調査を終えて、既に引き上げている。どうしたものか。
 その時、正門の方から何やらざわざわとざわめきが聞こえてきた。何事かと思っていると、研究所の制服を着た若い男が、息を切らせて走ってきた。ひどく困惑している様子である。

「ユリウス殿下、ヴェルナー様、お話し中失礼いたします!」
「どうした?」

 ヴェルナーが問いかけると、彼は息を整えながら口を開く。

「あの、ちょっとその……怪しい女が正門に現れて、通せと言っていて……」

 ヴェルナーもユリウス王子も眉をひそめて首を傾げる。

「怪しい女? 研究院の関係者でないのなら通せない。衛兵につまみ出させればよかろう」
「それが、その女、院生の証を持っていて……。しかし、どう見ても院生には見えない、粗末な身なりで、これは通せないと思ったのですが。追い返そうとしても〝用があるから通せ〞の一点張りで、女とも思えないような態度でして、どうしたものかと……」

 ヴェルナーはますます首を傾げる。しかし、院生の証を持っているのであれば、通さない理由もない。

「その者の名は聞いたか?」
「はい。ベアトリクスと申しておりました」

 それを聞いた途端、ヴェルナーはぐふっと喉の奥で変な音を漏らし、ごほごほと咳込んだ。

「……どうした?」

 ユリウス王子は怪訝な顔をし、若い院生は日頃冷静沈着な学院長が取り乱した様子に、目を丸くしている。

「いえ、失礼……。その者なら、心当たりがある。わたしが出よう」



 正門まで出向くと、その女と衛兵が騒いでいた。何人かの院生や職員たちが、その様子を遠巻きに見ている。
 しかし、女はやってきたヴェルナーに気付くと、にやりと不敵な笑みを浮かべた。

「久しいな、ヴェルナー。生きていたか」

 稀代の女魔術師ベアトリクスは、旧知の相手を見つけ、憎まれ口を叩く。
 彼女はこの王立魔術研究院に属する者である証、双頭の蛇が巻き付いた杖の紋章が刻まれた首飾りを、その手に掲げていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...